第656話 駒。
私の『内側』から突き抜けてきたその『木』を──『聖人』は『世界樹』と呼んだ。
……ただ、それは『巨大な樹木の魔獣』と化してしまった『喫茶店店主』から伸びている『枝』である事を、『内側の私』は確りと見て取れている。
彼女が今、『大樹の森』を天高く突き抜け、『虚』をも超え、『聖人』の声に導かれるように『枝』を伸ばし続けているその姿を……。
「…………」
そして、突き抜けた先では『枝』が大地に『根』を張りだしている様子も『外側の私』が確りと見て取れているのだ。
……ただまあ、流石にこうなる事までは予想もしておらず、意外過ぎてエアと二人で内心困惑しているのは否めないのである。とても吃驚したのだ。
正直、隙を突かれて『何かを仕掛けられたっ!?』とは思ったが、それよりも驚きの方が強くて動き出せずにもいた。
……というか、先ほどまでの『協力してほしい』というあの熱い勧誘はどこにいったのだろう?全部嘘だったのだろうか?
「…………」
いやだが、そうすると逆に、これが『攻撃』にしてはあまりにも微妙過ぎるのは変な感じもするのである。
……だって、もしも最初から『泥の魔獣』を攻撃する意思があったならば、なんでこのタイミングで『勇者一行』を仕掛けてこないのだ?
……それに、なんで『聖人』はそんなにも『悲壮』な表情をしているのだ?
まるで『こうする以外に道はない』と、『人々を守るためには、友を犠牲にせざるを得ないのだ』と、そんな状況に彼が苦悩しているようにも見えてしまったのである……。
ただ、なんにしても何かしらの『覚悟』を決めている事は間違いないと。
その表情からは一目でそれが伝わってきたのであった──。
「…………」
──でも正直な話、『腕』がこうなったからと言って『この後何が起こるのだろうか?』とは思うのだ。
……もっと言うならば、私は『腕』から『枝』が生えたくらいで、今更騒ぎはしない。
この身は既に『領域』であり『人』ではないのだから、最悪またこの『腕』を切り落として回復させれば元通りになると思うのである。
……まあ、やれば絶対にエアから怒られてしまうので、今すぐやるつもりはないが。
一応『腕』に何があるかわからない以上は、その心構えだけしておくつもりであった。
正直、『腕』の状態がどうこうよりも、こうして『領域』に一部でも『穴』が開けられた状態になっている事の方が余程に問題だろうとは思う。
ただまあ、その『穴』を通じて『大樹の森』に『聖人』が何かを仕掛けてくる様子は微塵もなく──だからこそ余計に、『いったい何がしたいのだろうか?』と、エアと二人で首を傾げてしまうのだった……。
「…………」
エアに『何が起きてるの?』と尋ねられても、『さあ?』と返すしかないのが現状だ。
なので率直に言うと、二人して反応にちょっと困っている……。
『なんか腕から木が出てきただけだな』
『痛い?』
『いや、痛くはない。ただ、少し強めに地面へと引っ張ってくるだけだ……侵入も感じない』
『うーん、なんなんだろうね?』
『うむ、なんなんだろうな』
……と、あまりに分からな過ぎて逆に冷静になれてしまったのだ。
というか、普通はこんなに暢気な反応をしないものなのだろうか?……私達の反応はもしかしてずれているのか?
だが、この『枝』がどうこう言うよりも『喫茶店店主』が『神々側だったのか……』と、そちらの方が意外にも感じている。
同時に、『もしもこれが当初からの狙いなのだとしたら、なんと気の長い仕込みなのだろうか……』とも。
彼女は、こことは別の大陸にある『迷宮都市』で起きたとある一件から、今までずっと『大樹の森』で匿われていた存在だ。
……なので、碌な解決策も見つけられず、こんなにも待たせてしまったのはなんとも申し訳ない話なのだが──それがまさか、今更になって彼女の方からこんな反応を示してくるとは、思いもしなかったのである。
ただ、もしもこれがこの時の為の『仕掛け』であり、『神々』がずっと温めに温めてきた『秘策』の類だとするのであれば、それだけ今回が本気だという証明になるのだろうか?
──いや、寧ろ『使う気のなかったものを、無理やり起こして使用している』様にも感じた。
だからこそ、『聖人』もこんなに『悲壮』を背負っているのではないか?とも思う。
……本当は彼も『世界樹』を呼びたくはなかったんじゃないか?と──。
「……『聖人』よ。これは何が目的だ?」
「…………」
──だがしかし、そう尋ねても彼は『答え』を返してはくれなかったのだ。
私が『枝』に強く引かれるままに地面に片膝をついた状態になっても、依然として『悲壮な聖人』は固唾を呑んで見守っているだけだった。……このまま私が地に倒れ伏しても待つ気だろうか?
でもそれなら、折角だから先ほどまでと同様に何でもいいから語っていて欲しい気分だった。
……まあ、先の『力を貸してほしい』という発言から、私達に『攻撃を加えたい』というよりかは『吾輩』が私の『腕』を求めたように『力の強奪』を考えていそうな雰囲気は感じている。
ならば、恐らく『勇者一行』が後ろに控えているだけな事にも理由があり、もしもの場合に備えて周りから邪魔が入らないようにと──言わば『エアに対する抑え』として控えているのかもしれないとは思ったのだ。
もしそうなら、エアに少し動いて貰えばあるいは……。
「──ロム、お前の『力』には『精霊の力』が深く関係しているらしいな?」
……だが、そうしていざ何かしらの反応を求め、こちらからも行動を起こしてやろうかと考えた矢先に、機先を制して『聖人』はそう尋ねてきたのだった。
その上で彼はまた何かしら覚悟を決めたのだろうか、より一層の『悲壮感』を強めるとこんな事も語ってきたのである──。
『──俺は、お前からその『精霊の力』を引き剝がし……それを『勇者一行』に付加しなければいけないんだ』と。
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