第53話 手をつなぐ
朝早く出発しようとした僕たちよりも、レイドーム将軍は早く起きていた。日課の訓練なのだそうだ。
「私はまだまだだからな。若かりし頃に目の当たりにした邪王殿の足元にも及ばない。兄上を越えたかどうかも分からんままだからな」
哀愁漂う彼はやはり亡国の将軍なのかもしれない。思い出を越えられずに苦しんでいた。
「お世話になりました」
「いや、迷惑をかけたのはこちらだ。それに貴様らもまだ何か隠しているだろう?」
やはり、侮れない。僕は精一杯のポーカーフェイスで答える。
「何の事でしょうか。思い当たる節がありません」
「ふむ、そういう事にしておいてやるか」
そう言ってレイドーム将軍は僕たちに何かをくれた。
「通行手形の代わりになる。持っておけ」
中身はレイドーム将軍のサインが入った羊皮紙だった。
「ありがとうございます、やはりお世話になりました」
「トールを導くという、お前の言葉だけは嘘がなかった。私はそれを信じようと思う」
なんか、この世界も捨てたもんじゃないな。本気でそう思った。
「さて、じゃ南に向かうよ」
買い込んだ地図を広げてトールに説明する。ここからはエレメント魔人国の領地を越えていくことになる。
「隠れて行くんじゃなかったのか? スキャ…………ヤシオには隠れて移動するやり方は教わったぞ?」
「いや、人混みに紛れるっていうのも必要だよ。今は昔と違って帝都エレメントの付近なら純人も珍しくないはずだから大丈夫」
実際、ヴァレンタイン王国に帰ってもいいかどうかを悩んでいる。トールはデリートだったころに多くの人間に目撃されているからだ。髪型を変えただけじゃ見つかる可能性も高い。では、どこに逃げるべきか。少なくとも諜報部隊から標的にされにくい場所にいなければならない。
「やっぱり、誰かを頼るべきなんだろうか」
最悪の最悪は僕たちはレイクサイドと戦う事も考えなきゃならない。トールに全く罪はないとは言えないけど、一方的に裁かれるのは賛成できないし、その時にトールが抵抗したら多くの血が流れる。
「帝都エレメントについたら、少しゆっくりしよう。今後の事を考えなきゃな」
トールの頭をガシガシとなでて言う。この弟みたいな奴が立派になるまでは兄ちゃんが何とかするさ。この前まで、もっと厄介な奴の世話をしてたんだもんな。簡単だ。
帝都エレメントまでは歩いてだと数週間以上かかる。だからと言って馬車を借りる金があるわけではない。
「召喚する?」
このご時世だからワイバーンの召喚ができる奴がいないわけでもないけど、ほとんどは各領地のお抱え召喚士だ。空で誰かに出会ったとしたら目立ってしまう。他には飛行系の魔物を使役する魔人族もいるけど、僕たちは純人二人組だった。
「仕方ないよ、歩いて行こう」
確実に少しずつ歩いていくというのもトールに旅を教えるいい機会だ。僕もそこまで旅に慣れているというわけではないけど、各地の冒険者ギルドで適当な依頼を受けて、金が貯まったら次の町へ行くというスタンスでなんとか帝都エレメントまで行く事にしよう。帝都エレメントについたら、何か今後の目標となるような情報が入るだろう。それまではトールと沢山話をしながら旅を続けるんだ。院長先生が僕にしてくれたみたいに。
「なあ、イノウエ」
「なんだい?」
「冒険者続けるなら、武器を買おうぜ。俺も召喚以外で頑張ってみるよ」
トールに言われて気付いたけど、前回も武器が適当過ぎて疑いをかけられたんだったっけ。ちゃんとした武器を手に入れるのがいいな。僕とトールは中古の剣を買って、次の町を目指すことにした。レイドーム将軍が泊めてくれたから、少しお金があったけど、一番安いやつを買ったら所持金がほとんどなくなった。次の町では早めに依頼を受けることにしようか。
***
「……………………」
「……………………」
二人で首都リヒテンブルグの演芸場に来たわけで、そもそもノアがこれを見たいなんて言うからこんな事になったんだ。
「お、思ったよりも、何と言うか…………」
ほれ見ろ。お互いに目も合わせられない状況になっちまった。この後二人で同じ部屋に泊まるんだぞ? どうしてくれるんだ?
「本当に感動したわ! ロージー=レイクサイド領主の想いが伝わる良い演劇だったわね!」
「私もあんな恋がしたいっ!」
「でも、実話を元にしてるんだろ? ノア=エンザは本当に大丈夫なのか?」
「最後、必死に力を求めるロージー=レイクサイドが…………泣ける」
「邪王が封印したという究極の召喚獣ってどんなのかな?」
「もう次回作の脚本を作り出してるって噂だ! つまりはロージー=レイクサイドはその究極の召喚獣を手にいれたって事なんだよ! きっとそうだ! そうあって欲しい!」
「最後はどうなるのかしらね、二人の愛が実ると良いのだけれど…………」
客がそれぞれに感想を言い合う。マジで勘弁してくれ。
「きっと、二人とも素敵な方なんでしょうね」
たまに純人の客もいた。遠くヴァレンタイン大陸から来ているのか? まあ、俺たちもそうなんだけどさ。
「ロ、ロージー様。えっと、その……」
ノアが顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。そりゃ、こんな演劇を見せられたら誰だってこうなるだろう。主役が演じているのは自分なのだから。そして主役の二人は今世紀最大の愛と、引き裂かれる悲劇を演じている。
「まあ、なんだ…その……飯でも食ってから帰るか」
「…………はい」
被害は甚大だ!
「ぶははっ!! 顔真っ赤っかじゃねえか、二人とも!」
「テト! 声がでかいッス! アレク以外はばれてないんスから!」
「どう? 俺が権力の限りを尽くして集めさせた恋愛系得意な脚本家の作品は?」
「うぅむ、どうも王道過ぎて俺の好みではないな」
「いやいや、アレク。こういうのは王道の展開であるべきなのよ。そうでなければ結局は他の作品にうずもれていくわけであってだな。大事なのは宣伝して皆にまずは見てもらう事! その点は国家権力で……」
お決まりの4人は演劇場のVIPルームから二人の様子を観察している。邪王の公私混同での宣伝効果により、演劇は満員御礼であり、連日の行列ができるほどだ。
「あーもう。ここで手でも繋げばいいのに」
「ロージーにそんな事ができるわけないッス」
そしてこの4人は演劇よりもどちらかと言うと2人の動向を見ながら酒を飲んでいる。
「さあ、悪乗りしまくったけど、これで二人がくっつくといいね」
「その次はテトッスよ」
「それは断る」
そして2人が去ったあとも場所を移して酒を飲み続ける4人であった。
しかし、翌日。
「ちょ、待つッス。あれ……」
「え!?」
「おお!」
宿から出てきたのはロージー=レイクサイドとノア=エンザの二人である。そして二人は、手を握っていた。仲よく冒険者ギルド方面へと歩いていく。一応エルダードラゴンの目撃情報を確認しに行ったのだろう。
「ちょ、なんかくっついたらくっついたでムカつくんだけど!」
「テト……まあ、気持ちは分からないでもないッス」
とりあえず、手を握っただけですよ




