219、家族公認??
井坂君がお父さんと二人で話をした夜――――
私はお父さんにずっと井坂君をとられてしまって、井坂君に「おやすみ」も言えないまま眠りについた。
仲良くなってくれるのは嬉しいけど、少しは寂しくなってる私の気持ちも気づいて欲しい…
階下からはまだ話が盛り上がっているのか、お父さんの笑い声に混じって井坂君の声もしていて、私は不満がいっぱいだったのだった。
そして次の日の朝、私は井坂君とお父さんのことが気になってしまって、早くに目を覚まし寝巻のままリビングへ下りた。
リビングへの扉を開けると、お父さんと井坂君が並んで雑魚寝していて、まるで親子のような寝顔に安心して笑みが漏れる。
井坂君…、お父さんと上手くやってくれたんだ…
私は静かなリビングにそっと足を踏み入れると、テーブルの上に何冊もアルバムが出ているのが見えて、二人を起こさないようにそこに向かう。
そして開いてるアルバムを見て、自分の小さい頃のものだと認識すると、ビックリして二人に目を向けて考えた。
まさか…これ見て、二人で話し込んでたとか…??
私は確か小さいころの素っ裸の写真もあったはずだと思い、恥ずかしさで顔が熱くなってくる。
もう!!人のことをネタにするなんて!!
私はアルバムを撤去しようと、閉じると重ねて手に持った。
そして片付けるためにクローゼットを開けて奥の方へと押し込む。
これで誰の目にも見つからないはず…
私はクローゼットの中のものを上に重ねておき、念入りに隠すと、ほっと一息つく。
するとそこで「詩織。」と小さな声で呼ばれた気がして振り返ると、井坂君が薄く目を開けてこっちを見て手招きしていた。
私は起こしてしまったことに申し訳なくてそっと傍に寄って謝る。
「ごめん…。起こしちゃったね。」
「んーん…、ここ寝て。」
「へ?」
井坂君は寝惚けているのかポンポンと自分の隣の床を叩いていて、私はまさか添い寝しろってことかと言う通りにするのを躊躇った。
でも井坂君は半目のまま眉間に皺を寄せて「詩織。」と諦める様子はない。
だから仕方なくすぐ起きようと決めて、コロンと横になる。
井坂君はそれを見て満足そうに微笑むと、私の上に腕をのせて私とベタッとくっついてきて、私はすぐ横にお父さんがいる状況でこんなことをしていることに緊張して息が止まる。
これ…ヤバいよね…
見つかったら怒られるだけじゃ済まないような…
私はハラハラして落ち着かないでいると、井坂君が私の頭を自分の方へ引き寄せるなり、そのままで安定した寝息を出し始める。
あれ?もしかして…寝ちゃった!?
私はそれにやっぱり寝惚けていたんだと分かり、慌てて起き上がろうとするけどガッチリ頭を掴まれていて動けない。
うそ!?
私は腕をなんとか退けようと体を捻ったりするけど、寝てしまった井坂君の腕は案外重くて上手くいかない。
お願い、動いて!!
抜け出そうと必死にもがくけど、全くさっきと状況が変わらない事に無駄な努力に思えて、一息つこうと力を抜いて休む。
するとそのとき井坂君の向こう側でお父さんが起き上がったのが物音で分かり、私はとりあえず寝たふりをしようと目を閉じた。
そしてお父さんに気づかれたことにドッキドッキと心臓が大きくなっていって、お父さんから浴びせられるだろう怒声に耐えようと体を強張らせた。
もうダメだ…
私はなんの言い訳も思い浮かばなくて泣きたくなってきていると、ふぅと息を吐くのが聞こえたあと、お父さんが私たちに何の声をかけることもなく歩いていくのが分かり、意外な反応にビックリした。
あれ?
お咎めの言葉は??
あれれ???
気づかれてないのかな…?
そんなまさか…
私はお父さんの行動が不思議で仕方なくて、寝たふりしたまま悶々と考え込んでいると、お父さんが戻ってきたのが足音で分かり、じっと耳だけ澄ませる。
すると私たちに毛布がかぶせられるのが分かり、私はお父さんの優しい気遣いに驚きの連続で頭がグルグルしてくる。
えぇ!?!?
これ気づいてるよね!?
怒らないの!?なんで!?
私はお父さんの態度の変わり具合に訊きたい事が山ほど出てくる。
でも寝たふりをしている状況なだけに、声を出せない事にもどかしくなっていると、リビングにもう一人誰かが入ってきて、お父さんと話す声が聞こえた。
「あらあら…。いつの間に…。」
「うん。俺もさっき見つけてビックリしたよ。」
声からお母さんだと分かり、私は二人の会話に疑問が解消されるのでは?と耳を澄ませる。
「あら?今日は怒らないのね?」
「……まぁ、な。どう見ても詩織からここに来たんだろ?」
「そうね。そんなに井坂君の傍がいいのかしら。」
「言うな。俺が一番凹んでるんだ。」
「あらら。娘とられて寂しくなっちゃった?」
「そんなんじゃない。昔はこうして寝てたのが俺だったのになって思っただけだ。」
「ふふっ。それが寂しいってことでしょ?意地はらない方がいいわよ~。」
「うるさい。」
どこか拗ねてるお父さんとそれをからかうお母さんの会話に、私はお父さんが怒ってた理由の一つが寂しさからくるヤキモチだと知った。
私はその気持ちは愛されてるからくるものだと、井坂君を好きになって嫌と言うほど味わっていたので、胸の奥がじんと温かくなってくる。
「ところで昨日は井坂君と話してどうだったの?求めてた返事は聞けた?」
「あぁ…。お前が井坂君びいきする理由がちょっと理解できたよ。彼は本当にまっすぐだ。自分の若い頃を思い出した。」
お父さんからの井坂君の評価に少し驚きながら、続きを聞こうと息をひそめる。
「そうなの?私には見せてくれた事ないのに。」
「見せるか、恥ずかしい。あれは若いから出せるもんだよ。どこまでも自分を信じて突き進んでいくなんて、理性的な大人には真似できない。」
「へぇ…。井坂君が何を言ったか気になるわね。」
「まぁ、聞きたかった覚悟は見せてもらったよ。井坂君なら詩織を泣かせたりはしないだろう。」
お父さんがそんなことを心配していたんだと知り、私は涙腺が緩んでくる。
「そんなの確かめなくても見てるだけで分かるでのに…。今だって、井坂君のあの幸せそうな寝顔。見てるだけで詩織を想ってくれてるって伝わってこない?」
「……そうだな…。悔しい限りだが、俺の次に詩織のことを考えてるって認めてやることにした。」
「なに、その上から目線。大人げないわね。早く子離れしなくちゃ。」
「充分子離れしてるつもりだ。現に二人で寝てても怒らないんだ。大きな進歩だろうが!」
「そんなこと偉そうに言わないでよ。そういう所が大人げないのよ。」
二人は笑いながら言い争いを始めてしまい、私は両親からの愛情を感じて涙を堪えるのに必死だった。
ここで泣いてしまったら起きてるって気づかれてしまう
今の話は聞かなかったことにしないと…
私は井坂君のこと、私たちのことを認めてくれた両親に深く感謝して、井坂君の胸に顔を埋めて何度も二人への感謝を心の中で呟いたのだった。
***
そして私たちが起きたのは朝ご飯のいい匂いが立ちこめてきた頃で、私はいつの間にか寝ていたのを井坂君の声に起こされた。
「うわっ!!詩織!?えっ、なんで!?」
「あら、起きた?二人で気持ちよさそうに寝てたわよ~。」
「え!?わっ、すみません!!!俺、なんで…。あ!!!わざとじゃないです!!それは誓って言えます!!」
井坂君は飛び起きるなりお父さんとお母さんに弁明しているようで、私はゆっくり体を起こしながらなかなか開かない目を擦る。
そして今朝早くのことがまるで夢だったような気がして、ぼけっとしながら両親と焦ってる井坂君を見た。
「井坂君。大丈夫よ、分かってるから。ねぇ、お父さん?」
「あぁ。無意識にやったことは責められないしな。」
「すっ、すみません!!!!」
「もう!お父さんは意地悪な事言わないで。」
仲良さそうな光景に私は嬉しくなって微笑んでいると、お母さんの目が私に向いた。
「ほら詩織!!あなたが元凶のクセにぼさっとしない!井坂君の寝込みにもぐりこむなんてはしたないったらないわ。」
「へ!?もぐりこんでないよ!!あれは井坂君が手招きするから!」
「え!?やっぱ俺!?」
私はまるで寝込みを襲ったみたいに言われているのが恥ずかしくて、バチッと目を覚ました。
井坂君はそんな私と両親の間でオロオロしている。
「経緯はどうでもいいのよ。それより朝ご飯だから二人とも顔洗ってきなさい。休みだからってだらしないのはダメ。」
お母さんから注意され、私は言われた通りにとりあえず顔を洗いに行こうと洗面所に向かった。
すると後ろから井坂君が慌ててついてくる。
「詩織!俺、なんで詩織が一緒に寝てたか覚えてねぇんだけど…。」
「あははっ。やっぱりアレ寝惚けてたんだ。」
私はすぐ寝てしまった井坂君からそうだろうと思っていたので笑って返した。
井坂君はわなわなと顔を歪めると、寝癖のついた頭を掻きむしって言う。
「くそ…無意識とはいえ…覚えてないなんて…、なんてもったいないことを…!!気が付いたときにもっと味わっておけば良かった…!!」
「味わうって…、いつも散々くっついてるのに…。」
「それとこれとは話が違うんだよ!!詩織の家に初お泊り記念だったのに!」
私はそんな記念日になっていたのかと驚きながら笑ってしまう。
井坂君は「笑うなって!」と言いながら、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
そして洗面所につくと、私が先に顔を洗ってから井坂君に交代する。
またその横で歯磨きもしながら、寝巻のまま朝から二人並んでる姿が新鮮で、鏡を見ながら一緒に住んでるみたいだ…と少し照れる。
早くこういう日が当たり前の毎日になればいいのに…
私はそんな妄想を繰り広げて歯を磨いていたら、いつの間にか井坂君も同じように歯を磨き出して、鏡に映る井坂君と目が合う。
鏡の井坂君はじっと私から目を逸らさなくて、私は直に目が合ってるわけでもないのにドキドキしてくる。
「なに?」
「んー?いんや?」
「なにそれ。じゃあ見ないで。」
私はずっと鏡の中で見つめ合ってることが恥ずかしくて、視線を外すと口の中をゆすぐ。
そうしてサッパリしてまた鏡に目を向けると、井坂君はまた目を合わせてきて少しムカッとする。
「井坂君!」
「いいじゃん?こうやって同じように朝迎えられるの貴重なんだからさ。」
井坂君はそう言うと、口をゆすぎ始めて、私は同じことを思ってたことに胸の奥がくすぐったくなった。
井坂君と考える事がシンクロしてるみたい…
私は嬉しさで顔が緩むのを堪えると、顔を上げた井坂君と今度は直に目を合わせて言った。
「おはよう。井坂君。」
「……おはよ、詩織。」
お互いに初めて挨拶して、ふっと笑顔になる。
そうして少し甘い空気になりかけていたら、洗面所に寝起きの大輝が乱入してきた。
「朝からその空気やめろよ~…。あー…胸くそわりぃ…。」
「大輝!?いたなら声かけてよ!」
私が見られてたことに恥ずかしくて怒ると、大輝ははーっと大きくため息をついてからぼやく。
「高い声が耳に響く…。早くどけよ~…。なんで休みの日にこんな早く起こされなきゃなんねぇんだよ…。」
大輝は部活動もないのか文句を言って、井坂君が申し訳なさそうに先に洗面所から出た。
だから私も「悪かったわね。」と嫌味を返して後に続く。
そして二人でリビングに戻り、お父さんたちと一緒に朝ご飯の席につくと、お父さんが驚きのことを口にした。
「詩織、今度井坂君のご両親に会いにいってくるが、いいよな?」
「へ?…会う??」
私は一体何のために…とビクつきながらお父さんを凝視していたら、穏やかなお母さんから思わぬ理由が飛び出した。
「これから長い付き合いになりそうでしょ?だから、二人が大学で離れる前に一度お会いしておきたいなって…。」
「長い付き合い…。」
私はここで二人の意図することを察して、井坂君と顔を見合わせた。
ウソ!?ウソ、ウソ!!!!
これって…家族公認ってこと!?
家族ぐるみの付き合いをしましょうってこと!?
私はまるで夢みたいな話に大きく頷いて、興奮気味に声を上げる。
「うん!うん!!いいよ!!ねぇ井坂君!!」
「え…、あ、うん。あ、はい。ウチの両親も会いたいと思ってると思うので喜ぶと思います。」
井坂君が驚きを隠せない様子で二人に返事する。
するとお父さんは満足そうに頷いて、私たちを見ながら言った。
「じゃあ、またご自宅に電話して、都合の良い日にお邪魔しに行くよ。あ、もちろん井坂君の受験が終わってからになるだろうが…。」
「あ、俺は卒業式の次の日には合否が分かるので、その後ならいつでも大丈夫だと思います。」
「そうか。じゃあ、その頃に。よろしく伝えておいてくれるかな。」
「はい。伝えておきます。」
話がトントンと進み、私と井坂君は顔を見合わせては信じられないことに目を輝かせた。
これ現実だよね?
すごい!!私たちに追い風が吹いてるみたい!!
私はまるで結婚前の両家挨拶のような約束に興奮して、しばらくその興奮は冷めなかったのだった。
父との話はこれにて終了です。
次からは残り少ない学校生活へと進みます。




