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第28話 トマトジュース

「おいおい、本当にマリー以外の奴には契約の場にすら出てこないじゃないか」

 結局マリが駄々をこねたので、ロージーがソニーを呼び出そうと試みた。だが、一瞬光っただけで無反応である。着信があった固定電話の受話器を上げてすぐ降ろす、そんな感じだ。ロージーが面白がって何回も呼び出ししているけど、毎回同じ反応である。

「やっぱ、マリーが契約しろよ」

「嫌ですって」

「領主命令で」

「うぐっ」

 強制力を発生させる非道な行いをロージーがする。

「いや、でもソニーがそんな事するとは思えないんだけどな」

 タイタニスも貴族院でのソニー=シルフィードを知っているためにマリのストーカーだったというのは印象と違うみたいだ。

「うーん、私も一年間しか付き合ったことないし直接教えてもなかったからなんとも言えないけど、彼の性格には合わないよね。主席で卒業した優秀な生徒だったのは覚えてるけど」

 ニコラウスが貴族院で教えていたのはロージーが入学した年からである。父親のジギル=シルフィードはよく知っているそうであるが、その父親から非常識な変態が産まれるなんで思っていないみたいだった。

「まさか、マリの方から縁談を断ってたとは思わなかったよ」

「うるさいわね! ヒューマは黙ってて!」


 領主命令で泣く泣く契約をさせられるマリがロージーに条件を突きつけている。

「おいおい、さすがに白虎のマントは買えねえぞ」

「ロージー様、実は備品で残っているのがあります。ただ、ヒルダ様やミア様、レイラ様と同格として扱われる恐れがあるために女性騎士のほとんどが所望しなかったという経緯がありますが」

「お、ジーロ情報によれば倉庫にあるんだってよ。良かったな!」

「いらない情報までついてきてるじゃないですか! そんなのだったら他の物がいいです!」

「マリーはわがままだなぁ」

「それだけ嫌なんですよ!」

 いろいろと条件を飲まされて最終的にロージーが折れた。結構な品物をぼったくられたようだが、仕方ない。マリがソニーの契約素材を並べた羊皮紙の前に立つ。


「はぁ、本当に嫌なのよね」

「呼んだかい?」

「まだ呼んでないわ」

 立っただけで契約素材が光り、ソニー=シルフィードが現れる。

「マリー、会いたかった」

「私は全然会いたくなかったわ」

 哀れソニー=シルフィードは冷たくあしらわれてもめげる事のないメンタルをしているようである。

「これは運命だったんだよ。さあ、マリー。契約を結ぼう。魔力と血があれば君のためになんだってするよ」

「血? 冗談じゃないわ。やめましょう」

「そんなっ! 私は血をもらわないと力を発揮する事ができないんだ。君の血であればこの世界を崩壊させることができるほどの力になると思うけどね!」

 最初に説明しておいたはずなのに、マリが嫌だと言っている。まあ、確かに血を取られるのは生理的に無理なんだろう。

「分かった、血は用意してあげる。魔物の血でいいわね。あと、私の半径5メートル以内に近寄らない事。これが契約条件よ」

「なんとっ! それはダメだぁぁ!」

 ソニーがクネクネしている。もともとこんな人なのかな? って思ってたけど、ロージー達がドン引きしているから貴族院では猫をかぶってたんだろう。

「ソ、ソニー?」

 ついにタイタニスが聞いてしまった。ロージー、タイタニス、ニコラウスと知り合いがここにいるとは思っていなかったのか、それに気づいたソニーが固まる。

「や、やあタイタニス=フラットに……ロージー=レイクサイドか。ニコラウス=ファランクス先生まで、奇遇ですね。マ、マリーと一緒なんて、な、何をしているのかな?」

「むしろ、マリーが俺の護衛なんだけどな」

「うわぁ、そんな人だとは思ってませんでした」

「お、お父上には何も言わないから安心したまえ」

 完全に知り合いに黒歴史を見られた人の顔をしてソニーが意識を失いかける。でも、まだ契約が結ばれてないんだけど?

「じゃあ契約条件は私の視界に入らないことと、魔物の血は自力で確保することね」

 ソニーが意識を失いかけたのをいい事にさらにひどい条件でマリが契約を結ぼうとする。

「いや、ダメだ! ここは引けないぞ! 確かに血はなんでも一緒だけど、私はマリーのがいいし接触できないなんて死んだ方がマシだ!」

「あなたもう死んでしまったのよ?」

「死んでないっ! 私は「不屈のヴァンパイア」ソニー=シルフィードだ!」

 そういえば、結構レアな能力も獲得してたとドラキューラが言ってたっけ。能力的にはかなりすごい召喚獣になってくれたはずなんだけど、僕もマリに契約してほしくなくなってるのは何故だろうか。

「私は諦めない!」

「そこはきちんと折れなさいよ!」

「ダメだ!」


 結局3時間ほどこの押し問答が繰り返され、マリが折れた。契約条件は魔力と血。血はなんでもいいし、半径何メートルとかいうのは契約条件から外されてしまった。マリと交渉してあれだけ押せる人ってのを初めてみた気がする。死にかけて召喚獣になってまでストーカーするその執念はすごい物があった。



「まさか、出発が昼過ぎになるとは……」

 ウインドドラゴンに全員が乗る。ジーロさんはアレクさんたちと合流するようだ。僕らはこれからヴァレンタイン大陸へと帰らなければならない。本来ならば一刻も早くしなければならなかったんだけど、ソニーのせいで遅れてしまった。

「それで、なんであんた召喚されてるのよ。呼んでないんだけど?」

 ウインドドラゴンの近くをふよふよ飛んでいるのが「不屈のヴァンパイア」ソニー=シルフィードである。なんでこんな速度で飛べるんだよ。翼も蝙蝠みたいな形状でどう見ても滑空しかできそうにないのに。

「それは愛のなせる技さ」

「私、魔力は供給してないわよ」

「そこの落ちこぼれからいただいてる」

 ぴっとソニーがロージーを指さす。

「てめぇ、ソニー! なんかだいぶ疲れると思ったらそういう事か! って言うかどういう原理だ!」

 ぶっちゃけだしたソニーは何故か契約主のマリーではなく近くにいる魔力馬鹿のロージーから勝手に魔力を吸収しているという。

「これはマジックドレインという技で、本来であれば破壊魔法に近い特殊魔法であるのだが、この魔力馬鹿の場合吸われていても気づかんほどであるから……」

「誰が魔力馬鹿だ!」

「それは君だよ、ロージー=レイクサイド。貴族院にいるころからそれしか取り柄がないじゃないか」

「うがー! 返せ!」

 規格外だ。いろいろと不条理を越えすぎだろう。

「そろそろ血が欲しいんだけど、マリー。ちょっと噛みついてもいいかい?」

「いやよ」

「うーん、皆の前だと恥ずかしいか。仕方ない」

 なぜかポケットからトマトジュースを出してぐびぐび飲んでいる。瓶をぽいっと捨てる。

「塩分が多すぎる」

「どこから持ってきたんだよ!!」

 というよりトマトジュースでいいのか?


 日差しが強いなか、太陽の光でじりじりと焼けながらソニーはウインドドラゴンと同じ速度で飛び続けた。火の光で火傷を負う度にロージーから魔力を無理やり吸収して直すものだからヴァレンタイン大陸に着くころにはさすがのロージーも魔力が枯渇しそうになっていたという。


マリーの婚期がさらに遅れる予感

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