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クマのぬいぐるみ

結婚後、セブンズワース家が戦争に巻き込まれてからのお話です。

「こちらを下さるんですの?」


「ああ。きっと役に立つと思う」


お礼を言い、開けて良いか私に確認を取ってからアナはテーブルの上に置かれた木箱を開ける


「これは……クマさんのぬいぐるみですの?」


公爵夫人のアナはもう、ぬいぐるみを贈られる年齢ではない。

ぬいぐるみのプレゼントに不思議そうな顔をする。


「ただのぬいぐるみでないぞ。

先ずはこのボタンを押すのだ」


そう言いながら私は、首元のリボンで隠されたぬいぐるみのボタンを押す。


「ええっ! 動きましたわ!」


起動スイッチを入れるとぬいぐるみは動き出す。

それを見てアナは大層驚く。


驚いたブリジットさんは庇うようにアナの前に出る。

危険があると思ったのだろう。

足音一つ立てず瞬間移動のように立ち位置を変えるのは流石だ。


私が爵位を継承してアナも公爵夫人になった。

それに伴いアナの身の危険度も増した。

アナの安全のために作ったのがこのゴーレムだ。


セブンズワース家は魔法門ではないため護衛担当に魔道士がいない。

そこに警備上の大きな弱点がある。

そのため開発したのがこのゴーレムだ。


見かけはカフェオレ色のクマのぬいぐるみだ。

だが、有事の際は強力な対物理・対魔法複合結界を展開してアナを(まも)る。

全属性対応で高強度の結界は、前世の技術水準で見ても相当強力だ。

この時代の魔道士や騎士では、軍による十字砲火でも結界を突破出来ないだろう。


数多のセンサーが内蔵されていて、認識阻害系魔法使用者だって発見出来る。

感知範囲も広いので、遠距離狙撃も対応可能だ。


魔道士は、騎士や隠密より遠方からの攻撃が可能であり、範囲攻撃の際の攻撃範囲も広い。

このゴーレムは魔道士がいない当家門の欠点を埋めるためのものだ。

その辺の魔道士なんて目じゃないくらいに遠距離・広範囲の攻撃機能を持たせている。


遠距離攻撃は、補助ゴーレム無しなら約三キルロ、感知・誘導用の補助ゴーレムを上空に展開させたときは約三十六キルロの範囲で精密射撃が可能だ。

その範囲なら手に持った硬貨を打ち抜くことだって出来る。

範囲攻撃も、千人規模の軍隊を魔法一つで薙ぎ払えるレベルだ。


もちろん近接戦でも強力だ。

近接戦用の魔法武器生成機構も内蔵している。

毛皮の下は金属の塊なのでかなりの重量だが、重力軽減魔法を常時展開しているので女性が片手で持てるほど軽い。

動きも相当速く、人間離れした速度で動くブリジットさんとも連携出来るだろう。


私が作った戦闘系ゴーレムの中でもダントツの高性能だ。

アナの安全のため、私は自らの技術の粋を集めてこれを作った。


「まあ! 貴族の礼法ですの? 貴族の方でしたのね?

お初にお目に掛かります。

セブンズワース公爵家が夫人、アナスタシアです。

お会い出来て光栄ですわ」


ぬいぐるみのクマは布を腰に巻いただけのスカートを穿いている。

そのスカートを持ち上げ、クマはアナに貴族女性の礼を執る。

アナは慌てて礼を返す。


可愛い。凄く可愛い。

ゴーレム相手に挨拶するとは、アナは何と可愛いのだ。


「こ、これが、絡繰人形(からくりにんぎょう)なんですか!?

絡繰(からくり)で、こんなことが出来るんですか!?」


この世界にゴーレムという言葉は無い。

何故動くのかブリジットさんに聞かれたので絡繰人形(からくりにんぎょう)だと説明する。

それを聞いてブリジットさんは目を見開いている。


私が魔法や魔道具に関する知識を持っていることはブリジットさんも知っている。

ブリジットさんはいつもアナと一緒にいる。

アナに魔法を教えるには、彼女にまで隠すことは不可能だった。


だが、私に前世の記憶があることを知っているのはアナだけだ。

ブリジットさんは知らない。

私が魔法関連の知識があることについて、おそらくブリジットさんは何らかの遺物の魔道具(アーティファクト)に知識を得たのだと思っている。

詳しく聞いて来ないならそういうことだ。


遺物の魔道具(アーティファクト)は極めて高価で希少だ。

持っていることが知られると犯罪組織に狙われたり、圧力を掛けられて譲渡を迫られたりでろくなことにならない。

持っていることを知っていても、それを話題にも出さないのが礼儀だ。


「ご出身はどちらですの?」


挨拶を終えたアナはぬいぐるみに熱心に話し掛け始めた。

仲良くなろうと思っているのだろう。

それも仕方ない。

自律的に、しかもここまで自由に動く絡繰人形はこの世界には存在しない。


「すまない。

そのぬいぐるみはまだ喋れないのだ。

会話機能はこれから取り付けよう」


「も、申し訳ありません。

お声をお出しになれないなんて、思ってもみませんでしたわ」


アナは慌ててぬいぐるみに謝り始める。

喋れない人に無神経に話し掛けてしまったと思っているのだ。

なんて可愛らしい人だ。


護衛のためのゴーレムだ。

会話機能は不要だと思い付けていなかった。

しかしこれは、機能を付加しなくてはならないだろう。

この世界の辞書をOCRでデータ化し、構文などをプログラミングして……ああ、人工知能による学習機能も必須だな。


作業量はかなり多い。

だが、アナのためだ。

頑張るしかない。


「ジーノ様。このお可愛らしい方、お名前は何と仰いますの?」


目を輝かせたアナはうきうきとした笑顔で言う。

二本足で立ってちょこちょこと動くクマのぬいぐるみに、アナはすっかり心を奪われている。


「君のぬいぐるみだ。

君が名前を付けたら良い」



◆◆◆◆◆◆



「シャルロッテ。出ていらっしゃいませ」


「はい。奥様」


クマのぬいぐるみにアナはシャルロッテという名前を付けた。

アナが呼び掛けると、ブリジットさんの背負い袋の中からクマのぬいぐるみが自分で出てくる。


もし襲撃犯がシャルロッテをただのぬいぐるみだと考えていたなら、襲撃時には思わぬ戦力の存在に作戦を大きく狂わせられることになる。

だからアナの安全のため、人目のあるところではシャルロッテは動かない。

ただのぬいぐるみのふりをしている。

人目がないとき、アナはこうしてシャルロッテを背負い袋から出す。


私がアナにプレゼントしたとき、ぬいぐるみの衣装は腰巻きのスカートだけだった。

だが今は、豪奢なドレスを身に纏っている。

ぬいぐるみを可愛がるアナが特注で作らせたのだ。


背負い袋は、アナが自作してブリジットさんにプレゼントしたものだ。

シャルロッテはアナの護衛には欠かせない重要な戦力だ。

アナが屋敷の外に出るときも常に側に置かなくてはならない。


アナの護衛のため、ブリジットさんは常にシャルロッテを持ち歩くことになった。

だが、見た目はただのぬいぐるみだ。

それを抱いて外を歩くのは成人女性には相当恥ずかしかったようだ。

ブリジットさんはいつも真っ赤になって持ち歩いていた。

そんなブリジットさんのために、アナはシャルロッテを納めるための背負い袋を縫った。


『ふっふっふー。

どうですか? この背負い袋は?

なんと! 私のために奥様が手ずからお創り下さった至高の逸品なんですよ?

見て下さい! この技巧を凝らした素晴らしい刺繍を!

奥様は私のために、こんなにすごい物を創って下さったんです!!』


ブリジットさんはアナから贈られた背負い袋を私に見せ付けた。

ふんぞり返って自慢げな笑みを浮かべるブリジットさんは、明らかにマウントを取りに来ていた。


本当に見事な刺繍で、実に素晴らしい背負い袋だった。

羨ましさのあまり思わず歯軋りしてしまった。


ちなみにブリジットさんは当初、背負袋は使わずにケースに入れて観賞用にするつもりだった。

それを聞いたアナは「せっかく創りましたのに」とがっかりしてしまった。

そこでブリジットさんは方針を変え、今は汚損防止のカバーを掛けて使っている。


「ふふふ。

シャルロッテは今日も可愛いですわね」


「奥様の方がずっとお可愛らしいです。

奥様、クッキーをどうぞ」


「あら。ありがとう存じます。

嬉しいですわ」


アナはにこにこと笑いながら差し出されたクッキーを口に入れる。


ぐぬぬ。

無機物の分際で!

あれほどアナと親しくするとは!


アナが楽しめるようにと、フレンドリーな性格設定にしてしまったのが失敗だった。

必要事項以外喋らない無口な設定にしておくべきだった。


アナの安全性が高まって良かったし、プレゼントをアナが気に入ってくれたのも嬉しい。

だが、せっかく二人でお茶を飲んでいるのだ。

シャルロッテの相手は必要最小限にして私と会話してほしい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 高機能ゴーレムの産業スパイが、潜入するも奥さまと戯れる光景に改心して、仲間になる未来が見えるのは、私だけ? あと、メイドさん達にも仕事仲間兼アイドルとして受け入れられ、可愛いキメポーズや仕草…
[良い点] 自作のぬいぐるみ(ゴーレム)に嫉妬する領主って初めて見ました(笑) 2巻予約したのにまだ届きませんので我慢我慢。 1巻もこちらで読む話よりも更に楽しく読めました!!
[一言] 2巻も当日買いに行きます!SS情報ありがとうございます!
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