第155話 容。
雪山のとある一帯の雪が無くなり、山の地肌が見えていた。
まあ、無くなったとは言ったものの、実際は雪玉にして周囲に投げてしまっただけなので、周りにその分が積み重なっているだけである。
「ほんとうに、信じられない事ばかりだった」
私達とこれまでの訓練を通してきて、鬼人族の少年はそう語った。
彼は普通に生活しているだけで自然と積み重なっていく魔力を、自ら発散させる方法を学び終わった。
本来は幼子に里の大人たちが教えていくものを、少しだけ、ほんの少しだけ難易度を上げて伝えただけなので大げさである。
一応、一人で出来るものと複数人で出来るものを伝えて、魔法とは言わないまでも簡単な魔力操作の訓練法までを教え終わった。
──そして、気づいた時にはもう芽吹きの季節へと変わっていたのである。月日が過ぎるのは早いものだ。
結局、彼の過去に何があったのか、その詳細な部分を私達が知る事はなかった。
私の『おそらく』がそのまま全て当てはまる事はないだろうが、それに近い事が起きたのだろうと察したので彼の気持ちを慮って聞かなかった。彼も自分から語ろうとはしなかったのできっとこれが正解だろう。
ただ、一度彼を『雷石改六』と言う魔法道具が販売されている店へと連れて行き、その商品を渡して使い方を教えてあげると、彼は暫く悩んだのちに意を決してその魔法道具を使った。
……その時の彼の表情を一言で言い表すのならば、『儚さ』だろうか。
もう戻れないと自分では思っていても、家族達の事を大切に想わない日は無い。
本当は戻りたいと言う気持ちもあるのだと思われた。
私達はそんな彼を見ていて、幾度も戻っても良いんじゃないかと思った。
彼の里の者達でもきっとそう思う者は多いだろう。全てはもう昔の事だと。子供の時の過ちに過ぎないのだと。
このまま子供の頃に起きてしまった事故を一生引き摺り、罪の意識に苛まれ続けるのは、彼があまりにも悲し過ぎると。
……だが、それは周りの気持ちだ。
悲劇の被害者が生きているにせよ死んでいるにせよ、彼にとってはまだ、その時ではないのである。
彼自身がまだ自分を許していない。心が贖罪を得るまで至っていないのだ。
私は、私達と別れて旅に出ると言う少年に、今後どうするのかと尋ねてみた。
「冒険者を続けるよ。誰かの為に何かをしたい気分なんだ。ここ最近までずっと、とある耳長族達に過剰なお節介を受けていたから。……俺も誰かにお節介を焼きたくなった」
というその言葉に、エアは笑い、私は遠くの方へと視線を逸らした。
背後で精霊達もゲラゲラと好き勝手喋って笑っている。……"もー"。
だが、それでもいい。
いつの日か彼の心が、彼自身を許せる日が来ることを私達は願っている。
首元に『赤石』を付けた年若い鬼人族の少年は、そのまま振り返る事無く空を走り去って行った。
……訓練の成果が出ているのか、良い走りっぷりである。気を付けて。
彼には彼の道がある。
いずれまた会う日もくるだろう。
それまではどうか元気で……。
──さて、それでは私達もそろそろ旅立とうかと歩き出す。
寒い季節を越えたばかりではあるが、当初の目的通りに私達は涼しい大陸へと向かうのである。
その為に先ずは、海へと行こう。
またのお越しをお待ちしております。




