第626話 臥待。
エアが持っていた『二枚の絵』には、私と『黒雨の魔獣』が描かれていた。
それもほぼ同じ顔をしているので、一見すると双子にも見えなくない。
……ただ、その『二枚の絵』には大きく異なる部分が一つだけあり、一枚目は普通に『黒雨と泥の魔獣』が横並びに立っているだけなのだが──
「……なんだか、二枚目は随分と仲良くしている絵だな」
「でしょっ!ロムもそう思うでしょっ!こっちの絵は絶対に付き合ってると勘違いしてるのっ!いや、いっそ夫婦っぽい感じがするんだよねっ!だからこれはよくないと思うんだっ!間違った絵が広まるのは良くないからっ!うんっ、流石はロムっ!イメージ戦略的にもこれはちょっとダメだなって思ったんだ──」
「…………う、うむ」
──珍しく、エアが早口になった。
……でもまあ、エアの言いたい事は直ぐに分かったのである。
と言うか、一枚目は『男、男』で描かれているのに、二枚目の方は『女、男』で描かれており、腕も組んでいる構図になっているから、尚更にそう見えてしまうのだろう……。
見ようによっては普通に『耳長族の夫婦の絵』にも見えなくないかな?、というそんな雰囲気がある事は確かに感じられたのだ。
恐らくだが、『黒雨の魔獣』と『泥の魔獣』が別の存在であると広まった際に、『黒雨』の方は女性の見た目をしていると言う話が広まったのではないだろうか。
そして、『男女で似た見た目をしている魔獣』という事で『ならまあ、そう言う関係なのだろう?』と一部では勘違いする者達がおり、その要望がそのまま絵として広まってしまったのだろうと思ったのである。
……実際、『黒雨と泥の魔獣の絵』が人気になったと言う背景にはこれらも要因の一つとして関係しているのかもしれない──
「…………」
──だがもう、その絵はかなり広まってしまった後でもあるし、今更なかった事にするのは中々に困難だろうと私は思った。
……実際エアもそれは分かってはいるようだ。
ただ、それならばエアが今朝何処かへ出かけていったのは……。
「……画家の人に、一応だけど『噂』を流しに行ってたんだ……本当はロムと黒雨は仲良くないんだよって……どれだけ効果があるかは分かんないけど、最近ではもっと過激な絵とかも流行りそうな雰囲気があったから……その前になんとか一手打っておきたいなって……」
……なるほど。それは確かに助かるのである。
だが正直に話すと、エアがそんな行動を取った事に対して私は少し意外にも感じていた。
無論、私の『名誉』を気にかけてくれて、事前に悪化するのを防ごうとしてくれたのだとは思う……。
ただ、どちらかと言えば今のエアの発言を加味すると『やきもち』に近しい感情が行動原理になっている様に私には聞こえたのだが。
でもそうなるとつまり、『私と黒雨』の関係にエアが『嫉妬』したという事になる訳なのだが、当然の様に『私と黒雨』の間にそんな何かしらがある筈もなく──
寧ろ、『心が通じ合っている』エアこそが一番それがない事を分かっている筈なのに……と私はそう思ってしまうのだった。
「……エア?」
「…………」
……だから、そもそもの話として、そんなに『イライラムカムカ』して心配する必要も無い筈なのである。
そして『絵』の事に関しても、普段であれば『あー、今はそんな絵が流行っているのかー』と、私達ならばのんびりと受け流す位の些細な出来事なのだ。
……因みに、もしも逆の立場になってエアのいかがわしい絵などが広まりそうな状況であるならば、私は全力で全てを消し去る位はするけれども……エアは本気で『絵』が広まる事をそこまで嫌だとは思っていない雰囲気も感じる。
エアの傍にある『お気に入りの古かばん』の中には、既に『お気に入りの絵』が何枚も購入され宝物となっている事をちゃんと私は知っているからだ──。
「…………」
──だから、要は別の理由から『イライラムカムカ』しているのを、エアはまだ『絵』の事で隠そうとしている様に私には感じられたのである。
これは、『互いに心が通じ合っている』からこそ分かる話でもあるのだが、エアは本当に内心で『何か』に対して激しい憤りを覚えているのが私には伝わって来てしまったのだ。
……それこそ、天地開闢にも等しいと言った理由はまさにそれなのである。
エアがここまで怒る事は大変に珍しいと感じる位に、エアは激しい憤りを感じている様子であった。
だから、そんな激しい怒りの理由が『絵の内容』であると言うだけでは当然私は納得ができなかったのである。
「…………」
……そもそもエアは、誰かが頑張って作りあげたものを、軽々しく批判する様な子ではない。
エアは本当に優しく思いやりもある。
ただ、その怒りはいつだって私に関する事か、己の不出来な部分などに向けられるばかりなのも知っているのだ。
……私は君が思うよりも君の事を愛しているだよ?
それ位はちゃんと分かってあげられるのだ。
そして、それに適うだけの時間を共に生きて来ただろう?
長い時間を私は眠っていたかもしれないが、この『心』はもう常に君と共に在るのだ……。
「……何があろうとも、私は君を愛しているよ」
「うーーーっ!!今日のロムは卑怯だーーーっ!!なんでもうーーーっ!!」
本当は『……何に対して怒っているのだ?』と尋ねたつもりだったが、気づけばそんな真っ直ぐな『心の声』が私の口から飛び出てしまっていたらしい。……いやはや、無意識とは怖いものだ。
──ただ、お腹ダイブを受けた後、寄添う形で座っていた私達の今の距離感ならば、隠していたとしても『心の声』は自然と伝わってしまっていたに違いないのである。
エアに伝えたい想いに嘘は一切ない。
君が何に怒りを向けていたとしても、私の想いは変わらないのである。
ずっと愛しているよ……。
──と、そんな感じの事をずっと『心』で伝え続けてみたのであった。
するとそんな全てがちゃんと伝わったエアには何やら葛藤が生まれたらしく──。
私に寄りかかったまま急に頭を押さえるとそんな叫び声を上げたのだった……。
……きっと、本当に話したくない『何か』が、今のエアの『心』にはあったのだろう。
エアの様子からもそれは直ぐに分かったのだった。
ただ、それを聞きたいと思ってしまった私をどうか許して欲しい……。
そして、それをきっかけにエアから伝わる『心』にも変化があり、隠そうとする気持ちが私の想いに触れ少しずつ解れつつあるのが分かったのだ。
……もうそれほど確りと隠すことが出来なくなっている様にも感じる。
このまま時間経過と共に緩やかと、そして確実にその結び目が解れていく様だ。
ただ、出来る事ならエアが自ら話したいと思うまで、私は待ちたいとも思うのだった……。
「…………」
「…………」
……そして、自然と私とエアの視線は重なり合っていき、見つめ合ったままの『エアの心』は解けそうになるその寸前に、私に対して一つだけ確認を取って来たのである。
『……本当に、聞いても幻滅しない?』と。
勿論。私はそんな『エアの心』に頷きを返した。
『……あのね』
──すると、ぎゅっと固く結ばれたエアの口に対して、『エアの心』は私に本当の秘密を打ち明けてくれたのだった……。
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