第153話 外。
「ん?……んん?」
「起きたの?」
三度目のダウンで気を失った鬼人族の少年は、むくりと身を起こして辺りをキョロキョロと眺めている。
そして、彼の背後にいたエアに気付くと『ねぇ』と小さく声を掛けた。
「俺、どうなったんだっけ?」
「三回倒れて気を失ったよ?ロムの攻撃全部受けたの。覚えてない?」
「……わかんない」
私がしようとしていた説明をエアが全部してくれる。
だが、どうやって負けたのかまでは分かっていないらしい。
まあ、頭に良い一撃が決まってしまったのでしょうがないか。
既に回復はかけたので大丈夫だと思うが、もう少し様子を見る事にしよう。
「あなた元気?」
「うんまあ。……よっと。ほらっ元気だよ」
「じゃあ、私とも戦う?」
「……あー、そう言えばそんな話だったっけ。なんか今はいいや。少し寝たら冷静になった」
少年はそう言って、今度は私の方へと顔を向けた。
そして、少年はジーっと私の顔を見てくる。
……その目に少しだけ私はデジャブを感じた。
エアとの初対面時も確かこんな雰囲気で、近寄って来たエアがこの後私の腕に噛り付いたのだ。
……先に腕の袖をまくっておいた方が良いだろうか?
──だが、私のそんな心配は杞憂だったらしく、少年は意外にも私へと齧りつく事なく普通に話しかけて来た。
「なんか頭がスッキリするんですけど。なんか魔法を使ってくれたんですか?」
私は彼のその問に首を横に振った。
一応、回復はいつも通り使ったけれど、それは身体の傷を治す目的でしかない。
だから、彼が聞きたいのはもっと別の事だろうと思い、私は彼が知りたいだろう話をし始めた。
先ず、始めに鬼人族は『天元』に魔素を通す事で肉体の強化が出来る。
そして、彼らは食事の殆どを吸収して自分の力に変換できると言う素晴らしい能力を持つのだ。
だが、その時に気をつけておかないといけないのが、体内にどんどんたまった魔力を消費する術を持たないと、自分の思った以上の力を発揮して周りを不必要に傷つけてしまったり、更にその量が増えれば肉体の強化できる限界を越えて、自身の身体そのものに悪影響を及ぼしてしまう事もあり得ると言うことなのだ。
基本的に、普通に生活していれば身体を動かしているだけで得た分と消費する分が自然とつり合い、大事にはならない筈なのだが、稀にエアの様に沢山ご飯を食べたりする者だとそのバランスが崩れがちになる。
そして私の視た所によれば、彼の場合『天元』を通せる魔素の通りも良く、おそらくは食事から得られる吸収率も高いのだと分かった。
彼の場合、得られる力の方が消費する分よりも多く。勝手に力が段々と上がっていくのである。
自然と肉体強度が増えて力が上がると言うのは、話だけ聞けば良く聞こえるかもしれないが、子供の時などは特に力加減と言うのが難しいもので、放っておくと自分の思っている以上の力を発揮してしまう。
誰かと握手するだけでも、自分では普通に握っているだけなのに、相手は手が潰されてしまうのである。
肉体強度を誇る同じ鬼人族同士でもそんな事になってしまうのだから、もし他の種族の子供とも触れ合いがあった日なんかは、悲劇すら起きる事もあると私は聞いたことがあった。
先程、私と戦った際、彼は段階的に力を引き上げていった。
それ位ならば普通の事だと思う者もいるだろうが、私はその姿を見て察したのだ。
きっと今よりも若く、幼い時に、彼はきっとそれ(悲劇)を経験した事がある者なのだと。
相手を必要以上に傷つけない様に、自然とそうやって力を抑えようとしてしまうのだろうと。
力を過剰に溜めこんでしまったのならば、魔力の訓練をしてもいいし、私が先ほどやったように適度にガス抜きしてやれば、簡単に抑える事はできる問題だ。
それは本来、『里』で生きている大人達が気をつけて見てやるのが当たり前の事である。
だが、何かしらの理由によって、それが出来ず、事故が起きる時はある。
どれだけ気をつけていようとも。起きてしまう時は止めようがない。
それは仕方のない事でもあった。誰が悪いと言う訳でもないだろう。
……だが、不本意であろうとも、自分が原因で大事な家族を傷つけてしまったとなれば、その重荷は測り知れないものになる。
特に『里』の中にはもう居られないと、思うだろう。
全ては『おそらく』という私の勝手な想像でしかないが、少年の年でここに彼がいる事が、既に私にはその証明の様に感じられた。
彼は里を出て、出来るだけ力を発揮する事を我慢してきたのだろう。
そうでなければ、あれほどまで角に異変が表れるわけがない。
だが、あれは我慢でどうにかできる問題ではないのだ。
当然、限度がある。
もし、あれ以上我慢していれば彼の身体には悪影響さえ訪れていた事だろう。
だから、自然と彼の身体は戦いを求めていたのだ。発揮する場所を求めていた。助けを求めていた。
なので、ギルドにエアの姿を見た瞬間にすぐさま近寄って来たのだろう。
他の相手では万が一があるかもしれないが、同族の彼女ならば戦っても大丈夫だと。
隣に居る耳長族である私の姿にも一切気づかぬ程、彼はエアだけを見つめ救いを求めていた。
──結局、相手は私になってしまったが、戦えるとなった時の彼の嬉しそうな表情を見て、その限界は近かったのだろうと私は悟っていた。
魔力の訓練をすればある程度はそんな状態にならないように発散できる事すら彼は知らない。
本来は『里』で同族の者達から教えて貰える筈の、そんな基礎知識すらもたない彼には、戦いしか救いがなかった。
きっとそれほどまでに幼い時分に、里を飛び出してここまできたのだろう。
おそらくは悲劇を起こしてしまった、その直ぐ後に……。
「あんたに、なにがわかるって言うんだっ!」
自分の状態の理由を知った彼は、最初は納得して私の話を聞いていたが、その後の私の推察を聞くと、怒りを露わにした。
その表情からは『余計な事を言うなっ!』と言う、強い憤りを感じる。
……確かに、これは私が悪かった。
他人の心にずけずけと踏み込む、まるで悪い盗賊の様な所業だと反省する。
「すまなかった。」
だから、そこはちゃんと謝る。
だが、それと同時に、私が彼に更に余計なお節介をすることが、たった今決定した瞬間でもあった。
エア達から受けた優しさ成分は未だ私の中でキラキラと輝いており、気まぐれと言う名の『誰かに何かをしてあげたい欲』は全然無くなっていないのである。
──よって、彼は嫌かもしれないけれど、残念ながら私から強制プレゼント(訓練)が送られる事になったのであった。
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