第132話 琢。
2020・06・01、戦闘周辺を微修正。戦闘結果に変更は無し。
剣闘士の戦いは多くの観衆の見守る中で行われる。
観衆にとって剣闘士とは投資先だ。
好きな剣闘士、人気のある剣闘士には皆がお金を投資する。
その代わり、人気のない剣闘士はその人気のある剣闘士を倒す事で、その投資金から一部を受け取る事が出来る。
また、観衆は投資した剣闘士が勝つことで、代わりに特典を得る事が出来た。
投資先がもしも商人であるとするならば、その剣闘士は商人の店の宣伝を大衆に向けてしてくれたりする。
観衆は好きな剣闘士が使っているのと同じ製品だったり、武器だったり、直接お勧めしてくれたものを手にする事で、観衆達、言わばファン達は特別な思い出を得る事になり、そこに投資分以上の価値を見出すのだ。
彼らが一生懸命に戦うからこそ、観衆達は皆胸を熱くし、彼らが勝ってくれる事で彼らは投資した事が正解だったのだと喜びを知り、勝利特典で大切で特別な思い出を増やし、日常生活では中々に得られない純粋な娯楽を享受しているのである。
それに、勝つばかりが全てではなく、もう一方の負けが込んでいる剣闘士にも根強いファンはいたりする。
『俺が応援しなきゃ誰がこいつを応援してやれるのだ!』と言う、一種の使命感に似た希望を、剣闘士にファン達は抱いたりするのである。
マイナーだからこそ、頑張って欲しい。一番になって欲しい。光り輝いて欲しい。
ただ、頑張って欲しいけど、本当は心のどこかであまり有名にはなって欲しくない。自分達だけの星でいて欲しい……みたいな様々な感情が混ざり合ったりして、剣闘士はとても人気を博しているのであった。
「それではこれよりっ!本日のメインイベントを開催いたしますっ!本日の対戦カードは、我らが『剣闘場』のナンバーワン剣闘士!王者の登場ですッ!その麗しき剣技には数々の猛者たちが──」
私は普段の仕事の一つであるお茶配りをしながら、観衆達と一緒にそんな剣闘士達の熱き戦いの数々を眺めていた。……ここはかなりの熱気があるので、何気に私の作る冷たいお茶は大人気である。
ここでの生活も早いもので既に数か月が経ち、エルフの青年達もだいぶ成長して掃除や芋の皮むき、武器の手入れ等をだいぶ熱心に熟す事で、遂には認められ見習いから剣闘士として戦う様にもなっていた。
それに、元々戦闘技術は並の者達よりも高かったので、今ではすっかり人気の新人集団として『剣闘場』で有名になり始めている。
ただ、そうした人気なんかは本人達にとってどうでもいいらしく、彼らは日々の戦闘練習や魔法の勉強に余念がない。"集中"してやっているようだ。やはりこう言う所には彼らの良さ(素直さ)を凄く感じる。
彼らには明確な目的があるので、今は脇目もふらず真っ直ぐに突き進んでいた。
出来ればそのまま頑張って欲しいものである。
──季節はあっという間で、もうそろそろ日差しの暑い季節になり『お野菜イベント』も近づいて来た。
これは私とエアにとっても大事な用事なので外せない。外したくない。
よって、ここに私達が居られるのも、後もう少しになるだろうか。
エルフの青年達ともここで別れる事にはなるが、今の彼らならばきっともう大丈夫。
自分達だけで真っ直ぐと進んでいけるはずである。
「そんな王者に対するはっ!これまで新人戦から未だに無敗っ!破竹の勢いでここまで最短で駆け抜けて来た天才の登場ですっ!その技はまさに美麗かつ鋭敏ッ!他に類を見ないその素晴らしき戦闘能力を──」
おっと、『剣闘場』の中心でエアが密かにこちらへと手を振っているのが見える。
今日もエアが楽しそうに笑っている姿を見て、私も心の中に微笑みを浮かべつつ、エアへと小さく手を振り返した。
……因みにだが、もしかしたらエアが『剣闘士』として、このメインイベントの選手の片方として参加しているのでは?と勘違いさせたかもしれないけれど、実は今エアはそんなメインイベントで戦う二人に今、『相手に止めを刺すような行為はダメですよ?』『その場合は止めに入りますからね?』と注意事項等の説明と確認をしているのであった。
まあ、所謂レフェリー的な立ち位置である。……実は先ほどから魔法で声を【拡声】し選手紹介をしていたのもエアであった。
なんで、エアがそんな事をしているのかと言えば、今日ここに立つ筈だった男性レフェリーの奥さんが妊婦さんだった事が影響しており、その方が今朝急に破水してお産が始まってしまい、慌てて代役を頼まれたのである。
そもそも、エアが回復を使える事と、本人の強さが半端でない事はこの数か月で剣闘士たちにも知れ渡っており、咄嗟に選手たちの間に入って止める事も出来るとその腕を見込まれて、これまでにも何度か代役を頼まれた経験もあった為に、今回もこうして代役を務めているのであった。
目の肥えた観衆の中には『あのレフェリーを剣闘士にしろー!』『エアちゃん今日もがんばってー!』と、一部に投資したいと言い出す者達が居る程に、エアの人気も密かに急上昇中なのだ。流石はエアである。誇らしい。
「それでは……はじめっ!!」
そんなエアの声と共に、『剣闘士』である二人の戦士の戦いは始まった。
試合は木製武器、直接攻撃系の魔法はなし、それ以外の肉体強化等の魔法は有り、の個人戦。
それもこれは定期に開催される大きな大会らしく、これまでの剣闘成績によって獲得したポイントから上位七人と、新人戦を勝ち上がった勝者一人を合わせた計八人による、一敗したら即敗退の勝ち抜き戦であった。
『剣闘士』の試合は様々な状況を想定した戦闘形式が適応される。
時には『武器のみの個人戦』だったり、時には『武器や魔法全部ありありの集団戦』だったりもする。
特定の大会等で勝つことにより、勝利ポイントを貯めていくと、彼らはより上位の戦いへと身を投じていく事ができるのだそうだ。
『剣闘士』の人気の秘密とは、こういう部分にもあるのかもしれない。
そして、今回の戦闘形式はここの王者である女性の最も得意とする分野であり、対するエルフの青年はひたすらその技量の差によって封じこまれ、苦しい戦いを強いられていた。
因みに、態々言うまでもないかもしれないが、このエルフの青年は私達と一緒にやって来た青年達の一人で、私が密かに彼らの『リーダー』と呼んでいる人物である。
彼は見習いから剣闘士になった最初の大会である『新人戦』において華々しく優勝を飾ると、そのまま一気にこの大会でも決勝へと駒を進めていた。
……だが、新人戦もこの大会も通して未だ無敗だとは言え、彼にとっては決して楽な道のりではなかったのである。
地頭の回転の速さを活かして巧みなフェイント等を駆使しつつ、師匠譲りの剣技と魔法で何とかここまで勝ち上がっては来た。
だが、無敗ではあるが無傷であったわけではない。
自分の魔法であれば回復する事も規則上は可能なのだが、彼の腕では未だ完治には至っておらず、これまでの戦いで負った傷がじわじわとその身体を蝕んでいた。
仲間達の篤い励ましこそあったが、ここまでこれた時点で既に彼は満身創痍に近い。
そんな仲間達である残りの四人は、今私の隣で彼がそんな状態である事を知りながらの観戦である。その手にある冷たいお茶が、温かくなる程ギュッと強く握りしめながら、皆彼を真剣な目で見つめて応援していた。
それに、彼に対する王者の人間の女性は、盾と剣の技量が明らかに彼よりも上である。
彼はそんな彼女と数合だけ剣を交えると、直ぐにその不利を悟ったらしい。
そこで、おそらくこのまま続ければ己がジリ貧になるだろうと彼は早めに決断し、未だ全力を出せる最初の内に、奇襲を交えて一気に勝負をかけることにした。
彼はそれまでの手数主体の戦い方から一転、王者の意表を突けると思ったその一瞬に、いきなり低空の飛翔をすると、それと同時に相手へと全力を込めた一撃をもって、鋭く切り込んでいったのであった。……おやおや、あの突撃はどこかで見た事がある。
……だがしかし、大会では一度も見せた事が無い技であったにも関わらず、王者は動揺の一つすら見せる事無く、その重い切込みを盾で巧みに受け流し、彼へと勝負の決着となる痛烈な反撃を与えたのであった。
「決着ッ!決着!勝者──王者ッ!皆さまっ、健闘した両者に温かい拍手をお願いしますっ!」
観衆達は、そんなエアの声に大きな歓声で返し、会場は両者を称える声で溢れんばかりになった。
そんな観衆達に王者である女性は、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて手を振っている。
一方、青年の方は先ほどの反撃の痛みで未だ上手く立ち上がれずに居たものの、そんな青年の様子を見た王者が、直ぐに彼へと肩を貸して引き起こした。
二人は観衆達の前で横に並び立つと、彼に肩を貸している王者の女性は彼の耳元で何かを囁いている。……ふむ。ん?ああ、流石に何を言っているのかを聞く程私も野暮ではない。何を言っているのかは少ししか分からなかった。
ただ、その言葉は少なからず青年にとって驚くものであったらしく、王者である彼女の事を目を見開いて見つめていたが、勝者である彼女に脇腹を小突かれて促されると、王者を見習って彼も笑顔で観衆達へと手を振り返すのであった。
新人戦優勝、今大会は準優勝。
結果だけ聞くとかなりの成績に思えるが、私の隣の四人の表情は厳しい。
『おいおい、あいつあの技使って負けるとかマジか?』『あり得ないな』『調子に乗ったわね』『私の方が上手いわ』
などと、先ほどまであんなに一生懸命に応援していたにも関わらず、既に酷評のオンパレードで、その流れで今大会の自分達の反省会までもし始めていた。……どうやら彼らに慢心はないらしい。良い事である。
彼らは仲間であると同時にライバルでもあった。
彼らなら、今後もお互いに切磋琢磨していけるだろう。
身近な目標も出来たみたいだし、本当にもう心配は要らないようだ。
──そんな頼もしい彼らの姿に私は微笑ましさを覚えつつ、その成長が健やかなものであるようにと願うのであった。
またのお越しをお待ちしております。




