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第67話 冷静に

 暖かく力強い魔力がロージーから流れ込んできた。それは召喚士と召喚獣が信頼し合ってないとできないことなのだろう。限界を超えて、さらに命まで注げば僕は幻獣化する。それを誰から教わるわけでもなく、僕らは理解していた。だからこそ反発しようと僕は精一杯の抵抗をする。


「やめろ、やめてくれ、ロージー」

「もう、これしかないんだ」


 満身創痍とも言える紅竜の動きは鈍くなっている。今までであれば次の標的に狙いを定めていただろうが、大きく息を吸って吐いてを繰り返していた。それだけゴッドの光線が効いたのだろうか。だが、現状でこれ以上の致命傷を与えられることのできる者はいなかった。


「あれを止めなきゃならない」

「だからと言って君が犠牲にならなくてもいい」

「ここで止めなければ全員死ぬ。これ以外に方法があるのか!?」


 その方法を思い付いていたならば、こんな言い争いはしていない。だからこそ僕はロージーが何をしようとしているのか、言葉に出す前に気づいてしまったし、ロージーも僕がそれを分かっていると確信して話している。


「やめろっ!」

 僕は肩に置かれたロージーの手を振り払った。これ以上は感情が耐えられない。第三形態に涙腺がなかったのが幸いした。通常形態だったら、僕はどんな顔をしていたのだろうか。恥ずかしくてロージーを見ることができなかったに違いない。


「ヒューマ!」

「何か方法があるはずだ!」


 言葉とは裏腹に、僕は視界の片隅でハルキ=レイクサイドが召喚したクレイゴーレムの一体が強制送還されるのを見ていた。もう、紅竜を止める戦力はこの場にはない。ハルキ=レイクサイドもテツヤ=ヒノモトも、ヘテロ=オーケストラもテト=サーヴァントもだめだった。


 僕の幻獣化は魔力が尽きかけているロージーの最後の手段である。それはロージーの命と引き換えに行われることになる。


 たしかに僕が幻獣化すれば確実に紅竜を仕留められる。トールがどれだけ魔力を持っていても、レイクサイド騎士団がどれだけ増援を連れてきても、紅竜の鱗をどうにかする方法は見つからないだろう。

 そして、紅竜は少しずつ再生しているのではないか。傷がふさがり、出血がなくなっているのはニコラウスのサンダーで焼けたのだけが理由じゃないだろう。時間もない。


 だけど! ロージーを犠牲にしたところでそれは求めている世界じゃなかった。しかし、僕も子供ではなく世の中にはやりたくない選択肢を選ばなければならないことだって知ってしまっている。


 何か方法があるはずだと信じたかった。だけど、手を振り払われたロージーは怒りもせずに僕を見ていた。

 そして、またしても魔力がロージーから流れ込んでくる。



 僕はもう、それに抵抗する事ができなかった。しかし……。



「何考えてるんですかっ!?」


 ロージーの後頭部をぶっ叩いたのはノア=エンザだった。いつの間にここまで来ていたのだろうか。そして、彼が僕を幻獣化しようと思ったのが分かったらしい。若干涙目になっているけど、僕は見なかったことにしておく。ロージー、君が責任もって何とかするんだ。


「いや、だって」

「だってとか言ってはなりません! 貴方はレイクサイド領主なのですよ!」

「だから! 俺はレイクサイド領主だから! もうこれ以外に方法がないんだ!」

「……本当に?」


 あー、もうこんな時に痴話げんかはやめてくれ。だけど、僕の幻獣化を阻止してくれたというのには感謝する。そして、ロージーの目が生き返ったような気がするのはやっぱり彼女のおかげなんだろうか。


「嘘よ、貴方ならできる」


 彼女に言われて、自分の不甲斐なさにロージーは気づいたのかもしれない。そうだ、まだ諦めてはならないし、他に方法があるに違いない。


「ロージー、男を見せろ。君ならできるらしいよ」

「うっ……」


 覚悟を決めたはずのロージーはさらに大きな覚悟を決めざるを得なかった。

 そして僕はこんな窮地にも関わらず、尻に敷かれるロージーの未来がなんとなく見えたような気がした。



 ***



 よく見るとハルキ=レイクサイドにはまだ余裕があるようだった。最大戦力だと思っていたゴッドはたしかに強制送還されたのだが、だからと言ってその次の召喚がクレイゴーレムだけというのはおかしい。明らかに時間稼ぎのための召喚であり、ハルキ=レイクサイドの魔力はまだ余裕があるようだった。


 ゴッドは何もできずに強制送還された。あいつ、本当に役にたたねえな。せっかくここぞという時に召喚されたというのに、あっという間に送還されて無駄に魔力を使うだけだったとか、怒りしか沸いてこない。あとで召喚獣の世界に戻ったら、皆にばらしてやろう。


「ヒューマ、魔力がある程度回復するまでは通常形態に戻っててくれ」

「分かった」


 その間に僕たちは力を温存することにした。冷静になった頭で状況を分析する。


 こちらの戦力は今のところハルキ=レイクサイドを乗せるペリグリンと召喚しているクレイゴーレムだけが紅竜と戦っていた。でも、この状況はおかしいのだ。それに気づかなかった辺りに、まだまだ僕らが未熟であるというのは表れているのだけれども。


「そう言えば……、誰か足りなくない?」

「奇遇だな、俺も同じやつの事を考えていた」


 本来、ここにいるはずのやつがいない。この世界の命運がかかっている戦いで、出し惜しみなんかするわけもなく、紅竜と戦うことのできるほどの戦闘力を持っている奴がいなかったのだ。


 「邪王」シウバ=なんとか。あいつである。


「よくよく考えるとテツヤおじさんのあの攻撃は明らかにシウバのドーピングだったな」

「ああ、なるほどね。だから、その後にドーピングが切れた後の攻撃が鱗を貫かなかったんだ」


 初撃だけほんのりと薄く光っていたような気がする。そしてテツヤ=ヒノモトがドーピングしていたという事は、シウバ=なんたらがこの近くにいるという事で、それなのに奴が戦闘に参加していないのはおかしい。


「くそ親父、まだなにか企んでやがるな」

「おし、一気に魔力を回復させてしまおう」


 ノア=エンザが持って来ていた魔力ポーションも全てもらったロージーはがぶ飲みを始めた。精神状態も少しよくなって嘔気も治まったようである。これならば、少し待てば僕の第三形態が再開できる。


「しかし、よくあの攻撃をかいくぐれるもんだ」


 ロージーがなんとなく言ったその言葉で僕はハルキ=レイクサイドを見た。そこにはペリグリンを自在に操り、当たらなければなんとやらを体現する大召喚士がいた。クレイゴーレムはいつの間にか強制送還されていたようである。


「いくら翼を切って飛べなくなったとはいえ、ブレスも無効化して時間稼ぎまでして……くそっ、いい所を持っていかれてるな」

「その前に僕らが戦っていたからっていうのが大きいんだからね」

「わ、分かってるよ」



 偉大な父親に負けてもらっては困る。とどめは僕らで刺そう。そう言うと、ロージーは久しぶりに笑った。






二日前、深夜の出来事……



「そう言えば……、誰か足りなくない?」


 本来、ここにいるはずのやつがいない。この第三部の最終話が近い戦いで、出し惜しみなんかするわけもなく、紅竜と戦うことのできるほどの戦闘力を持っている奴がいなかったのだ。


「第二部の主人公」シウバ=なにがし、あいつである。あれ? あいつ主人公だったっけ?


「よくよく考えるとシウバ出すの忘れてたじゃん」

「ああ、やべ。またプロット逸脱だよ。ハルキのノームを口の中に入れてなんとかする作戦使えなくなったじゃねえか、どうするんだこれ」

「どっちみち、それたいして面白くもないからボツにするつもりだったでしょ」

「そんなん言っても何時まで経っても最終話まで到達しねえよ、いつまで引っ張るつもりだ、これ」



こうしてまた夜が更けていく……

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