最終話 転生召喚獣は究極なんです。
魔力を解放した紅竜の周囲から、溶けた接着剤とミスリル製の網が崩れ落ちていく。
少しずつであるが、翼が、足が、腕が動くようになり、最後に金属の折れる音とともに紅竜は翼を大きく広げた。
周囲に展開していたマジェスター=ノートリオが率いるウインドドラゴンやワイバーンの部隊はすでにシウバさんの指示で離脱を始めている。
「詰めが甘かったな」
ハルキ=レイクサイドは落ち着いた声で言った。その視線の先には息も絶え絶えに魔力の放出をやめた紅竜がいた。
「もう一度言うぞ、ロージー。止めを刺してこい」
「……分かった」
ロージーは一度目を閉じてから開けると、次はノアの方を振り返った。彼女はロージーを見つめるだけで何も言わなかった。リア充め、爆発しろ。
「行こう、ヒューマ」
「ああ、僕が究極だ」
急に僕へと信じられないほどの魔力が流れ込んできた。それは第三形態を十分に維持できるほどの量である。ロージーはぺリグリンを召喚すると、それに乗り込んだ。
「終わらせる! これで終わりだ!」
力強く叫ぶと、さらにロージーから魔力が流れ込んでくる。
それに呼応するかのように紅竜が吼えた。周囲を見渡して、瞬時に僕が脅威だと認識したのか、こちらにむけてブレスを吐くつもりでいるようだ。
「ヒューマ! 任せたぞ!」
後方でシウバさんが叫んだ。おそらく、ノアたちを安全な所へと非難させてくれるのだろう。それにテツヤ=ヒノモトやヘテロ=オーケストラ、テト=サーヴァントの回収もしなければならないようだ。全て任せて、僕らは紅竜の注意を引きつけた。
「ヒューマ」
「なんだよ、ロージー」
ブレスをかいくぐりながら僕らは紅竜へと近づく。ロージーはある程度の距離まで近づけばいいだけなのに、僕の近くから離れようとしなかった。
「いや、なんでもない」
「ちょっと! この集中しないといけない大事なタイミングでなんて気になる事を言うんだ!」
ロージーのあり得ないセリフが僕を慌てさせるが、対するロージーは笑っていた。
「なんか、もう君と一緒にいると全部がバカバカしくなってくるな」
「おい、どういう意味だ」
「そのまんま、君は馬鹿だなって意味だ!」
ちょうど、ロージーのぺリグリンが紅竜の頭上を飛んだ。僕は逆に紅竜の胸元に飛び込む。前回はこれで腕に捕まって強制送還された。けど、二度と同じ失敗はしない。
『グギャァァアアアア!!!!』
僕はブレスを吐き続ける紅竜の胸元に入ると、胴体に向けて腕を差し込んだ。引き裂く事は出来ない。だけど、こいつは内部まで鍛えているわけではないとハルキ=レイクサイドが証明している。
「フレイムバースト!!」
差し込んだ腕の先で魔法を爆発させた。この形態で使う魔法の威力は絶大である。紅竜の右腕は皮一枚残して根元から吹き飛んだ。だらんと地面に向けて落ちている腕と、大量の出血がこの紅竜ですら殺せることを証明している。
「ヒューマ!! やれ!!」
紅竜の動きは明らかに鈍っていた。もう魔力もなにも残っていないのだろう。止めとばかりにロージーが大量の魔力を送り込んだ。
「残念だったな。僕が、究極の召喚獣だ。」
紅竜と目が合った。最後の最期まで、紅竜の目には怒りが灯っていた。
あふれるばかりの魔力を身にまとい、大量に出血を続ける紅竜に止めを刺しに行く。
紅竜は全身から魔力を放出して、僕を迎え撃とうとした。
「ヒューマァァァ!!!!」
「うおぉぉぉおおおお!!!!」
紅竜の赤い鱗が魔力を帯びてさらに赤く、黒く輝く。
さっきはこれにやられてしまった。だけど、これに負けたままでいるわけにはいかない。
僕も紅竜のようにロージーから流れ込む魔力の多くを放出させて、紅竜の魔力を引き裂くように腕を伸ばした。
後から聞くと、僕も紅竜も同じような色で光っていたらしい。僕にとっても、紅竜にとっても負けられない戦いだった。多くの仲間たちに支えられてロージーと僕は紅竜と戦っていたわけだけど、紅竜も幻獣化した蟲人を始めとしてこの世界に対する恨みとか怒りで戦っていた。
それを終わらせてあげたかったというのは少し傲慢な考え方なのかもしれないけど、僕は究極の召喚獣として、紅竜を止める義務があると感じていた。
紅竜が怒りに満ちた目で誰かを襲い、誰かが悲しみを感じる。蟲人にとっては人類とか魔人族だとかが憎しみの対象だったけど、人類とか魔人族の憎しみの対象が紅竜に変わるだけの事だった。だから、ここで止めなければならないと思った。
それは、その次にどうすればいいかとか、過ちを繰り返さないようにとか、深く考えたわけじゃなくて単純にそう直感しただけのことだけど、間違ってなかったと思っている。
この世界がなんだってかまわない。
僕は僕の正しいと思ったことをしたし、これからもするつもりだ。
僕は紅竜の首を引き裂いた。魔力が抜けて、紅竜は地響きと共に地面に横たわった。
いつの間にか、涙腺はないはずなのに、僕は泣いていた。それが紅竜からの返り血だと気付くまで、拭おうという気にはならなかった。
「ロージー」
「ヒューマ」
背後に飛び降りたロージーが、僕の肩に手を置いて、戦いが終わったことを知った。
「やったよ」
「ああ、見てた」
いつの間にか通常形態に戻っていた僕はロージーとハイタッチした。ノアがやってきてロージーに抱きつく。ハルキ=レイクサイドとかシウバ=リヒテンブルグもやってきてはロージーや僕によくやったと言ってくれた。トールも笑っている。
紅竜はもう二度と動かなかった。その顔からは、怒りが消えていた。
そしてテツヤ=ヒノモトが「リア充は爆発しろ!」と言ってロージーが吹き飛ばされて意識を失って、僕は送還された。
***
「ヒューマ、入るぞ。とりあえず進捗状況を確認しにきたんだけど、お前以外にあの時にいたのは俺しかいないっていうのが自慢できていいのやら寂しいのやら。まあ、ほんのちょっとだけは俺の方がお前よりも多く在籍していたわけだけどもな。数年だけの話だけどな。で、完成したのか?」
執務室で仕事をしていた僕のところに入ってきたのはハイエルフの中年だった。
「おっ、残念エルフじゃないか。久しぶり」
ルークという名前だったと思われる中年ハイエルフは昔は「残念エルフ」とよばれていた事もあるが、今ではレイクサイド領の守護者の一人である。話が長いために若い者には煙たがられているので、僕の所に入り浸るようになってからすでに数百年が過ぎていた。
「何百年かぶりにそれ言われたぞ?」
「もう言ってくれる人は皆死んじゃったからね」
ヴァレンタイン王国レイクサイド領。召喚都市として一部が自治領となったこの領地の領主は、領主として絶対的な条件が求められると噂されている。ある召喚獣を召喚できること、それが絶対条件であり、その召喚獣の召喚をすることができて初めて、領主として認められるという伝統がすでに数百年も続いていた。
「レイクサイドの守護者」ルークがその長寿を費やして全て見てきたというその召喚獣であるが、領主と一部の者を除いて何であるかを知っている者は少ない。そして、数百年にわたってレイクサイド領を見守ってきたのは「レイクサイドの守護者」ルークだけではなかった。
「もう領地経営とかに口を出さなくてもだいたいマニュアル化できてるし、僕はすることがなくて暇だったんだよ。もうっちょっとで書き終わるよ」
「だからって、わざわざブックヤード家の末裔のゴーストライターなんてしなくてもいいんじゃないか? 普通にヒューマの名前で書いても誰も文句いわないだろう。だいたいお前に文句言えるような人間は誰一人いないし、人間どころか召喚獣もってそれはサイショカラソウダッタカ。シカシホントウニコノスウヒャクネンハヘイワデタイクツダッテイウノハオレモドウイケンダケド、ムカシミタイニセンソウニアケクレルヨノナカッテノハヤッパリヨクナイゼ。ダイタイハルキサマガ……」
僕は書きかけの歴史書の原稿を乾かしながら、残念エルフの話を聞いているふりをしているわけだが、もう何度この話を聞いたことかというくらいにルークは同じ話ばかりを繰り返している。
「ああ、そういえばマリー=オーケストラの末裔がソニーと召喚契約を結んだらしいな。契約が終わったあとにソニーと話してみて、マリーの残した封印を解くんじゃなかったって後悔していたぞ」
「本当? そういえば、最近はソニーとも会ってなかったね。あいつも召喚獣だから僕らと一緒で年とらない組だったのをすっかり忘れていたよ」
かつてともに旅をした仲間の中でもマリは僕にとって大事な人だった。結婚相手からもらった婚約指輪は召喚を阻害する魔道具だったとかいう噂が流れていたけれども、最終的に幸せな家庭を築き上げたから良かった。その代わりにたまに召喚されるソニーが拗ねていたけれども。
「一応、俺はお前と違って少しずつ歳をとるんだよ。これでも数百年は生きているけどまだまだ寿命は来なさそうだがな」
「他の人間からしたら残念エルフも僕たち召喚獣も同じだよ」
「違いない。フランのクソガキも、他の奴らもさっさと死んじまいやがった」
寂しそうにルークが言う。僕もその気持ちはよく分かる。
「そうだ、帰るならついでにタークエイシーを呼んでよ。その辺にいるからさ」
「ああ、いいぜ」
「あと、最後の章を書いたら終わりなんだ。と言っても僕の感想みたいなもんだけどね」
「だから、本名で出版しろって。タークエイシーが歴史に名を残してしまうだろう」
「もう僕は歴史に名を遺す必要はないと思うし、裏でコソコソするのが好きなんだ」
レイクサイド領には影の宰相ともいえる人物がいたという。その人物を知っている者は口をそろえて、自分が小さい頃からあんな感じだったというらしい。
正体を知っているのは領主とその近辺の数人のみ。新たな領主が誕生する前に、他のどの召喚士もなしえないような高度の召喚契約を行うという。その際、元領主は長年の肩の重みを降ろす。召喚に使われる魔力を調節できるようになって一人前、レイクサイド領にはこの言葉が語り継がれているが、その本当の意味を知るのは領主を経験したもののみである。
「やっぱり、僕はロージーに召喚されている時が一番良かった。楽しかったんだ」
「そりゃ、あの激動の時代を経験したら、今の世の中はつまらないだろう。これだけ平和になって、便利な世の中になったけどな」
「人があまり死ななくなったから、それでよしとしているよ。僕は」
「ああ、違いない……おっと、タークエイシーがちょうどやってきたぞ」
猫耳の獣人であるタークエイシーは僕の秘書をしていた。代々、大森林を任されている家系の獣人である。先祖は「獣王」と呼ばれたあの人だった。
「ヒューマ様! また、僕の名前を使って本を出したでしょ!」
「ああ、そうだね。これで最終巻だ」
「本当に困るんですよ! 実際に見てきた人が仮説だとかなんとか言いながら真実を暴露するんで、世間は大騒ぎ! 僕の所にも取材が殺到してて!」
「はっはっは、頑張れー」
「頑張れーじゃない!」
最終原稿はすぐに書けた。
僕はなんとなく、何度も読みこんだ演劇「竜の背に乗った花嫁」の脚本の初版本を手に取った。近年は徐々に脚本が変わってきており、最初の設定が時代とともに少しずつずれてきている。シウバさんが書いてアレクさんの名前で出版し、リヒテンブルグ王国を中心に開催された演劇は本当に世界中の人々に愛された。「竜姫」ノア=レイクサイドはロージー=レイクサイドと結ばれ、レイクサイド領が繁栄を極めるにあたって尽力した。よく僕とは衝突したけれど、お互いに尊敬しあえる間柄だった。彼女が亡くなった時もたくさん泣いた。
「これだけ長い年月を生きてみると、本当にここがプログラムの中だなんて実感が沸かないなぁ」
そう独り言を言ってから気づいた。そう言えばもう一人いた、歳をとらない人間が。でも、最近は全く合ってない。神楽先生は今どこで何をしているのだろうか。
ハルキ=レイクサイドは紅竜との戦いの後は完全に引退した。何故かトールを一緒に連れてレイクサイド領の奥の湖の近くで暮らしていたらしい。沢山の人が大召喚士に会いに湖に行くから、結局静かだった湖の近くは小さな町ができてしまったとぼやいていた。彼が亡くなった時はレイクサイドどころか、ヴァレンタイン王国全土で追悼の儀式が行われた。たしか、同じような時期にテツヤ=ヒノモトもなくなったはずだった。二人とも、結構高齢だったと思う。
ロージーはお爺さんになって、ノアが亡くなるとすぐに後を追うように亡くなった。この時も僕は沢山泣いた。もう、これで現世に召喚されることはないと思っていたけど、約一年後にロージーの子供に召喚された。それから僕はレイクサイド領を裏から支える影の宰相をしている。
レイクサイド領というのはもともと何もない、自然があるだけの領地であった。
「この国家におけるもっとも重要でない田舎領地の一つである。」
ハルキ=レイクサイドはそう言ったという。だが、現在では他の追随を許さない召喚都市であり、その機能というのは一領地にも関わらず他の国家を敵に回しても圧倒できる可能性を秘めているほどだ。
この地をここまで発展させたのは「大召喚士」ハルキ=レイクサイドであり、「極めし者」ロージー=レイクサイドであることは明白だ。彼らと、彼らに従った者たちの功績というのは計り知れないものがあり、当時のレイクサイド領がなければヴァレンタイン王国は滅亡していたであろう。それどころか世界がどうなっていたのか分からない。それほどに彼らは世界を何度も救っていた。
歴史の闇に葬り去られる事実というのは星の数ほどにもある。その中には真実とはかけ離れ、本来は英雄視されるべき者が陥れられている歴史もあるかもしれない。それ故に、人はできる限り記録を残すのである。そしてそれが記録として残れば、人々から忘れられることはないだろう。
だから私はここに記した。レイクサイドに伝わる歴史である。これを紡いできた者の意志が、次の歴史を紡ぐものへと受け継がれることを信じて。
最後に重要な記録を一つだけ残しておこうと思う。それは「極めし者」ロージー=レイクサイドは究極の召喚獣の最初の召喚の時に彼をレイクサイド郊外の荒野に置き去りにしたことがある。これは事実だ。レイクサイド領の極秘情報に触れてしまうために証拠を提示できないが、事実なのである。
-「新説 レイクサイド史」タークエイシー=ブックヤード著 完 ―
「ヒューマ様、この最後の段落いらないでしょう。消しますよ?」
「馬鹿タークエイシー! それを記録に残すのが僕のささやかな復讐じゃないか!」
「はいはい、究極の召喚獣が聞いて呆れますね」
「うるさぁぁぁぁい!!」
紬です。
ついに、私の処女作「転生召喚士はメンタルが弱いんです。」が終了いたしました。
当初は適当に書き始めていたこの物語もものすごい長い話となり、第3部まで書いてしまい、ちょっとだけブランクはあったものの完結まで書き上げることができました。
これも読者の皆様方おかげです。
途中、本当に作者のメンタルが崩壊するとは思わず、体調も最悪な時期を乗り越えて、ようやく…………ようやくです(泣)
最初の二週間でばばーーーと書きあげた内容はなんと書籍化までしていただきましたが、結局1巻で終了という結末となってしまいまして、読者の方々にはお詫び申し上げます。
続巻を期待する声を届けてくれた方々、本当にうれしかった。力不足で本当に申し訳なかったです。
結局、第2部で終わるつもりだったこの物語ですが、第3部を書いて本当に良かった。いい具合に終れたのではないかと思っています。たまにハルキ主人公のまま継続して書いてたらと思うこともありますが、これはこれでいいキャラたちも出ることがでたのではないかと。後悔することも良かったことも、ともかく思い出一杯です。
まだまだ「小説家になろう」には生息しつづけるつもりです。次回作などでお会いできたら本当にうれしいです。
でわ!
本田 紬




