第57話 因縁
紅竜は町の人々にも目撃されていた。すぐさま帝都エレメントから軍隊が派遣されたようだけど、ライセンの駐屯地に着いた時には全てが遅かった。沢山の死者が出て、レイドーム将軍は全身に火傷を負う重症だそうだ。知り合いが死ななくて良かったと思ってしまうのは、まだ僕が人間として生きているからなのだろうか。
「その後、その魔物はどこに行ったんだろうね」
冒険者ギルドの受付のおばさんも、ずっと紅竜の話をしている。まだ、紅竜が幻獣化した召喚獣だとは思われていないようだ。そしてSSSクラスで討伐依頼が出たとか。正直な話、あれに対抗できる戦力はほとんどない。元が蟲人の中でもかなり強い奴だったらしく、レッドドラゴンの幻獣化というのが規格外の話である。第3形態の僕とも張り合えるほどの力を感じた。
「イノウエ、これからどうするんだ? あれは、蟲人が幻獣化させた召喚獣だろう?」
さすがにトールには気付かれた。今まで幻獣化をさせてきたのはデリートなのである。
「逃げた蟲人たちの中でも一番強かった奴がいる。ニーズヘッグに左腕を噛みちぎられたやつだ。最後まで女王を諦めることはなかった」
多分、紅竜を幻獣化させたのはそいつで間違いないだろう。レッドドラゴンの長の話とも一致する。
「その幻獣化した召喚獣はレッドドラゴンで、他の召喚獣たちは紅竜と呼んでる。トール、僕たちはこれからどうするかをすぐに決めなくちゃならないみたいだ」
「分かんないけど、イノウエがあれを止めるべきだと思うなら協力する」
トールの能力を使えば、紅竜を押さえられるのかもしれない。だけど…………。
「人間たちが、トールがあの紅竜を使役していたのではないと、どうやれば説得できるかが問題だし、もし紅竜が言うことを聞かなかった場合は命の危険があるんだ」
やっぱり、誰かと接触する必要がある。だけど、その選択肢を誤ると大変なことになるかもしれない。最悪はトール以外が紅竜をどうにもできないはずなのに、そのトールを何とかしようと必死になって話を聞いてくれない場合だと思う。最終的に人類側の代表を説得しなければ。やはり、ハルキ=レイクサイドか、もしくは……。
「トール。早めに帝都エレメントへ行こう。どちらにせよこの町では何もできない」
「分かった」
僕たちはすぐに帝都エレメントへと旅立つことにした。緊急事態でもあったために、夜間にフェンリルを召喚して距離を稼ぐ事にした。
「フェンリル、ごめんな」
『いえ、、ヒューマ様。お気になさらず』
無理矢理召喚されたフェンリルだったけど、僕のいう事を聞いて納得してくれた。夜間に距離を稼ぐことができた僕たちは、翌日には帝都エレメントが見える平原にまで来ることができた。ここは昔「エレメント平原の戦い」が起こった場所でもある。多くの国の人々が戦おうとして、邪王に止められたという場所だ。何が起こったかは誰も分からないという。
「もう少しだ」
フェンリルを送還したトールが帝都エレメントを見ている。
「さあ、行こう」
こうして僕らは帝都エレメントに足を踏み入れた。
***
「紅竜って、またしても因縁めいた名前なんだな」
ハルキ=レイクサイドはテト=サーヴァントからの連絡を受けて呟く。若かりし頃に言われていた二つ名「紅竜」ハルキ=レイクサイドはレッドドラゴンの召喚によりつけられた名前だった。そして、そのレッドドラゴンが今回幻獣化した事で人類最大の危機となっている。
「どうも、デリートが使役しているようには見えないんだけどなー」
諜報部隊からの情報をもとにすると、この「紅竜」の移動足跡があまりにもいびつである。何が目的なのかは分からないが、主だった集落を襲い、次の集落へ行く。そのような感じだった。そしてゴゼの大空洞周辺に帰っていくのである。エレメント魔人国には被害が広がっている。
「でもハルキ様、リリスの情報によるとあれは幻獣化したレッドドラゴンで間違いないって」
ロージー=レイクサイドとノア=エンザの帰還に伴い、テト=サーヴァントもヘテロ=オーケストラもレイクサイド領へと帰還している。そしてシューティングスターの契約条件を聞き出すためにテト=サーヴァントがなんとなく召喚したリリスがもたらした情報がそれだった。
「だいたい、ヒューマはどうしたんだよ。デリートに召喚されちゃってここを襲うんじゃなかったのか?」
様々なヒューマ対策をしてきたレイクサイド領としては拍子抜けである。そしてヒューマではなく巨大な「紅竜」の危険が迫っている。対処方法が明らかに違うためにどうすればいいか悩んでいるのだった。
「ヒューマ様からは心配しなくていいとだけ、それぞれの召喚獣に伝言がありました。実際にヒューマ様が召喚されてから強制的にデリートに召喚される召喚獣がほとんどいません」
リリスがテト=サーヴァントのマントの後ろに隠れながら言う。今回召喚されたので、当分還るつもりがないのであろう。テトも困った顔をしているが、それもここ何年も同じ事が繰り広げられている。
「大丈夫って……どういう事? それであの紅竜は誰が幻獣化させたんだよ」
「多分、蟲人じゃない?」
テトの予想は当たっていた。問いを発したハルキ=レイクサイドも同じ事を考えている。
「じゃあ、今後同じような幻獣が増えるってことか?」
「さあ、どうだろう。簡単に幻獣化できるようなもんじゃないと思うけど」
「まあ、引き続き調査継続ってところか。エレメント魔人国からの救援要請はどうするかな。ヘタすると一つの騎士団が丸々やられてしまってもおかしくないんだろ?」
紅竜の巨大さから考えると、ユニーク系ドラゴンや天災級の魔物以上の強度を誇る鱗に攻撃が効くかどうかという問題になる。ヘタな召喚士や騎士であれば単なる足手まといになる可能性が高い。それどころか、将軍クラスですら歯が立つかどうか。安易に騎士団を派遣するわけにはいかなかった。シューティングスターですら、ウインドドラゴンの攻撃が効かないのである。「赤風」の派遣は無意味かもしれないとハルキ=レイクサイドは思っていた。
「最強硬度を誇るミスリルゴーレムにダメージを与えられる奴だけで討伐隊を選定するか」
「それ、数人しかいないよ」
フィリップ=オーケストラの召喚するミスリルゴーレムにダメージを入れることができるのは召喚獣ではなく魔力を帯びた剣撃くらいのものである。それもかなりの魔力量を必要とするために使い手が限られていた。フラン=オーケストラが前線から離脱した今、本当に数人しかそれを成し遂げることのできるものはいない。
「何か考えないとなあ。ゴーレム空爆は空飛んでるから効かないし……他に何かあったっけ?」
「ハルキ様が思いつかないのに、俺に期待しないでよ」
「阿保か。お前も考えろ」
領主を辞めてもやる事はほとんど変わっていないじゃないかと、ハルキ=レイクサイドは思ったとか思わなかったとか。
来週から夏休み




