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第55話 紅竜

「ただいま」

「おお、イノウエ帰ってきたな」

 トールに再召喚される。それによって身体能力が上がったのを感じた。とくにレイドーム将軍の剣技を見たのが大きいのか、身のこなしがかなり良くなったのを感じる。

「なんかあったのか?」

 しかし僕の表情があまり優れないのを感じたのだろうか。トールを心配させてしまった。

「いや、急に動きやすくなったから戸惑っただけだよ。大丈夫」

 軽く動いてみる。部屋の中だからあまり激しくは無理だけど、それでもかなり速く動けるようになったのがトールにも分かるだろう。笑ってやってごまかす。トールにまで心配をかけるわけにはいかない。



 幻獣化。以前、天龍と化したワイバーンはその召喚士の命をもらって幻獣化を果たした。幻獣化した天龍は召喚士の墓を死ぬまで守っていたという。幻獣化した召喚獣は、召喚士の感情に左右される。それをデリートは力で押さえつける事で使役していた。だが、今は幻獣化した召喚獣を使役していない。その彼らはどこに行ったのか。

「現在、ほとんどの幻獣化した召喚獣はこの世界に帰ってきています」

 レッドドラゴンの長はそう言った。だが、天龍や雷狼を倒すことのできる存在というのは限られているはずだ。特に僕がいなくなった今、容易に幻獣を倒す事のできる召喚士は限られている。そして彼らがエレメント魔人国の北東に向かったという情報はなかった。では、誰がどうやって。

「幻獣たちは、その召喚士の意志で自ら進んで死を選んだようです」

「なぜ?」

「それは、ある者の力となるためです」

 力となるために自ら死を選ぶ? 僕には理解できなかった。

「なんでそうなるんだ?」

「幻獣化した召喚獣を召喚していたのは……」

 そうか、蟲人か。彼らは、他生物を食らう事で強くなる可能性が言われていたな。

「だとすると、女王のために自ら死を選んで食料となったのか」

「いえ、そうではありません。女王は死んだようです」

 蟲人の唯一の女王が死んでいた。それまでに子を産むことをスキャンとデリートに強いられており、無理が祟ったのだろう。そうすると……。


「左腕が千切れた蟲人が、幻獣化したものを全て食らいました。そして召喚したのがレッドドラゴンです。彼は命を賭けてそのレッドドラゴンを幻獣化しました。滅びが決定した蟲人たちの、復讐のために」


 ***


 召喚獣たちは幻獣化したレッドドラゴンを「紅竜」と呼んだ。「紅竜」はすでにシューティングスターやワールウインドのようなユニーク系ドラゴンどころか、エルダードラゴンや青竜をも超える大きさの深紅の巨竜となっているらしい。そして、その心には世界を滅ぼすという感情が渦巻いているのだとか。そんな竜が、ゴゼの大空洞の近くに誕生した。いつ、どこで誰が襲われるか分からない。

「ここも早めに離れないといけないな」

「ん? 何がだ?」

「いや、何でもないよ」

 デリートであったらその「紅竜」を従わせることができるかもしれない。だが、できなかったら。確実に止めることのできる力が必要だ。そして、その「紅竜」を操っているのがデリートだと、周りの人間はそう思うに違いない。ますますトールの身の安全が危うくなる。これを説得することはできるのだろうか。


 だけど、今のところどこに逃げたらいいのかも分からない。そして次の町に行くお金を稼がないといけないのも事実だ。ここはさくっと依頼を何個かこなして、最初の予定通り帝都エレメントを目指すとしよう。

「明日も何か依頼を受けよう。お金はもうちょっと稼いだ方がいいし、トールの剣を買いなおさなきゃな」

「もっと良い剣が欲しいな。今まで召喚の事ばかり特訓してきたから、そのほかがからっきしだ」

 ちょっとした召喚ならば使ってもいいのかもしれない。あくまで目立たない範囲でだ。

「よし、次はあの酒場で美味そうだった料理を頼もう」

 トールはそのくらいでいいのだろう。食欲が生きる糧になってくれている今のうちに、いろんな事を覚えさせていこうと思う。時間がないかもしれない。もうちょっとゆっくりと、数年単位で教えることができると考えていた僕は甘かったのだろうか。それでも、こんな事はすぐに教え込むことなどできない。そして、僕以外の人間との繋がりも作ってあげる必要があった。やはり、トールは冒険者として生きていくのがもっとも近道なのだろうか。最低限の身を護る術だけを覚えていても、レイクサイド諜報部隊から暗殺されないとも限らない。当面は僕が近くにいる必要がある。そして、レイドーム将軍の剣技を見たトールの想像力ならば、それなりの事ができそうだった。

「明日も早い。早く寝よう」

「おう」

 焦るな。自分に言い聞かせる。だけど、時間がないかもしれない……。



 翌日、ギルドに行くとそれなりの依頼をおばさんが見繕ってくれていた。

「ああ、来たね。思ったよりも簡単にレッドボアを倒してきてくれたもんだから、こういった依頼も行けるかもと思ってね」

 持ってきたのは怪鳥フェザーの卵の確保である。親鳥を討伐した場合は料金上乗せ。捕獲はさらに高い。

「やってみようか」

「イノウエならいける。簡単だ」

 トールはすでにやる気満々である。捕獲はちょっと難しいかもしれないけど、親鳥の討伐の方はやってみる価値があるかもしれない。盗人のように卵だけを獲ってくるというのは、ちょっと性格には合わないもので。

「その前に武器を変えようね」

 昨日レッドボアの肉を売ったお金を持って、武器屋へ行く。トールの剣と、できれば鎧を買いたい。服で戦うというのは軽くて悪くはないんだけど、攻撃を受けた場合が心配だ。軽い、鎧があればいい。

「これがいい」

 トールが選んだのは鎖帷子がベースになった軽い鎧である。そして剣も悪くないのが見つかった。これで一端の冒険者に見えなくも……ない?

「なんだよ、笑うなよ」

「いや、似合ってるよ」

 まだ、頼りないけど、大丈夫だろう。少しずつ、揃えて行こうと思う。ブーツとか、膝当てとかも将来的には必要だ。

「イノウエはいらないのか?」

 僕は送還される度に装備がいらなくなるから、あまり特定の装備を買うことを今までしてこなかった。今後もおそらくはそうだろう。でも、ロージーたちと行ったランカスターのクロウブランドの装備は良かったな。あれは高いから買えないけどさ。

「大丈夫、僕はこのままで十分だよ」

 スリングの布だけ、新しいものにした。投げる石はその辺で拾うから無料だ。


「さあ、行こうか。今度は東の丘だ」

 町から東に、怪鳥フェザーの巣がある丘があるという。そこを僕らは目指した。


夕飯はカレーでした。

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