44、冬休み
私が全力失踪して家に帰ると、私の予想と状況が違って、玄関で立ち尽くした。
お母さんは怒るどころか余程心配していたのか、私の顔を見るなりへたり込んでしまった。
その後ろからお父さんがやって来て、私はお父さんに頬を叩かれた。
「今、何時だと思ってる!!」
「ご…ごめんなさい…。」
私は叩かれたけどあまり痛くなかった頬を押さえると、怒っているお父さんを見つめた。
普段は優しいはずのお父さんが怒っていて、怒ってばかりのお母さんが憔悴しきってる。
私はそれだけ心配をかけさせたんだと、心苦しくなった。
「どこで何をやってた!!説明しなさい!!」
私は本当の事なんか言えなかったので、出かけるときに言った事を口にした。
「ク…クラスの…クリスマス会で…カラオケに…。」
「こんな時間まで何を考えてるんだ!!他の子は!!ちゃんと帰ったのか!?」
「…帰ったよ…。だから…私も家に…。」
私はクラスメイトが何時に解散したのか知らなかったけど、あの様子じゃ遅かっただろうとふんで嘘を口にした。
親に嘘をつくのが心苦しくなりながら、私は心臓が嫌な音を奏でていた。
「お前たちはまだ未成年なんだぞ!?それなのに揃いも揃って!!高校生だという身分をきっちり理解しろ!!いいな!!」
「……はい。……ごめんなさい。」
私は後ろめたさからお父さんの顔がまっすぐ見れなくて、軽く頭を下げる事しかできなかった。
すると私の後ろの扉が開いて、大輝が息を荒げて帰ってきた。
「なんだ…姉貴帰ってるじゃん…。」
「大輝。悪いな。さっき帰ってきたんだよ。お前には探しに行かせて苦労かけたな。」
「いいよ。良い運動になったし。」
お父さんと大輝のやり取りから、大輝が私を探してくれたんだと分かって、更に申し訳なくなった。
私は自分が情けなくなって、靴を脱いで家に入ろうとする大輝の袖を掴んだ。
「ごめん…。ごめん…。心配かけて…本当に…ごめんなさい…。」
私は謝る度に目の奥が熱くなってきて、涙が零れそうになると隠すように顔を俯かせた。
すると大輝の手に頭をガシガシと撫でられて、いつもの悪態が聞こえてきた。
「らしくねーことすんなよな!!遅くなるなら、連絡の一本でもすりゃいいんだよ!!」
大輝の当然の指摘に私は涙を拭いながら頷いた。
「もういいから…中に入りなさい。」
お父さんの優しい声が聞こえて、私は鼻をすすると頷いてから中に入った。
そのときお母さんが安心しきった顔で立ち上がったのが見えて、私はお母さんの前に行くと頭を下げた。
「お母さん。ごめんなさい。」
「…今後、こういう事のないように気をつけなさい。」
お母さんはいつもより随分と優しい声で言うと、足早にリビングに戻っていってしまった。
私はその背を見つめて、お母さんなりに心配してくれたんだと感じた。
大輝の事だけ考えてるんだと思ってた…
でも、みんなが心配してくれて、私は少し家族の一員でいいんだと実感することができた。
私は心配をかけた分、今後の行動には気をつけようと肝に銘じたのだった。
***
それから、私は冬休みを勉強に費やして、成績アップで家族に報いようと努めていた。
せっかくの冬休み…本当ならあゆちゃんやタカさんと遊びたい。
――――それに何よりも
井坂君にも会いたい…
私は机に向かって勉強しながら、度々クリスマスの事を思い返しては顔が緩んだ。
今も手に残る井坂君のゴツゴツした手の感触とか…彼の息遣いと肌から伝わる体温に胸がむず痒くなる。
もう何日も前の事なのに、今でも鮮明に思い出せるぐらい衝撃的な一日だった。
私はふうと大きく息を吐くと、持っていたペンを置いて息抜きしようと部屋を出た。
そのときに下で大掃除している音が聞こえてきて、そういえば大晦日だった事を思い出した。
リビングではお母さんがテレビの台まで動かして掃除していて、庭ではお父さんが窓を外して洗っていた。
私はちらかったリビングを通り抜けてキッチンまで行くと、コップにお茶を注いで飲んだ。
それを流し台に置いておくと、邪魔になりそうだと感じて、私は自室に戻ろうと足を向けた。
そのときインターホンが鳴って、私はお母さんに「私が出るよ。」と告げると玄関へ向かった。
そして玄関を開けると、そこにはあゆちゃんに新木さんとアイちゃんまでいて驚いた。
「やっほー!」
「クリスマスぶり~!」
新木さんとアイちゃんは笑顔で手を振っていたけど、あゆちゃんは私を睨むぐらいに不機嫌そうだった。
「ど…どうしたの…?」
私が唖然として尋ねると、あゆちゃんが門を開けて私の目の前まで怒り顔でやってきた。
「どうしたの?って!!メール見ろ!!バカ!!」
「バ…バカって…」
私が彼女の怒声に面食らって固まると、あゆちゃんはクリスマスのときのように勝手に家に入ってきた。
その後に新木さんとアイちゃんも続く。
彼女たちは靴を脱ぐと遠慮もせずに私の部屋へ向かっていく。
「え?何?何なの??」
私はどうして三人がやってきたのか分からなくて、混乱し始めた。
あゆちゃんをあんなに怒らすような事をしただろうか?
いや…会ってないんだから…してないはず…
私は身に覚えもないので、彼女たちを追いかけて部屋に入った。
すると、あゆちゃんが私の机の上に置かれているノートパソコンを手で示した。
「早くメール確認して!!」
「え…?何で??」
「いいから、確認しろっ!!」
あゆちゃんは余程苛立っているのか、命令口調で言ってきて、私は慌ててパソコンを起動した。
なんで目の前にいるのにメール??
私は最近パソコンを一度も起動してなかったので、彼女がメールをくれていたんだろうかと思った。
でも、確認してみて、私は届いていたメールに驚いた。
並んでいる送り主を見て自然と手が止まる。
うそ…
そこに並んでいたのは井坂君の名前ばかりで、たまにあゆちゃんの名前も混じっていた。
日付がクリスマスの日から毎日届いている事を示していて、私は焦って一番古いものから開いた。
『今日は大丈夫だった?
もしご両親に怒られたなら、俺謝りに行くから言ってくれよな。
それじゃ、またメールする。』
あの日の12時前に届いているメールに私は胸が熱くなった。
井坂君まで心配してくれてたなんて…
私は彼の優しさに堪らなくなった。
私は手を動かすと、次々にメールに目を通していった。
内容は大体同じで、メールの返事をなぜくれないのかというものばかりだった。
日を追う毎にだんだん口調も荒くなってきていて、昨日届いたものは脅しのような文章になっている。
『全然返事くれないけど、何してんの?
ここまで放置するとか、あり得ねーだろ。マジでムカつく。
今日中に返事くれなかったら、別れるからな。』
私は冗談だよね…と思いながら、今日届いた最新のものを開いた。
でも、そこには驚愕の一言が記されていて、私は目を剥いて言葉を失った。
そこには一言『別れる』と表示されていて、私はパソコンの画面を両手でガッと掴んで食い入るように見つめた。
「うそ……うそっ!!」
私はじわ…と目尻が滲んできて、パソコンの画面を持ったままその場に膝をついた。
「あーあ。やらかしたねー。」
「っていうか、もう別れ話とか早くない?」
新木さんとアイちゃんが画面を覗きこんできて、他人事のように笑顔を浮かべて話をしている。
私は泣きそうな顔のまま、楽しげな二人から珍しく黙ってるあゆちゃんに視線を移した。
あゆちゃんは腕を組んで大きくため息をつくと、私を見つめて言った。
「詩織、そのメール。スクロールしてみなよ。」
「ス…スクロール??」
私は言われた通りに画面に向かうと、別れるメールをカチカチとスクロールしてみた。
すると、ある一文が出てきて、私はそれに目を通した。
『うそ。会いたい。』
私は嘘だったことに心の奥底から安堵すると、その文をじっと見つめる。
私はその文が彼の本心に見えて、画面に手を伸ばすと『会いたい』という部分を指でなぞった。
私も…会いたい…
私はすぐに返信しようと、キーボードに手を置くと返信ボタンを押した。
でもそのときにあゆちゃんに手を捕まれて、私はあゆちゃんを見上げた。
「電話の方が早いでしょ。ケータイ貸してあげる。」
あゆちゃんはケータイをいじってから、私に差し出してきた。
私は受けとると、あゆちゃんの気遣いに目がウルッとしてきた。
「あゆちゃん…ありがとー…。」
私が泣きそうに顔をしかめてお礼を言うと、あゆちゃんは面倒臭そうに表情を歪めた。
「ホント…よく似た者同士でカップルになったもんだよ!人に迷惑かけるとこまで、そっくりなんだから!!」
「…へ?」
私は似た者同士の意味が分からなくて首を傾げた。
「私に何回、井坂から電話かかってきたと思う!?詩織からメールの返事がないだけで、ほぼ毎日!!私が井坂と付き合ってるのかと言いたくなったんだから!!」
私が怒っているあゆちゃんを見て固まってると、横から新木さんに肩を叩かれた。
「あゆね、井坂君から詩織にメール確認させてくれって頼まれてここまで来たんだよ。毎日断ってたらしいんだけど、そしたら赤井の事を盾にとられたらしくて…。それで、ご機嫌ななめなんだよ。」
私は理由が分かって、自分がメール見なかったせいでとんだ大事になってると心苦しくなった。
早く解決させるためにも、井坂君に電話しよう。
私はあゆちゃんのケータイの画面を見て、井坂君の名前が表示されてるのを確認するとボタンを押した。
何度か呼び出し音が聞こえると、繋がったのかブツッと音が聞こえた。
その瞬間、急に緊張してきて、その場に正座して肩を縮めた。
『小波!谷地さんと連絡とれたのかよ!?』
ケータイから井坂君のいつもより少し低い声が聴こえてきて、私は自分だと言おうと口を開いた。
「い…井坂君…。ごめん…私、あの…谷地です。」
『――――っ!?やっ、谷地さん!?』
耳に井坂君の驚いている声と、ガタガタッと何かが転げ落ちる音が聴こえて、私はそれが静かになってから続けた。
「メール…見たよ。ごめんね…私、全然気づかなくって…、ずっと家で勉強してたんだ…」
私は言い訳しながら、我ながら情けない言い訳だと落ち込んだ。
『勉強って……。なぁ、俺らって付き合ってんだよなぁ?』
「……うん。」
私は井坂君の呆れたような問いに頷いた。
『普通さぁ、冬休みだったら会いたいとか遊びたいとか思わねぇ?』
「お…思ってたよ!会いたいなぁって、さっきも考えてたよ!」
『じゃあ、何でメールチェックもしねーわけ!?会いたかったならメールで言ってくれれば、毎日だって会いにいけたのに!!』
井坂君の指摘はその通りなだけに言い訳できない。
私はメールをするという習慣がないだけに、そういう連絡手段の取り方を忘れていた。
「そこは…ごめん。私の確認ミスだった。今度からはちゃんと確認するよ。」
『…今度って…まぁ、いいけど。』
ふてくされたような声が聞こえてきたけど、とりあえず分かってもらえた事にホッとした。
『なぁ、今夜一緒にいることってできねーの?』
「今夜?ってなんで?」
『なんで!?なぁ!日付感覚まで忘れてるとかねーよなぁ!?』
「そんなこと…ないけど…。大晦日の夜なんか、外出たことないし。」
私は毎年紅白を見てからリビングでうたた寝しつつ、年を越していた。
これは家族内での恒例行事で、今まで家族の誰も欠けたことはない。
それだけに、今日は誘われても出ることはできない。
私はそれを伝えようと口を開いた。
「やっぱり夜に家を出るのは無理だと思う。この間もすごく心配させちゃったし…」
『どうしても…ダメなのかよ…?』
私の言い訳を遮るように井坂君の声が割り込んできて、私は寂しげなその声に胸がキュンとなった。
私だって年が変わる瞬間に井坂君といたい…
でも、この間の事もあるし、お母さん達が許してくれるわけない。
私はしばらく悩んでから、何も策がないことに落胆した。
「ホントにごめん…。うちの両親が許してくれないと思う…。」
『…マジかよー……。』
井坂君のがっかりした声が聞こえてきて、私は胸が苦しくなってきた。
会いたいのに!!
私は親を説得する自信がないことが物凄く歯痒かった。
すると、持っていたケータイをあゆちゃんに奪われた。
あゆちゃんは私をちらっと見てから、電話で話をし始めた。
「もしもし、井坂?私。あのさ、詩織なんとか連れ出せるようにしてあげてもいいよ。」
あゆちゃんがサラッと言った言葉に私は驚いた。
あゆちゃんは何か策があるのか、余裕の笑みを浮かべている。
「その代わり、赤井のこと。分かってるよね?」
あゆちゃんが悪い顔をしていて、私はこれが狙いだったのかと気づいた。
「そう。約束してくれるなら、なんとかするから。はいはい。」
交渉は上手くいったのか、あゆちゃんは私を見てウィンクしてきた。
「じゃ、そういうことで。また後でねー。はーい。」
あゆちゃんはケータイを閉じてしまうと、私を見てニッと笑った。
「井坂のやつ、詩織と話せてだいぶ落ち着いてたね。ホント分かりやすい奴。」
「落ち着いてって…井坂君、あんまり取り乱すことないよね?」
私はそんな姿を見たことがないだけに、あゆちゃんを見て尋ねた。
あゆちゃんは声を上げて笑い出すと、手を叩きながら言った。
「あははっ!!あいつ、詩織の前ではカッコつけてるんだよ!昨日とかほんっとーーーっに!!しつこかったんだから!!あれだね、皆の前でぶっちゃけちゃったから、開き直ってんだよ!」
「ぶっちゃける?って何のこと??」
「あれ?詩織、クリスマス会のときの事知らなかったっけ?」
クリスマス会と言われても何も見当もつかないので、あゆちゃんを見て目をパチクリさせた。
あゆちゃんは新木さんやアイちゃんと顔を見合わせると、笑いだした。
あゆちゃんは余程おかしいことでもあったのか、笑いが収まる気配がなくて、代わりにアイちゃんが説明してくれた。
「クリスマス会のときさ、私たちが二人が抱き合ってるの盗み見てて、井坂君に見つかったじゃない?」
私は井坂君がカラオケボックスに飛び込んでいったときの事かと思い出した。
あのときは自分のことに手一杯で、中の様子なんか見る余裕がなかった。
「そのとき、しおりんの鞄とコートを持った井坂君が、付き合う事になったから抜けるって宣言して大騒ぎ!!もう、二人がいなくなった後、すごかったんだから!」
宣言したと聞いて、ここであゆちゃん達が私の告白の結果を聞かなかった理由がわかった。
そういえば今まで、普通に私と井坂君が付き合ってる流れの話してたよね…
私は恥ずかしいやら、嬉しいやらで複雑だった。
「まぁ、とにかく井坂にはなんとか会わせてあげる。」
あゆちゃんは軽く咳払いすると、胸を叩いて言った。
私はその自信を崩すわけではないが、不安要素を口にした。
「それなんだけどさ…うちの両親を説得するのは難しいと思うよ?すごく頭も固いしさ…。」
「そんなのやってみなきゃ分からないでしょ!?私に任せてよ!!」
あゆちゃんはどこからその自信がでてくるのか、ふんぞり返って偉そうだった。
私は大丈夫なのか心配になったけど、ここはあゆちゃんに頼るしかなかったのでしぶしぶ頷いたのだった。
次から弟が少し絡んできます。




