第162話 館。
『白銀の館』と呼ばれているらしいこの屋敷だが、特に内装も外装も白い部分はあまり無い。
……因みに、青年達は皆金髪である。
と言う事はつまり『白銀……』と私は自分の髪を少し視界に入れてみて、一応その色を確認してみた。
……うむ。私はどちらかと言うと白色が強めで……銀色成分は控えめな気がする。
これはいっそ白と言った方が潔いかもしれない。それと、更にこうすれば完璧だ。
私は自分の髪の白さを強調する為に、【召喚】を使い白い兎さんにご足労頂いて私の頭の上へと乗って貰った。
「……あの、何をなさっているのですか?」
私がそうして兎さんを頭に乗せていると、老執事が不思議そうな顔をしてそう尋ねて来る。
まあ、何をしているかと問われれば、『兎さんを頭の上に乗せている』と言う答えを返す事は出来るのだが、彼が聞きたいのはそんなことではないだろうと思い直し、私はボソボソと答える事にした。
「館の名前が、『白銀』と言う事で、少々気になったのだ……」
「名前、ですか……それはいったい。もしかして、何か問題でもございましたか?一応エア様にはご了承頂いていたのですが」
エアが了承をしていたのか。……ふむ。なら問題無いかもしれない。
いや、それならばと正直に話すのだが、私が考えていたのはあれなのである。
あれとは、つまり、その、もしかしたら、この屋敷にもっと来いと遠回しに催促されているのかな……っと私は思ってしまったのだ。
でもやはり、私はエアとの冒険を優先したいわけで……。
「あー……ふははっ、なるほど。そう言う事ですか。いえいえ、そんなつもりは全然ありません。ご安心ください」
私が正直に心の内を語ると、老執事はくつくつと笑って、朗らかな表情を見せた。
彼は『悪い意味でその名を屋敷に使ったわけではないので安心して欲しい』と言ってくれる。
だが、悪い意味でと言う事は、逆の意味があると言う事でもあった。
それはいったい何なのだろう。
話のついでに私は気になった為、彼にその理由も尋ねてみた。
……すると彼は、ちょっとだけ困ったような顔をして少し複雑そうに教えてくれる。
「わたしどもは、真の魔法使いとはこれほどのものなのかと、ここに来てよく思い知ったのですよ。契約と言うのがどういうものなのか。貴方の力がどれほど凄いものなのかと、この屋敷に来てわたしどもは再認識させられたのです……」
と言う彼は、大きな理由として『あなたを忘れたくないから、その名前を付けたのです』と語ってくれた。
「エア様の事はまだ覚えて居られるのですが、日に日にあなたの事だけが意識の外へと薄れて行ってしまう気がしまして……あれほど感謝していた気持ちが全て消え去ってしまいそうになるのです。魔力の強いエルフの青年達でさえ、時々同じ状況になってしまうと聞いて、魔法に疎い私は尚更恐ろしくなってしまいました。このまま恩人であるあなたを忘れてしまうんじゃないかと……。エア様からはそんな事はないから安心しても良いとは教えて貰いましたが、何か一つ繋がりが欲しいと思ってしまったのですよ……」
……なるほど。
彼らはこれまで魔法使いと情報の漏洩防止に関する契約をしたことがなかったのだろう。
よって、その効果がどういうものなのかを今回初めて経験し、困惑をしてしまったらしい。
それは彼だけじゃなく、屋敷に居た者達全てがそうなっていたのだと言う話であった。
……契約も当然、魔力の差によって効果が異なるのだ。
エアの存在がはっきりとしているからこそ、私の存在がより希薄になってしまう様に感じられてしまったのだろう。
だが、それはエアの言う通り何も心配ない。忘れるわけではないのだ。会えばこの通りちゃんと普通に話せるのである。
ただ、済まない事をした。怖がらせてしまって申し訳ない。
「いえいえ、これはわたしどもの無知こそが問題でありましたのでお気になさらず。それにこちらこそ勝手にお名前を借りる様な事をしてしまいまして──」
──と言って老執事は私に向けて頭を下げて来たのだが、そんな事位好きにして構わないのだ。
もっとわがままでも良いくらいである。それが君達の幸せになるのならば私にとって何も問題はない。
私がそう語ると、老執事は再び微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。……あなたは本当に、お優しい方です」
いやいやいや、本当に私は大したことは何もしていないのである。
それに『白銀』はそもそも私の名前でも何でもないので、今後も好きに使ってしまって構わないのだ。
「左様でございますか。……あっ、ですがそう言えば一点だけ不思議な事に、私どもが屋敷に『白銀』の名を頂いたその日から、何故か皆の身体の調子がとても良くなったのですが……これも"普通"で宜しいのですか?」
……なに。それはどういう事だろうだ。
私も初めて聞く。
「おや、本当にこれはご存知でないのですか……。皆、これを冗談半分であなたの『加護』だと言って喜んでいたのですが……。これはあなたが魔法を使って下さったわけではないのですね」
「ああ。私は本当に今日初めて屋敷の名を聞いたのでな」
「なるほど。……それでは、本当に『加護』なのでしょうか」
……さて、そればかりは私にもわからない。
私が何かしたつもりが無いのは本当の事だし。
そもそも『加護』と言うのはその殆どが、ただの思い込みばかりなのである。
本当に時たま、奇跡と言える様な事は起こるが……これがそうだとはどうにも思えない。
それよりは、精霊達が何かしてくれたと言う可能性の方が高いかと思い、私は精霊達の方へと視線を向けてみた。
だが、いつもの精霊達は『旦那、俺達でもないぜ』と傍で首を横に振って否定している。
……ふむ。どうやらこの問題は私にもさっぱりであった。
ただ、もし不思議な力が働いているのだとしても、それは『加護』等ではなく、魔法使いとして魔力的な繋がりが彼らと私との間に出来たのだと思いたい。
精霊達が互いの気持ちを魔力に乗せて伝え合う様に、私と屋敷に居る者達も良い関係を築けたから、仲が良くなったから魔力が繋がり、なんか良い作用を引き起こしていると言う考えの方が、私的には嬉しいのである。
「……そうですな。私としましても、その方が嬉しく思います」
老執事と私は、そうして暫く玄関先でほっこりとする話を語らい合う。
終いにはいつしか、最近の『お嬢様は凄い。エアは凄い』報告会にまで発展しており、『じいじッ!』『ロムがいくら待っても帰って来ない!』と、女中少女とエアが二人でぷりぷり怒って呼びに来るまで、私達は楽しい一時を過ごすのであった。
またのお越しをお待ちしております。




