第111話 海。
目的の街まであと少しと言う所で天候は雪になった。
本格的に寒い季節に入ったと見える。
小さくて冷たい水の結晶が、空からフワフワとずっと降り続いていた。
こうなると、歩いての移動は少し面倒で危険だ。
なので、私達は空を飛ぶ事にした。
白いフワフワの中を私達はのんびりと飛んでいく。
服も暖かいものに着替え周囲の風も温めている為そこまで寒くはないだろうが、時々エアの頭に積もった雪を私は軽く払った。
よく見ると、雪を掴んだのであろう。エアの手は赤くなっていた。というか手が冷たそうである。
そう言えば、散々服は作ったが、手袋を作るのは意外と盲点だったかもしれない。
瞬間、私は『エアの手袋を沢山作らなくては!』と言う使命感に駆られる。……この寒い季節に、私の楽しみが一つ見つかった。
そうこうしていると、本当にもう目と鼻の先であったようで、目的の街にはすぐに見えた。
海が良く見える街。ここは陸地から海の上へと街が半分突き出しており、他に類を見ない独特の形態をした少し変わった街であった。
「うみだーー!あれが海ーー!川より大っきいっ!」
エアが今で見たことある最大の水溜まりは川であった。
今回はその上を行く巨大さで、水平線の先まで水ばっかりである。
流石にこれにはエアも度肝を抜かれたらしく、ずっとその視線は海に釘付けであった。
それに『今度の水溜まりは舐めるとかなりしょっぱいぞ』と教えると、エアは笑顔でこう返してくる。
「ロムよりもしょっぱい?」
しょっぱいと思います。……えっ、そうだよね。私の身体ってそこまで塩分濃度濃かったりする?いやまさか。普段果物しか食べてないのに。
「ふふふっ、じょうだんだよっ!」
と、エアはまた『いたずら成功』みたいな顔をして私の背中に飛びついて来た。
エアがそんな冗談を言う様になるなんて、と私は少し感動を覚えている。……それもユーモアセンス抜群。天才。
暫くは空を飛んで遠くを眺めていたが、区切りの良い所で私達は地上へと下り、数十センチは積もっている雪を踏み分けながら街へと向かった。
ここの街も大きな街なので、地上部分の街の周囲には外壁がある。
その壁の一部には出入り用の門が設けられており、そこを通過して街へと入る様にはなっているのだが、この雪の中を通って来たものはやはり少ないらしく、私達を見た門の兵士は『よくこの中を歩いて来たな』と驚いていた。
街は少し静かだった。
ただそれも寂しいと言うよりは、どこか趣があると言うのだろうか。
荒廃した街などとは違って、嫌な静かさではなかった。こういう雰囲気も悪くはないと感じる。
エアと二人で宿に行き、そこで部屋を借りた。数泊はするつもりなので、少し長めに。
そして、二人で海へと向かう。
街に入る前から分かっていた事だが、この街の匂いは少し独特なものがあった。
これが海の匂いと言うやつなのだろう。私にとっては懐かしく、エアにとっては新鮮な匂いであった。
エアはずっとそんな海のほうへと顔を向けて鼻をスンスンさせている。
そして、不思議そうに海を眺め続けていた。
エアもただの水溜まりじゃないと言う事をなんとなく認識できたようである。
ただ、エアはまだ気づいていないようであったが、その時既に私はエア自身の変化も感じ取っていた。
……いや、それはエアの、というよりも鬼人族のと言った方がきっと正しいのだろう。
鬼人族が有する『天元』の幾つかある能力の内の一つである、『環境適応能力』が発動していたのだ。
それはこの場の魔素が水の性質を多く含んでいる事が原因だと分かっている。
けれど、ここまで自然で、それもいきなり変化するとは思わなかった。
恐らくは普段から体内循環を意識してやっている成果がここでも出たのだろう。
エアの髪は今、本人も気付かぬ内に真っ青へと変化していたのであった。
エア本人は未だに気づいていない。それが、なんとも少し面白い所であった。
普段の魔素を無色透明として認識いるエアは、黒髪が元の色である。
だが、この場でいつも通りに体内循環をしていると、自然と『天元』から水の性質を多く含んだ魔素を身体へと循環させる事となり、勝手に周囲の環境へと適応してしまって髪が青くなるのだ。
私はエアに『髪が綺麗な青になっているが、気付いているか?』と尋ねてみる。
すると、エアは全く気付いていなかったと驚いていた。
「ほんとだ。変わってるね」
髪色が少し変わるだけで、いつもの笑顔の印象も少し変わって見える。
今日のエアはいつもよりどこか少し大人しい雰囲気があった。
雪の降り積もる街中を歩くのは大変かと思っていたが、エアの髪が青く変わったことで、彼女は雪の上でも普通にペタペタと沈むことなく歩いている。
街に入る前までは足がズボっと沈んでいたので、その変化にエアは面白そうにあたりを駆け足で回っていた。凄く楽しそうである。
今のエアは、こと水に関する場所にて踏破できない所は無くなっていた。まさに自由自在である。
同じようにはできないけれど、私も魔法を使えば花の上でも水の上でも滑るように飛翔できるので、エアの歩く速度に合わせてのんびりと浮かんで行った。
この雪の中を出歩いている街の住人はほとんど見えない。
商人の店は一応開いているみたいだが、今日の所はどこもお客が来ない様子で、店の外から中を見ると、『これはしょうがない』とのんびりお茶している店主達の姿がよく見られた。
そのまま私達が海に向かって進んでいくと、急に足場が木造になっている場所が見えて来た。
ここらへんから先は雪が取り除かれているようで、広場の様なその場所は所々に大きな円形の穴が足元に空いており、その穴の周囲には柵が設置されていて人が落ちないようになっていた。
「ロム、これってなーに?」
「これは、釣りという方法でここから糸を垂らして魚を取る為の場所らしい」
どうやらここの周囲の海は昔から魚が豊富で、この穴から餌の付いた糸を垂らすだけで直ぐに魚がひっかるのだそうだ。それも、同じ場所で季節ごとの色んな種類の魚がかかるのだとか。
私も遠い昔に一度やらせてもらった事があった。……確かあの時は、何故か釣れたのが誰かの落とした"クツ"だったのだが、ここでは魚以外が釣れる方が珍しいとかで、周りからは拍手された覚えがある。当然、私的には褒められた気がしないので微妙だった。
「へぇー!いいなー!やってみたい」
「残念な事に、これも一応は専門商売らしくてな。勝手にやるのはダメらしい。雪が降りやんだら、この穴の周囲にその店が開くだろうから、その時にまた来よう」
「うんっ。凄く楽しみっ!」
という事で、残念ながら私達は釣り穴と呼ばれる場所からは少し横へと逸れて、街を巡ってみる事にした。
ただ、やはり今日は何も目ぼしい物が見当たらない。
なので、今度は街から砂浜がある場所へと移動する。
ここでは、普通に波が行ったり来たりするのを間近で見る事が出来た。
それに意外とこの寒い季節でも色々な生き物がいるよう事が分かる。
魔力感知は何気に水の中でも問題ないので水中の魚の姿も先ほどから捉えていた。
釣り糸?魚を釣るのにそんなものは必要ないなと言わんばかりに私は、十メートルほどの蛇を海から引っ張り出した。
──ギシャアアアアアア!
ふむ。元気な魚が釣れたな。これはサクッと首を飛ばして、【空間魔法】で収納しておく。
……隣でエアが目を見開いて私の事を見ていたが、どうしたのだろう。あまり美味しそうには見えなかっただろうか。でも、昔に食べた時はこの蛇魚は中々美味かった覚えがあるのだ。
私がエアを見返して首を傾げていると、青エアは『よっし』と気合を入れて、海の上へと踏み出していった。
エアは最初の一歩目こそ恐る恐るだったが、二歩目からは興味津々でズンズン歩いていく。
そしてエアにも魔力の探知でどうやら海の中にいる魚や貝や見慣れぬ生物達の気配が分かったようで、海の上で笑っていた。
「ロム―!私もお魚取りに行っていい?」
試しにお魚を取りに行きたいと言うので、深くまでいかないならと、私は了承し一緒に海へと入って行った。
因みに、私は自分の周りを魔力の壁みたいな物で囲っており、壁は水を弾く様になっている。
定期的に壁の中の空気を補充する為に水上から魔力で新鮮な送っているのだが、これが意外と面倒ではある。ただまあ、これも飛翔と感覚は変わらないので水中でもほぼ自在に動く事が出来る。
一方、エアの方はそんな面倒な事は一切必要なかった。身につけている服でさえ、自分の一部と認識してしまえば一切濡れる事もなく、足は水へと沈み、そこから上下左右何処へでも好きに駆けていける。
一切の水の抵抗なく、普通に水の中を下へと走っていくエアの姿を見ると、鬼人族のとんでも具合がよくわかるだろう。彼らは本当に自由だと私は思う。
逆さになっても寝ていても全く関係ない。呼吸さえも水の中で『天元』に水の魔素を通せば、それだけでほぼ活動に不自由がないのだ。
エアは、ちょうど手頃の獲物を発見したのか、一メートルほどのプリップリの美味しそうな魚に走って追いつくと、その魚のガシッと抱きしめて捕獲した。
『ロムー!取れたよーーーっ!』
水中だと流石に声は届かないが、魔力でエアの嬉しそうな心がちゃんと伝わって来る。
さっきの蛇と合わせて、戻ったらまた丸焼きでもしようかと私も心の中で笑みを浮かべるのだった。
またのお越しをお待ちしております。




