第68話 卑怯
「やっばいな、本当に使うことになるとは。念のためって言ってたけど、まさかなぁ。でもあの人の事だから、予想してたんだろうか」
遠くに見える光景を目の当たりにしてシウバ=リヒテンブルグはため息をついた。ハルキ=レイクサイドからの指令は、全ての作戦が終わってもまだ紅竜が倒せていなかった場合に備えろというものだったのだが、シウバの中では自分の出番なんてこないだろうとたかをくくっていたのだ。
「いや、だって第一騎士団の総力でゴーレム空爆とか、全力のヒューマ君だぞ? それでダメだなんて思うわけないじゃないか」
「シウバ様、ゴッドが強制送還されましたよ? 行かなくていいんですか?」
「マジかよ!? やべえ、遅れたらまた何か文句言われる!」
マジェスター=ノートリオの指摘を受けて、シウバ=リヒテンブルグはあわててペリグリンを召喚した。
これから行わなければいけない事を考えるとため息しかでない。ヒューマや他の将軍たち、それにテツヤ=ヒノモトへの文句をぶつぶつと言いながら、シウバ=リヒテンブルグは戦場へと急いだのである。
***
遠くにペリグリンが見えた。通常形態の僕じゃ見えないけど、あれは多分シウバさんだ。
「もう、ちょっと、無理…………吐く…………」
横ではロージーがノアに無理矢理魔力ポーションを飲まされている。
「まだ魔力回復してないんですよね!? 早く!」
「うっぷ…………無理…………」
ロージー、僕は君を助けることはできなさそうだ。自力でなんとかしてくれ。
「シウバさんがやってきたっぽい。多分、この状況も想定されてたんじゃないかな?」
「くそ親父め、まだ手が残ってたならさっさと出せば良かったものを」
「ロージー、君に少しでも活躍させたかったんだよ」
「あの親父がこの局面でそんな緩い事考えるかよ。何か企んでるならまだしも、ギャンブルなんて絶対しない性格してやがるぜ…………うっぷ、吐きそう」
吐いたらだめとノアに言われて大変な事になっているロージーの指摘ももっともだ。ハルキ=レイクサイドがそんな緩い事を考えるわけはない。じゃあ、何かできない制限でもあったのだろうか。例えば、飛ぶ相手には通用しないとか。
「と、とにかく今は魔力回復だ。シウバがなんとかするかもしれないが、その手が通用しないかもしれないしな」
少し前とは違って、ロージーは諦めていない。僕も負けていられない。いつでも第三形態になって飛び出せるようにしておく。
ハルキ=レイクサイドの召喚したペリグリンが紅竜から少しだけ距離をとる。まだ翼の傷が癒えていない紅竜はそれをすぐさま追うことはできなかったようだ。だけど、口の中のノームが潰されたのか、ブレスの予兆が見える。
「召喚!」
またしても紅竜の口の中にノームが召喚されたようだったが、予想していた紅竜はそれを召喚されたと同時に噛み潰したようだった。
「ちぃっ!」
今までのストレスを発散させるかのように紅竜が思いっきりブレスを吐いた。すれすれでそれを避けるハルキ=レイクサイドとそのペリグリン。だが、その後も紅竜はブレスを何回も吐き続ける。ハルキ=レイクサイドをのせたペリグリンはなす術なく、紅竜の周りを飛び回ることしかできなかった。
「もうちょっと……」
ロージーが四本目の魔力ポーションを飲み干そうと言う時、シウバ=リヒテンブルグを乗せたペリグリン上空へと到達したようだった。
「本当にやりますよー!?」
「いいから、さっさとやれぇ!!」
若干やりたくなさそうなシウバ=リヒテンブルグに対して、半分キレ気味でハルキ=レイクサイドが叫ぶ。何をするつもりだろうか。
何やら球のような魔道具をとりだしたシウバはそれを上空から紅竜へと投げつける。それは空中でぱっと広がると、網状に形を変えた。よく、第四騎士団が魔物を狩る時に使う捕獲用の魔道具である。あれはおそらくはミスリル製の特注品で、紅竜がすっぽりと包まれるほどの大きさだった。
金属製とはいえ、網が絡まるように紅竜を捕獲する。暴れる紅竜であるが、一部引きちぎられる所があるものの、全体的には動きを拘束された状態となった。だが、これがもつのは数分だろう。それだけ至る部分のミスリルがちぎられ始めている。
その数分が必要だったらしい。
背後に回ったシウバ=リヒテンブルグはその背負った背嚢の中から多数の瓶を取り出している。
「おりゃ!」
それは紅竜にぶつかると割れて中身が紅竜の鱗にかかっていく。あれはなんだろうか。透明ではあるものの、時間とともにやや白く変色していく。その瓶が十数個ほど紅竜に投げつけられたところで変化が起きた。絡みついていた網が引きちぎられなくなったのだ。いや、ちぎられているが鱗から離れなくなったと言ったほうがいいかもしれない。
「成功です!」
「よし! 安全区域を確保して残りの部隊で攻撃だ!」
「了解です! マジェスター! 攻撃開始だ!」
魔道具を使ってシウバ=リヒテンブルグが後方に控えていたであろう「流星」マジェスター=ノートリオへと指示を出すと、数十頭のウインドドラゴンやらワイバーンたちが飛んできた。暴れる紅竜のブレスが届かない高度から、ブレスを吐きづらい後方へと回っていき、先程の液体の入った大きな瓶とかを投げつけ始めた。他にはあのミスリル製の網がでる魔道具を投げるものもいる。
「ふう、うまくいった」
ハルキ=レイクサイドとシウバ=リヒテンブルグが僕らの近くへと降りてきた。既に勝ったと思っているのだろうか。まだ紅竜は暴れてブレスを吐き続けているというのに。
「おう、親父。あれはなんだ?」
「あれか? 接着剤だ」
「「は!?」」
なんて卑怯な! 金属製の網を張った状態で接着剤を投げまくるだと!? しかも瞬間接着剤なのだとか。そのために樽ではなく瓶に入れて持ってきたとか。
シウバが後片付けが大変だとぼやいている。
それによって瓶のガラスやらその辺りの土やらが紅竜の体にまとわりついて行く。さらに投げ込まれる接着剤。どれだけ紅竜が力を持っていようがいつかは関節が動かせなくなり、というかもうすでにほとんど関節が動かせなくなって力がこめられなくなっていた。
「残っているのは首の付近だけだが、呼吸ができなくなるからなあ」
ぐははと笑う大召喚士を前に、僕らは自分たちの無力さを思い知る。というよりも世界を救う戦いがこれでいいのか? しかし、その効力は絶大なもので、あれだけの攻撃をものともしなかった紅竜が大量の接着剤とそのた諸々で全く動けなくなっていた。
紅竜は最後のあがきとばかりに首を振ってブレスを吐くが、もう一方向にしか吐けないために誰もその先にはいない。とどめとばかりに大きな瓶が投げ込まれ、さらに厳重に封印するように網がかぶせられた。
「ロージー」
「なんだよ」
ハルキ=レイクサイドが言う。
「ヒューマを使って、とどめを刺してこい」
「いい所取りしろって言うのか」
「違う。最後をきちんと締めて来いと言っている」
ロージーとしては納得がいかないだろう。僕らがあれだけ頑張っても結局はテツヤ=ヒノモトが翼を斬り、ハルキ=レイクサイドによって動きを封じられたわけだ。致命傷になることを全くしていない。
「そんな言葉では騙されないぞ」
「ああ、もうメンドクサイな。お前がやらなきゃ世代交代できないだろう」
「実質、世代交代できてねえだろうが!」
持っていた魔力ポーションの瓶を地面に投げつけた。破片が飛び散る。
二人はそれきり、黙ってしまった。僕もシウバさんも口を挟める状況ではない。
紅竜の咆哮が徐々に弱くなる。もうすぐ、呼吸ができなくなり死ぬのだろう。召喚獣も、幻獣になれば生きなければならなかった。そのために食事も必要であり、呼吸もする。生きるとはそういう事だった。
僕は、幻獣化することはない。今回の事でよく分かった。彼が死ぬまで、僕を召喚し続けられる以上は召喚獣でいよう。それが僕の責任でもあるから。
だけど、その沈黙を破ったのはノアだった。
「あのう、あの魔力をぶわーって出すやつ使われたら、さすがに接着剤とか吹き飛びますよね?」
「「「「!!!!?」」」」
そしてだいたい、嫌な予感というのは当たる。
「隊長! 大変であります!」
「なんだ!? どうした!?」
「やつが、やつのメンタルがまたしても崩壊しかかっております!」
「なんだとぉ!!? 何があった!?」
「昨日は仕事で今日は飲み会で、投稿なんてするつもりなかったのに執筆しておるのであります!」
「飲み会が終わるのが早かったのか!?」
「いえ、「当日に行けるかどうか連絡する」と言われたのに、連絡ないまますでに22時半であります! 待機中に執筆していたら一話できてしまったとかなんとか!!」
「なにぃぃぃ!! 今から飲みに行ったとしても明日が!」
「その前に誰も飲みに行ってくれないみたいですね。というよりも連絡きてないです。もうこっちから連絡するのやだとか言ってふて寝始めましたよ……」
「なんだとぉぉぉぉ!!!? それでは向こうが忘れていたのか、それとも「行ける場合は連絡する」だったのか分からんままではないか!? 何故だ!? 何故確認せんのだぁぁっぁぁぁ……!!」
「あ、隊長も壊れたっす」




