第117話 不思議。
「ロムッ!見えて来たよっ!」
寒い季節をほぼ海の上で過ごして、ただ揺られ続けていたら、ちゃんと隣の大陸へと到着した。
海の上で過ごしている内にもう芽吹きの季節になっていたようで、空気がだいぶ暖かい。
生憎と到着した場所の周辺には人の街は見当たらなかった。
ただ、それとなく魔力の探知で探ってみたらそれらしい場所はあったので、準備が整ったらとりあえずはそちらの方に向かう事にしよう。
……と言う事で、そこそこに長い間お世話になった『土ハウス』は一旦【空間魔法】で収納しておく。
既にエアの部屋や精霊達の個室とかも増築出来ており、色々私物が増えてもいた為、これは消さずに今後も使っていくことに相談して決まったのだ。皆もうかなりの愛着が湧いてしまっている。
最近ではいつもの精霊達以外の他の者達も遊びに来るようになり、皆自分の領域の様にダラダラと過ごしてくれているので、彼らにとってもここはまた新たな娯楽場所の一つなっている気がした。
「ロム、なんか少し暑いね?」
そう。実はエアが言うとおりに芽吹きの季節に入ったと言うだけではなく、こっちの大陸は前よりも平均的な気温が少し高めらしい。湿度も多いように感じる。少しじめっとする感覚だ。
少しだけ服が肌に張り付くので、エアも私もちょっとだけ不快に感じている。
まあ、だがそこはいつも通りに自分たちの周囲だけを涼しくして過ごし易くした。魔法使いで良かったと感じる瞬間である。
そして、周囲が快適になると、エアは久々に私の背中に抱き付いてきて飛び乗るのだった。
海の上に居る時は移動する必要がなく、海に揺られているだけだったので背負う事が無かったが、陸地では『やっぱりこれじゃないと』と言う感じで、私のローブに触れて一安心したみたいな安堵の表情をエアは浮かべている。
……さて、進むとしようか。
──しかし、暫くして分かった事なのだが、この大陸今は、少し騒々しい事になっていた。
私は背中にいるエアにこの先に街がある事と、その街が今、どうやら人の大軍に襲われている事を伝える。
私の感知内では今まさに、攻城戦みたいな状況が繰り広げられており、ちょっと近付きたくない雰囲気になっているのだった。
どうにも感知の範囲を広げて見ると、こちらの大陸は今、どこも戦争の真っただ中であるらしい。
これはこのまま居ればどうにも面倒な事に巻き込まれそうな予感がある。
ここは一度帰る事も視野に入れ、私は歩きながらエアと今後についての相談を始めた。
「えー、じゃあ、ここで旅は終わり?」
戦争に巻き込まるのは私もエアも嫌と言う事で意見が一致した。
ただ、その為に一旦旅は中断し、大樹の森へ戻るのはどうかと私が提案すると、エアは背中で首を横にいっぱい振っているのが分かる。エア的にはそれはかなり不服らしく『こんな所で終わりはいやー』と反論しているのだ。
気持ちは確かに分かる。当然だ。出来る事なら私もこのまま旅は続けていきたい。
だがしかし、感知できる距離を広げて視てみれば、どうもこの先へと行っても望む冒険者活動等は出来そうにもないのだ。
下手したら巻き込まれて兵士として戦争に参加する事になるかもしれない。
そうなったらそれこそ冒険者どころの話ではなくなってしまうだろう。
それならばいっそ、前の大陸へと戻り、また別の方角へと海に出て探しに行くという案もあったが、流石にこれまでずっと海に揺られてばかりだったので、そろそろ陸地を旅したい欲が出てきているのも確かな話であった。
正直、困った状況だ。
ただ、それもこんな海沿いの街が襲われていると言う時点で、だいぶ襲われている側が劣勢であるだろうという察しも付く。もしかしたらもう少し待てばこの戦争が終わる可能性も無くはないけれど、それを待つのはあまりにも不確定過ぎるだろうか。
「なんでもう少しで終わりそうなの?」
「ん?ああ、それはな──」
エアが背中で首を傾げていたので、私は自分が今感知している情報も含めて教える事にした。
この冒険は私だけではなくエアにとっても大事なものなので、情報共有は必須なのである。
旅をすることでエアが何を見て、何を考えて、どう行動していくのか。
そうした経験を経て自分の力として活かせるのか。それを私は傍で見守っていきたいと思っている。
だから、エアにもちゃんと流されるばかりではなく、自分の頭で考えて判断して貰おうと私は思った。
そこで、今の状況を出来るだけ分かり易く説明していく。
現状、どうやら二つの国があり、片方が大きい国でもう片方が小さい国であった。
あの街は小さい国側らしく、攻めているのが大きい国側である。
周囲に援軍の姿は無いし、奇襲でいきなり襲われていると言う雰囲気でもない。
襲っている方もそれなりに損耗している事から、開戦からはだいぶ時間が経っていると思われた。
そして、通常海に面する場所であり、船などが停泊できるようになっている街は、その国の物資の流通に多大な影響がある所なので、ここが無くなるのは大変に拙い状況なのである。
ここが無くなってしまうと、最悪その国の人達はみんなご飯が食べられなくなってしまうのだ。
「ごはんが、たべられないのっ!?」
そう。今エアが絶望を禁じ得ない感覚を抱いているまさにそれ、それほど危険な状況なのである。
その影響は大きく、ここはとても大事な場所。絶対に守らなければいけない大切な場所なのだ。
だがしかし、そんな大切な場所は今、既に周囲を敵の大軍に囲まれており、攻城戦までもが始まってしまった。
本来はこんな状況になる前に、せめて交渉するなりして、どうにかしなきゃいけない。
なのに、それすらも全く出来ていない。……それは何故か。
恐らくは、そうしたくてもできない程にあの街側の小国は追い詰められているのだろう。
小国が大国に食われようとしている図、そのものだと私は思った。
あの街を失えば、きっとあの国はもう終わりである。
……私は今までの人生で、このような瞬間を何度も見て来た。
国が終わる光景とは意外にそう珍しいものでもない。
今の国が終われば、新たな指導者に変わり、また国の名を変えて新たな国が始まるだけなのである。
指導者の資質にもよるだろうが、国の在り方などだいたいどれもみんな一緒の事しかしない。
なのに、なんで態々国の名を変えているのか、常々私には良く分からなかった。……まあ正直な話、興味も一切湧かなかったので知ろうともしていない。
そんな訳で私は国の名など覚える気がほぼなかった。
大国だろうと小国だろうと、その中身はあまり変わらない。
だから、そのどちらにも肩入れしたいとは思わなかった。
立場や優劣が変われば、きっと小国側も大国側を攻めているだろう。
領地を増やすだけのそんな戦いに、一介の冒険者が介入する理由は何も無く、意味も見いだせない。
襲われている側が可哀想だなどとも思わなかった。
立場が変われば、そんなものは容易く逆転するからである。
彼らは皆、国民の為の戦いだと言って戦争を始めて、その国民達を死なせていくのだ。
国を豊かにする為だと言って、富を消費し損じ合い傷つけあうその行為が、矛盾している事に気付いていないのかもしれない。
大概が何かしらの大義名分に従って動いているらしいが、その大体は意味が分からないものばかりである。
皆で仲良くするのが一番に効率的だと思うのだが……彼らにとってはどうやら違うらしい。
愚かだとしか思えない。
なので、私は昔から戦争と言うものがあまり好きじゃなかった。
冒険者の立場から言わしてもらば、戦うべき相手が他に居るのに、何をやっているのだろうと思わずにはいられない。
……あれは私のやりたい事ではない。関わりたくない。
だから私は、いつもこういう場合は避け続けて来たのだった。
だが果たして、これらの話を聞いて、エアはどんな決断を下すのだろうか。
今回も、私は確りと彼女の行動を傍で見守りたいと思う。
だが、人の考え方とは様々で、行動理由も沢山ある。
先ほどの考えは私のものだが、エアはそうは思わず、もしかしたら全く違う答えへと至るかもしれない。
戦争が大事だと、もしかしたらそんな真逆の価値観を持つかもしれない。
だがもし、何の理由も無くただ戦いたいからという理由だった場合は、流石の私でも止めるつもりではいる。
エアが一体どんな答えをだすのか気になった私は、直接『エアはどう思う?』と尋ねてみた。
これまでの話を聞いて、エアはどうしたいと思ったのだろうかと。
──すると、彼女はこんな答えを返してくれた。
「ロム……捕まえたお魚って、他の街でも美味しく料理してくれる?……海に近い街じゃなくても、生のお魚を美味しくお料理してくれる場所ってある?」
「…………」
エアは私の背中で、そんなとても重要な事実に気付かせてくれた。
なるほど……。それは確かに……。そう言えばそうだな……と。
そうして、私も暫く考えてこの心を決めた。
「よし、今直ぐに、あの戦争を止めよう」
エア、すまない。愚かだったのはどうやら私の方だったらしい。
こんな場所で呑気に眺めている場合じゃなかったようだ。
「うん。私も一緒に手伝うっ!」
そしてエアは嬉しそうに笑った。
全てはエアの言う通りである。流石はエアだ。私は心の底から感心した。
底の浅い戦争論や、国の在り方の話など、そんなものはもうポイだポイ。
エアの先ほどの金言に比べれば、なんと小さく無意味な話であっただろうか。気にする価値すらない。
美味しいものを食べたい。だから、その為に行動をするだけ。
やつらが自分勝手にしている戦争なんかどうでもいいんだ。
それならこっちも勝手にやらせて貰うだけなんだと。
だが、もしそれが美味しいものを食べるのに必要だって言うなら、止める必要があるならば、戦争だってなんだって止めてやればいいじゃないかと。
それくらい、魔法使いなら、自由を謳う冒険者なら、何よりも私達ならば、容易く熟せると。
グダグダ悩まないで平気なんだと。私達が今ここに居る理由なんてそれだけで十分じゃないかと。
その一言にはそんな色々が詰め込まれている気がした。
私は頭をハンマーでガツンと殴られた気分を得ている。エアに逆に教えて貰ったのだ。
国の行方もや戦争も、結局は誰かの都合次第だ。
そんなものに巻き込まれてなんかやるもんかと、でもお店も潰させてはなるものかと。
私達はこの街に、魚を食いに来たんだ。
だから、その邪魔をしないでくれ。
『貴方は難しく考えすぎなんです』と、遠い昔に言われた覚えがあった。まさに今がその通りである。
やりたい事しかしないと言っている癖に、私は妙な部分でせせこましかったようだ。
「さあ、急ごう。私達は、私達の戦いの為に」
それも全ては生魚を美味しく食す為。その為だけにこれから私達は戦争に介入しようとしている。
戦争は嫌だけど、お店が無くなってしまうのはもっと嫌だから、それを防ぎに行きたいだけ。
そんな戦いが今から始まろうとしているのだ。
……未だかつて、こんなお馬鹿な理由で戦争へと介入していく耳長族と鬼人族の魔法使いは、きっと私達以外にはいなかっただろう。
エアを背中に乗せたまま、私は一生懸命走って街を目指していた。
何故か、この時は走りたい気分になったのだ。
後で空を飛べば良かったと気づくまで、私は背中で笑うエアを乗せたまま力いっぱいに地面を蹴っていた。
なんで急にそうしたくなったのかは自分でも分からない。
だが、きっと一人ではそんな発想は抱けなかっただろうから、楽しくなってしまったのだと思う。
二人で良かったと、私は思った。
またのお越しをお待ちしております。




