ブリジット 5/5 結婚式での波乱
新作を書き始めました。
『白雪姫のいじわるな継母に転生しました』
https://book1.adouzi.eu.org/n7120in/
白雪姫の継母が前世を思い出して、白雪姫にいじわるをしないで溺愛するお話です。
こちらもぜひよろしくお願いします。
2024年2月には完結の予定です。
◆◆◆ジーノリウス視点◆◆◆
ブリジットさんは、結婚相手にメルヴィンを選んだ。
二人は昔から両想いだったようだ。
私はそういうものに疎いから、これまで二人の様子を見ていても分からなかった。
だが、アナはそれに気付いていた。
アナだけではない。
マシューや義母上など多くの人も知っていた。
学園時代、アナから相談を受けた。
両想いがこのまま続いて二人が結婚を考えたとき、家の問題で二人が結婚出来ない可能性が高いことをアナは心配していた。
アナが心配するなら、私が解決しなくてはならない。
だから私は、メルヴィンと会話の機会がある度に前世の知識を少しずつ教えた。
雷について教えたのも、そういった理由からだ。
この世界の人たちは、雷の正体が電気であることさえ知らない。
それを教えたら彼は大層驚いて、更に詳しく聞きたがった。
だから私は、シュールの法則やキルヒホッヘの法則などの電気の性質、更に魔力性電気の抽出方法や蓄電方法などを彼に教えた。
この世界には、電気製品が無い。
商会を設立して電気製品を販売すれば、大儲けが出来る。
ブリジットさんとの結婚で必要になる資金も、それで貯められる。
そう思った私は、簡単な電化製品を作れるように彼を誘導した。
しかし彼は、その知識を武功に応用してしまった。
雷功という物凄い武功を考案したらしい。
マシューが言うには、メルヴィンは武術の才能こそ人並みだが、武功に対する知識と理解はずば抜けているとのことだ。
スポーツで言うなら、選手としては平凡だが、研究者やコーチとしてならかなり有能ということだ。
その才能を駆使して、彼は家門の誰もが驚く成果を挙げて見せた。
それによって、ブリジットさんとの結婚を勝ち取った。
今日は二人の結婚式だ。
セブンズワース家一門の人たちは、通常ならセブンズワース家敷地内の教会で式を挙げる。
敷地内の教会とは言っても、その辺の教会よりずっと豪華だ。
しかしブリジットさんたちは、王都の平民街にある教会を選んだ。
貧民街からも近い小ぢんまりしたこの教会は、レトロな雰囲気で風情がある。
質素なこの教会を二人が選んだのは、ブリジットさんの想い出の場所だかららしい。
セブンズワース大公となった今、私はブリジットさんより正式に上位の立場だ。
だが、今になっても彼女を「ブリジットさん」と敬称を付けて呼んでいる。
使用人に敬称を付けるのは良くないから変えるように言われても、なかなか変えられない。
マシューやメアリは呼び捨てに切り替えられたのにだ。
これまで私は、心がアナ一色になってしまったことで何度もアナを抱き締めてしまっている。
その度にブリジットさんには、お説教されている。
数えきれないほどのお説教で、すっかり上下関係が染み付いてしまっている。
「ジーノ様。
わたくしは、受付のお手伝いに伺いますわね」
「ああ。私もすぐそちらに向かおう」
アナはそう断わりを入れてから結婚式の受付へと向かう。
市井の教会で、大公妃が受付の仕事をするなど前代未聞だ。
アナがそんなことをするのは、幼い頃から一緒だったブリジットさんのために何かしようと一生懸命だからだ。
なんて健気な女性だろう。
可愛い。とても可愛い。
私が来賓の相手をしていると、使用人が私のところに来る。
「受付でトラブルのようです。
奥様も対応されていますが、お困りのようで……」
なんだと!?
アナが困っているだと!?
「すぐに向かう」
現場ではアナとブリジットさんの両親が、平民の中年男女と揉めていた。
「だから、私たちがあの子の親だって言ってるでしょ!?」
「そうだ!
『闇の鯉』って通り名で、真っ黒な鯉が出せるんだろう?
だったら家の娘だ!」
平民の男女が怒鳴り声を上げている。
しばらく遣り取りを聞く。
どうやら中年男女は夫婦のようで、ブリジットさんの生みの親だと主張しているようだ。
『闇の鯉』の通り名を聞き付けて、自分の娘だと確信したらしい。
そして、実の両親なのだから結婚式では花嫁両親の席に座らせろと要求している。
「実の両親だという証拠はあるのですか?」
騒ぐ中年男女にそう尋ね、揉め事の輪の中に入る。
「もちろんありますよ!
あの子の右胸には黒子がありますよね!?
それから、お尻にイルカの形の痣があるはずです!」
ブリジットさんの胸の黒子やお尻の痣なんて、もちろん見たことは無い。
だがアナやハイジたちの表情が、黒子と痣の存在を物語っている。
なるほど。
アナたちが対応に苦慮していたのは、この二人がブリジットさんの本物の両親だからか。
普通なら、こういった来訪者は追い払うものだ。
それが出来なかったのは、三人がブリジットさんの心情を考えたからだろう。
ブリジットさんだって、実の両親と会って話してみたいかもしれない。
しかし、これは困った。
どう対処して良いのか、私にも分からない。
「ヴェロニカ!?
おまえがヴェロニカなんだろう!?」
「まあ! ヴェロニカ!
こんなに立派になって!」
中年夫婦は、私たちの背後に視線を向けて声を上げる。
視線の先を見ると、純白の花嫁衣装姿のブリジットさんがいた。
まだ髪飾りを付けていない。
報告を聞いて、支度の途中でこちらに来たようだ。
「ヴェロニカ。
おまえからも言ってやってくれ。
この人たちは、俺たちを花嫁両親の席に座らせるって言わないんだ。
実の両親なら当然、花嫁両親の席に座るべきだろう?」
「そうよ! ヴェロニカ!
こういうことは花嫁が決めて良いんだから、あんたから言って頂戴!」
「申し訳ありませんが、突然来られてもお席のご用意は出来ません。
どうしても出席されたいなら、一般席をご用意します」
「なんだと!?
親を一般席に座らせるつもりか!?」
「まあ! なんて子だい!
私がお腹を痛めて産んでやったのに!」
実の娘から拒絶されて二人は大騒ぎを始める。
ブリジットさんは複雑な顔をして俯いてしまっている。
ブリジットさんに同情してしまう。
顔も知らなかった実の両親との再会がこれでは、遣る瀬無いだろう。
「まったく。どんな育てられ方したらこんな親不孝な子になるんだか」
実母のその一言で、ブリジットさんの養父母は複雑な表情をして俯いてしまう。
同時にその一言で、それまで黙って耐えていたブリジットさんの顔色が変わる。
「いい加減にして下さい!
このお二人は、私を立派に育ててくれました!
尊敬出来る、とても立派な人たちです!」
「だったらなんで、あんたは親に向かってそんな口を利くんだい!?」
「あなた方が私を産んでくれたことには感謝します。
ありがとうございます。
でもあなた方は、私を産み捨てたんですよ?
そんなことをして、よく親だって言えますね?」
「それは、おまえが忌み子だったからだ!
仕方ないだろう!?
おまえのせいなんだから!」
忌み子とは、先天魔道士のことだ。
赤子のうちから魔法が使えると、重大な事故を引き起こしやすい。
先天的に使える魔法が感知系魔法などの第三者に危害を及ぼさないものならともかく、ブリジットさんのように攻撃性の高い魔法なら尚更だ。
だから先天魔道士は忌み子と呼ばれ、不吉の前触れとされている。
魔法師や隠密の家門は、先天魔道士を有り難がる。
しかし大半の家は、特に魔法とは無縁の生活を送る平民は、忌み子を嫌う。
忌み子が生まれたとき、北東二千百歩の場所にその子を捨てれば家は厄災を免れる――
そんな迷信が信じられているため、大抵は赤子のうちに捨てられて亡くなってしまう。
ブリジットさんが生き残ることが出来たのは、先天武人でもあったからだろう。
力に特化した先天の気脈を持つブリジットさんは、かなりの馬鹿力だ。
おそらく、生まれた直後から少年程度の腕力はあったと思う。
だからこそ、一人でも生き残ることが出来たのだと思う。
「その忌み子の私を立派に育ててくれたのが、このお二人です。
あなた方には出来なかったことを、この二人はしてくれたんです。
私にとっては、あなたたちよりもずっと素晴らしい人たちです」
「だが、その人たちは、おまえの本当の親じゃない!
血の繋がった俺たちこそ、おまえの親だ!
おまえの誕生日も護り句も、その二人は知らないだろう!?
俺たちはそれを知ってる。
その二人は本当のおまえを、ヴェロニカのことを知らないんだよ!」
護り句とは、生まれた日に神官から贈られる真言のことだ。
両親にのみ伝えられ、子供が七歳になったとき両親から本人に伝えられる。
心の中で唱えれば、護ってくれる効果があると言われている。
「私の名前は、ヴェロニカではなく豊穣をもたらす貴人です。
貧民街で飢えていたこれまでとは違う幸せな人生になるようにって、お父様とお母様が一生懸命考えて付けてくれた名前です。
お二人の気持ちの籠もったこの名前を、今後も変えるつもりは一切ありません。
それから、私の誕生日は六月二十八日です。
お二人が私を引き取ってくれた日です。
その日、私は生まれ変わったんです。
お二人は護り句を授けてはくれませんでしたが、でも家伝武功を授けてくれました。
護り句なんて無くても、この武功でこの身を護れます。
そして、本当の私を知っているのは、あなたたちではなくこのお二人です。
今までずっと一緒に暮らしてきたお二人は、私のことを深く理解してくれています」
「あなたが何をどう言い張っても、私たちは血の繋がった親子で、その人たちは血の繋がらない他人なんだよ?」
「血の繋がりなんて関係ありません!
誰が何と言おうと、私の両親はこの人たちです!
このお二人こそ、私が尊敬して止まない、私が大好きなお父様とお母様です!
花嫁両親の席に座るのは、このお二人です!」
「聖典にも『子は親を敬うべきである』と書かれているだろう!?
血の繋がりは、おまえの想い一つで断ちきれるもんじゃないぞ!
おまえは、神々の教えを無視するのか!?」
「そうよ!
子が親を敬うなんて、当たり前のことが何で出来ないの?」
「……もう帰って下さい。
あなたたちを花嫁両親の席に座らせることは出来ませんし、もう二度と会いたくありません」
ブリジットさんが意思を示してくれたので、ようやく私も動ける。
衛兵に指示して今も喚き散らす二人を追い出す。
結局、結婚式は一時間ほど延期になった。
両親を想うブリジットさんの言葉を聞いて、オードラン家の養父母の二人は泣き崩れてしまった。
そんな二人を見て、アナやブリジットさんもまた貰い泣きしてしまった。
目の腫れを引かせて化粧を直すためには、少し時間が必要だった。
挙式後、教会を出たところでお菓子を配るのがこの国の平民の風習だ。
幸運のお裾分けという意味がある。
配るお菓子は地域によって違うが、王都の辺りはビスケットだ。
平民が使う教会で挙式したので、ブリジットさんたちもこの平民の風習に倣っている。
だが、配ったのはビスケットだけではなかった。
ピロシキやブリヌイなどの軽食まで一緒に配っている。
前世でピロシキと言えば揚げパンだったが、この国のピロシキは窯焼きだ。
具材も春雨は使わず、胡椒で炒めた羊肉などが多い。
ブリヌイとは、惣菜入りのクレープのようなものだ。
ここは貧民街からも近い。
ビスケットを目当てに集まった貧民街の浮浪児たちは、まさかの軽食に大喜びだった。
貴族はビスケットだけを貰ったが、貧民街の子供たちは貰える物を全部貰おうと頑張っていた。
「けっこん、おめでとうございます!
はなよめさま! とってもきれいです!」
式に参列していない者がビスケット貰う際は、祝福の言葉を掛けるのが慣例だ。
配り物を全種類貰おうと、浮浪児たちは大きな声で二人の結婚を祝福している。
◆◆◆ブリジット視点◆◆◆
「ビディ。本当にあれで良かったの?
せめて護り句だけでも、教えて貰った方が良かったんじゃない?
護り句を知りたいなら、私たちも一緒に行って実のご両親に謝るわよ?」
お式が終わってから、お母様が心配そうな顔で言います。
「いえ。あれで良いのです。
これ以上関係を深めたら、殺さなくてはならなくなるかもしれません」
「え!?」
「あの二人は、私の通り名が『闇の鯉』だってことを知っていましたよね?
『多頭蛇』の隠密の通り名を、普通の平民が知っていると思いますか?」
「ええっ!?
じゃあ、あの二人は他家の隠密なの!?
そんな気配は無かったけど!?」
「あの二人は普通の平民です。
お母様の言う通り武人の気配ではありませんし、隠密なら忌み子を捨てはしないと思います」
「ああ。他家の隠密か。
他の家が、あの二人を利用しようとしたのね?」
「そうです。
元々は、私が戦い方を変えて黒い鯉をよく使うようになったのが原因です。
魔法門出身でもない私が魔法を使い始めたら、すぐに忌み子だって分かりますから。
それから、私が貧民街の浮浪児だったことは有名です。
忌み子だと分かれば、貧民街から南西に二千百歩の付近を探せば実の両親なんてすぐに見付かります。
それを利用しようとする家があったんです。
あの二人が、花嫁両親の席を要求する可能性が高かったのも分かっていました。
私の実の両親を探すために雑な聞き込みを繰り返したので、私が貴族になっていて今度結婚することが、あの付近で知れ渡ってしまったんです。
それで花嫁両親の席に座れなかったら、あの二人はご近所さんに面子が立ちませんから」
「諜報部の人たちから聞いた断片的な情報を集めて、そう考えたのね?
は~。感心したわ。
武功の修練ばっかりで頭の方はさっぱりだと思ってたけど、あなたも大したものねえ。
『女帝陛下』と言われる大奥様みたいな推察だったわ」
「いえ……お式より少し前に、大奥様から教えて頂いたんです。
今のは全部、大奥様の受け売りです……」
諜報部の隠密衆が上げた情報を的確に分析して事前にこの事態を予測したのは、私ではなく大奥様です。
それで、事前にご忠告下さったのです。
いきなり賢くなるからおかしいと思った、とお母様は大笑いします。
『実のご両親なんだから、もちろん会わないでほしいなんて言わないわ。
会っても構わないけれど、話す内容には注意してほしいの。
おそらくご両親は、アナとジーノさんの警備情報を聞き出そうとするはずよ。
接触した家の狙いは、二人の暗殺だと思うわ』
大奥様はそうも仰っていました。
私が生まれつき使える魔法は危険です。
こんな魔法が使える赤ちゃんがいたら、きっと怪我人や死人だって出るはずです。
ですから、捨てられたことを恨んではいません。
でも、私はセブンズワース家の一門の人間です。
この家門こそ、私の居場所です。
私の大切な全てが、ここにあります。
たかが金貨数枚程度でそれを壊そうとするなら、実の両親だって許しません。
何より、この命より遙かに大切な奥様を害そうとするなんて、絶対に許せません!
そんなことに加担するなら、誰であっても絶対に! 私の敵で、抹殺対象です!
「やっぱり、ビディはビディね。
ところで、今日は初夜でしょう?
作法はちゃんと覚えているわよね?
事始めの定型句はもう、しっかり暗記した?
あなたは頭の方がさっぱりだから、親としては少し心配よ」
「も、もう!
何を言うんですか!?
唐突にそんな話しないで下さい!」
頬が熱くなるのが分かります。
ニヨニヨと笑うお母様が恨めしいです。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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皆様のおかげで無事、最後まで書き切ることができました。
本当に、応援ありがとうございました。
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