第62話 空中戦闘
カヴィラ領北部の決戦場。
すでにレイクサイド騎士団の精鋭が待機している状況で、ど真ん中に僕らは陣取っていた。空のかなたに見えていたはずの「隼」の乗るペリグリンたちが紅竜に追われてやってきているのが数秒ごとにあり得ない速さで大きく見えてくる。もうちょっとゆっくりでもいいんだよ、とでも思わないでもない。
僕の調子はすこぶる悪くてロージーたちと別れた時ほど力を発揮できないのではないかと思うのだけれども、それは久々の召喚でロージーの想像力が追い付いてないというのが原因である。というよりも忘れかけてたな、こいつ。
「でかいぞ! 大丈夫か!?」
紅竜を視認したロージーがマジで慌てて叫んだ。そういう僕も実は慌てている。
その巨体はかつてトールと共に遠目で見た時よりも更に大きく見えた。追われている「隼」の召喚したペリグリンですら、精一杯に逃げているというのが分かるほどに速い。そしてその紅い鱗に覆われた皮膚は傷一つついていないのである。
その威圧感というのは正直すごいものがあった。どの魔獣や魔物よりも強く、どの召喚獣よりも強く。誰が何を説明しないでも分かるものがあるというのを肌で感じてしまう。正直、僕が生身の人間であったら怖くて逃げだしてしまっていただろう。
ロージーの方をちらっと見た。彼は紅竜を睨んでいる。これから戦うのは僕で、ロージーではないのだけれども召喚の都合上、紅竜の近くにいないといけないのだから仕方ない。ロージーは逃げたいのだろうけど……。
「ペリグリン!」
でも、予想を覆してロージーはペリグリンを追加召喚した。すぐにそれに飛び乗ると僕に声をかけた。
「ロージー!?」
「援護する! 存分にやれ!」
「ああ、分かったよ! 気を付けて!」
上空に飛び上がったロージーはウインドドラゴンを二頭追加で召喚する。僕の援護をするつもりらしい。ロージー、貴方って子はいつの間にこんな……って場合じゃなくて少し見ない間に成長したな! それともノアの前で格好つけたいのか!? いや、本当にそんな気がしてきた!? 向こうの方をチラチラ見てるもんな!
「……仕方ない。調子が悪くても僕が究極だ!」
魔力が溢れてくる。これだけの魔力を吸い出すというのは常人では不可能であり、トールも魔力の使い方が悪かったために無理だった。だけど、今はロージーに召喚されている。思う存分に使うことができるはずだ。
翼が生えての第二形態である。以前、この状態でジーロさんたちを圧倒したことがあったし、カヴィラ領主館でシウバに薬を盛られたのもいい思い出だ。
レッドドラゴンよりも更に二本追加されたまがまがしい角と濃い赤の鱗、二回り以上大きくなった首や胴体からは怒りを感じた。あれは幻獣となった際に元となった蟲人の怨念がそのまま召喚獣に乗り移ったのだろうか。
「引き裂くっ!」
射程に入ると同時に僕は急接近した。それまではペリグリンたちを追っていた紅竜は僕の接近に気づくのが一瞬だけ遅れる。だけど、その一瞬が僕と奴との戦いでは命とりになるはずだ。
肉を抉る感触がして、僕の右腕は紅竜の喉元の鱗を貫いた。だけど肩口で止まってしまい、それ以上貫くことができない。抉るように力を込めたが、横に引き裂くことは不可能だった。内臓にまでは達していないだろう。心臓を狙った一撃だったけど、腕の長さが足りないとは。
『グギャァァァァ!!!!』
紅竜が吠える。同時に僕の右腕が突き刺さったままに暴れ出し、紅竜の右腕が僕を掴んだ。
そして、僕は引きちぎられ強制送還される。まじかよ。
「ヒューマ!」
だけどロージーはこの事態を想定していたのか、僕を一瞬で再召喚した。さらには二頭のウインドドラゴンが紅竜へと襲いかかっている。
「ごめん、ロージー!」
「まだまだ大丈夫だ!」
僕の再召喚はかなりの魔力を食うはずである。しかしロージーは魔力ポーションの瓶に手を伸ばそうともしなかった。いつの間にこれだけ魔力量が増えてたんだ?
口元が緩んだけど、二頭のウインドドラゴンが瞬殺されるのを見て気を引き締める。こいつは本当に強い。
「まずいっ!」
「分かってる!」
次の瞬間に僕たちがいた空間を紅竜のブレスが通り過ぎた。かなりの熱量であるのは間違いなく、避けたにも関わらず火傷しそうなほどに熱い。ロージーは生身だが大丈夫なのだろうかと心配になったが、それどころではない事に気づく。
「ブレスが!」
紅竜はブレスを吐きながらその向きを変えて僕を追ってきていた。ロージーを乗せたペリグリンじゃなくて良かったと思いつつ、ブレスをかいくぐり紅竜へと接近する。しかしブレスをやめて空中で向きを変えた紅竜の尾が僕を襲った。そのあまりの速度に尾の先が僕をかする。それだけで吹き飛ばされてしまった。
左腕が消失しているのが分かったけど、ロージーが魔力を送りこれが再生していく。だけど、紅竜がその巨体からは想像もできない速さで僕へと距離を詰めた。
「あ、まずい!」
視界一杯に広がる紅竜の口腔内。顎が開かれたその視界を最後に僕は再度強制送還された。言っておくけど、召喚獣といえども痛いものは痛い。かみ殺されるとかマジでもう二度と勘弁だ。
「くそっ!」
劣勢を感じ取ったロージーだったけど、冷静にまた再召喚された。少しだけ、昔の調子を取り戻しつつあるけど、ロージーの魔力が心配である。
「悠長な事やってられるか!」
でも、そんな心配をよそに、ロージーは莫大な魔力を僕に送り始めた。徐々にかつての調子が少しずつ戻ってくる。これは行けるかもしれない……。
紅竜はロージーのペリグリンを視界に入れたようである。ペリグリンを意外にも上手に乗りこなして逃げ回るロージー。早くしないと危ないというのはその速度の差からも明らかだったが、なんとか時間は稼げた。
翼の生えた超人形態からさらに禍々しい角が生えてくる第三形態。ワールウインドを圧倒したが暴走してしまった形態だ。でも、紅竜相手ならば暴走している程度がちょうどいいかもしれない。
「さあ、行くよ!」
「おう!」
でも、何故か僕は確信していた。成長した今なら暴走なんてしない。お互いに成長した後ならば。
「僕が究極だ!」
「隊長! 大変であります!」
「どうした!? というかお前の大変は聞き飽きたわ!」
「そうおっしゃらずに! 作者がなんとやる気出して2話も書きましたよ!」
「うむ、なんか『調子いー』とか『あ、意外と書ける』ほざいてやがる。何カ月不調だったと思っとるんだ。それに実は健康面で非常にまずい事態になっているというのに」
「あれですね! 肥〇とか〇満とかひ〇んとか!」
「全て同じだ馬鹿者!」
「健康診断、めっちゃ言われたらしいじゃないですか!?」
「『そんな事言われたって……』とどこかの話の第1部の主人公ばりに落ち込んでたというから始末が悪いな。運動しろ、ダイエットだ!」
「ダイエット! 絶対、あいつには無理であります!」
「そうだな! 知ってる!」




