第646話 補綴。
「『泥の魔獣』と戦っても、吾輩は一方的に搾取できる……」
『吾輩』のその言葉に、正直私も『心』の中で同意していた。
彼を消し去ることは簡単ではないと、先ほどの魔法で私も理解できてしまったのだ。
……そもそも、『消滅したものすら復元する』ほどの『回復力』は流石に異常が過ぎる。
無論、何度も『吾輩』を消滅させる事を繰り返せば、その内何らかのほつれは出るかもしれない。彼の『震える木漏れ日』を先に対処してしまえば、それだけで済む話なのかもしれない。
だが、その元となる『震える木漏れ日』は眠っている者達にも仕掛けられているのだ。
その為下手に手を出せば、その者達に仕掛けられた何かがあった場合に、どうしようもならなくなりそうだった。
寧ろ、ここまでの大規模な仕掛けをしている彼が、そこら辺の手抜きをするとは考えにくい。
……改めて考えると、『吾輩』はなんとも手が込んでおり厄介な相手だと認識した。
「──だがしかし、吾輩はまだこの『瞳』を完全に使いこなせているとは到底言えない。何が起きるかわからない状態で無理はしない方がいいだろう。それに魔法の技量においてはそれこそ天と地ほどの差もある。ならば現状では負けもないが、勝てもしない、か……」
「…………」
──それも、元々の『吾輩』の性格がそうさせるのか……『人』らしさは失っても冷静さまでは失ったわけではないのが嫌らしい所だ。
「……だが焦ることはあるまい。『震える木漏れ日』の更なる修練を重ねれば、必ず勝てる様になる。……フハハハ、これは楽しいものだな。『心』も躍る。目の前にやらねばならないことがあり、それが着実な成果に繋がる状況というのは、どうしてこうも喜ばしいのか──先の見えぬ、叶うかどうかもわからぬ闇の中を藻掻き続けるあの日々と比べれば、なんと幸せな事か……」
先ほどまで歓喜に震えていた『吾輩』は、いつしかその声まで震えさせていた。
そして、己が得たこの状況に『赤い瞳』が思わず潤むほどの喜びを感じているらしい。
「ただ、修練を長く続けるためにも『魔力の確保』は必須か……『空腹』への対処も考え、やはり『腕の一本』くらいは頂いておくべき、なのだろうな──」
「…………」
……すると、彼はそんな独り言(私には全部聞こえていたが)を終え、思考をまとめると再度私へと顔を向けて『ニタリ』と微笑んできたのである。あまりこっちを見ないでほしい。
「──ああ。本当ならば、あなたをずっと傍に飾って置ければいいのだが……そうは上手くいかんだろう。そのくらいの身の程はわきまえている。吾輩はまだまだ未熟だ」
彼は『死なない戦いだとは言え、『泥の魔獣』を手に入れるための戦いを続ければ、時間がかかり過ぎるのは目に見えている。そうすれば、その内余計な茶々が周りから入るのは考えるまでもない』と、己で状況判断を語りだした。
そして、同時にとても申し訳なさそうな悲し気な表情を浮かべると、こう続けたのである──。
「……だから、貴方には本当に申し訳ないが、吾輩は『卑怯な手』を使わせて貰うことにした。尊敬する『泥の魔獣』よ。『人』などという愚かな生き物との関係を大事にしてくれる『心優しき化け物』よ。あなたにこんな事を頼むのは大変に『心』が痛むが──」
『あなたがこの街に居る者達の命を大事に思っているならば、己でその腕を一つ切り落とし、吾輩へと渡してくれないか?』と。
『──さもなくば、このまま眠っている者達の『鼓動』を介し、貴方が教えてくれた【震える木漏れ日】で、簡易な【火】でも灯してみせよう』と。
『……そうすればきっと、この『街』は綺麗な『赤』で染まるだろうな』と──。
『吾輩』は、そう言って『街』に居る者達の『命』を人質に、私に脅迫してきたのだ。
……だがしかし、勿論そんなものが脅迫になっていない事など、説明するまでもないだろう。
相手は私だ。そんな言葉に易々と従うような素直な存在ではないのである……。
そもそも私の『大切な者達』の中に、『街の者達』は入っていないし、『吾輩』と戦おうと思えばやり様はまだまだ幾らでもある。消滅させることができなくなくとも、動けなくさせるだけでも私は構わないのだから……。
それにもし『街』の者達が火に灯されたとしても、すぐさま『回復』をかければ助けられる『命』は多いと思うのである──。
「……分かった。応じよう」
「──おおッ!!」
──だからつまり、私がその脅迫に従う必要はないし、この『命』を懸けるにも値しないと、キッパリと『心』の中では決断した。
そもそも『命の尊さ』なんていう感覚も、正直私にはもうよくわからないものだ。
私にとって無関係な『人』ならば、それこそそこらの野生動物と大差がないと思っているし……。
態々そんな赤の他人ばかりの『街の住人達』を助けようだなんて、私はそんな善人でもない。
そもそも私は『人』ですらない『化け物』なのだから、助けたいだなんて微塵も思ってはいないのである。
つまりは極端な話だが、『人』が生きてようが死んでようが、それすらも興味は全くないのだ……。
「…………」
──だからまあ、気づいた時にはそんな私が、『なんやかんや』の言い訳をするよりも前に、すでに己の『左腕』を魔法で切り落としていた事には、内心自分でも驚いたのである……。
「……フハハハハハッ!!まさか、本当に『あの話』の通り、こんな要求が叶うとは──」
そして、そんな要求をした『吾輩』本人も、まさかここまですんなりと望みが通るとは思いもしていなかったのか……数秒呆気にとられた後に、大笑いしていたほどだった……。
だがまあ……ああ、いや、でも、大したことはしていないと思うのである。
無論、直ぐに【回復魔法】はかけたので、私の『左腕』も……ほら、この通り直ぐに元通りへと戻ったのだ。
まあ、すぐ傍には一応『切り離されたばかりの腕』もあるので不思議な光景ではあったが……ただそれだけの話だった。別に、本当に『腕』を失ったりはしないのである。
当然『領域』にも一切問題は起きていないし、自然と起きないようにも調整ができていた。
……まあ、一瞬だけ『チクリ』とした感覚が走っただけの被害でしかない。
正直、『吾輩』の『回復力』にも驚きはしたものの……元通りになった自分の『腕』とその『切り離された腕』を見ると──私も大概なのかもしれないとは内心で少しだけ思ったのだ。
ただ、この『切り離された腕』一つで『街』の者達の『安全』と取引ができるなら『安いのかもしれない』と、ふと思ってしまったのである。
そして、その瞬間にはもう私は魔法を使った後だった……。
どうせこの様に直ぐに戻せるし。痛いのは一瞬だからと──。
『──ッ!?ッ!?!?!?』
──だがしかし、その瞬間、私はこれで三度自分の『失敗』を悟ったのである。
……何しろ私が行ったその行為によって、『心』の向こう側でエアが『酷い衝撃』を受けていたのが強く伝わってきたからだ。
同時にそれは『深い悲しみ』であり、『──どうしてッ!!なんでそんなことをッ!!』という『強烈な憤り』でもあった。
『大事な人に傷ついてほしくない』と、相手を想う気持ちは一緒の筈なのに……私は一時の短慮で、そんな大事なエアの気持ちを一瞬蔑ろにし、自分を見失っていたのである。
これがもしも、エアが同じような選択をしようとしたら『止めなければっ!』とすぐに思うくせに……。
『なんと愚かな選択をしたのだろうか』と、今更になってそう思い、私は深く反省したのだった。
「──ロムッ!!!」
……無論、その後は空から血相を変えたエアがすぐさま飛んでやってきて、私はしこたま怒られることになったのは言うまでもないのである──。
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