第283話 楽業。
「──おっと、起きたようだ。そろそろ帰るか。……それじゃあな、友よ」
「ああ、また」
エア達が起床してくる事を察した聖人は、その一言を残すと一瞬で消え去るかのように帰って行った。
一見、ただの白い人型で、影や幻かと見間違える様な存在。
第三者から見れば、表情一つ真面には分からないだろうし、間違いなく不気味に思われたかもしれないそんな『薄雲の男』ではあったけれど、私たちの間ではそんな見てくれ等何も問題にもならなかった。
私たちは互いに確りと友として認識し合っていたのである。
そして、私たちはただただ会話を楽しみ、互いの話しに興じた。
表情がない事を不便や不気味だ、などとは一切感じなかったのである。
そんなものは所詮、私の無愛想と同じレベルの違いでしかない。
ちゃんと心を通じ合わせられれば、話は通じる。
そして、敬い、尊ぶ事が出来るのだ。
彼はいつだって努力の人だった。
どのような場所に行っても変わらず、綺麗にし続けている。
ただの綺麗好きな男なのだ……。
まあ、帰った彼の話はさて置き、エア達の方へとそろそろ向かう事にしようか。
私の探知では既に『土ハウス』の中でエア達が起き出し、キョロキョロと私を探し始めているのを感じたのである。
……ただ、そんな帰り際に、私はふと一度だけ『原初』を振り返った。
『再誕』した事より、魔法陣の効果で見渡す限りの一面がしっとりとしている砂の大地が見える。
そして、その大地に日の光が反射し続け、こちらの目をも少し眩くさせたが、それでもなお私はその光景を見続けている。……きれいだと思ったのだ。
そして、それと同時に自分の過去を振り返るが如く、心の中では幾つかの自問自答も行っていた。
『あんな約束をして、本当に良かったのか?』と。
『私は他に何か見落としてはいないか?』と。
だが、それらに応えてくれるものは居ない。
今更悩んだ所でどうしようもなく、もう済んでしまった話でもある。
結局はこれからが上手くいくか等、未来でも視えなければどうする事も出来ないのだ。
私にはまだそんな力はない。
……それでも、私にだってやっぱ、時々はこうして迷う事位あるのだ。
ちゃんと生きているのだし、心もある。
痛みも感じる。
そして、色々と悩んだ最後には、小さくとも喜びを得たいなと思う位に欲深くもあった。
そんな私が今一番に欲しいと思う喜びは、やはりこの場所に友二人を招いて、この光景を見せてあげたいと言う欲であった。……言うならば『喜ばせたい欲』だろうか。
……もしかしたら、友二人も最初はこの何もない光景に、昔とのギャップを感じてしまい、傷ついて心の中で涙を零すかもしれない。
だがそうなった時には、私がエア達にして貰ったのと同じように、今度は私から友二人へと知らせてあげたくなったのだ。
何も無くなったこの場所にも、まだ『意味と価値』が確りと存在する事、そしてその未来にはちゃんと森へと至る『希望』があるのだと言う事を、教えてあげたくなった。
……だからこの場所はもう大丈夫。滅びる事無く『再誕』出来るのだと。
要は、この元気な白い苗木の姿を見せて、この地が再び始まった事を伝えるつもりなのである。
……本当は、元々の巡回ルートに乗せ、空を飛びながらゆっくりと苗木を生長させていき、湖の周りにも普通の木を何本も植えて、ちゃんと森に見える様になった状態で二人には見せてあげたかった。
でも、それは先の聖人との『約束』で本来のルートの高さまで下げる事が出来なくなってしまったので、一旦は断念したのである。流石にこの高度だと、普通の木々を育成させるには適さない難しい環境なのだ。
だが、この高さでも雲海の下へと来た事で魔素は十分にあると言えるし、木の品種や育成の仕方を精霊達とも相談して、上手く植樹していけば、いずれこの地も森らしくなるだろう。
……その時の森はきっと、昔のものとは全くの別物だろうけど、それでも森である事に変わりはない。
ただ、そうなるまでにはかなりの時間を要する事が簡単に予想できたので、今回は現状報告だけを先にして友二人を喜ばせたいと思った。……我慢しようと思ったが、うずうずしてしまったのである。
聖人とは下降はしない『約束』はしたが、この場所から移してはダメだとは『約束』していないので、このまま友二人が居る街の方へとこの『空飛ぶ大地』はゆっくり運び出す事にした。
まあ、正直な話、友二人をこの場所へと【転移】で連れて来る方がかなり楽ではあるのだが、驚かせたいと言う気持ちが強かったので、このまま頑張って運んでいきたいと思う。
安全面を考えて、多少魔力は多めに消費してしまうが、そんなものは大した問題ではないだろう。
……おっと、ちょうど起き出したエア達が食卓へと向かっているのが分かったので、私も一緒に食事を取る事にしよう。
──そんな感じで、私達がのんびりとしている間に、『空飛ぶ大地』は雲海の下スレスレを悠々と移動し、彼らの居る街へと向かった。
『視認できる距離までいけば、きっと友二人はすっ飛んでくる筈だ』と、その時の光景を思い浮かべながら、今から私は内心でニマニマと笑みを浮かべるのであった。
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