第54話 身体能力
ライセンの町から南に行くと数日で次の町が見えた。帝都エレメントに近づくにつれて町の規模も大きくなるんだろうけど、まだまだそんな大きな規模の町ではない。ここもまだ辺境という事なのかな。
「ベランの町、だってさ」
「美味しいもの、あるかな」
武器は買った。けれど中古の剣は耐久力が心許なかったので、結局は石つぶてで魔物を狩っている。布を使ってスリングも試してみた。意外と強い。
「イノウエ、塩が足りなくなってきた」
味付けは基本的に塩だけだったんだけど、途中で採取した香草をまぶして魔物の肉を焼いてみると美味かった。魔物の解体にも慣れてきて、トールの手際も良くなっている。大き目の狼型の魔物であるシルバーファングなんかは二人で連携して、トールがとどめを刺した。意外と身のこなしが良い。
「今度は煮込み料理も食いたい」
野宿だと煮込み料理とかの方がいいのだろうけど、あまり調味料を持っていない僕たちは基本的に焼くだけだった。レイドーム将軍の宿舎で食べた煮込み料理がおいしかったんだろう。今度シチューでも作ってあげたいけど、ここにはルーなんて売ってないし、小麦粉を炒めてミルクを入れる所から始めないといけないかもしれないなあ。町でレシピを聞くことにしよう。
安宿に宿泊することにして、冒険者ギルドに顔を出す。ここの依頼はどんなのがあるんだろうか。
「初めて見る顔だね」
受付のおばさんに声をかけられた。依頼を確認しながら答える。
「ええ、旅をしながら依頼をこなして旅費を稼いでいるんですよ」
事実だ。嘘は言ってないよ。
「ランクは? Dね。そっちの小さいのも冒険者かい?」
「ええ、そうです。二人でとりあえず帝都エレメントまで行こうかと言ってるんですけど」
「そしたら、このくらいがいい所かな。ちょっと無理すればこんなのもあるよ。でもその剣じゃ無理か」
それなりの魔物の討伐依頼を用意してくれた。金額の事を考えるとちょっと物足りない。僕はDランクの中でもちょっと高めの依頼を選ぶ。
「いえ、このくらいならできます」
「本当かい?」
「剣だけじゃないので」
「なるほどね」
詳しく能力を言うわけではないけど、はったりが効いたようだ。剣だけじゃなくて石だとか殴るだとか言ったらおばさんの反応はこうではないはずだけど。
「まあ、無理はしないこった」
「いえ、お気遣いありがとう」
依頼を受理して冒険者ギルドを出る。オールはおばさんとのやり取りよりも酒場で出されていた食事の方が気になっていたようだ。
「トール、まだお金稼いでないから、依頼をこなしてからな」
「あれ、食べたい!」
「分かった、これ討伐してきたら依頼料で注文しよう」
「よし、俺は頑張るぞ」
最近はトールも素直な少年である。もともとこうだったのかもしれないけどさ。スキャンがいかに余裕なく生きていたかが分かる。バグを駆除する事だけが彼の生きがいだったんだろう。そして、数年に一度自我を取り戻すスキャンですら、こうなのだから、ヨシヒロ=カグラの精神の壊れようは半端なかったに違いない。だが、それは「大召喚士」ハルキ=レイクサイドと「神殺し」テツヤ=ヒノモトに倒されたことによってバックアップの復元が行われた。人格の性格を司る部分にバックアップ機能はなかったのではないかというのがスキャンの仮説だ。そのためバックアップが行われたあとのヨシヒロ=カグラはデフォルトの好青年に戻り、スキャンのバグに対する執念を理解してくれなかったようだ。その後は、連絡を取り合っていなかったのだろうか。日記には何も書かれていない。
「討伐対象はレッドボア2頭。おそらくは群れからはぐれているみたいだ。ここから西に行った所にいるようだよ」
「はやく行こう!」
「討伐だけが目的だから、肉は僕たちでもらっていいみたいだ」
「肉! それはいい!」
「せっかくだから、酒場のおっちゃんに解体した肉を料理してもらおうよ。ちょっと戻って交渉してくる」
「おお!」
ギルドの酒場のおっちゃんは残りのレッドボアの肉を直接売ってくれるなら、とってきたものを無料で料理してくれると言ってくれた。仲介業者なしで肉を買えば安いために得をするんだとか。その場での血抜き以外の解体もしてくれるそうだ。僕らはその案に賛成して、町を出た。目指すは西である。おっちゃんはレッドボアを運搬する押し車も貸してくれた。これならば召喚獣に頼ることはせずに済む。
町からすぐの森を越えた所に草原があった。確かに2頭のレッドボアが草を食んでいる。
「あれだね。どうする?」
「いつもみたいにイノウエが石を投げないのか?」
「うん、それでもいいんだけど」
すこし焦りを感じているのはトールの想像力である。一度召喚獣の世界に戻って帰ってきたら僕の身体能力も改善されるのだろうか。できたらもう少し動ける体になりたい。冒険者をするにもこれならCランクがいい所だ。レイドーム将軍にあっという間に負けてしまうようでは、いざという時にトールを守り切れる自信がない。だが、一旦召喚獣の世界に戻っても大丈夫だろうか。
「今回はいつも通りでやろうか。石を投げるから、倒しきれなかった時は剣で戦おう」
結局、1頭は石つぶてで何とか頭を砕くことができたけど、もう一頭は突進してきたのを避けて馬乗りになった後に、近くの岩に激突させた。ふらついた所を剣でとどめを刺す形になった。……こんな戦い方では、この先もっと強い魔物やレイクサイド騎士団が襲ってきた場合に何もできないんじゃないかな。かなり不安だ。
血抜きだけ済ませて2頭のレッドボアを押し車に載せる。日が暮れる前に帰らないと酒場のおっちゃんが料理をする時間がなくなってしまう。力は十分にあるから、押し車を押しながら急ぐ。
「どんな料理にしてくれるんだろうか」
「おれ、煮込み料理がいい」
「そうだね、お願いしてみようか」
ギルドの酒場で、解体も手伝って、夜にはレッドボアのシチューが出てきた。依頼料と肉を売ったお金を合わせると、次の町まで行けそうな気もしたけどトールの装備品をもっと良くしてあげたかったし、僕のレベルアップが必要だからこの町にもう少しとどまることにした。
トールはレッドボアのシチューが気に入ったようで、次の町に行かずにとどまることに賛成してくれた。「ここにいるときは毎日ここで飯を食おうな」
「おう」
口いっぱい肉を頬張ったトールが嬉しそうに言った。こういうのも悪くない。
***
その日、トールに話をして、一旦召喚獣の異世界に戻ることにした。
「じゃあ、一旦送還してよ」
「分かった。絶対帰ってきてよ」
「ああ、約束だ」
魔力がなくなるのを感じて僕は召喚獣の世界に送還される。トールの召喚は特殊なために、僕の意志で召喚獣の世界に戻る事ができないんだ。ロージー相手だと結構融通が効くんだけどね。
「御無事で」
「ああ、イフリート。大丈夫だった?」
「はい。ですがいまだにレイクサイド側から召喚されません」
「伝言は伝えたんでしょ?」
「ええ、コキュートスがロージー=レイクサイドに伝えたと言っています」
見るとコキュートスも集まっている。頷くコキュートス。
「まあ、思ってたよりもなんとかなりそうだよ。ちょっと大変だけどね」
デリートが暴走するのを何とか防ごうと召喚獣のネットワークを使って対策を伝えるつもりでいた。だけど、デリートがトールとして生き始めた今、そこまで対策は必要じゃないのかもしれない。
「デリートの件はなんとか解決まで持っていくよ。そのためには僕が当分ロージーに召喚される事はないけど、大丈夫とだけ伝えておいてよ」
「はい、分かりました」
コキュートスが答える。だが……。
「あれ? どうしたの? 他に問題が?」
ドラゴン系まで集まってきた。皆、神妙な顔をしている。レッドドラゴンの長が前に出てきた。
「ヒューマ様。我が眷属が……」
この時点で僕らは「世界の終わり」との戦いを始めることになるとは思わなかった。
お腹すいた




