第44話 初めて会った時の印象
レイクサイド領主館付近には川が流れている。これと言ってなんの変哲もない小さな川であるが、そこには何故か一か所だけ謎の橋があった。こんな所に橋を作ったからと言って誰が通るわけでもなさそうな場所である。明らかに利便性に欠けるその橋は、第1将軍「鉄巨人」フィリップ=オーケストラが私財を投じて作らせたとかなんとか。若干豪華な作りをしている。
そしてその橋は誰も通ることがないために俺にとって格好の散歩スポットとなっている。橋の欄干の上に腰を下ろして川の流れをぼーっと見る。
「ロージー坊ちゃま、いいんですか? ヒューマの対策会議に出なくても」
「いいんだ、マリー。ヒューマが俺を襲うなんて事はないからさ」
ここの所、全く魔力の消費がないために修行になっていないと母上にも言われて、仕方なくウインドドラゴンを10体ほど召喚したりしている。さすがに領地の外までは行けないが、カワベの町程度であれば魔力が届くのでちょっとした用事や領地内の偵察に騎士団員を数名ずつ乗せて飛んでもらっているのだ。ぼーっとしているように見えてかなりきつい修行の最中である。
「この場で襲われたらウインドドラゴンに乗ってる奴らは空中に放り出されそうだな」
「最低でも一人はワイバーンが召喚できますから、大丈夫ですよ」
「あっそう」
ヒューマが召喚できなくなって1週間ほどが過ぎた。それまでに世界各国でデリートの襲撃を受けたという報告は今のところない。どうせレイクサイド領をおそってくるに違いないと考えていた俺たちは拍子抜けした状態だ。だが、そんな気の抜けた状態こそをデリートは待っているのかもしれないという意見や、前回親父にコテンパンにされた時の魔道具の対策を練っているのだという意見が出て会議は紛糾しているとかなんとか。よく分からん。紛糾って、どういう意味?
「こんな時にヒューマがいたら、また説教をくらうんだろうな」
「ヒューマがいたらこんな事にはなってませんよ」
「たしかにその通り」
川の流れがずっと続いている。中には小魚とかも見える。
「ふぉっふぉっふぉ、悩み事ですかな?」
「あっ、父上!」
音もなく背後から忍び寄るのはこの領地が誇る親衛隊の隊長であるフラン=オーケストラだった。最近腰が曲がってきているくせに、この前は練兵場でヘテロを吹き飛ばしていた化け物である。ちなみにマリーの養父であり、マリーの宝剣サクセサーはもともとフランがもってた宝剣ペンドラゴンを打ち直したものだ。
「じい、俺はどうすればいい?」
「ふぉっふぉっふぉ、爺には分かりません」
「分からないんかい」
だけどこの顔は何かを言いにここに来ている。と、思っていると首根っこを掴まれた。
「まずは目の前の事からですな。さあ、会議に出席しますぞ。皆さまお待ちです」
爺が現れた理由はそれか……。
「俺は親父とは違うんだよ。頭も良くないし」
「誰もあなたにハルキ様と同じことをして欲しいとは思っておりませんぞ。ロージー坊ちゃまはロージー坊ちゃま、ハルキ坊ちゃまはハルキ坊ちゃまです」
「親父も坊ちゃま扱いかよ」
「おや、これは失礼」
親父が成人した頃には爺は一旦引退していたというからな。俺はそんな事を引きずられながら考えていた。俺領主。
***
「デリートがこの魔道具に対抗する手段を持っているとは思えない。つまり、これを配置した数箇所であればデリートの襲撃には耐えることができる」
会議はちょうど召喚を阻止する魔道具の説明が終わった所だった。名だたる将軍とそれに準ずる者が集められている。
「領主ロージー=レイクサイド様をお連れ致しました」
俺の首根っこを掴んで引きずりながらフランが言う。
「遅い! お前は領主なんだ、自覚を持て!」
「それ、ハルキ様だけには言われたくないよな」
親父の怒号とテト兄のツッコミで会議の場が和む。おい。
「さて、大まかな方針を決めましょう」
諜報部隊長官ウォルターが議長で会議は進んでいるようだ。
「問題なのはこの魔道具がきちんと作動しなかった場合と、魔道具がない場所を襲撃された場合でしょう。その時にヒューマに対抗できる戦力があるかどうか」
「対抗とは具体的にはどのような?」
腕を組んだままフィリップが言った。
「それはその場からの撤退が可能かどうか、程度で構わないと思いますが」
「あのヒューマから撤退するとなると、それこそハルキ様のゴッドくらいの召喚獣が数体は必要となるぞ?」
そう発言したのは第2将軍「破壊の申し子」シルキットである。あいつはカヴィラ領でシウバに強化されたヒューマにほぼ全軍を壊滅させられていたな。
「うーん、なんとかしてヒューマの注意をそらすことができたら、召喚士本隊を狙えばいいと思うんだが」
親父が言った。だが、周りの皆は「それはお前だからできるわけで、普通は無理だからな」的な顔をしているぞ?
「発言をよろしいでしょうか」
その時、末席から声が上がった。あれはレイクサイド騎士学校を主席で卒業して数年で副長まで上り詰めた秀才と言われている女性召喚士だった。
「いいぞ」
「では、デリートは前回のハルキ様の襲撃の時に絶対の自信を持っていたはずです。現にハルキ様に襲われた時に逃げようとせず、サタンの召喚などで対抗しようとしました。ですが、結果は惨敗。スキャンの能力と思われる何かしらの力でその場を逃れたデリートは「数の力」の重要性に気づきます。そのために北の魔大陸で力を蓄え、ランカスターを多くのアークデーモンで襲ったのも蟲人の幻獣化に必要な素材を集めるためだったのではないでしょうか。そんなデリートがいくら強いとはいえヒューマの召喚が可能になったからといって「個の力」のみに頼るでしょうか。今頃、その「個の力」を用いて蟲人の幻獣化を進め、最終的には「数の力」にまで押し上げる気ではないかと思います」
会議の場が凍った。それを聞いて表情を変えなかったのは親父と母上だけである。
「後手に回れば、いつしか取り返しのつかない戦力差になる事も視野に入れるべきかと」
「やれやれ、そろそろ俺も引退ですかね」
第7将軍のペニーがぼやいた。彼女は第7騎士団に所属している。
「だが、どうする? レイクサイドの防衛の戦力を残したとして、それ以外で蟲人の集落を襲撃するとなると心許ない。またいつぞやのように少数精鋭か?」
フィリップの質問にもはっきりと正面から答える。
「相手の戦力の強化を阻止するのが重要かと思います。焦ってレイクサイド領を攻めてくれば現時点で魔道具による撃退は可能かとおもいますが、デリートは幻獣ならば魔道具で強制送還されないと考えているのでは? そのためにはやはり少数精鋭のゲリラ戦を、しかし大規模に行う必要があるでしょう」
「具体的には?」
「蟲人の集落近くにいるであろうデリートとヒューマの注意を引きつけつつ、他部隊で周囲の幻獣および召喚獣の素材になる魔物を狩るのです」
「ヒューマの注意を引き付けると、死ぬことになるぞ?」
「ペリグリンならばヒューマでも追いつけないでしょう。全ての部隊がペリグリンを召喚して移動すれば作戦は可能なはずです」
「ペリグリンの召喚は素材が貴重だ。防衛戦力を裂くわけにはいかないぞ?」
「ええ、ですが、レイクサイドが誇る最高戦力のお一人が、会議にも出ずに橋の上でぼーっとしているのを先ほど見ました。エルダードラゴンの数匹くらい、すぐに討伐してきてくれる事でしょう」
会議室の全員がこっちを見る。なんだ? 何の話をしている?
「よし、その案を採用するかどうかは別としてペリグリンによる速度の強化は必要だな! 馬鹿息子! 暇なら行ってこい!」
親父がそう言って、俺はまたしても領地から追い出されることになった。ちょっと、どういう事? 俺領主。
原因を作ったのは第7騎士団副長ノア=エンザ。初めて会った時の印象は最低だったんだよ。




