第40話 三体の竜
「何故貴様がHDPを召喚している!?」
デリートは叫ぶ。全ての元凶はデリートがHDPを召喚できなかった数年前にさかのぼる。ついにスキャンがバグを認定した。それまでに魔人、亜人、獣人、蟲人など明らかにバグだと分かる人類が出現していたにも関わらず、その原因も分からなければスキャンのバグの定義にも引っかかってこなかった。バグが認定されなければデリートに削除権限は与えられない。忸怩たる思いのまま過ごすスキャンを見て、デリートは育つことになる。正確には育つのではなく、人格が形成されると言った方が正しい。デリートもスキャンもそのためだけに「作られた存在」だった。
いつからだったろうか、この世に魔法というものが生まれたのは。すでに数千年、いや一万年以上昔の事かもしれない。数年に一度、スキャンはこの世に出てくる。そして人類の状況を確かめ、「バグ」と認定されるものがあれば排除を行うのだ。排除を行う際に作り出されるのがデリートであり、その排除の方法はそれこそ現世では「魔法」と呼んでも差し支えないものだった。だが、ある時を境にこの世界に魔法が蔓延することになる。結局、その原因はスキャンには分からなかった。そして、その魔法の中に召喚魔法と呼ばれるデリートに唯一与えられた「想像力のままに全てを具現化することのできる能力」に似ている物があった。まさか、その能力自体が現世から送り込まれた「イノウエ」という人格に浸食されて、置き換えられているなどとは誰も想像なんてできなかった。
HDP自身が現世から送り込まれた人格による上書きでバグ化していた。しかし、機能がたもたれていなかったわけではない。ヒューマはデリートと契約を結んだ状態となっていた。
だが、デリートが最初にヒューマを召喚しようとした時に、先に召喚しており、しかもその後も数年間は召喚しっぱなしだった領主のバカ息子がいた。
デリートはHDPの召喚ができなくなったと勘違いした。そのためにシステムに直接介入するコンソールを使用して、他の召喚獣との契約を強制的に結んだ。その代償としていろいろな事ができなくなった。HDPがあれば、どんな大人数が相手であろうとも、自分が敵を認識さえすれば全てを殲滅できたはずだった。なにせ魔力は無尽蔵である。そのように作られた存在だった。
「やれぇ!! ヒューマぁぁ!!」
「すごい調子がいいんだよ、魔力は大丈夫!?」
「なんか、俺も絶好調だ。まだまだ送るぞ!!」
ワイバーンに乗ったロージーが叫ぶ。数万のアークデーモンは周りを囲みつつも、誰一人としてヒューマを太刀打ちできずにいた。飛んでくる破壊魔法を全て迎撃し、かつ反撃に転じる余裕がヒューマにはある。さすがに数万のアークデーモンと言えども、数秒に数体ずつまとめて強制送還されていると徐々にその数を減らさざるを得ない。そして動揺からデリートは追加の召喚をするべきかどうかを迷っているようだった。
「さすがはヒューマ様ですわ」
「そうねえ、このまま私たちやられちゃいそう」
リリスとドラキューラが前線に出て来た。言葉とは裏腹に両者ともに最大火力で破壊魔法を放とうとしている。他にも数体の悪魔系ユニーク召喚獣が出てこようとしていた。
「おいヒューマ、なんか強そうなやつらが出て来たぞ!」
「うん、知り合い!」
一瞬で間合いを詰める。まずはドラキューラの腹部を切り裂いた。
「あら、さすがねえ」
両手から特殊魔法を放とうとしていたドラキューラはそれで強制送還される。彼の特殊魔法がもっともやっかいだと知っていたのは全ての召喚獣がこの状況を想定していたからだった。すでにヒューマの中で仲間と戦うという葛藤は終わっている。それに召喚獣は単純に強制送還されるだけというのも正直ありがたい。ただし、再召喚されると再度戦わねばならないため、次の召喚が終わるまでに次を倒さなければならなかった。
「こんな召喚主ではやる気が起きませんわね」
リリスの氷系破壊魔法が飛ぶ。魔力は無尽蔵であり、その威力は今までで最強に近い。さすがに一撃でも喰らえばヒューマといえどもただでは済まないかもしれなかった。だが、今日のヒューマは絶好調のロージーに召喚されている。
「よっと」
全ての召喚獣が言葉とは裏腹に本気で戦っている。にもかかわらず、究極の召喚獣といえるHDPであるヒューマはその攻撃を余裕をもってかわしていた。
「悪いね、魔力の節約中なんだ」
本来であれば破壊魔法を飛ばすような場面でも、それはしない。いくらロージーが大量の魔力を持っているといってもこちらは限界があるはずだった。リリスに蹴りを入れて強制送還させる。そしてその一連の動きで数体のユニーク召喚獣もなす術なく送還されていったのだった。依然として周りには大量のアークデーモンが存在しているが、このレベルの戦いについてこられる者はおらず、遠巻きに破壊魔法を撃ってくるだけである。相手が少人数という事もあって、戦える人数も限られるために大軍であるという利点は全く生かされていなかった。
「デスフリーズ!!」
そんな中、悪魔系召喚獣の中で最強のサタンが動き出した。その破壊魔法は全ての召喚獣の中でもトップクラスである。しかし、レイクサイド第四騎士団のウインドドラゴン部隊がデリートを射程範囲に捕らえたのはその時である。
「ロージー……様!? 各員照準はサタンとその周辺に変更だ!!」
「「「了解!!」」」
直下から上昇する形で数十頭のウインドドラゴンが通過する。飛んでいる最中に真下から攻撃を受けたことで、サタンとその周囲のアークデーモンたちは不意打ちを喰らってしまった。その隙を逃すヒューマではない。
「悪いな、サタン」
「いえ、お気になさらず」
ヒューマの爪がサタンを抉る。そしてサタンは強制送還された。
「今ならリリスが召喚できるかもな!」
そしてテトがリリスを召喚する。
「待ちくたびれましたわ、ご主人様」
「よし、リリス。働いて来い」
デリートとその周囲の形勢は一瞬で逆転していた。周囲にはいまだに万を超すほどのアークデーモンが召喚されていたが、デリートの周辺は第四騎士団のウインドドラゴン部隊がほとんど強制送還させてしまっている。
「テト兄! どうよ、俺の召喚獣!」
ロージーがテトに向かって叫んだ。実はロージー=レイクサイドが慕う数少ない騎士団員が彼、テト=サーヴァントだった。そしてロージーが「テト兄」と呼ぶ度にテトが複雑な表情をしているというのをロージーは分かっていない。普段、テトはロージーを呼び捨てであるのだが、さすがに公式の場では様付けしている。
「ロージー様、まだ戦闘中です! 気を抜くな、バカ」
「ぎゃはは、もうちょっとじゃねえか。向こうの切り札は強制送還してやったし、俺の召喚獣が!」
しかし、テトの表情は少しも緩むことはなかった。サタンが強制送還されたにも関わらず、デリートは慌てて次の召喚をしようとしなかったのである。普通ならば、自分の身の周りの召喚獣があっという間に強制送還されたならば身の危険を感じるはずだ。
「これは予想外にもほどがある」
デリートは自身の周囲のアークデーモンたちが次々と強制送還されていくのをみながらつぶやいた。
「デリート、次の召喚を!」
「ああ、分かっている」
スキャンにはデリートが分かっていないように見えた。早くしないと相手の召喚獣がここまでたどり着いてしまう。切り札のサタンがやられたのをみているだけに肝が冷える思いであった。
「早く!」
「すぐに出てくるさ」
そしてヒューマとテトのウインドドラゴンがデリートを担いでいるアークデーモンを射程に捕らえた時、その影は現れた。
「ここは一旦退く事としよう。そして、次は本気で貴様を殺しにくるぞ、ロージー=レイクサイド」
デリートが召喚した召喚獣は三体。一つはデリートたちを乗せて逃げるドラゴンである「暴風竜」ワールウインド、そしてロージーたちに立ちふさがったのは「灼熱竜」シューティングスターと「黒蛇竜」ニーズヘッグだった。
「ドラゴン系ユニークだと!?」
テト=サーヴァントが叫ぶ。それは人類が史上初めて遭遇するドラゴン系ユニークであり、その召喚契約は誰にも知られていない。
「屈辱ダ。コンナ形デヒューマ様ト相対スルトハ」
「いや、お前正面から正々堂々と戦いたいってだけじゃねえかよ」
「おれなんか逃げるだけなんだけどー? かわってくんね?」
三者三様、しかしそのプレッシャーはそれぞれがサタンにも並ぶ。
「ロージー、ちょっとまずくね?」
「テト兄、「イツモノヨウニ」やっちゃってよ。期待してる」
しかし、その空気に飲まれていない人物がいないわけでもない。
「いやいや、逃がさないよ。というわけで、ロージー、魔力をよろしく」
ヒューマの姿が、さらに一段階変化したのはこの時だった。




