シモン領の運営(1/9) 共に領地へ
本編26話で論文の功績により下賜されていますが、その領地の経営についてのお話です。
伯爵位を叙爵された際、一緒に領地も貰った。
シモン領という領地だ。
元王太子殿下が婚約破棄したとき、殿下の側近もまた婚約破棄騒動に加担していた。
諌めるべき立場なのに加担した罰として、側近の家は一部領地が王家により没収となった。
私に下賜されたのはその没収地だ。
所有しているだけで赤字を垂れ流す貧困地域だ。
こんな領地が「懲罰」のための没収されたのだから驚きだ。
派閥維持のために王妃殿下は相当頑張ったのだろう。
王家にとっては、ただでさえ誰かに譲り渡したい赤字領地だ。
その上、王家直轄領としては飛び地になっていて管理も大変な場所だ。
かなり広い領地だというのに、気前よく下賜してくれた。
赤字領地が「恩賞」として下賜されたのは、私への報復だ。
この策略を仕掛けたのは、主に元王太子殿下派の貴族だった。
恨まれる心当たりはある。
私の一言で第三王子殿下は廃太子となってしまったのだ。
元王太子殿下派以外の貴族もまた、これに加担している。
セブンズワース家を抑えに来ているのだ。
私はバルバリエ家の人間だ。
一門の人間ではないので、セブンズワース家としても他家と対立する名分が薄く庇い難い。
庇い難い立場でありながら、いずれセブンズワース家に入ることが決まっている。
今私に負債を背負わせれば、簡単に将来のセブンズワース家に負債を負わせることが出来てしまうのだ。
名分が薄い以外にも、セブンズワース家が庇いにくい理由はある。
バルバリエ家の立場だ。
元々バルバリエ家の立ち位置は、元王太子殿下派に近かった。
私を養子の受け入れ先としてバルバリエ家を選んだのは、中立派に近かったバルバリエ家を元王太子殿下の派閥から引き抜いてセブンズワース家の派閥へと取り込むためだ。
婚約から時間も経ちバルバリエ家の元王太子殿下派閥の家との関係も薄まっている。
だが、まだ経済的な依存関係は少し残っている。
今セブンズワース家が強硬に反対してしまうとバルバリエ家がセブンズワース家と元王太子殿下派閥の板挟みになってしまう。
バルバリエ家が王太子殿下派の顔色を無視出来るようになるのは、あと数年先の話だ。
私は今、下賜されたシモン領の領主館にいる。
執務室に座る私は、領政に関する文書に一通り目を通し終える。
「これは厳しいな」
ついそう独り言を呟いてしまうくらい、シモン領は酷い状況だった。
水源が少なく耕作には適さない土地であるため農作物からの税収は微々たるものだ。
唯一の産業であった麻袋の事業は、領地没収前に職人ごと移動してしまっている。
この時代の産業は職人がいないことには機能しない。
麻糸や袋を作る職人さえいないのでは産業は成り立たない。
そもそも、その産業では赤字だったのだ。
苦労して新たに麻袋関連の職人を育てても元の赤字領地に原状復帰するだけだ。
「そうでしょうなあ。
まんまとやられましたなあ」
白髭を生やした白髪の老人が言う。
セブンズワース家王都屋敷の執事長をしているマシューさんだ。
「生きてれば、そういうこともありますよ」
そう言うのはメアリさんだ。
ふっくらした体型で白くなった髪を後ろで一つにまとめる彼女は、セブンズワース家王都屋敷のメイド長だ。
彼らも私と一緒にこの領地に来ている。
執事長やメイド長が王都の屋敷を離れシモン領に来て大丈夫なのかと思ったが、問題はないらしい。
義母上がしっかり管理している上に他に優秀な人材も多く、王都ではあまりやることがないのだそうだ。
マシューさんたちだけでない。
ここシモン領の領主館では多くのセブンズワース家の一門の人たちが領地管理に関わっている。
私が婿入りすればこの領地はセブンズワース家の管轄となる。
いずれ組み込まれる領地なので、現段階からセブンズワース家の人間主体で管理している。
彼らがここに来た理由はもう一つある。
私たちが王位継承権争いに巻き込まれてしまったからだ。
王太子の座が空位となったが、第一王子殿下はすんなりとは王太子になれなかった。
一方、元王太子殿下を担ぐ勢力は第四王子殿下に神輿を替えた。
二つの勢力は今、王太子の座を巡って激しい争いをしている。
どちらの勢力も切望しているのはアナだ。
ただでさえ、王家を凌ぐほどの権勢を誇る家の一人娘だ。
この家を味方に付けられたなら次期王位は確約されたようなものだ。
加えてアナは容姿も治り、義母上譲りの美しい女性となった。
「国家の顔」という大役も十分に果たせる。
以前とは違って、王妃に据えても自分たちの勢力の弱点になることはない。
だがアナは今、私と婚約している。
どちらの勢力もこの婚約を破談とし、自分たちの勢力にアナを取り込みたいのだ。
下賜されたこの赤字領地を利用する策を、どちらの勢力も企んでいるらしい。
もし下賜された領地が大赤字なら、私の領地管理能力にケチを付けられる。
セブンズワース家を継ぐに相応しくない、というレッテルを私に貼れるのだ。
この国の王は、前世の絶対王政の時代の王とは違う。
王権は弱く、国が崩壊してしまわないよう貴族間のバランスを取りつつ国家を運営している。
陛下は自分の息子である王子の結婚相手さえ、自分の意思では決められない。
両派閥ともに私たちの結婚には反対なのだ。
口実を与えてしまえば、ここぞとばかりに食い付いてくるだろう。
今は陛下も私たちの結婚に賛成だ。
だが、破談の名分を与えてしまえば先行きはかなり怪しくなる。
あまり名分を与え続けたなら、おそらくは義母上の気持ちよりも国家の存続を優先するはずだ。
執事長のような大物までこの領地に派遣されたのは、少しでも赤字を少なくするためだ。
赤字幅が小さいほど、破談の策を躱しやすくする。
「ジーノ様。お時間よろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
にこにこと笑うアナはトコトコと嬉しそうに執務室に入ってくる。
可愛い。
子犬みたいだ。
「この領地の貴族女性を招いてのお茶会を計画しましたの。
こちらは企画書ですわ」
アナは獣皮を綴った冊子を差し出す。
「アナ。
君がそこまでする必要はない」
この領地にはアナも一緒に来た。
アナが同行を申し出てくれたからだ。
だが、私はアナに頼るつもりはない。
領地が下賜され領主になったからといってすんなりと実効支配出来るわけではない。
その土地の有力者たちが新しい領主を歓迎するとは限らない。
公然と反旗を翻す者はいないだろうが、面従腹背が普通だ。
非礼とならない範囲で嫌がらせをする者だって珍しくはない。
そうやって反発して、彼らはこちらの譲歩を引き出す。
新領主の就任直後は駆け引きの嵐だ。
セブンズワース家の歴史は長い。
先祖代々仕えてきた家門の人たちの忠誠心は筋金入りだ。
忠誠心を持たない臣下に、アナはあまり経験がないはずだ。
お茶会を開けば、きっと辛い思いをする。
「あら。どうしてですの?」
「おそらく好意的ではない者も多いだろう。
きっと辛い思いをする」
「それくらい、覚悟の上ですわ」
「私は守りたいのだ。
君が傷付かないように」
「わ、わたくしだって……ジーノ様をお守りしたいですわ」
そう言ってからアナは俯くと「まずは足を引っ張らないところからですけど」などとゴニョゴニョ言っている。
君は……そんなことを考えていたのか……
私を守りたいと、そう想ってくれているのか……。
「アナ!
君は史上最高の女性だ!」
「そこまでです! ジーノリウス様!」
衝動的にアナに抱き着こうとしてしまい、ブリジットさんに止められる。
「ほっほっほ。
次代のセブンズワース家も安泰なようで、何よりですなあ」
「ええ。本当に。
これなら安心して引退できますわねえ」
「執事長にメイド長!
なぜ何もせず見ているだけなのですか!
お嬢様をお守り下さい!」
楽しそうに語らうマシューさんたちにブリジットさんが噛み付く。
マシューさんもメアリさんも、笑ってそれを軽くいなす。
「思い出しますなあ。
旦那様も奥様にはご結婚前からメロメロでしたなあ」
「そうですわねえ。
でも旦那様の場合は奥様を女神のように思っていらっしゃいましたからねえ。
ジーノリウス様とは違って指一本触れられませんでしたわねえ」
あの二人なら、きっとそんな関係だろう。
当時の光景が目に浮かぶようだ。
「あの頃をお支え出来たのは、私の誇りですなあ」
「あら。このお爺さんはもうボケてしまったんですか?
あの頃のお二人をお支えしたのは私ですよ?」
「おや。この婆さんは耄碌してしまったようですな。
明日にでも安心して引退するべきでは?」
マシューさんとメアリさんは視線をぶつけて火花を散らし合っている。
義母上から教えられたから知っている。
この二人は昔からこうらしい。
一歳差の二人は、幼い頃からずっとライバル関係だったようだ。
「ジーノ様。
わたくしにもお手伝いさせてくださいませ
婚約者は……お互い助け合うものですわ」
アナもそんな二人には慣れたものだ。
弾き飛ぶ視線の火花を意に介さず私に話し掛けてくる。
「しかし……」
結局アナに押し切られてしまった。
こんなに可愛いアナの頼みを、断り続けられるはずもなかった。
私に出来たのは、無理はしないよう付け加えることだけだった。





