184、結果届く
私がカンナさんに少し…いや、かなり嫉妬しながら、家の前で井坂君と別れると、家に入るなりお母さんがリビングから飛び出してきた。
「詩織!!これ!!」
「どうしたの?そんなに焦って…――――」
私がこんなに焦って出迎えられるのは珍しかったので首を傾げると、お母さんの手に一通の封筒が握られていて、私はその封筒を見てすべてを理解した。
「それ…まさか…。」
「そうよ!!推薦の結果!!早く開けて確認しなさい!」
私はお母さんから押し付けられるように封筒を渡され、見るのが怖かったけど、お母さんに見守られてる手前開けないわけにはいかず、少し震える手で封を開ける。
中の用紙が一緒に切れてしまわないように、桐來教育大の名前の印字された封筒をゆっくりと…
そして興味津々のお母さんの目が注がれる中、私は中に入っていた用紙を取り出し中を確認した。
私は大きく息を吸いこみ覚悟だけ決め、ギュッと目を瞑って開けてから用紙に目を走らせる。
――――――『合格』
用紙中央にその二文字を見つけたとき、私は反射的に玄関を飛び出し、走り出す。
後ろから「詩織!?」とお母さんの声が聞こえたけど、私はさっき別れたばかりの人に会いたくて足は止めなかった。
一番に結果を言わなければいけない!
それだけを考えて、私は肺が痛くなるぐらい息を荒く吐き出しながら全力で走った。
その甲斐あってか運の成せる業か分からないが、信号待ちをしている井坂君を見つけて、私は思いっきり彼を呼んだ。
「――――っ!!!!井坂君っ!!」
私が息も絶え絶えに叫ぶと、自転車に乗っていた井坂君がビックリしながら私の元へUターンしてきてくれる。
「詩織!?そんなに走ってどうしたんだよ?」
井坂君は肩で息をする私を心配して自転車を脇に止めると、私の背をさすってくれる。
私は全力で走り過ぎたことで、上手く声が出なかったので、手に持っていた事でクシャクシャになった通知を井坂君に押し付けた。
「…?これ、見ろってことか…?」
井坂君は通知を不思議そうな顔で受け取ると、中を見るなり大きく目を見開いた。
私はその井坂君の様子を見つめながらゼーゼーと息を吐き出し、彼の言葉を待つ。
すると井坂君が綺麗に通知を折り畳んで、私に返しながら言った。
「桐來…受かったんだな…。おめでとう…詩織。今まで、すげー頑張ってきたんだもんな。ホント、良かったよ。」
どう見ても「おめでとう」という顔をしていない井坂君の言葉を聞きながら、私は返された通知を握りしめて感情のままに声を荒げた。
「なんで…っ!!なんでそんなに簡単におめでとうなんて言えるの!?桐來、関西の大学なんだよ!?井坂君が受ける東聖とは逆方向の大学なんだよ!?なんで…っ…、なんで…――――」
―――離れ離れになることをそんなに平気そうに言えるの!?
私は言いかけた想いを胸に留めて、出そうになる涙と一緒に飲み込んだ。
私は嫌だよ…
合格なんて全然嬉しくない!
井坂君と離れるって現実に頭がいっぱいで、夢見てたはずの未来が霞んでくる…
ずっと一緒のはずだったのに―――って、自分のこの選択を呪いたくなる
進路のことを言わなかった井坂君を…、責めたくないのに…責めたくなってしまう!
私はそれだけは口にしたくない!!と口をギュッと噤むと、通知を握りしめた手で井坂君を叩く。
何度も――、何度も、言葉にしない代わりに井坂君の胸を叩いて、私は泣かないと決めていたので必死に涙を堪える。
すると、その手を力強く掴まれ顔を上げたら、井坂君が泣きそうな顔をしてギュッと口を引き結んでいるのが目に入って、私は食い入るように彼を見つめた。
井坂君は何か言いかけて口を開いたけど、ギュッと眉間に皺を寄せ私から目線を下に外し、また口を引き結んでしまう。
それを見て、私は自分の一方的な気持ちをぶつけて井坂君を困らせてしまったことに気づいて、慌てて掴まれていた手を引き離した。
井坂君だって、辛いに決まってる!
それなのに…私…
自分ばっかりで…
これから受験を控えてる井坂君になんてことを!!
私は無理して「おめでとう」と口にしてくれたんだとやっと理解して、独り善がりな自分が物凄く恥ずかしい。
「ごめん。……おめでとうって言ってくれたのに…、私どうかしてた…。……結果…、伝えたかっただけなんだ。引き留めて、…叩いて…ごめんね…。また、明日。」
私はこれ以上井坂君を困らせたくなくて、距離をとるとそれだけ口にしてサッと踵を返した。
そして早足で来た道を戻りながら、家に帰るまでは泣いちゃダメだと言い聞かせる。
井坂君が悪いんじゃない…
受験が悪いわけでもない…
私は何かのせいにしたい気持ちで家に帰る道中、ずっとグルグルと同じことを考えた。
そうして家に帰って小さな声で「ただいま。」と言うと、またお母さんがリビングから飛び出してきた。
「詩織!!急に飛び出してどうしたの!?結果は…」
私はさっきと変わらないお母さんの焦った声を聞いて気が緩んだのか、目から涙が溢れてきて泣きながらお母さんにクシャクシャの通知を渡す。
お母さんは驚きながら通知を受け取ると、中を見ずに「まさか…落ちたの?」と心配そうに見つめてくる。
そうだったらどれだけ良かったか…
私はグイッと涙を手で拭いながら「見れば分かる。」と伝え、靴を脱いだ。
すると階段から下りてくる足音がして、大輝が泣いてる私を見て階段の前で固まった。
お母さんはその間通知を開いて中を確認するなり、ほっと安堵の表情を浮かべ「ビックリしたでしょ…。」と呟く。
「おめでとう、詩織。良かったわね。」
「……うん。」
私はお母さんの嬉しそうな顔を見て頷くしかない。
受かったのは素直に嬉しい気持ちもある…
でも、今頭に浮かぶのは井坂君の顔ばかりで
私がどれだけ井坂君に依存して生きてきたのかを実感することになったのだった。
***
その日の夜はお母さんが私の合格祝いだと、上機嫌でご馳走を振る舞ってくれて、私は嬉しそうな両親の顔を見て落ち込んでるわけにはいかず、ずっと笑顔を張り付けていた。
お父さんもお母さんも、私がこんな気持ちでいると知ったらどう思うだろう…?
私は応援してくれた二人の姿を知っているだけに、合格のことよりも井坂君のことばかり考える自分が後ろめたい。
だから、ご飯を食べ終えるなり、私は気疲れしたと言い訳を残し、早めにお風呂に入り自室に引きこもった。
桐來は私が選んだ道…
誰に強制されたわけでもない
教師になりたいって思ったのだって、嘘偽りのない自分の本当の気持ち…
でも―――――
私はすぐ傍に井坂君のいない大学生活を想像して、急に前が真っ暗になってしまう。
いつも隣にいて、笑って支えてくれた…
井坂君がただそこにいてくれるって思うだけで、どれだけ強くなれたか…
そんな彼がこれから先、私の知らない所に行ってしまう…
知らない友達、環境、生活…
きっと井坂君はすごく忙しくなって、連絡を取り合わない日だって出てくる
そんな状況を私が耐えられるはずがない
近くにいる今でさえ、幼馴染のカンナさんに嫉妬したりするのに…
それが私の知らない女の子と、私の知らない事を共有してるなんてことになったら…
きっと嫉妬で死にたくなるに決まってる
私はまた瞳に涙が溜まってきて、なんとか留めようと枕を抱え込んで顔に押し付けた。
そこでコンコンとノックの音がしたあとに、すぐドアが開いて「姉貴?」と大輝の声が耳に届く。
私は枕から顔を離すとスンッと鼻をすすってから、入り口に立つ大輝を見上げた。
大輝は私の顔を見るなり表情を緩めて軽く笑い出す。
「ははっ!なんて顔してんだよ。ただでさえヤバい顔がぶっさいくになってるんだけど。」
「ヤバいとか言わないでよ。今はさすがに傷つく。」
私はメンタルがズタズタだったので、いつものように怒る気力もなくて大輝から顔を背けた。
すると大輝が部屋の扉を閉めてから私の目の前に座り込んで来た。
そのときの大輝の表情はどこか優しくて、私はちらっと目線だけ大輝に戻す。
「姉貴。そのぶっさいくな顔は、合格が嬉しくてなってるんじゃないよな?」
「……どういう意味?」
「………一回飛び出して帰ってきてから、ずっと変だからさ。最初は合格が嬉しいのかと思ったけど、笑顔がおかしいし…。何より笑っててもすげー悲しそうだった。」
私はちゃんと笑顔を作れてたはずだと思ってただけに、大輝の言葉に声を失った。
大輝は私を心配してくれてるようで、「何があったんだよ?」と優しく尋ねてくる。
私はそんな大輝の気持ちが嬉しくて、抱え込んでいたことの一部を大輝に打ち明ける事にした。
「……桐來って関西の大学でしょ?」
「あぁ。そうだな。」
「…井坂君…、東聖受けるんだよね…。」
「………………東聖…?」
「うん…。」
「東聖!?!?!」
大輝は国内屈指の難関大の名前にひきつけを起こしたかのように驚いて、声がひっくり返った。
そのあと落ち込む私の肩を掴んでグラグラと揺らしてくる。
「すっげーな!!井坂さん!そこまで頭良いとは思わなかった!!それ、本当の話なんだよな!?」
「ちょっ…、揺らすのやめて…。」
「うっわ!!身近に東聖受ける人がいるとかマジ尊敬なんだけど!!」
大輝は私から手を放すと興奮が冷めないのか、目を輝かせながら拳を握りしめる。
私はそんな大輝をじとっと見つめて、はぁ…とため息を吐いた。
「なに?井坂さんが東聖受けて、離れ離れになるのが寂しいとかそう思って元気ないわけ?」
大輝が落ち込む私を見て、さすがに気づいたようで怪訝な顔で尋ねてくる。
私は「だったらなに?」と少し不機嫌に返す。
すると、今度は大輝がはぁーっと大きくため息をついて、バカにしたような顔で言った。
「姉貴ってホント子供だよな。離れたって、今の時代には新幹線って便利なもんがあんだから、すぐ会いに行けるだろ?それを寂しい~とか悲しい~とか一人で落ち込んで、バッカみてぇ。」
「バカって!!だって、そんな大輝の言うほど簡単に会いにいけないでしょ!?新幹線だってタダじゃないんだからさ!今みたいに毎日会えなくなったら、寂しいに決まってるじゃない!!」
「それが子供だって言ってんだよ。毎日会えないからなんだよ?距離が離れたからって気持ちまで離れるって思ってるわけ?」
「そっ!!そんなこと思ってないよ!!私は井坂君のこと信じてるし…。でも、気持ちは信じてても傍にいないって思ったら、寂しいって思うのは自然でしょ!?」
「でも寂しいって気持ちに心の中支配されてたら、今の井坂さんの気持ちも見失っちまいそうだけど。それを子供な姉貴は分かってるわけ?」
「…??今の井坂君の気持ち…??」
私はここで少し落ち着いてきて、大輝がいうことにじっと耳を傾けた。
「井坂さんには合格したこと言ったんだろ?なら、井坂さんも姉貴と同じで寂しいって思ってるはず。」
私は合格を伝えたときの、井坂君の何とも言えない我慢してる顔を思い出した。
「姉貴はこれから先、寂しいとか思ってるだけでいいかもしれないけどさ。井坂さんはその気持ち抱えたまま東聖の受験あんだぞ?そこへ姉貴の重~い気持ちもプラスされてきたら、井坂さんその色んな気持ちに押し潰されねぇかって俺は思うんだけど。」
「押し潰され…。」
「下手したら姉貴のこと重くて捨てたくなるかもな?」
「――――っ!!そんなのイヤだ!!」
私は大輝の挑発のような言葉に反射的に言い返した。
大輝は私の反応を見てニヤッと笑う。
「だったらやること決まってるだろ。部屋に籠って無駄なこと考える前に、二人でちゃんと乗り越えられるように話をしなきゃな。」
大輝……
私は大輝の励ましに胸を打たれて鼻の奥がジンと熱くなった。
言い方はすごく雑で嫌味も含まれてるけど、私のために言ってくれたんだと感じる。
大輝なりの優しさなんだと、私はちゃんと大輝の想いを受け止めた。
「うん。…そうだね。私、井坂君としっかり話をする。」
「そうしてくれよ。ま、井坂さんが姉貴から離れるとか、俺には想像もできないけど。」
「え?」
大輝は立ち上がるとグッと伸びをしてから、私に意味深な笑みを向ける。
「姉貴たちは大丈夫だよ。距離とか関係ないと思う。ウジウジする前に、すぐにでも連絡すれば?」
その自信はどこから…??
私は大輝の自信の根拠が分からず顔をしかめる。
すると、タイミングよく私のケータイが鳴り出して、私は机の上に置いていたケータイを手に取って目を剥いた。
「い、井坂君…。」
「ははっ!!ほらな?」
大輝はケラケラと笑いながらドヤ顔で部屋を出て行き、私はそれを見送ってからケータイに目を戻した。
きっと私の合格の話だよね…
結構一方的に言いたい事言って帰っちゃったから…
私は何を言われるのか少し怖かったけどふーっと大きく息を吐くと、ゆっくりと通話ボタンを押したのだった。
とうとう結果が出ました。
井坂の本音は次回になります。




