第26話 制約と条件
私の名前はソニー=シルフィード。次期シルフィード領領主であり、先程まで領地防衛戦の指揮をとっていた。しかし、父上が不在でありアイシクルランスのほとんどが父上について王都ヴァレンタインへと行ってしまった今、戦力がほとんどないシルフィード領に、王都ヴァレンタインを襲撃したのと同じ軍勢が迫っていた。軍勢と言うのはある意味正しく、ある意味間違っている。
何故なら襲撃した人物は一人であり、襲撃に加わった召喚獣は軍勢と呼ぶにふさわしい数であったからだ。
「ジギル=シルフィードが発狂するほどの勢いで狩れ」
その人物は、召喚した悪魔系召喚獣にそう言った。私は、次期シルフィード領主として何をすべきなのだろうか。それは、明白であったが実行できるものはそういないだろう。私ならばできる。私は父上の息子だからだ。残念ながら、ここを守り通すことはできないだろう。であるならば、次へつなげる事が私の為すべき事だ。
「落ち着いて陣形を組め! 最前線の者は防御魔法を張るんだ!」
できるだけ密集隊形を取らせる。この密集隊形ですら打ち破る魔法があるとすれば、何を行っても無駄だろう。
「最年少でバニッシュとサイレントを唱える事のできるものを連れてこい」
私がこう言うと、爺やはやれやれという顔でこう言った。
「それはあなた様ですよ。ソニー=シルフィード次期領主」
これは迂闊だった。二人の間で笑みがこぼれる。それを見ていた周りの者の緊張も緩んだようだ。
「私を除いて、だ」
「でしたら……」
若い騎士が連れてこられる。
「ソニー=シルフィード次期領主が命じる。必ず生き残れ、そしてこの戦場の情報を父上に伝えろ。おそらく、あの敵はレイクサイド騎士団とは関係がない。同士討ちも止めさせるんだ」
「……はっ……うぐっ、ひっく」
若い騎士が泣き崩れる。崩壊しかかる領主館の中にも火の手が上がりだした。周囲は大量のアークデーモンたちに囲まれている。
「王都ヴァレンタインと同様であれば領主館の陥落と同時に敵も去るはずだ」
持っていた魔力ポーションを渡す。
「援軍が到着するまで、耐え忍べ。そして、父上に……申し訳ございませんでしたと、伝えてくれ」
泣くのを止めない騎士にバニッシュとサイレントを唱えさせる。これで、この騎士は不慮の事故で流れ弾に当たらない限りは生き延びることができるだろう。
「さあ、我らは我らにできる事を為す! シルフィード騎士団よ! 続け!」
先頭に立って悪魔たちを迎撃する。数が数だ。勝てる見込みはこれっぽっちもない。だが、ここで死してなお諦めない事を後世の者に伝えるのだ。
「ソニー様を守れ!」
「シルフィード!! シルフィード!! シルフィード!!」
私はソニー=シルフィード次期領主だ。ただで殺せると思うなよ!
「サタン、やれ」
アークデーモンたちが二手に割れていく。そして奥から一人の若者が出てきた。彼がこの襲撃の主犯なのだろうか。そして、その後ろにはまがまがしい角を持ったひときわ大きな悪魔がいた。サタンと言ったか。伝承にある悪魔の王の名である。
「デスフリーズ!!」
その巨体から湧き上がる圧倒的魔力。シルフィード騎士団を相手に氷系魔法を使うとは。
「防御魔法を張れ!」
「「はっ!」」
最前線の騎士が防御魔法を張る。だが、あの魔力量の前では意味をなさないであろう。
「私の事は気にするな! 一矢でも多く報いろ!」
背後から騎士団全員が襲い掛かる。だが、間に合わないだろう。バニッシュで消えたあの若い騎士が巻き添えを喰らわないように、密集隊形は崩していない。
「シルフィードを! 我らは諦めない!」
最後の最期まで、抗うのだ。それは死んだとしても引き継がれる。
「「うおぉぉぉぉ!!」」
しかし、大量の悪魔たちが襲い掛かってきた。乱戦の中、首に噛みつかれる。騎士たちの多くが倒れる中、悪魔たちが一斉に引いた。そして、視界を覆っていく氷。私たちはサタンのデスフリーズの前に倒れた。
と、思っていたんだが。これはどういうことだろう。そしてここはどこだ?
「ほっ……んとうに申し訳ない!!」
目の前でさっきまで戦っていたサタンが土下座している。
「召喚主には逆らえぬのだ。だから、助けるためにはこうするしかなかった! しかし、これでは助かってないと思われてもしょうがない」
「えっと、ちょっと待ってくれ。状況が呑み込めないんだが」
淡い光に包まれた空間の中に私たちはいた。周囲には何人かの悪魔系召喚獣とサタン。そして、何故か王都ヴァレンタイン護衛騎士団長のダガー=ローレンスがいる。そのダガー=ローレンスにべったりとくっついている男みたいな悪魔。状況を把握しろという方が無理だろう。
「あぁ、その通りだと思う。まず、どこから説明すればいいのか……」
サタンが起き上がった。その巨体は5メートルはあるのではないだろうか。しかし、喋り方が謙虚である。
「まず、我ら召喚獣は召喚主の言うことには逆らえない。しかし、今回の召喚主はちと特別な事情があるのだ」
「ちょっと、サタンちゃん。そんな難しい話より、ソニーちゃんがどうしてこうなったかを説明してあげなきゃ。ちょっと代わりなさいよ」
ダガーにまとわりついた悪魔が言う。ソニーちゃん?
「うふん、私はドラキューラ。ドラちゃんって呼んでね」
絶対に呼ぶことはない。
「まず、残念だけどここにいるダガーちゃんとソニーちゃん以外の騎士たちは助けてあげられなかったわ。ごめんね」
「いや……」
「それに二人とも、人間じゃなくなったのよ」
人間じゃなくなったと?
「あの時私たち悪魔系召喚獣を召喚していた奴が望んだのはね、王都ヴァレンタイン王城だったりシルフィード領主館の陥落だったのね。つまり、あなたたちの抹殺という明確な目標はなかったの。でも、騎士たちを殺さないと陥落はさせられない。仕方ないから、私たちは助ける事のできる人間をこうして助けてたんだけど、召喚主の目をかいくぐって助けるのは基本的に無理なの」
まあ、そうだろう。しかし召喚獣がこのような反乱をおこすなどというのは聞いたことがない。
「それで、ある程度の才能がある人だけを、こうして私の眷属に引き入れて強制送還してこっちの世界に送り込んだのね」
眷属だと?
「私はヴァンパイアの王ドラキューラ。私の眷属になれば悪魔系召喚獣の中でもかなーりレアな、ヴァンパイア系召喚獣になれるのよ。人間やめちゃうけど」
ヴァン……パイア……。
「召喚された時の魔力の他に、血を飲まないと魔力が回復しないメンドクサ仕様だけど、勘弁してねぇ」
べたべたとダガー=ローレンスの体をなでながらドラキューラが言う。ちょっと、待ってくれ。私は召喚獣になってしまったのか? そんな事が可能なのか?
「本当に済まない。だが、我らとしてはここまでしかできなかった」
サタンが落ち込みながら言う。ダガー=ローレンスの目が死んだようになっているのは気のせいだろう。
「しかし、何故……私たちだけだったんだ? 他の騎士たちも眷属にすれば助かったのではないか?」
「それには、ちょっとした制約があって、君たち二人しかあの中では該当しなかったんだ」
サタンが申し訳なさそうにいった。ドラキューラがそっと、目をそらす。
「せ、制約?」
「あぁ、なんというか、その……」
「どんな制約なんだ?」
「…………ただし、イケメンに限る。……だそうだ」
振り向くとドラキューラがいなくなっていた。…………は? イケメン?
***
「くそっ、まさかね! しかし助かったよスキャン」
「デリート、だから一筋縄ではいかないと言っただろう」
シルフィード領のある地方。そこには満身創痍の「駆除者」デリートがスキャンと呼ばれた老人に運ばれて逃走中であった。
「なんて奴だ、ハルキ=レイクサイド! 僕をここまでこき下ろすとは!」
「わしのコンソールがなければ、死んでいたな」
「あぁ、助かったよ」
「しかしわしのコンソールは万能ではない。次を使うにも時間がかかるぞ」
「分かってる。今は逃げる事だけを考えよう」
今すぐにでも死にそうなほどの火傷を負いつつ、デリートは感情を抑えることができなかった。王都ヴァレンタインおよびシルフィード領主館を単身で陥落させた自分が、たったひとりの召喚士になす術もなくやられたのだ。スキャンがコンソールを用いて助けなければ確実に命を落としていただろう。
「スキャン、僕らは力を蓄えないといけない」
「あぁ、そのとおりだ」
「仲間が必要だ。もっともっと」
「わしらだけでは無理か……たしかにそうかもな」
デリートはまさかノーム召喚だけで完封されるとは思っていなかった。しかし、現実にはサタンや他の悪魔系召喚獣の多くがその役割どころか戦闘に加わることすらできずに強制送還され、魔力を封じられたデリートはノームに拘束されたまま、レッドドラゴンに焼かれたのである。スキャンがコンソールで時間を止めて救出しなければ死んでいたのは間違いないし、次にハルキ=レイクサイドと対峙したとしても勝てるイメージが湧かなかった。
「国だ。あいつを倒すには国が必要だ」
デリートは決意する。そして、その国は世界を滅ぼそうとするのである。




