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第58話 迷コンビ

 僕たちが帝都エレメントに足を踏み入れた時、帝都は大混乱の最中だったようだ。正式に「紅竜」と呼ばれ始めたレッドドラゴンの幻獣がエレメント魔人国の北部の村々を次々と襲っているというのはもう全ての国民に知れ渡っている。帝都を出て他国へと向かう者、徴兵されたての北部へと向かう兵士、これをチャンスとばかりに商品を持って帝都を目指す商人。多くの者が入り混じる帝都はある意味では活気に溢れ、ある意味では絶望感が漂っていた。


「これは思ったよりも凄いね」

「イノウエ、大丈夫なのか?」

 このような人ごみの中で誰かに見つかってしまった場合、対処の方法が分からないのだろう。トールが不安な顔をしている。

「見つかったらってこと? 実はそろそろ見つけてもらわないといけないんだ。大丈夫だよ」

 紅竜が暴れまわっていて、デリートとヒューマが鳴りを潜めているというのはレイクサイドの諜報部隊にも分かっていることだろう。彼らは躍起になって僕らを探しているに違いない。全て想定外の事が起こっている今、レイクサイドの首脳部が僕たちからの情報を欲しがらないわけがなかった。暗殺の危険は少ないとみている。拘束はされるかもしれないけど。ただ、今の僕を拘束できるのはそれこそほんの数人だろうし、そのような人が来るのであれば逆に話がしやすくて助かる。


 そして、思ったよりも諜報部隊が僕たちを探し出してくれなかった場合にどうしようかと思い、帝都へ来たのだ。ここにはブルーム=バイオレットがいる。エレメント魔人国の魔王である彼が連絡をすればレイクサイドもすぐに反応するだろう。そして、その際にはできれば後ろ盾になって欲しい。

「まずはブルーム=バイオレットに会う事からか」

 一介の冒険者が魔王に会うと言うのは無理だろうと思った。でも僕らにはレイドーム将軍の手紙がある。紅竜にやられる前のものではあるけど、彼からの手紙が無下にされるとはさすがに思えない。だけど、そんな心配はいらなかった。


「ヒューマ殿ですかな」

 酒場に入るとすぐに声をかけられた。これからギルドにでも寄ってブルーム=バイオレットとの面会をどうするか考えるつもりだったのに。僕たちに声をかけたのは老人だった。剣を佩いているけど、腰は曲がっているし、よぼよぼの純人である。

「…………」

「ふぉっふぉっふぉ、私はガードナーといいます。まあ、あなた同様に偽名でございますな」

 老人は悪びれることなく偽名を名乗る。だが、その動きは到底よぼよぼの老人とは思えない。それもそのはずだ。

「いや、フラン=オーケストラ様ですよね?」

「なんと!? いえ、私はフランなどという名前ではございません」

「いやいや、「なんと!?」って驚きましたよね」

「いえいえ、気のせいでございましょう」

「あの、僕はマリと同じ孤児院で育ったからフラン様のお屋敷にも普通に遊びに行った事があるんですが……めちゃくちゃ歓迎してくれましたよね? あの時は本当にありがとうございました。あんなに美味しいものを沢山食べたことなんて孤児院でそだった子供たちはなかったでしょうから」

「…………不覚。魔人族に化けることのできる魔道具を持ってくるべきだった……」

 ガードナーと名乗ったフラン様ががっくり来てしまった。そのままぽっくり行かないで欲しいものである。

「それで、フラン様が何でこんな所に? しかも僕たちの事を知ってるんですか?」

「ぐむむ、おのれこのままではフィリップに馬鹿にされる……」

 フラン様はご自分の世界に入っておられるのか僕の話を聞いてくれない。どうしよう。

「イ、イノウエ……この人大丈夫なのか?」

 トールが僕の後ろに隠れながらおずおずと言った。たしかにフラン様をしらないトールからすると、ちょっと変わった行動を取っているけど。まあ、知ってる僕からしてもイメージ崩壊中なんだよ。

「ちょっと待ってあげようか。なにやら葛藤があるみたいだし」

 ぶつぶつと何やら呟いているフラン様が落ち着くのを待っていると、酒場の入り口の扉が大きな音を立てて開けられた。


「こらぁぁ! クソガキ! 勝手に行くなとあれだけ言っただろうが! お前最近ボケが始まってんだから子守するこっちの身にもなれや! だいたい出会った時から俺の言う事を聞かずに好き勝手しやがって! マリーに手を出すなとあれだけ注意したくせに出しやがった時からお前は自分勝手すぎるんだよ! ダイタイシンエイタイケッセイノトキモナンデオレガオマエノシタニツカナキャナランノカイマダニリカイデキテナイシサイキンハボケボケデムカシヨリモセワガヤケルシデオイキイテルノカ…………」

 立っていたのはレイクサイド騎士団の鎧をまとったエルフであった。恐ろしくうるさい。こいつはあれだ。

「黙りなさい、残念エルフ」

 すくっと立ったフラン様があまりにも有名な二つ名を呼ぶ。

「だぁぁ!! その二つ名で俺を呼ぶんじゃねえといつも言ってるだろがぁ!!」

「はて? そうでしたかな?」

「このボケ老人が!」

 わなわなと両手を震わせる残念エルフこと、ルークがフランに突っかかる。それを華麗なステップで避けるフラン様。腰が曲がっている老人とは思えない光景である。周囲の魔人族は全くこの展開について行けていない。あ、残念エルフが剣を抜いた。それでもフラン様にはかすりもしない。

「なあ、イノウエ。俺、よく分からなくなってきたんだけど……」

「そうだね、トール。僕もだよ……」

 結局、フラン様がルークの攻撃をずっとよけ続けてルークが疲れ切るまでこの茶番は続いた。なんなの、もう。


 ***


「ふぉっふぉっふぉ、それで私がヒューマ殿の偵察を兼ねて派遣されたのですよ」

 床でぜえぜえ言いながら死んでいるルークを尻目に、息一つ切らしていないフラン様がここに来た経緯を説明し出したのはかなり時間が経ってからである。

「どうせデリートに操られているだろうから遠目に観察するつもりでしたが、なんともはや予想外の展開で。若かりし頃のハルキ坊ちゃまを思い出しますな」

 デリートが僕に説得され強制召喚をしなくなった話を聞いたフラン様はものすごい感心してくれた。これならデリートを守ることができるかもしれない。

「それでですねフラン様。僕は今はイノウエ、デリートはトールと偽名を名乗っています。危険性も含めて当分はこのままで行きたいと思ってます」

「ふぉっふぉっふぉ、良いでしょう。でしたら私もガードナーと……」

「いえ、フラン様はフラン様で。ややこしいだけですから」

「ぐむむ……」

 これ以上偽名を増やされたら混乱してしまう。しかしなんでフラン様は偽名にこだわるんだ?


「おう。それで、これからどうするんだ? その「紅竜」の情報も持ち帰んなきゃならんだろ。いくらレイクサイド騎士団が強いとはいえ、あの馬鹿でかい竜とガチンコで戦えるとは思えんしな」 

 残念エルフがなんとか起き上がったようである。見た目は20代にしか見えないけど、実はこの人物が若いころのフラン様に冒険者のイロハを教えた人物だったとマリから聞いたことがある。マリは全く信じられないと言っていた。僕も同意だ。

「ふむ、あなた方はどうされるつもりだったので?」


 さあ、来たぞ? 本当はブルーム=バイオレットと面会した時に話そうと思っていた内容である。これからどうするかで僕とデリートの関係は大きく変わるに違いない。レイクサイドに戻ると、おそらくはデリートは監禁されてしまう。それも当たり前の反応だ。あそこには召喚魔法を阻害する魔道具もあれば、デリートの危険性を十二分に理解している人たちであふれている。殺されてしまう可能性の方が高いかもしれない。

 でも、僕はデリートを導くと決めた。多分、ロージーは分かってくれる。

「紅竜をどうにかしなくちゃならない。だから、僕はこの世界と取引をしたい」


「ほう、どんな取引ですかな?」

 フラン様の目が、武人のそれに変わったような気がした。今の僕ではフラン様には絶対勝てないだろう。気圧されるのが分かるし、トールはその目を見て怯えてしまっている。ルークもいつの間にか黙ってしまったようだ。少し時間がかかる。沈黙が続くが、これは言わなければならない。



「僕が紅竜を仕留めましょう。見返りはデリートの命と自由だ」

「それはつまり……」

「ええ、紅竜を仕留めたあとにデリートの命が危険にさらされるようなことがあれば、この世界は僕を敵に回す。つまり僕が世界を滅ぼすということです」


 さあ、はったりをかましてみたけど、どう出てくるかな?


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