第19話 肉。
2023・02・07、本文微修正。
干し肉の在庫が切れた。
果物や野菜はまだまだ残っているが、エアの好物である絶品の『高級干し肉』だけがその姿を食糧庫から消してしまったらしい。
無論、狩りに出かければ丸焼きなどの肉は食べられる……。
が、やはり『好物が無い』という状態は中々にショックを受けるものだ。
「……はぁ」
大好きな果物も新鮮なサラダも猪の丸焼きだってペロリと平らげたエアではあるが、彼女もどこか物足りなさそうな顔をしている。
見た目は大人だが、心はまだまだ幼子。育ち盛りだからだろう(?)。
普段よりも食べている総量が明らかに少ないので、いつもの元気さが今日は不完全である事が丸わかりだった。
「…………」
それに、実はあの干し肉をまた手に入れようにも、あれは中々に手に入れるのが困難な品物でもあった。
まず作って貰うには王都に出向かわなければいけない。その上、あれを作る為の材料も自らで狩らなければいけないのだ。
まあ狩り自体は問題ないが、狩った獲物を街にもっていくとそれだけで様々な面倒事が舞い込む可能性も高く、おそらくは長期間街に滞在しなければならない為不本意な時間を多く過ごさなければいけないのである。……要は、精神的疲労が段違いなのだ。
「なんのお肉なの?」
ただ、そんな『高級干し肉』に対しエアは明らかに興味津々で訊ねてくる。
……因みに、その肉は『羽トカゲ』のものであった。
「それってどらごんッ!?」
「……うむ」
そうとも言う。それも皮下の肉質がかなり柔らかく珍しいタイプの羽トカゲで、私が冒険者をしていた頃、偶々奴等の異常な大量発生の現場に遭遇してしまい、圧倒的な数の暴力を受けながらも、約一年の半分を泥水の中を這いずりながらも逃げたり戦ったりを繰り返し、最終的にはほぼ全て倒した時の干し肉の名残なのである。……因みに、魔法によってかなり日持ちするので腐ったりはしていない。
「また泥水に入ってる」
「……ん?」
「んーん、なんでもないっ」
彼女が途中、何か楽し気に囁いた気がしたが、説明の途中だったので上手くは聞こえなかった。
まあ、『嬉しそうならそれでいいか』と思い話を続ける。
奴等は『石持もどき』でもない癖に、中々の凶暴性を秘めた種類だった。
それこそ延々と、朝も昼も夜も変わらず、延々、延々、こっちを消耗させる作戦で永遠に終わらないのかと錯覚するほどの物量で襲いかかってきたのである。寝る間や食事をとる時間は満足に得られず、約半年もの間、私はかなり苦しい戦いに身を置いた記憶があった。
途中からは当然あまりにも睡眠が取れないので、イライラが募り、記憶はかなり飛びがちになった。自分の身体に魔法で全力の障壁を張り、羽トカゲ達にわざと丸のみにされあいつらの臭い腹の中で何度か夜を明かすと言う苦行にすら耐え、どうにか奴等を倒し切ったのだった。
全てが終わった時には、流石に疲労で崩れ落ちかけたが、執念で奴等の肉を集めきり、干し肉に全部変えてやった時は達成感を感じた覚えがある。
今ならあの頃とは違ってこちらが一方的に勝てはするだろう。
けれど、何となく今でも精神的な面ではあまり出会いたくない敵だった。
それに、確保した羽トカゲの肉以外の部位に価値を見出した王都の強欲な者達の存在も忘れてはいけない厄介さがある。干し肉が完成し渡されるまでの間、延々とやってくるあの者達の襲来にも散々と悩まされたものだ。
『次からはお前らを狩ってやろうか』と何度思った事か……。いや、実際何人かは狩ってやった。
まあ、どちらにしても精神的にかなりきつい事に変わりはない。
「…………」
そんな理由もあってか『正直あまり王都には行きたくない』というのが私の内心には深くあった。
……いや、あまりではないな。かなり行きたくはない。
『別に王都以外でもきっと同じ事になるだろうから』と、そもそも大きな街へと行くのも未だ控えたいという想いもある。
彼女が魔法使いとして力をつけ、一緒に冒険者として活動する事になったら……、その時には自然と街にも登録に行こうという気になり、精神的にも大部異なってくるのだが──。
「……うーん。わかったっ!なら、じぶんで作ってみるッ!」
「んんっ??」
ただ、そうして話していると、私の嫌そうな雰囲気が伝わってしまったのか……エアはいきなり立ち上がってそう宣言しだしたのだ。
も、勿論、それに対する私の反応は困惑である。
「だめ?」
「な、なにがだ?」
「ほしにく、じぶんでつくるの」
「ほしにくを自分で、作る?……作れるのか?いや、作りたいと思えるのか?」
「うん。やってみたい」
「そ、そうか。ならば、私も精一杯応援しよう」
「ほんとにっ!?うんっ!がんばるッ!!」
その時私は、『才能の開花』を目の前にし、内心ドキドキしていたのかもしれない。
冒険者時代から、大抵の事はソロでやってきたので、私もある程度の事はなんでも熟せる自信があった。
特に魔法に関して言えば、並の魔法使いとは一線を画す位の実力は携えていると自負している。
がしかし、実は『とある分野』においては、こんな私も極めてポンコツだったりするのである。
「…………」
と言うのも、それが何かといえば、それこそが『料理』だったりする訳で……。
これまで自慢の【空間魔法】にしまってある各種保存食や、森にある果物や木の実、家の周辺で栽培している野菜などを使って誤魔化し誤魔化しやっては来たものの……干し肉が切れた事で遂に、恐れていた問題が浮き彫りになってしまったと言えるだろう。
昔から薬草の調合や、地味に錬金術なども嗜んで居た為『料理なんかももちろん出来るんでしょ?やってよ!なんか食べさせて!』と言われる事が多々あったりはした。
がしかし、当然そんな事はないのである。……いや、この際だハッキリと言わせて頂こう。
『私に料理は絶対に無理だっ!『調合』や『錬金術』と『料理様』は全くの別物であるッ!』と。
「…………」
因みに、冒険者が最低限行う『獲物の解体や処理』を『料理』とは呼ばないらしい。一般常識だそうだ。
そもそも、両者には根本的な部分で大きな違いがあって、調合や錬金術は『味』を全く気にしなくて良い。なので、『調合』等は『効果』さえしっかりしていれば、不味かろうがなんだろうが全然大丈夫なのである(問題がないとは言っていない)。
しかし、である。その点『料理』においては私のその常識が全く通用しなかった。
驚く事に、なんとこの分野は『不味いとダメ』なのだそうだ。
それの効果がどんなに高くても……ある程度、譲れない基準があるらしい。
実際、味覚の好みなど千差万別だろうに……これは大変に恐ろしい分野である。
『不味くても効果がしっかりしてるから良いじゃないかッ!』と言う、私のそんな得意の鉄板言い訳も全く通用しない。
一度不味ければ、次からはもう『作らなくていいよ』と言われるだけ……。
無論、私も何度か挑戦してみたことはあるのだが、『味覚』の好みにも差があると中々に上手くいかず、結局は諦めてしまったのである……。
「…………」
でもだからこそだろうか、私が諦めてしまったそんな分野に、彼女が『挑戦する』と言った事は素直に感動を覚えるものであった。
……無論、彼女も上手くいくとは限らないが。自分から『料理』を、干し肉を作ってみたいと言いだした事──新たな事に挑戦したいと思い至った事に、私はささやかな希望を視たのである。
魔法使いでありながら、料理まで覚える。それは新たなる挑戦だ。
エアの貪欲に挑戦してみたいというその姿勢。これを才能と言わずして、何が才能と言えるだろうか。
この事に、私がどれほどの衝撃を覚えたか……分かる者はきっといない。
この話を聞いて『そこまでの事か?お前が料理下手なだけだろう?大袈裟すぎる』と思う者が居るのかもしれないが……これはなにも私だけがそう感じたからと言う訳でもない。
「…………」
私と未だに接点がある王都の友二人も最初はそうだった。
かつて、私の『料理』に対する考えを聞いて『そんなバカな!あり得ないよ!大袈裟だよ!』と言っていてはいたが、私が懇切丁寧に説得したら(私が作った料理を試しに二人に食べて貰ったら)、直ぐに『私達が悪かったから、もう二度と料理は作らないでください』と言って来たほどである。
因みに先に述べておくと、逆に私だけではなくその二人も負けず劣らず中々に酷いものだったと言っておこう。
ただ、その時から私達は『もしかしたら魔法使いと料理人は技能的に相反するのかもしれない』と本気で考えていた。
よって、そんなにも『険しい道?』を今から歩み始めるエアの事を私は精一杯応援していこうと思ったのである。
──閑話休題。
「……と言う訳で、本日はたくさんの肉を用意してみた」
「はいっ!」
「それでは今より、干し肉作りの開始を宣言する」
「はいっ!つくりますッ!」
そうして、家の外での干し肉作りがゆるりと始まる事となった。
用意した物は、猪肉をたくさん、鳥肉をたくさん。以上だ。
解体作業はお手のものなので私が担当し、エアには肉を並べてもらう作業をしてもらった。
かなりの量なので、私はどんどん狩ってきた猪や鳥を丁度いい大きさに切り分けていき、魔法でエアの所へと運び、それを受け取ったエアはお肉をどんどんと並べていく。中々の連携である。
ただ、一点問題なのは目の前に大好きなお肉がいっぱいあるので、次第にエアが食べたそうにうずうずしている事であった。干し肉はすぐ食べれるわけではないだろうし、これはなにか考えた方がいいかもしれないと、私も頭を捻らせる。
「…………」
ただまあ、肉なら沢山あるし食べながら作業しても別に問題ないだろうと思い直し、私はエアの傍に長方形の鉄板を取り出して、魔法で土を盛り上げてから簡易的な竈も作った。その上に鉄板も乗せて、竈に火を入れる。
後はトングみたいなものをエアに渡して、これでお好みで生肉を鉄板に適当に並べておくだけで食べられるようにし、私は再び解体作業へと戻った。
「わぁっ!!」
私が解体している場所までジュージューという香ばしい匂いと、エアの嬉しそうな声が聞こえてきて、『やって良かった』と私は思う。
魔法を使ったのでそれほどまで時間はかからず、大量にあった肉の解体もサクサク終わり、干す側はどんな調子かなと見に行くと、不思議な事にさっきまで干していた筈のお肉までもが消えていた。
「…………」
……まあ、少し前からちょっとそんな気配は感じていたので、分かってはいた。
実際エアの傍に行ってみると、汚れた鉄板を浄化で綺麗にしてからまた次のお肉を並べている嬉しそうなエアの姿がそこに。
「あっ」
エアは私に見つかり、気付かれた事で少し顔を赤らめると、恥ずかしそうにこう言った。
「えへへ、ほしにくもいいけど、やっぱり、こっちもすき」と。
という訳で、『干し肉作り』よりも先に『美味しい焼肉作り』の方がエアへとブームとして到来したのであった。
またのお越しをお待ちしております。




