第133話 備。
気が付いた時には、日差しの厳しい季節にすっかりとなっていた。
こちらの大陸は基本的に向こうよりもずっと暑いので、日差しの季節は一層の熱気を感じる。
呼吸するだけで身体の中に湯気が入り込んでくる気分になるのだから、これは余程だろう。
当然、剣闘士達も含め街の者達も皆薄着の者が多く、私に頼まれる『お裁縫』も丈の短い物や生地の薄い系統の服が多くなった。
自分が着るとは思えない服装も多かったが、一応知っておいて損は無いかと思い、手間賃代わりに服を探知させて貰ってデザインを覚えていった。ここ数日だけでもかなりのデザインを確保できたと思う。
剣闘士は男女ともに皆結構いい素材の服を着ているし、これらのいくつかはエアにも作ってあげたいと思うものがあった。暇を見つけて少しずつ作っておくことにしよう。
結局、『剣闘場』でも私のやる事は変わらない。
基本的に手の内を晒すのが好きではないので、人前で戦うとかあまり私はしたくない。
だが一度、エルフの青年達にどうしてもと言われて、『最大十人までの集団戦の大会』にエアと一緒に参加して、七人のチームで出場し優勝した。
その際に、私は最初から最後まで皆の中心で棒立ちしているマスコット的存在……いや、どちらかと言えばモニュメント?に過ぎなかったわけなのだが、それでも他の六人の力だけで勝ってしまった。みな凄く頑張っていたと思う。
正直、途中から私も何かしたいと思いソワソワ感を出していたのだけれど、『ロムは静かに待っててねっ!』『ロムさんを皆で守るぞっ!』『おー!』となんか、チーム内で私は守られるポディションになってしまった為に、心苦しくはあったけど、初志貫徹で不動を貫いた。
途中から、敵チームも『守られていると思うとなんか無性に攻撃したくなる欲』でも働いたのか、私に攻撃を当てれば勝ちだと思ったのか、執拗に私ばかりが狙われたが、結局はエルフの青年達五人が前衛としてしっかり守ってくれている間に、エアが単騎突撃して敵を無力化し無双していくだけで優勝してしまったのである。
最初は『五人だけだと参加させて貰えないんです』という青年達の頼みでしょうがなくも参加しただけであったが、ただ見ていただけとは言え、傍で皆が楽しそうに戦っている姿を見られるだけでも私的には十二分に楽しかった。エアもずっと楽しそうに走り回っていたのが印象的である。
ただ、その大会で本格的にエアの強さが浮き彫りになってしまい、エアは一躍時の人みたいな状態にもなってしまった。
流石の鬼人族の運動性能は剣闘士達も話は聞いたことはあっただろうけど、それにしても想像以上だったらしく、自信のある剣闘士達が、一人また一人とエアに倒される度に会場は大盛り上がりであった。
特に、会場が最も沸いたのは、王者が居るチームの時で、剣闘士のポイント的にも上位である剣闘士達が数人も入ったドリームチームではあったのだが、そのチームでさえエア一人に無力化され完全敗北すると、会場は大喝采で沸きに沸いた。
その結果、剣闘士達の投資管理をしている者達からも、エアに本気で剣闘士にならないかと言う誘いが来るほどだったが、エアは『旅があるから』と言ういつもの断り文句で、そっけなく返してしまう。
戦いと言うよりも、『みんなで一緒に集団戦するのが楽しかったねっ』と言うエアはただ参加できただけで嬉しそうだった。優勝できたのは嬉しいけど、最後まで長く楽しめたことの方がエア的には価値が高かったらしい。
因みに、エアは剣闘士として人気になるんだったら、それよりもレフェリーになって選手たちを一番近くで見ながらどちらも応援できる方が好きだと言っていた。なるほどである。
エアも結局、それ以外の時間は基本的に私の隣でずっと『お裁縫』を楽しんで居た。
一緒のモノクルをつけて作業していると、時々エアが私の顔を覗き込んで来るので、『どうした?』と尋ねたら、『ふふっ、なんでもないよっ』とエアは笑って元の作業に戻る。というのを何度か繰り返した。
私は分からなくて途中で首を傾げるのだが、そうすると一緒に今度はエアも首を傾げてくるので、どうやら真似をしたい気分なのかなと察して、私は微笑ましく思いながら作業を続ける。
そうしていると今度は『最近のロムはあまりわたしに構ってくれない。エルフのみんなの事ばかり気にしている』と言って無邪気な笑みを浮かべつつ、不機嫌さはゼロで『怒ってます』の嘘真似をするようにエアは頬を膨らませていた。……どうやら今日は一段と甘えたがりな状態らしいとその時に私はようやく理解する。
それに、嘘っぽい仕草で言ってはいるものの、その言葉も全部が嘘と言う訳ではないだろう。
私的にはそんなつもりはなかったのだが、どうにもエア的には『エルフ達ばかり気にしている』と感じている部分が少なからずあったのだと察した。
確かに、エルフの里からここまで色々と彼らに気に掛けていたのは本当の事なので、私は納得を得る。
……とくれば、ここは本当にエアの機嫌を良くする為の行動や態度で接する事が一番かと思い、私はこういう時の鉄板技である『柔らかローブおんぶ』の"罠"にエアを掛ける事にした。
まあ、『罠』とは言っても、ただただ私がエアに背中を向けるだけではあるのだが、私がサッと背中を向けるとエアは即ガバっと抱き付いて罠に引っかかった。……どうやら正解だったらしい。一連の行動はおんぶして欲しいという遠回しな要求でもあったようだ。
「久々のふわふわだー」
考えて見れば、確かにここ暫くはしてなかった気がしたので、つまりはそう言う事なのだろう。
私の背中で『ふふふっ』と嬉しそうに笑っているエアを、私は気が済むまで甘やかすのであった。
──そう言えば、エルフの里の方やダンジョンの問題については例のギルドの辣腕の彼が完璧な対処してくれた。
『剣闘士見習い』の報告として月に一度赴く際に、彼からは里の方との接触は慎重に進めており、現状は全て順調であることを教えて貰った。
彼の口から『大丈夫です』というその言葉を聞けるだけで、一安心である。
ただ、毎回ここに来るたびに、彼は最初見た時と同じようなフラフラの状態になっているので、私達はその度に彼には浄化を強めにかけてあげるのだった。
『月に一度のリフレッシュできる日』と何故か彼も私達の浄化が気に入ってしまったらしく、私達が来た時にだけ毎回窓口に姿を現す様になるのだが、そんなに浄化が気に入ったのなら、浄化教会にでも通うと良いのにと、私は内心で少し可笑しく思いながらかけている。
……ただ、あそこの人間は聖人の影響からか綺麗好きなものが多いから、もしかして彼は門前払いでも喰らってしまった可能性もあった。
そんな事を本当に尋ねはしないけど、もしそうだったら可愛そうなので、しょうがないからいつも少し強めに浄化をかけてあげる。……君はあまり無理はしないように。身体を大切にしなさい。
この街で過ごした期間的にはまだそこまで長くはない筈なのに、それでも日々の内容が濃過ぎて数年は過ごした様に感じる日常であった。
最終的に私以外は、エアも含めて『剣闘士』と言う正式な称号のバッジを貰ったらしく、これで各地にある同じような施設がある場合、そこの利用が可能になったのだとか、エアも頑張って良かったと言って笑っている。私はもらえなかったけど、まあ、戦ってないのだから当然であった。
一度、エアが『私よりもロムの方が強いんだよ?ロムには称号あげないの?』と口を滑らせてしまった事もあったが、その時は『エアちゃん、ロムさんに無理を言っちゃいけない』『そうだ。あんな家庭的な人には俺達みたいな職業は似合わねえよ』『いつも俺、服直して貰ってるんだ。あの人はいてくれるだけでありがたいぜ』と、エアが私を無理矢理戦わして『剣闘士』称号を与えようとしているのを周りの剣闘士達がみんなで庇うという不思議な事が起こったりもした。……面白かったので、私とエアは『このままで良いかっ』という結論を得て、『お裁縫』に励み続けたわけである。
彼ら的には私はいつの間にか近所のお母さん的な存在になっていたらしく、彼らが庇ってくれたその心配りと優しさは私的にも少し嬉しく感じるものだったので、何も反論はしなかった……あっ、いや、反論が一つあった。『お母さん』じゃなく、せめて『お父さん』にして欲しい。私は男だ。間違えないでくれ。
今回この街で、初めて『剣闘士見習い』として働いたが、私程それに相応しくない者もいなかっただろう。見習いらしい事は何もしていないので今回は失格だ。
だが、平和で楽しい日々だった。それだけで私は十分満足である。
ただ、そろそろ『お野菜イベント』もあるし、この時期は大樹の森の方が過ごし易くて居心地がいいので、戻る事にする。それに精霊達の様子も見ておきたい。
──なので、近々この街を去る事になるが、周りのお世話になった者達にそのお礼を伝えていくと、彼らは突然顔色を変えて『待ってくれ!それなら最後に一戦やらせてくれ!』と懇願してきたのだった。
……というわけで、急遽特殊な『送別会的イベントマッチ』を開催する運びとなってしまったのである。
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