第335話 諦念。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『マテリアル』と言う言葉はあっという間に、人々の常識の一つとして認識される事となった。
それと接する事の危険性や取り扱いには十分な注意を払わないといけないが、『マテリアル』も基本的には魔力と同じで上手く接する事によって耐性を得る事ができ、『マテリアル』に適応した者は能力の上昇や応用力が高く、誰もが今まで以上に強くなれるとあって比較的人々には好意的に受け取られている。
これはある意味、新たなる分野の発見と同義であった。
実際、『マテリアル』を専門で研究する者達も増え、既に色々と新たな『利』が生まれ始めてもいる。
……『マテリアル』は今、人々の流行の中心そのものであった。
その新たなる力は、冒険者や兵士、剣闘士など武力を生業にしている者達だけではなく、学者や官吏など頭脳を武器にする者達にとっても高い効果がありとても魅力的だ。
聞けば、『マテリアル』の効果には『増幅』と言うものがあるらしく、使いこなせればどうやら各自が持つ力を倍増させ、大きく上げて引き上げるくれる要素を含んでいるようだ。
それによって、魔法使い達は魔力が上がり、武器を扱う者達は筋力が、頭を使う者達は記憶力などが以前よりも増幅されると言う噂も広がり、更なる力を求める者達や今まで自分の力の無さを嘆いてきた者達にとっては、まさに『マテリアル』は『福音』となった。
当然、使い方によっては悪影響が出る為に気を付ける必要はあるが、『マテリアル』は医療関係でも力を発揮し始め、今までは治療不可であるとされた人達──寝たきりで居た者達や、耳が聞こえ難い目が見え難い等、肉体的にもっと『力』が必要だとされている人達──にとっては、これによって齎される能力はまさに『救い』そのものである。
そして、最近では感覚もより鋭くなり、感受性や表現力も高くなるとあって、この力は芸術方面でも高く評価される様になっているのだとか……。
「…………」
この流れをみれば、『マテリアル』はこの先も人に必要な物として受け入れられる様になるのは想像に易い。
そして、この噂を聞いた時、私はかつての『詠唱』が広まっていく時と同じ感覚を得ていた。
……『マテリアル』が無いと生きていけない人達も多いと聞けば、その影響を留める事などもはや出来はし無いのである。
私が幾ら危険だと言った所で、それ以上の『利』が目の前にあるのならば人はそれを求めるだろう。
誰もが一度手にした物を簡単に手放したくは無い筈だ。
例えそれが多少の危険を含んでいるとは知っていても、『毒』もまた使い方次第なのだと皆は受け入れるようになる。
……それは仕方のない事なのだと、私は遠目に見つめる事しか出来ないだろう。
──だが、不本意ながらにとある魔法道具が本来とは違う使い方をされるようになった事には、心から驚きを覚えざるを得なかった。
と言うのも、お父さん達が開発したあの指輪の魔法道具は、身につける事でその『マテリアル』の力を少しずつ肉体に慣らす事が出来る様にいつの間にか改造され、ギルドから広く大衆へと向けられて売られるようになっていたのである。
元々は『ゴブ』の脅威から人々を守る目的で作られたのだが、段々とその魔法道具は本来の使い方はされなくなっていったのだ。
『安全性に問題があるならば、逆にそれを有効活用する事にしよう』と。
『そして、その問題をもっと大きくすれば、更なる力を得る事に使えるのでは?』と。
『マテリアルを得て一人一人が強くなれば、結果的には『ゴブ』に襲い掛かられようともどうと言う事はないだろう』と。
そんな考えが広まったが故に、お父さん達が新しく頑張って作ってくれた安全性を高めた方の『ゴブ避け』の魔法道具は活躍の機会を失い、屋敷の皆だけで使うようになった。……ギルドはもう、『前回の魔法道具で十分です』と返答し、新しい魔法道具には見向きもしなかったのだ。
お父さん達も私も、当然最初は悔しく思ってはいたが、最終的には屋敷の皆を守れるならばそれで良いかと苦笑し、この状況を受け入れる事にしたのであった。
お父さん達は元々とある国の地下で、監禁され不本意な道具作りを強制されていた経験がある。
だから、人の役に立つ道具が作りたいのに、そうではない用途の道具を作ったり、使われたりする事を彼らは嫌っていた。……正直、今回の出来事はそれにかなり近い行為であったと思う。
だが、彼らはそれを苦笑しつつも、受け入れる事にしたのだ。
そして、そんな彼らを私は肯定し、その想いを尊重した。……私も彼らと同じ気持ちだった。
私達に出来るのは、既に自分達の手を離れてしまったそれを、ある種の諦観に似た想いを抱きながら眺め続ける事だけだ。
そして、それが悪い事にならない様に願う事位しか出来ないのである。
……当然、余程看過できない状況であったならば、私も『まやかし』等を使って無理矢理今回の事を無かった事に出来たかもしれないが、私もそれをしたいとは思えなくなった。
人々はそれほどまでにこの魔法道具を、ひいては『マテリアル』を求めていたからである。
既に誰かの『救い』となり、その一助として認識されたこの魔法道具の扱いはもう変えられない所まで来ていた。
だから、私達は後は人々の判断に任せる事にしたのだ。
人々が覚悟を持って『毒を以て毒を制す』に似た精神で居るならば、それに余計な口は出すまいと心に決めたのである。
……製作者である我々がこんな事を考えている事に対して、人々はこれを無責任だと詰るだろうか。
だが、私達は聖人でもなければ神でもない。
そして、そんな大衆を守るべき英雄にもなるつもりはない。
皆の命が等しく平等で尊いなどとも言わない。
私達には優先したい命と絆と関係と意思がある。
だから私達は、私達の力を私達の守りたいものの為に使えればそれで十分なのだ。
──だが、時として、当然の如く人によってはこの考えを悪だと断じる者もいよう。
人はそれぞれ感じ方も考え方も違うから、そう言う事もある筈だ。
ただ、それでも私は構わないと思った。
私からしたら、『家族』を守れるのであれば、それでいいのである。
もしお父さん達に何か文句を言って来る者がいたとしても、その時には直ぐに私が前に出て話を聞きに赴くつもりだ。
──『マテリアル』の噂が広まり、安全性を更に改悪された魔法道具がギルドから売られ始めていると精霊達から聞いた私は心配になり『白銀の館』へと再び顔を出していた。
『皆が不安にしているのではないか』と思ったのである。
……だが、精霊達のイベント後に噂を聞き、心配になり急いで一人で帰って来た私に対して、屋敷のみんなからは予想とは違って笑い声が返って来た。
どうやらあまり不安では無いらしい。
……まあ、実際は話を聞いてみると、内心では思う所が無い訳でも無かったが、お父さん達も私と気持ちは一緒だったようだ。
それに、何よりも──
「──我々はあなたを信じておりますから……」
……と言う、その老執事のそのまたズルい一言を受けてしまい、私は上手く言葉が出なくなった。
その『信頼』には当然応えるつもりでいるが、自分が予想以上に想われている事はやはり嬉しいもので、私も少し気絶しかけたのである。
『可愛らしいゴーレム達の事も含めて、私達はあなたに守られております。ですから、我々の事は大丈夫ですので、どうか良き旅を……』と、見送ってくれる皆の顔を確りと見返し、私は頷くと再度『大樹の森』へと【転移】で帰るのであった。
またのお越しをお待ちしております。




