第46話 情報操作
私は当時の主の様子を鮮明に覚えている。彼は理不尽にも恋人を連れ去られた男であると同時にレイクサイド領主でもあったのだ。その両方の重圧に耐え続けることができたのは別れ際のノア=レイクサイド様(当時はノア=エンザ)の言葉が主を支え続けたからに他ならない。後日、全てが終わったあとに当時の話が聞けた。彼はこう言った。
『その時、「私の事は心配しないで」と、彼女は言った。
ランカスターの町を護るためにはそうするしかなかった事は理解できている。だが、迫りくるアークデーモンの軍勢の中でデリートと彼女を連れ去るワールウインドの姿を見た時に、私の中で何かが弾けたのだ。当時の私は彼女を失うのではないかという恐怖とのみ戦っていた。世界の事など、何も考えていなかった。
父は私の中では常に越えられない壁だった。召喚魔法の行使にのみならず、人としての生き方においても私は何一つ父を上回ったつもりはない。その父ですら「駆除人」デリートには対抗できなかったのは分かっていた。だが、多くの者が世の理不尽と戦う中、傲慢にも私はこの事実も理不尽であると決めつけた。どうしても許すことだけはできなかった。彼女のいない世の中に、価値を見出すことなど不可能であったからだ。
己の無力を痛感した後、私は新たな力を求めた。全てを取り返すために。ヒューマのみがそんな私に付いて来てくれた。私たちはリヒテンブルグ王国の北部を目指した。そこにあると言う、邪王の力を求めて……』
「竜の背に乗った花嫁」 第3章 邪王の力を求めて -アレク=ソノフィールド 著-
「こんな感じでどうだ!?」
「おい、シウバ。情報操作は俺の仕事だ。あと、俺の名前を使うな。それに何だ、ソノフィールドって…………」
「すでに、リヒテンブルグ王国全域に、ロージー=レイクサイドがさらわれた恋人ノア=エンザを救うために、ヒューマという供を連れて最強の究極召喚を求めて旅をしているという噂を流しといたぜ! この辺にいたら、あいつらの耳にも入るはずだ」
「ノアとヒューマが入れ替わっているぞ?」
「はっは、こっちの方が盛り上がるだろう。よし、リヒテンブルグ王国専属の演劇団に舞台を用意させよう」
「悪ノリもほどほどにしておけよ、あと俺の名前は使うな、おい。聞いているのか?」
***
「あの、これはどういう事だ?」
宿が何故か一部屋しか空いていなかった。数件回ったにも関わらず、全部一部屋だけしか空いていないなんて偶然があった。
「どっちにしろ、護衛が必要ですから同じ部屋がいいのでは?」
とか言うノアを無視して宿探しをしたけど5件目で諦めた。そう、仕方ないんだよ。仕方ない。ないんだもんよ。別に俺が同じ部屋に泊まれと言ったわけじゃない。
「で、これは?」
「え? ユニコーンですが?」
部屋は広かったはずなのに、ユニコーンがいたら狭くなるわな。ついでにこいつ俺を睨んでいる。ユニコーンはちょっと特殊な女性召喚士にしか召喚できないという変態召喚獣の代表だ。蹴るな、痛い。
「いや、何でユニコーンがいるかって話なんだけど」
「それは、いくら領主でもロージー様が、その、男ですから」
ちょっと赤くなりながらノアが言う。そ、そんなに意識すんなって。べ、別にお前の事をそ、そんな感じで思った事なんてないしぃ?
「あ、領主命令でしたら、送還します……けど…………」
「い、いや、そ、そのままでよい、よ」
何だ、この空気! 意味わからん! うがー!
『オスのくせに私に近づくな』
「やっぱり領主命令で強制送還させろ」
結局ユニコーンではなくフェンリルが召喚されてしまった。仕方ないので俺はノアが召喚したフェンリルの上で寝ることに決めた。夕食は部屋に運んでもらう。ちょっとだけお酒が入って、ノアの顔が赤くなったようだ。
「ロージー様、ベッドで寝ないんですか?」
たしかにベッドはもう一つあるんだけども。
「いや、こっちの方が寝心地が良い」
どれだけフカフカのベッドよりもフェンリルの方がモフモフしてていいのだ。ただ、俺が召喚したフェンリルはたまに口答えしてくるからベッドにするとうるさかったりする。ノアが召喚したやつは従順で丁度良かった。
「この前北の魔大陸で野営をした時にベッドの代わりで使ったんだよ。実は親父もテト兄もたまにフェンリル召喚して乗って寝てるってさ」
「ハルキ様もそんな事をされるんですね」
「落ち込んでる時は母上の所にいるかフェンリルを召喚するかどっちかだって、じいが言ってた」
「仲がよろしいんですね」
「親父は基本的にヘタレらしいよ。テト兄もヘテロもそう言ってた。だけど、やる時だけやる男なんだってさ」
「ロージー様はハルキ様に憧れてらっしゃるんですね」
「そ、そんな事ねえよ!」
いかんいかん、つい喋り過ぎた。なんでこいつ相手にこんな事を話してるんだろうか。酒が入ったのが原因に違いない。今日は早めに切り上げて寝てしまおうと思った。
そして次の日、宿の主人が朝食の時に変な話をしていた。
「なんでもヴァレンタイン王国のレイクサイド領の領主が、さらわれた恋人を取り返すためにリヒテンブルグ王国にまできているそうですよ。強い召喚獣の契約素材を求めているのだとか」
……さらわれた恋人?
「ちまたではその噂で一種のお祭り騒ぎのような事になってます。なにやら「統率者」御用達の演劇団がロージー=レイクサイドとその恋人ノア=エンザを題材にした演劇を企画しているのだとか。楽しみですね」
……は?
「ちょっと待ってください、なんで私がロージー様と恋仲になっていて、しかもデリートに攫われた事になってるんですか? ある意味攫われたのはヒューマですよね?」
「知るか! なんでこんな事になってんだ!?」
「ちょっと、演劇の内容に興味が出てきました。是非とも素材を集め終わったら首都リヒテンブルグに寄りましょう。それにしても誰が考えたのかしら」
「おい! 自分の事なのにか? 演劇の題材にされちまったんだぞ?」
「ええ、そうですね。でも、不思議と嫌ではないですよ」
……んん? どういう意味だ?
「シウバ、やりすぎッス! 面白いッスけど」
「ひーっひっひ、腹が痛いよ! ロージーが、あんなに困ってるの見るのは久々だ!」
ランカスターのある宿の食堂の真向かいにあるカフェではおなじみの4人が朝食を取っていた。オープンテラスのここは通りを挟んだ宿の食堂の中が少しだけ見える。
「すでにランカスターでも純人二人組の男が泊まっている宿を捜索する物好きが多いらしいですね」
「だからロージーの周りはまだ静かなのか」
「しかし、意外にもシウバは文才があるッス」
「そうだね、これ流行るんじゃないの?」
「俺の名前を使うのはやめろ。おい、だから聞いているのか? おい!」
***
その日、ロージー達を乗せたウインドドラゴンが北部レイレットの町まで飛んだ。やや田舎であったためにまだロージー=レイクサイドとヒューマの一向がリヒテンブルグ王国に来ているという情報が流れていなかったレイレットは静かであったが、翌日にはランカスターと同じお祭り騒ぎになってしまったという。その頃にはロージーとノアはさらに北部を目指していた。
「早く素材を取ってしまいましょう! ロージー様ならエルダードラゴンでもすぐですよ! 多分」
「待てぇぇぇええええ! 準備っつーもんがあ……やめろ! 俺を足で掴んだままで飛ぶな! ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
「……あれ、絶対将来、尻に敷かれるよね?」
「そッスね」
ドラクエしたいドラクエしたいドラクエしたいよ~⊂⌒~⊃。Д。)⊃バタバタ




