第7話 由緒正しき名前
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おい、今日は書かないんじゃなかったのか?
「お久しぶりです、ヒューマン様」
イフリートが僕に言う。あれ? いつの間に召喚獣の異世界に帰ってきたのだろうか。
「まあ、こちらでは久しぶりという感覚が分からないようになってるのですが、かなり長い時間召喚されていたようですね」
「そうなんだよ。というよりも召喚主が分かんなくてね」
「そうだったのですか。いや、しかし召喚されると魔力の結びつきがあるためになんとなく分かるものなのですがね」
「それがね、全然分かんないんだよ。僕が人間に限りなく近いからそういった感覚もないのかもしれないねえ」
「ご冗談を。究極の大召喚獣であるヒューマン様がそのような……」
「それ、僕って本当に究極の大召喚獣なのかな?」
何とも言えない顔をするイフリート。
「それは間違いございません。魂に刻み込まれているお名前が本当の名前でございます」
本当は僕は前世の他の名前もあるんだけど……
「うーん、理解できない事も多いね。まあ、いいや。ところで、何で僕はここに帰ってこれたんだろうか?」
召喚獣の異世界には時間の感覚というものがない。ただ、漠然とある現世の時間感覚を引きずるような形で皆接している。特に自我が保てるような召喚獣は少なく、ほとんどが「ユニーク」と呼ばれる特殊個体だった。僕がその「ユニーク」である時点でかなり上位の召喚獣であるのは間違いないのだけれども、イフリートの言うとおり「究極の大召喚獣」なのかはよくわからない。と言うよりも、現世に召喚されたときに人間っぽい以外に召喚獣らしい事がほとんどできなかったじゃないか。維持魔力はがっつりもらってたけど。
「あ、召喚主が維持魔力を送らなくなったから強制送還されたのかも」
それだとまずいかもしれない。召喚主は僕と契約したことを忘れてる可能性が高いのだ。次、呼ばれることはないかもしれない。
「あー、なんてこった。まあ、この世界には「暇」を持て余すなんて感覚ないからそれは助かるけど」
時間は自分の好きなようになるのである。たくさん考えても現世の時間を止めた状態として次の召喚に備えることもできるし、数千年を一瞬で過ごす事も可能だった。僕は最初にイフリート達と少し話をしたあとに契約してくれる人が現れるまで時間をすっ飛ばしたから、現世では数千年どころか、一万年くらい経ってたらしい。
「んーと、強制送還される前は何やってたんだっけ?」
よくよく思い出してみよう。
***
「はー、それでロージーさんは冒険者の恰好してうろついてたんですか。つまりは修行の旅ですね」
タイタニス=フラットは護衛を少数つれてお忍びでデザイアを追ってきたらしい。理由は面白そうだったからだそうだ。なんでもありだね、この次期領主。
「おい、ニコル。親父に言っとけ。当分帰らねえからしっかりやれって」
「はっ!」
「あと、護衛もいらない。俺、「宝剣」マリー=オーケストラ殿のパーティーに入れてもらうから」
「「「えぇぇぇぇ!!」」」
なんてやつだ。勝手に決めちゃった。しかし、平民である僕や貴族とはいえマリが口を出すわけにはいかないぞ? そしてフラット領は大丈夫なの? 成人したての次期領主が好き放題してるって……。
「おい、タイタニス。どういうことだ?」
頑張って、デザイア! なんとか断るんだ。
「だって、面白そうじゃないですか。それに、いくら「宝剣」マリー=オーケストラが優秀だとしてもロージーさんの暴走を制御できるのはこの世で僕とロージーさんの母上しかいないと自負してるんですけど」
ニコニコと笑ってタイタニス=フラットが言う。
「そうだ。俺にも偽名が必要ですね。何がいいかな?」
「おい、タイタニス。ブックヤードはレイクサイド領に伝わる由緒正しき偽名であって、勝手に名乗る事は許さんからな」
おい、デザイア。すでにタイタニスがついて来ることが前提で話が進んじゃったじゃないか。だめだ、こいつ。なんか嬉しそうな顔してるし。
「タイタニス様、差し出がましいようですが、やはり護衛はお連れ下さい」
「え? なんで?」
「さすがに世間体というものもあります。いくら「宝剣」マリー=オーケストラ殿がおられたとしてもフラット領から護衛を出してないというのが世間にあらわになれば、お父上の評判に傷がつきます」
「親父の評判なんて、これ以上どうやったら落ちるんだよ」
「子供のような事を言わないでください。ただでさえタイタニス様がフラット領をお出になられると領民が不安になるのですから」
「あー、分かったよ。じゃあニコル、お前ついてこい。ついてこれなかったら置いてくけどな」
フラット領の騎士がついてこれない状況ってあるのかな?
「それじゃ、俺の偽名はっと…………」
「よし、タイタニス。お前は我がレイクサイド領に伝わる伝説の男「トーマス=レイクサイド」から名前をもらってトーマスと名乗れ」
「嫌ですよ、ロージーさん。それ先代のレイクサイド騎士団長でしょ?」
「ちっ、知ってたか」
デザイアが色々とひどい名前を考えている。中にはワイ太郎とかポチとかまであった。
「仲がいいんですね」
マリが笑っている。たしかにデザイアにとって親友と言える間柄のようだ。お付きのニコルさんも楽しそうである。
「お仕事中は結構ピリピリされる事が多いですからね。こんな楽しそうなタイタニス様を見るのは久しぶりです」
親友か。僕にはあまりいない存在だから、よく分かんないな。前世ではそれなりに遊ぶやつはいたけど、基本的に家に籠ってゲームしてたし……。なんか、いいな。こういうの。うらやましい。
「よし、俺はこれからロージーと名乗ろうか」
「紛らわしいわい!」
「じゃあ、何にしようね」
酒をぐいぐい飲みながら二人が偽名を考える。僕は偽名なんか考える必要ないからちょっと昔の事を思い出しながらぼーっとしていた。
「なあ、ヒューマは何がいいと思うんだ?」
「どうだね、俺の名前はヒューマに決めてもらおうか」
「えっ!?」
「それいいわね、ヒューマが決めなさいよ」
「あまりフラット領の名前に傷がつくような変なのはやめてくださいね」
マリとニコルさんまでそんな事を言いだした。なんてとばっちりなんだよ。次期領主の偽名をつけて気に入らなかったらどうするんだ?
「ヒューマなら大丈夫だ!」
そしてデザイアのその自信はどこから来るんだろうか。
「へへ、楽しみだね」
楽しまないで欲しい。そしてこの人たち、なんで断れない雰囲気を作り出してるんだろう。
んー、何がいいだろうか。名前をつけるとか、まるでゲームだよね。あ……ゲームと思えばいいか。僕がRPGをする時にだいたいつけてた名前があった。基本的にはそのキャラの名前でプレイしたいんだけど、どうしてもゲーム会社が設定していないキャラに名前を付ける時は……。
「レオンとか、どう?」
「「「「!?」」」」
「いいね!! それにしよう! 俺はレオンと名乗るよ!」
「さっすが、ヒューマだな!」
「いい響きね!」
「レオン様……いいですね!」
おお、なんか評判がいいぞ?
「へへへ、レオン……いい感じですね。……そうだ、俺、ロージーさんの修行のためになる物持ってるんだ。」
そういうと、タイタニス改めレオンは袋の中からあるものを取り出した。
「ゆびわ?」
「そう、ロージーさん、これから召喚魔法なしで冒険者するんでしょ? これ、召喚魔法を封じることができる指輪。結構前にエジンバラで開発された魔道具をうちで小型化してみたんだよ。レイクサイド対策で」
「おそろしい物作るんじゃねえよ」
「まあまあ、試しにはめてみてよ」
そういって、レオンはデザイアに指輪を手渡した。たしかに召喚魔法を封じられればデザイアの戦闘力は極端に下がる。その状態で冒険者として依頼をこなしていけば修行になるし、ランクが上がれば認められるのは間違いないと思う。僕はこの考えに賛同しようと思った。デザイアも特に警戒することなく指輪をはめるようだった。そして、なぜか左の薬指にその指輪をはめる。
「え、ちょっと、その指は違うんじゃ…………」
でも、僕の声は彼らに届かなかった。
あとから聞くと、指輪をはめた途端、僕が光っていなくなって、初心者用の冒険者装備がその場にガチャンと音を立てて転がったらしい。そりゃ、びっくりするよね。




