177、同じ境遇
詩織の親友、小波あゆみ視点です。
赤井に彼の幼馴染である深見環奈の悪口を聞かれた後の放課後。
私は予備校を休むという詩織と一緒に屋上にやってきていた。
詩織は井坂の『幻滅』発言に相当ショックを受けたのか、屋上に来るなりはらはらと静かに泣いている。
私も赤井に「反省しろ。」と言われてショックだったし、言われたときは泣きそうだったけど、基本自分はやっぱり間違っていないと思うので、今はイラつきの方が大きい。
なんであんなにカンナの肩ばっか持つわけ!?
幼馴染って言っても最近再会したばっかなのに、異常だっつの!!
私はカンナに対してというよりは赤井にムカついていて、自分の気持ちを分かってくれない赤井に不満が大きくなっていく。
そして横では詩織が鼻をすすりながら泣いていて、私はさすがにいつまでも泣かれると詩織に対してイライラしてきて、声をかけた。
「詩織。いい加減泣き止みなよ。」
「……うん。ごめん…。」
詩織は腕や手でゴシゴシと顔を拭い、でもやっぱりまだ止まらないのかギュッと眉間に皺を寄せてから両手で顔を覆ってしまった。
「無理に泣き止まなくてもいいけどさ、詩織はそんなに井坂に言われたことがショックだった?」
私の問いに詩織は顔を覆ったままズ…と鼻をすすると、小さく頷いた。
「それも…あるけど…。赤井君や井坂君のいうこと…正しいから…。なんであんなこと言っちゃったのか…取り消したくて…。」
「詩織…。」
私は詩織が私とは違って二人の言葉をしっかり正面から受け取って反省していることに、彼女を尊敬した。
本来なら彼女なんだから幼馴染に対してばかり良い顔をする彼氏を責めてもいいところ…
でも、詩織はどこまでも優しくお人好しで、私は自分がこうして腹を立ててる事が子供みたいに思えてきた。
確かに…ちょっと言い過ぎたかもしれないよなぁ…
いくらカンナが気に入らないからって、彼女を悪く言うのは違うよね…
私は初めて赤井が言うように自分がちょっと醜かったかも…と思い直して、詩織の背をポンポンと優しく撫でた。
「だね…。幼馴染の彼女の悪口を言うべきじゃなかったね。」
「…うん。カンナさんとちゃんと話もしたことないのに…。」
「そうだね…。二人と仲良しだからってだけで目の敵にしちゃったもんね…。」
きっと傍から見てたら嫌な女だったんだろうなぁ…
私は口を挟んでこなかったマイやアイ、他のメンバーの顔を思い返して、自分が周りが見えないぐらい苛立ってたんだと分かった。
「ねぇ、詩織。落ち着いたら、例の幼馴染に謝りにいこっか。」
「え…。謝りって…。直接言ったわけじゃ…。」
「そうだけどさ。このままだと何だか気分悪いじゃない?」
私はこれが反省になるかは分からなかったけど、けじめとしては一番良いと思った。
詩織はやっと涙が止まったのかゴシゴシと目元を擦ると、少し考えてから頷いてくれた。
「うん。確かにそうだね。謝りにいこっか。」
詩織は大きく深呼吸をしてから立ち上がると、笑顔を見せてくれて、私は一人じゃなくて良かったと詩織の笑顔に力をもらった。
詩織とはモテる彼氏を持ったという共通点だけじゃなくて、嫉妬するポイントも似ているから分かり合えることが多い。
詩織は基本自分を責めて泣くことが多いけど、私はその反対で怒って何でもぶちまけないと気が済まない性質だ。
同じ境遇にあっても、感じ方の正反対な私と詩織。
私は詩織から学ぶことも多くて、今日も詩織がいてくれてすごく心強かった。
そうして私は詩織に癒されながら一年の階までやってくると、ちょうど廊下にカンナと話す赤井と井坂を見つけて、私は苛立ちをぶり返した。
またカンナに会いに来てる!!
私はその光景を見るなり謝る気が失せて、詩織の腕を引っ張ると踵を返した。
「あゆちゃん?1-9はこっち…。」
「赤井と井坂がいた!あんな所で謝る気なんかおきない!」
「井坂君が…?それは…もしかして、カンナさんに会いに?」
「そうに決まってるでしょ!?」
私が苛立ち紛れに少し大声で答えると、腕がクンッと後ろに引っ張られて、詩織が立ち止まったのを感じ振り返った。
詩織はまた腕で顔を隠すと肩を震わせていて、泣いてる事に私の怒りが収まっていく。
「…っ…、わ、私……井坂君に…嫌われたかなぁ…?」
詩織がしゃっくりしながら号泣していて、私はそんな詩織の姿に胸が詰まった。
「そんなこと…。」
「でっ…でも…っ…、カンナさんには…会いに行ってるんでしょ……?」
「………そうだけど…。それと詩織を嫌うのは違うんじゃ…。」
「でも、幻滅したって…言ってた…。」
詩織はやっぱり相当井坂の『幻滅』発言に傷つけられたのか、今どれだけフォローしても詩織には届かない気がして私は言葉を失った。
私だって赤井の言葉に傷ついた…
いつも怒りが先に来るけど、私だって女だもん
彼氏の分からず屋な態度に詩織のように号泣したい
傷ついてるんだぞって周りにアピールしたい
私は大層自分勝手なことを思いながら、詩織の泣き声につられて自分まで泣きそうで、グッと涙を堪えると鼻から息を吸った。
もう頭の中グッチャグチャ!!
全然私の気持ちを理解してくれない赤井にすっごくムカつく!!
私は悲しさと苛立ちが混ぜ合わさって、何もかもが面倒になる。
だから、私はモヤモヤとしたまま苛立ちだけを吐き出そうと、廊下の向こうにいる赤井達に向かって声を張り上げた。
「赤井のぶわぁっか野郎ーーーーーー!!!!」
私の罵声に気づいて、赤井と井坂が驚いた顔をこっちへ向ける。
その横で幼馴染が目をパチクリさせている。
私はそれを確認してから更に大きく息を吸って続ける。
「赤井にはずぇったい謝らないからぁーーーーっ!!」
「はぁぁぁぁ!?!?!」
向こうから赤井の怒った顔と低い声が聞こえて、私はもうどうにでもなれと焼け石に水発言を続けた。
「そうやって一年に色目使って浮気してろ!!バカ野郎ーーーっ!!私も浮気してやるからぁーーーー!!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!何言ってんだお前!!!!」
赤井が怒ってこっちに向かってくるのが見えた瞬間、私は詩織の手を引いて走り出す。
すごいことを言ってしまったと思う反面、してやった感もあって、私はどこか気持ちがスッキリしていてさっきよりは楽だった。
だから、言った通りに実行してやろうと、私は赤井達より先に教室へ戻ると、サッサと鞄を手に詩織を引っ張て昇降口までダッシュした。
「あ、あゆちゃんっ!?どこ行くの!?」
「どこって決まってるでしょ!?浮気しにいくんだから!!」
「う、浮気!?!?!」
詩織がすごく驚いたのか声をひっくり返した後、思いっきりむせていて、私は走りながら連れて来てしまった詩織に説明した。
「あいつが幼馴染とイチャこくなら、こっちだって同じことするだけよ!!」
「同じ事って…一体誰と…?」
「そんなの駅で適当に声かければいいのよ!!」
「えぇっ!?」
詩織は靴箱まで来ると立ち止まった私に「無理無理!!」と思いっきり首を横に振ってくる。
「わ、私…浮気なんて…、井坂君を傷つけるようなこと…できない。」
「詩織!!さっき誰に泣かされたと思ってんの!?」
「……それは……。」
「これは云わば復讐よ!!幼馴染の肩ばっかりもって、私たち彼女の気持ちも考えない二人へのね!!」
「でも…、こういうやり方は…。」
「いいのよ!!今日一日ぐらい!詩織は潔癖過ぎ!!」
私はまだ「でも…。」と乗り気じゃない詩織を急かして靴を履きかえさせると、彼女の手を引っ張って校舎を出た。
そして少し抵抗している詩織を容赦なく駅前連行すると、浮気をするため通り過ぎる人を見ながら誰が良いかと値踏みする。
でも、横では詩織が小さく肩をすぼめて「やめようよ…。」と私を説得してくる。
私はそんな詩織にイラッとして口調が荒くなってしまう。
「なんで詩織はそうお人好しなわけ!?やられたらやり返すのが定石ってもんでしょ!?」
「だって…、井坂君は浮気したわけじゃないよ?それは赤井君も同じでしょ?」
「そりゃ…、浮気とは違うかもだけど、浮気みたいなもんじゃない!?こっちがこんだけ嫌な思いしてるんだからさ!!」
「……でも、あゆちゃん…。」
「もう!!詩織は黙ってて!!友達なら私の気の済むようにさせてくれたっていいでしょ!?」
私は詩織がずっと説得し続けてくるので、話を拒絶してプイッとそっぽを向いた。
そのときこっちを見ていたのか、同い年ぐらいの男子高校生たちと目が合って、私はつい彼らをじっと見つめてしまった。
それが彼らを呼び寄せるきっかけになったのか、三人組の京清高校の制服を着た男子高校生が近寄ってくるなり話しかけてきた。
「何?友達同士で痴話喧嘩中?」
「会話こっちまで聞こえてたけど、彼氏とケンカでもしたの?」
京清といえば超進学校で有名な高校なのに、こんなチャラく女子に声をかける生徒もいるんだと、私は面食らってしまった。
詩織はそもそも声をかけられたことに怯えているのか、私の影に隠れてしまう。
「どうしたの?浮気とか言ってたじゃん?それ、俺らなら協力できると思うけど?」
「そうそう。俺ら受験勉強漬けでストレス溜まっててさ、何か気晴らししてーなぁって言ってたとこなんだよ。」
「あー…、えぇっと…。」
私はどう見ても下心が丸見えな男子三人を見上げて、ヤバいのに声をかけられたと直感で思った。
こいつらについて行ったら絶対にダメだ
詩織もそれは女の勘で察していたのか、私の後ろから服をグイグイと引っ張ってこの場を離れようと訴えてくる。
だから私は詩織の手を掴むと、彼らに作り笑顔を向けてやんわりと断りをいれた。
「私たち浮気って言ってもそこまで本気じゃなかったんで、聞かなかったことにしてください。それじゃあ…。」
私が彼らから目を外して早々に立ち去ろうとすると、男子高生の一人に腕を掴まれてしまった。
「待てよ。せっかくこうして会えたんだから、俺らのストレス発散に付き合ってくれよ。」
「そうそう。どうせ暇してるんだろ?」
はぁ!?
どうせ暇してるって…京清だからって調子づいてんじゃないわよ!!
私は腕を掴んできた男をギッと睨むと、口に出して言ってやろうかと思ったけど、ギリギリの理性でなんとか我慢した。
「あのっ…あゆちゃんを放してください!」
私が口に出さず我慢していると、詩織が先に口を出して、私の腕を掴んでいる男の前に立った。
すると横の男が詩織の腕を掴んできて、「いいじゃん、いいじゃん。」と軽薄に笑う。
「ちょっ!!詩織を放しなさいよ!!」
私は詩織まで巻き込んでしまったことに、さすがに我慢できなくなって蹴っ飛ばしてやろうと足を上げる。
でも、その足がそいつに届く前に別の所から現れた長い足がそいつを吹っ飛ばしてしまった。
「あだっ!!!」
「泉!!」
吹っ飛ばされたそいつが後ろに倒れたとき、私の腕を掴んでた男がそいつの名前を呼んで、その直後その男の腕に第三者の手がかかり、男の腕を締め上げ私の腕が解放された。
「おい、お前。誰の許可があって人の女にちょっかいかけてるわけ?」
怒りがヒシヒシと伝わる低い声で男の腕を締め上げたのは赤井で、私は突然の赤井の登場に息が止まった。
「全くだよ。京清のぼんぼんは頭ばっかで、社会のルールってもんを知らねぇんだなぁ?」
泉と呼ばれた男を蹴っ飛ばしたのは井坂だったようで、詩織の前に立ってる井坂が今にもブチ切れそうなぐらい顔を歪めている。
京清高の男子たちは井坂と赤井の登場に、さすがにヤバいと思ったのか何も言い返さずに逃げるように走っていく。
赤井に腕を掴まれていた男も赤井を一睨みしたあと、何か言いたげだったけど言わずに仲間の後を追いかけて行った。
そうして男たちがいなくなり残された私たちは、これからくるだろう罵声に耐えようと二人から少し離れて肩を縮めた。
あぁ…、まさかの絡まれてるところを見つかるなんて…
浮気もできてないし、すごくカッコ悪い…
私は赤井に吐いた捨て台詞を取り消したくなって細くため息をついた。
でも、二人からは罵声など飛んでこなくて、二人は私たちに振り返るなりホッと安心したように表情を緩めた。
「小波。大丈夫だったか?」
「詩織、平気か?」
「「え…??」」
私も詩織も二人からの優しい言葉に驚いてしまって、声がすぐに出なくて頷くことしかできない。
すると二人はそれぞれ「怖かっただろ?」と微笑んできて、私はギュッと胸を鷲掴みにされたように苦しくなった。
なんで…?
なんで怒らないの…??
私は赤井の優しい顔に気が緩んでしまって、赤井の胸に飛び込んで泣いてしまいそうになった。
でも、暴言を吐いた手前できなくてグッと堪える。
すると詩織が私のように我慢できなかったのか「井坂君はずるいぃ~!!」と号泣し始めて、井坂が苦笑しながら詩織の涙を手で拭い出す。
私は詩織の涙を見たことで我慢の壁が崩れ去って、赤井の胸に飛び込むとギュッと抱きしめた。
そして赤井の胸に顔をくっつけて涙を隠しながら、不満をぶつけた。
「赤井のバカーーー!!」
「なんで助けてやってバカなんだよ?」
「バカだもん!!女心、何にも分かってないじゃん!」
「そんなもん分かるわけねーだろ。俺、男なんだからさ。」
「そんなの知ってるよー!でも、もうちょっと理解しようと考えてくれたっていいじゃん!!」
「…これでも考えてる方だと思うんだけどなぁ…。」
赤井が私を宥めようとしてるのか背中をポンポンと優しく叩いてきて、私は赤井の優しさを直に感じて怒ってるのがバカみたいに思えてきてしまった。
だから鼻をすすった後、赤井のシャツで涙をゴシゴシと拭かせてもらうと、赤井をじっと見上げて言った。
「赤井…。色々、ごめんね…。あと、ありがとう。」
赤井は私のお礼と謝罪に少し驚いたようだったけど、私の頭をグシャグシャと撫でるなり満面の笑顔になった。
「小波のそういう正直なとこ、やっぱ好きだな。」
私は赤井から滅多に聞けない『好き』という言葉に胸を打たれて、耳が熱くなった。
もう…不意打ちで嬉しい事言うんだもんなぁ…
私はやっぱり赤井に振り回されてばっかりだと思いながら、私も気持ちを返したくなって「私も好き。」と口にしたのだった。
すぐ傍で私と赤井以上にイチャついてる二人など眼中に入らずに……
あゆちゃんの性格はさっぱりしていて良いですね。
幼馴染へのわだかまりは少し後を引きますが、終わりに向かいます。




