第113話 後悔。
『さよなら』と言う私のその突き放すような言葉に、大男は呆然とし蹲った。
『わー旦那こえー』『ぷぷ、なんか悪い魔法使いみたい!』『同意』『エアちゃんは凄く嬉しそうですね』
……君達。あまり面白そうに笑わないで欲しい。こっちは今真剣にやっているのである。
本来ならばこの手の言い掛かりの相手は今まで"まやかし"一発でお帰り頂いている所なのだ。
だが今回、私は彼と長々と会話し、その先には悲惨な未来が待っているかのようにみなに告げた。
だが、正直言ってそんなつもりは微塵もない。彼の事も元々どうでも良い。
契約自体にはなんの嘘もないので、このまま放置すれば間違いなく彼は話の通りになってしまうのだけれど、目の前で人の首と胴体が別れる所なんか、私は見たくはない。なのでやらない。それは私のやりたい事ではないのだ。
だから、これはただの脅しの様なものであった。
この後、彼は普通に助けるつもりである。安心して欲しい。
……だが、それまでは精々後悔して欲しいとも思っていた。
実際の所、私はエアの期待に応えたかっただけなのだ。私の行動理由は専らそれだけで十分である。
前から昔語りでエアに話した色々な話の中には、商人との言い争いとか、商人に騙された話とかも沢山あった。
冒険者同士の"潰し"の話をエアは好きなのだが、この手の言葉のみの戦いの話も割と好きらしい。
現に、私の傍では『おー!これお話にあったやつだー!本物だー!』と瞳をキラキラとさせて、精霊達と同じく楽しんで聞いているエアがいる。
それは良い。……ただ、一点失敗したこともある。
これがエアの良き経験になるならばと気合を入れてやってみたのだが、その気合が入り過ぎたようで……案外やり過ぎてしまった。よく見ると周囲がドン引きしているのである。
当然の話だが、私の事を知らない者達にはこれが演出だったなんて分からないだろう。
周囲の者達には、私と言う魔法使いがこういう人物で、言葉で相手を嵌め、容赦なくその相手を殺す。そんな冷酷なだけのエルフに見えている筈だ。
先ほどまで、あれほど憎々し気に大男の事を見つめていた料理屋の店主や、その仲間達も今では蹲った大男に憐憫の視線を向け、私の事は何か恐ろしい化け物でも見る目で見ていた。
これは失敗だと言わざるを得ない。まあ、よくある事ではあるので気にはしていないのだが、反省はしておいた。
それに、彼の発言内容が少々過激だったので、それ相応の結果になってしまったと言う理由もある。
だから、全てが私の失敗だったわけでもないのだ。これはお相子だと思って欲しい。
流石に"犯罪者"やなんだかんだとまで言われるとは、こちらも思ってもいなかった。
──『暴言』と言うのは諸刃の剣だ。
彼の『馬鹿』と言う言葉に、石をぶつける程のダメージ量があると私が認識したとする。
すると、それを私は自然と会話の中で攻撃されたと認識してしまい、魔法使いとして反撃しなくてはと、無意識に感覚で思ってしまうのだ。
これは『ムッ』としたり、『イラッ』とする時の単純な感覚と似ている。自分ではどうしようもない自然な感情である。
ただその際、『いや、お前の方がお馬鹿でしょ』と内心で思い私は実際に言葉に出してしまった。
するとこの時、魔法使いとの間には、魔力的な繋がりが出来るのだ。
これもまた無意識的なものなので、どうしようもないものである。
そして、その反撃の発動自体は魔法使いの匙加減だったり、又は契約の如何によって決まるのだけれども、発動する際には両者の言葉のダメージ量がぶつかり合うのである。
この場合、両者の魔力の力量差も影響し、今回だと彼の場合は私にただの石をぶつける様なもので、私の場合だと、そんな彼に国一つ潰す程の巨石を降らせる様なもの、という違いが生まれた。
当然、ただの石のダメージは打ち消されて、打ち消せなかった過剰分をそのまま彼がダメージとして受ける事となってしまうのである。
首が飛ぶとよく言われるが、それは攻撃の起点となる場所に攻撃が跳ね返ることが多いので、相手の喉へと直接ダメージが入りやすいと言う訳であった。因みに、反撃箇所は魔法使い側で選ぶ事もできる。
……ただ、そんな巨石ダメージを彼はいったい何度繰り返したのだろうか。
その数を数えたくもないが、現状は控えめに言って彼が木っ端微塵にはなるレベルであった。
魔法使いに対する暴言とはそれほど恐ろしい事になる。これは一般常識に近い筈だ。
いや、魔法使いじゃなくとも、そもそも暴言と言うのは人を傷つけるのだ。それも忘れてはいけない。
そのダメージが目に見えているか、いないかの違いでしかない。
だから、元からそんな言葉を軽率に使っていい理由は何もないのである。
これに懲りて、多少は彼も自分の言動を見直してくれたらと私は思った。
相手を威嚇し言葉で傷つけてする交渉は効果的だが、相手を選ぶ。
ただ、基本的には双方にとっては損ばかりであろう。
この街の商業ギルドのマスターと呼ばれる立場の人間なのだから、利益も大事だろうけど、他の部分へも確りと目を向けて欲しいものであった。
有益な関係構築をした方が色々と得であると思うのだが、よくそれでこの街の商業ギルドの一番上にまでなれたものだと、ついつい私も皮肉気に思ってしまうのは許して欲しい。
それに、別に慣れ合いをしろと言っているわけでもないのだ。
言葉が商人にとっての武器である事も知っている。
だが、その言い方や周囲全部を攻撃するような態度は痛い目をみるよと。実際に体験して貰っただけの話であった。
因みにだが、契約の話は本当に嘘ではないので、このままだと彼の首が千切れ飛ぶのも確実である。
巨石ダメージ何発分かのダイレクトアタックは、既に彼の身体が認識してしまっていた。
なので、後は契約の履行如何によって発動のトリガーが引かれるのみだ。
今回の場合、発動条件を指定してしまったので、既に発動するしないの制御は私の手からも離れてしまっている。
──だがまあ、首が千切れる瞬間に【回復魔法】で繋げばなんとかなると言う裏技を、今回は使う事にした。これを使えばだいたい問題ない。……経験談である。
ただ、かなり痛みを感じると聞くので、いいお灸と言うにはもしかしたら効きすぎてしまうかもしれないが、そこだけは了承してほしい。
実際、それほど暴言と言うのは危険なものなのである。軽々しく考えず、気を付けて欲しいと私は思った。
『旦那程の魔力を持つと影響力がなー』『無意識での発動だからね!これは仕方ないよ!』『超反撃』『今回は言葉の危険性を知らなかった商人の方の落ち度です』
事情を知る精霊達はウンウンとみんなして頷いていた。
商人として、彼はいつの間にか勘違いしてしまったのだろう。あの体格に声で脅せばだれでも周りが彼の言う事を聞くとでも思ってしまったのだろうか。もしかしたら今回は居なかったが、彼の背後には武力的な勢力もあったのかもしれない。まあ、興味は全くないが。
──さてと、私と精霊達と喜んでいるエア以外は、周囲の者達は皆ドン引きかつ恐怖している様子だが、構わない、約束は約束だ。さっさと再び海へと行き、魚を捕まえに行くとしようか。
「嫌だ!いやだ、やだやだ!やめてくれっ!俺はまだ死にたくな──」
いい歳した大柄の男がその場で蹲り泣き出したのだが、私は当然気にしない。魔法で浮かべて連れていく事にする。
そして、折角だからと、周囲の者達にも付いてくるのか尋ねたら「はいっ、行かせて頂きます」と全員が何故か私に畏まってくる。……やはりどうやら周囲にも少々効きすぎているらしい。
大男は既に空中で泣き叫びながらジタバタと暴れて、その上失禁までしているのだが、まあ少し待ちなさい。
──その後、雪の中を歩くのは少し大変なので、全員を私が浮かべて海岸まで運び、私はエアが取ったのと同じ魚を、陸から十匹程魔法で引っ張って来て、全員に証明してみせた。
すると、当然その瞬間に契約が発動し、大男の首が『ぎゃああああああああ!』と言う痛烈な悲鳴と共に千切れかけるのだが、私がすぐさま『ほいっ!ほいっ!』と【回復魔法】を掛けてやったので、彼はとりあえず死にはしなかった。
……口からだけじゃなくて、目や鼻からも何か出てしまっているけれど、とりあえずは問題無い。
まあ、彼の下着等も含めて色々と汚れたので、浄化も掛ける。
それによって、服や体だけじゃなく精神的なものも多少は落ち着いたらしく、彼は最初見た時よりもかなり大人しい人物へと早変わりしていた。若干だが首が数センチ縮んだ気がしないでもないが……気にしない事にした。
この言葉の契約は"潰し"でも使われていた物ではあるが、やはり気を付けなければいけない。
決して見境なく使う事はしないと私は自分に改めて誓った。
「ああ、そうそう。君達に一つ頼みがある。今回の件、ここに居る人間達だけの秘密と言う事にしてもらえないだろうか。それと私達の事は一切他者へと漏らさないようにお願いもしたい。どうだろうか?」
他意はなかったのだが、そんな小さな頼みでさえ周囲の者達には効果が強かった様で『はいっ、もちろん素直に聞きます。ですから、私達は許してください。あんな事はしないでください!』と受付嬢や店主達は懇願してきたのであった。……しません。絶対にしませんから。大丈夫です。
彼らには今、私はよっぽど酷く傲慢な魔法使いに見えているのだろう。そう思うとこれは少し悲しい事だった。
だが、悲しい事ではあるものの、やってしまった事は本当であるし、素直にその反応は受け入れる事にする。
唯一、心残りとしては料理屋の店主殿にもどこか前までの気安さがなくなってしまい、また生の魚を食べに行きたい時に、少し行き辛くなってしまったと言う事だが、……まあ、お店は他にも探せばあるだろうと諦めもつく。
ただ、自らの行動の結果とは言え、私はこの街に少し居づらくなってしまった様に感じた。
まだ少しはこの街でのんびりするつもりであったのだけれど──。
「──じゃあロムっ!このまま海に行こうっ!」
すると、私のそんな微妙なしょぼん具合に気付いたのか、エアが突然そう言って、高く打ち寄せる波の上を元気に走って行った。
『元々は魚を取る為に来たんでしょ!』『魚を取るのに街に居なきゃいけない理由はないよ!』『それに海の上に行けばもっといっぱい取れるかも!』と笑って私を手招いている。
その青い髪を揺らし海の上で微笑むエアは、どこか別人に見える程に大人びても見えた。
荒々しい高波もそんな彼女を傷つけまいと避けていき、ただただ砂浜を濡らしていく。
私も、『このまま向こうの大陸にまで行ってみるのも楽しいんじゃないかと』とそう思い始めていた。……魚も向こうで食べればいいか。
エアに広い世界を見せたいと思っていた私の方が、少しせせこましい考え方をしていたらしい。それでは良くないと私は思った。
なので、エアの手招きに応えるように自分の身を風に乗せると、そんなエアの隣へと並んで私は飛翔していく。
──進もう。そこが道なき道でも、例え海の上だとしても、私達ならばきっとどこまでも行けるのだから。
またのお越しをお待ちしております。




