第29話 幻獣
「こいつらならば、計画はすぐにでも実行できる」
「たしかにな。しかし、よく思いついたもんだ」
「僕が思いついたんじゃないよ。天龍はね、おそらくは幻獣だったんじゃないかと思ってるんだ」
「なるほど、そういう事か」
ゴゼの大空洞のさらに北に、小さな洞窟があった。小さいと言ってもゴゼの大空洞と比較しての事であり、入り口は数メートルはある。そしてその入り口に到達した事があるのは周辺で発生した魔物を覗けばただ一つの種族だけだった。さきほどまでは。
「貴様らっ! 女王様をどうするつもりだ!」
蟲人ガ=クキがその千切れた左腕を気に掛けることなく叫ぶ。先ほどまで巨大な剣を持っていた手は食いちぎられ、大量の血が滴っていた。右手で剣を持ちなおす。
「スキャン、これで僕は他のコンソールが使えなくなった。プログラムを書き換えるというのがこんなにも大変だったとはね」
「世界の理を変えるのだ。代償なくできるのはそれこそ神の中の神のみだろう」
デリートが召喚したのは悪魔系召喚獣ではなかった。そこにいたのはドラゴンであり、特殊個体である。名前はニーズヘッグ。
『貴様、我は貴様とは契約を結んでいない』
「それは書き換えさせてもらったんだよ。命令通りにこいつらがこっちに近寄れなくしててね。あ、殺しちゃダメだからね」
意志とは裏腹にニーズヘッグがガ=クキたち蟲人の行く手を阻む。その先には女王がおり、デリートとスキャンがいた。
「本来は幻獣化はものすごい意志が必要なんだけどね」
この世界の召喚魔法は未知の部分が残っている。その一つが「幻獣化」であり、これを成した召喚士は記録されていない。だが、かつて召喚獣ワイバーンの幻獣化を成功させた召喚士がいる。自身の死期を感じ取った召喚士は最後の力を振り絞って眷属のワイバーンとの再契約を行った。そして幻獣化したワイバーンは「天龍」と呼ばれ、数千年にもわたりその召喚士の墓を守り続けた。墓の場所はゴゼの大空洞の近くであり、すでに風化して形がなくなった後も周辺に魔物や魔人族を近寄らせなかったという。「天龍」に魔力が供給されなかったタイミングでとどめをさしたのは蟲人たちであり、今ここにいるガ=クキである。実はゴゼの大空洞付近で目撃され、ロージーたちが討伐に向かったのは天龍ではなくエルダードラゴンであった。天龍は自然発生してでてきた魔物ではない。
召喚士の命を燃やして現世に具現化する。それが幻獣化である。
「だから、これから生まれてくる蟲人を使ってどんどん召喚獣を幻獣化させようと思って」
幻獣化されても主従関係がなくなるわけではないようだった。それは幻獣化の時点で召喚士の命が燃え尽きており意味のない物だったのだが、その法則を捻じ曲げる方法をデリートは持っている。
「幻獣化させたあとに、従わせたらいいよね」
「貴様らぁ!!」
蟲人たちがいきり立つ。しかし、それを冷たく見てデリートは言った。
「女王がどうなってもいいのかい?」
人質を取られて、なす術がない蟲人たち。
「女王がいなければ君たちは断絶だ。僕たちが女王の命を握っているという事を忘れるな」
言い返す言葉が出ず、しかしどうすれば良いのかも分からず蟲人たちは立ち尽くすしかなかった。
「さあ、女王を移動させようか。そしたら生まれてくる蟲人を使って幻獣化だ」
***
アイオライ=ヴァレンタイン一世の生存が確認され、ヴァレンタイン王国はひとまずは落ち着いた形になった。「大召喚士」ハルキ=レイクサイドが「駆除人」デリートをあと少しのところまで追いつめたが、敵は複数人であり、謎の力を発揮して逃げたというのは極秘情報である。世界の各国がその事件の首謀者である「駆除人」デリートの同行に注意を払っていたが、足取りをつかめた国はなかった。
事件の爪痕は深く、王都ヴァレンタインとシルフィード領には多くの犠牲が出た。精鋭を失ったというのも痛手である。さらに、次期領主を失ったシルフィード領の受けた衝撃は計り知れなかった。
「ソニーたちのおかげで我々は最悪の事態を回避することができた。ソニーとともに死んでいった者たちがいたからこそだ」
シルフィード領主館ではジギル=シルフィードがアイシクルランスを含めた騎士団を前に演説を行っていた。
「次期領主はマナト=シルフィードとする。あいつはまだ成人しておらず、貴族院に在籍中であるが皆で支えてもらいたい」
普段のジギル=シルフィードからは予想もできぬほどの憔悴ぶりであった。だが、その目の輝きが死んでいるわけではない。
「アイオライ王はご健在だ。尊い犠牲の、死んでいったものたちのためにもシルフィード領はこれで終わるわけには行かない!」
「「「シルフィード!! シルフィード!! シルフィード!!」」」
「私は「不屈」ソニー=シルフィードの父として宣言しよう! シルフィード領は甦る! そして必ずや、復讐を果たすと!!」
「「「シルフィード!! シルフィード!! シルフィード!!」」」
「「「シルフィード!! シルフィード!! シルフィード!!」」」
「「「シルフィード!! シルフィード!! シルフィード!!」」」
そして、その崩壊した領主館の後ろの方でソニーのマントを引っ張っている「宝剣」マリー=オーケストラ。近くにロージーがいないために日傘をささせている。
「だめよ! 今出て行ったらあなたのお父様の演説が無駄になるわよ!」
「ちちうえー! ちちうえー!」
「ヴァンパイアの癖に泣いてんじゃないわよ! ちょっと!」
「だって、だってー」
「一旦異世界に帰りなさい! じゃないと、そんな顔でお父様に会うの!?」
「うん、わかった。マリーが父上の事を御義父様とよんでくれて嬉しいよ」
「はぁ!? あんたの父親でしょ? 違うから!」
ソニーが送還される。マリーはため息しか出てこない。
「さて、ちゃんと面会してくれるかしら」
気が重いと、マリーは思うのであった。
「まさか、貴方が使者として来てくれるとは思わなかった。いつぞやは迷惑をかけた、マリー=オーケストラ」
やつれた顔のジギル=シルフィードはマリーの面会をすぐに受けた。
「お久しぶりでございます。この度はお悔やみ申し上げます」
「うむ、あれも失ってしまうと私の息子だったという事が強く思い出される」
「そのことで、我が領主ロージー=レイクサイドより命を受けて参りました。レイクサイド領の首脳陣との話し合いができているわけではありませんが、形の上では領主命令という事で」
ジギル=シルフィードが座りなおす。
「やけに、くどい言い回しだな」
「実際に領主ロージー=レイクサイドは修行の旅の最中でしたのでハルキ様の御意向などを全く聞いてないのですよ」
「レイクサイド首脳陣よりも先に、こちらに来るほどの要件か」
「ええ、できるだけの人払いを」
「了解した。一度は我が息子の嫁にとも思った貴方だ。おい、ロラン以外は退出しろ」
部屋の中には二人以外には「マジシャンオブアイス」ロラン=ファブニールだけとなった。
「まず、ソニー様は死んでいません」
「なにっ!?」
「ですが、生きているとも言えない状態です」
「どういう事だ!」
「見ていただくのが、一番速いかと……召喚!」
「マリー、寂しかったよ。もっと早く召喚してくれても良かったのに」
「いや、あんた感動の再会は……?」
「それよりもマリーから離れてしまった事の方が私の中では苦痛だったという事だよ」
唖然としているジギルとロランを無視してソニーがマリーに近づこうとする。
「近寄ったら殺すわよ」
「うっ、つれないなぁ…………あ、父上にロラン。久しぶり」
「ど、どういう……?」
「私はマリー専用の召喚獣として生きていくことに決め、契約を果たしたのです」
「ええいっ、ややこしい説明をするなっ!」
そして父親の目の前で「宝剣」サクセサーによって強制送還される「不屈のヴァンパイア」ソニー。やっちゃったあとに、「あっ」って顔をマリーがしたが、すでに遅い。だが、この後も数回ソニーが暴走しそうになるたびにマリーによって強制送還させる事態が続き、ジギル=シルフィードは目の前で息子が斬られる現場を何回も見せられるという事になってしまうのであった。
うっし、迷走終了。
「初心忘るべからず」って言いますよね。完全に紬は初心を忘れていましたよ。この前、いろいろと本読んでて思い出しました。
忘れていたのは第2部始まってちょっとしてたくらいからだと思うんですよね。徐々に、「こういう物を書きたい」から「こう書くべきだ」に変わっていたのに気づかなかったんですよね。毎日書くからいけなかったんだろうなー。
でも、それはそれで色んな意味で有意義だったんですけどね。スキル的にはかなりレベルアップできたのではないかとも思っております。そろそろ一角ウサギくらい倒せるレベルになったんじゃないかな。
というわけでまたしても脳内プロットを書き換えて、もう一度やり直しです。
行き詰ったらまた書かなくなるかもしれないし、「守護霊」の方に逃げるかもしれないし。どちらにしろ毎日書く時間がなくなってしまいましたね。なんでこんなに忙しいねん。




