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第27話 次期領主

「というわけで天龍討伐は中止にしてすぐに帰ったほうがいいね」

「なんてことだ……」

 ジーロさんが焦っている。まだ諜報部隊にまで情報が来ていないのだろう。だが、この二日の連絡が滞っているというのは気になっていたようであるし、ここは中継用の魔道具がないから連絡も取りにくいほど辺境である。僕は一旦召喚獣の異世界に帰ったからこの情報を手に入れることができた。

「おいヒューマ、それでソニーは死んだのか?」

 召喚獣化してしまった二人の事は伏せて置いた。ロージーもタイタニスもソニーには貴族院で世話になっていたらしい。そして、マリも知り合いだった。

「それがちょっとややこしい。ダガー=ローレンスとソニー=シルフィードは助かったんだけど、これを助かったと言っていいかどうか……」

「他は、死んだんだな?」

「ああ、無理だったらしい」

「それで、ソニー達はどうなったんだ?」

 ちらっとマリを見る。

「マリ、彼は君に契約をしてほしいと言っている」

「契約?」

「あぁ」

 たまたま、その素材は持っていた。ロージーにシルフと契約を結んでもらおうと思って持ち歩いていた物がかなり被っていたのだ。ここで、ソニーとの契約ができる。

「彼とダガー=ローレンスは、召喚獣化させることでなんとか助けた。今では悪魔系召喚獣ヴァンパイアのユニークだ」

「え……」

 マリが驚きの表情で固まる。

「彼は、マリとしか契約しないと言っている。マリ、ちょうど素材がある」

 羊皮紙と魔石と素材を並べる。これで契約ができるはずだ。

「救うにはこの方法しかなかった。僕もそう思う。だが、マリが契約してくれればソニー=シルフィードは現世にもどる事ができるんだ。そしてマリの力にもなってくれるだろう。ヴァンパイア系召喚獣は非常にレアだ。力も召喚獣になる事で増している。彼は貴族院を主席で卒業し、将来を見込まれた次期領主であった。父親の宰相ジギル=シルフィードも優秀だ。さあ、マリ。彼と契約を……」


 


「いやよ、あの男となんて……」

「「「え?」」」


 ***


「この先に進みたければ私を倒してからにしなさい」

 あれは忘れたくとも忘れられない事だった。すでに3年が経っている。

「あなたを? そんな、無理です」

「では諦めることですな」

「諦めるのは、もっと無理です」

 その老人は剣を抜いた。全盛期はそれこそ誰しもが知っているような名剣を使いこなしていたそうだ。それは形を変えて今は最愛の娘の手に渡っている。今はあえて一般装備品を使っているのだとか。だが、その一般装備品の品質が高いのがこの騎士団である。

「年寄りと思われると、怪我をいたしますぞ」

 そんなつもりは毛頭ない。そして手を抜く必要性すら感じない。だが、この老人に勝たなければ私は目的を達することができないのだろう。しかし、無情にも迫りくる影。それの軌道を目で追うことすらできないままに衝撃が体を貫いていく。吹き飛ばされたと分かったのは数秒後の事だった。

「ぬるい。予想外ですな」

 その老人は歳ほどと同じ場所に立っている。その先には私が行きたくて仕方がない部屋があった。

「あ、諦めるはずなど、ないでしょう」

 なんとかして起き上がる。手加減をされたのだというのに気付いた時に激情が湧き上がるのを感じた。装飾の施された立派な剣を握る。これは貴族院を出た時に父が私に贈ってくれたものだ。大切に使っている。だが、その剣ではなく無骨な実用性のあるものを使ってくるべきだったのかもしれない。実際に使ったのは数えるほどだった。

「言いたい事は分かりましたが、納得しかねます」

「ふぉっふぉっふぉ、根性だけは合格点ですな。実力が伴っておりませんが」

 そういうとその老人は私の剣を跳ね上げ、腹部に蹴りを放った。

「ほう、剣を取り落としませんでしたか」

 壁まで吹き飛んだ私に老人が遥か高みから言う。

「それに、私のこの行いを無礼だと騒がないところも良いですね」

 当たり前だ。この老人に対して、そのような事が言えるはずがない。彼は愛するマリーの父親だ。



「もういいでしょう! そこを通してください! お義父さん!」

「誰がお義父さんだぁぁ!? 貴様に言われる筋合いはないわぁ!」

「なっ!? なんでですかお義父さん! 私とマリーが一緒になればあなたは私の父親なんですよ!」

「うるさいわ! 貴様が次期シルフィード領主でなければ今頃ぶった切っておるところだぁぁ!!」

「マリー! マリー! ちょっと、お義父さんを説得してよ!」

「マリーと呼び捨てで呼ぶな! このストーカーが!」

「ストーカーとはなんて事を言うんですかお義父さん! 私はマリーを陰ながら見守っているだけですよ! 変な輩がうろつかないように!」

「その変な輩が貴様だぁぁ!!」

 そして「勇者」フラン=オーケストラ殿は私を屋敷から追い出した。私は次期シルフィード領主であるにもかかわらずだ。私は誓った。

「これはお義父さんからの試練だ! 私は必ず乗り越える! 私ならばできる!」

 それから3年間、毎日のように特訓をした。そして毎日のようにマリーに手紙を書いた。そのうち父上から手紙はやめろと言われるまで毎日書いた。私とマリーの愛はそれを阻む壁が高ければ高いほどに燃え上がる。そして、私ならばそれを乗り切れるはずだ。



「というわけで、私はマリー以外の者と契約を結ぶつもりは毛頭ない。ではさらばだ」

「いや、ちょっと待って。あの、状況がよく把握できてないんだけど」

「む、なんだお前も召喚獣だったのか」

「この子はっ、ヒューマ様になんという口を! めっ!」

「やめろ! 気色悪い!」

 召喚獣の異世界に帰ると、いろいろとすごいことになっていた。そこにいるのは悪魔系召喚獣の皆とドラキューラに眷属にされてしまった王都ヴァレンタイン護衛騎士団長「斬月」ダガー=ローレンスと、ドラキューラに罰として抱き着かれている次期シルフィード領主ソニー=シルフィードである。

「ヒューマ様、このような事態は召喚獣の世界が出来上がってから初めてでございます」

 サタンが言う。いつも堅苦しいやつだが、きちんとした報告ができるやつだ。まさか契約主ができていたとは。

「私どもはあのデリートとかいう者と契約を交わしたことはありません。ですが、なぜか召喚されてしまったのです」

 悪魔系召喚獣の多くがその言葉を肯定するようにうなずいた。召喚されなかったのは長期召喚中でユニークだったリリスのみであるという。ユニークではないアークデーモンやレッサーデーモンなどの悪魔系召喚獣も多くが召喚され、それは王都ヴァレンタインの護衛騎士団を撃破するほどの規模だったとか。

「これは、天龍どころじゃないよね」

 現世に帰ってから皆に説明が必要だった。

「ヒューマ様でしたら、契約条件が少ないために契約主に事情を話しても制限がかかることはないでしょう」

 普通の召喚獣であれば、他の召喚獣や契約主の事を話すのは一定の制限がかかってしまい無理なようだった。特に他の召喚獣の契約主の事など、現世では言葉が出てこないらしい。その辺りも僕が究極の召喚獣であることが影響しているのかな? むしろ前世がある事のほうが影響しているのかもしれない。

「ロージーもすぐに帰って領主として働かせなくちゃ。マリも大変そうだな」

「待て! それは「宝剣」マリー=オーケストラの事か!?」

 そういえば、マリはソニー=シルフィードとの縁談の話があったんだっけ?

「頼む! マリーに俺の契約主になるように伝えてくれ!」

「え? まぁ、伝えるだけならいいけど……」

「この子はっ! 申し訳ありませぇん、ヒューマ様。ちゃんと教育をし直させますんでぇ」

 ドラキューラが若干気持ち悪い。だが、ソニー=シルフィードも知り合いに契約してもらうほうが多少は気が楽かもしれない。伝えておくこととしようと思う。

「それにしても、そのデリートというやつはなんなんだろうね」

 契約を結んだことのない召喚獣を召喚する男。それもハルキ=レイクサイドを大きく上回る総魔力、ほとんど無限かと思えるほどの量だ。一国を滅ぼせるほどの召喚など聞いたことがない。

「私はまたすぐに呼ばれることになるでしょう。デリートの潜伏先にハルキ=レイクサイドが現れたようです」

 サタンはデリートに召喚されてしまうのだそうだ。急に僕とサタンの間が光る。誰かがでてきたようだ。

「ちょりーっす、おいサタン。覚悟しろよ、うちのハル様がお前の契約主の所行ったかんな。フルボッコにしてやるぜ」

「うせろゴッド。これは茶化していいような問題ではないぞ。あと、奴は我らの契約主ではない」

「うひゃひゃ、やる前から尻込みしてやがるんか?」

「なんだと、貴様?」

「ひゃーはっは、積年の恨みをあっちで晴らしてやるぜぇ」

 どうやらハルキ=レイクサイドとデリートが戦うことになるようだった。僕もこの戦いは見てみたいが、両方ともに契約していないのでわからない。

「僕の方も再召喚で呼ばれてる。あとで報告をしてくれ」

「はい、わかりました。このボケを叩き潰さないといけないようですが、それは我らの本意ではございませんので」

「あぁん!? ほえ面かくなよぉ?」


そして召喚すらされなかったゴッド……

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