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理系女子の恋  作者: 流音
184/246

175、指一本

井坂視点です。


詩織から気持ちを整理する時間をくれと意味の分からないことを言われた日から、俺は気が気じゃない毎日を悶々と過ごしていた。


というのもここ数日、詩織に指一本触れさせてもらえてないからだ。


詩織に準備室に忘れていたネクタイを渡した時は、いつも通りで普通だった。

でも二人っきりでなんだか良い空気を感じると、詩織は俺から離れて全く触れさせてくれない。

それどころか不自然なまでに俺から逃げてしまう。


確かにあの日は詩織の気持ちも無視して、強引に迫ってしまった。

あれは俺が悪かったと思うから、真剣に謝って許してもらったはず…


それなのにこれはどういうことだ?


俺は付き合う前のような緊張感のある空気を感じながら、小波や八牧と話す詩織をチラ見してギュッとへの字に口を噤んだ。


この状況、待てされた犬みたいでフラストレーションが溜まるな…


俺が鼻からふーっと息を吐いて詩織に指一本触れられない状況に眉間に皺を寄せると、赤井がフラッとやってきた。


「この後のLHR体育祭の種目決めするから、出たい種目考えといてくれよな。」

「あ、もうそんな時期なんだ。」

「おう。1-9がまた本気でくるだろうから、勝てる面子を揃える予定だけど、希望を無視するつもりはねぇからさ!」


赤井はギュッと拳を作ると女子メンバーに語気を熱く言って、小波が机の上に体をのりだしてくる。


「1-9って、またカンナちゃん?」

「またって…、まぁ…そうだけど。あいつ、今度は負けないって言いきってたからさ。」

「ふぅ~~ん…。体育祭の話、カンナちゃんとはしたんだ~?」

「あ?なんだよ、その含みのある言い方は?」

「べっつに~?」


小波が聞くだけ聞いてプイッとそっぽを向いてしまって、赤井はその姿にムカついたのか「ハッキリ言えよ!!」と食って掛かっている。

でも小波はムスッとしたまま「別に~?」と繰り返す。

このままだとケンカになるな…と俺が赤井の顔色を察したすぐ後に、案の定赤井がキレて口喧嘩がヒートアップした。


「なんなんだよ!?カンナと体育祭の話をしたのがそんなにダメだったのかよ!?」

「うっるさいな!誰もそんなこと言ってないでしょ!?」

「言ってなくてもそういう顔してんだよ!!言いたい事あんなら、ハッキリ言えばいいだろ!?」

「言いたい事なんてないっ!!」

「だったらんな顔すんじゃねーよっ!!!」


肉食獣のように歯噛みして睨み合う二人に、そろそろ止めに入るべきかと思っていたら、ふといつもなら一番に止めに入る詩織が動かないのが気になって、詩織に目を向けた。

詩織はじっと目の前の机の一点を見つめていて、その目が少し怒っているように見えて、俺は詩織を覗き込んで声をかけた。


「詩織?」


詩織は俺の声でハッと我に返ると、表情を和らげて俺を見た。


「何?」

「いや…、なんか怒ってるように見えたから…。」

「おこ………、そう見えた?」

「??見えたけど…?」


俺が正直にそう答えると、詩織はふっと口の端を持ち上げて薄く笑った。


「うん…。そう見えたなら…、ちょっと怒ってた…かも。」

「……?何で?」


詩織は尋ねた俺の目をじっと見つめ返してくると、少し瞳を潤ませてくる。

俺はその表情にキュンとしてしまい、このままキスしてしまいそうになるのをグッと堪える。


「赤井君が…あゆちゃんの気持ち、何も分かってないから。」

「小波の気持ちって…、赤井が聞いても小波何も言わねぇじゃん?」


俺は赤井をフォローするわけじゃないけど、第三者の目から見ても小波が一方的に怒ってるだけに見えたのでそう答えた。

でもそれが詩織的にはなかったのか、俺から椅子をずらして離れると「井坂君も分かってない。」と怒ってしまった。


「分かってないって…。言わなきゃ、分かるもんも分からねぇだろ?」


俺は赤井に続いて自分の株まで下げたくなくて、詩織に椅子をずらして近寄ると弁解した。

詩織はまた俺から離れると、俺に目も向けずに不満を口にする。


「言わなくても分かるでしょ?私だって、あゆちゃんと一緒だよ。平気なフリしてても平気じゃないときだってある!」

「??え?…それ、何の話…。」

「もういい!!」

「えぇ!?」


プイッとさっきの小波のように詩織が怒ってしまい、俺は理由が分からず呆然とした。

そこへ八牧が「あっちでもこっちでもケンカしないでよ~。」と茶化すように言ってくる。


これはケンカか?

理不尽なまでに一方的に責められてないか?


詩織に拒否られた日から、どことなく俺たちの間の空気はおかしい。

何だか知らないけど時間が欲しいって言うから、こっちはそれを守って我慢してるっていうのに…

やっぱり本音で話さないで察しろというのは無理があると思う。


俺ははぁ…とため息をつくと、少し時間をおくかと、ケンカしてる赤井の肩をグイッと押しながら、その場から離れて廊下まで出た。


「なんなんだ、あいつ!?急に突っかかってきやがって、意味が分からねぇ!!」

「そだな。気持ちは痛いぐらい分かるけど、ずっと口論してても仕方ないだろ。」

「だからって黙ってられるかっての!!」


赤井は相当腹が立ってるのかどこへ行くのか廊下を歩き出すので、俺はその後を追いかけて並んだ。

そうしていると度々女子からの呼ぶ声が聞こえたが、いつものことなので聞き流しながら赤井の不満を吐き出させる。


「マジであいつが何考えてんのか分からねーときは、一方的に怒鳴られて気分が悪い!!本音言わねークセに文句だけ言うとか、女子ってそういうとこ面倒くさいよな!?」

「まぁ…、そうだな。察しろってのにも限度があるからな。」

「だよな!?察するなんて高度な能力があったら、俺はもっとすげー人物になってるよ!!」

「ははっ。すげーってどんなだよ?」

「そりゃあ、藤ちゃんの顔色だけでテストに出る問題が分かるとかさ~。」

「そこまでいったら超能力だろ!!」


俺が久しぶりに腹から笑って突っ込むと、赤井は「例えばの話だっつの。」と少し気恥ずかしそうにしていて、自分でもこれはなかったと思ってるのを感じ取った。


「そういえば、お前と谷地さんも静かにケンカしてたっぽいけど。お前らがケンカとか珍しくねぇ?」

「あぁ…。あれはケンカっていうか…。」


俺は詩織の怒り出したきっかけが二人のケンカだったので、どう説明したものかと一度言葉を切ってから適当に誤魔化すことにした。


「なんか詩織がイライラしてるだけだと思う。俺は怒らすようなこと言ったつもりはねぇし…。」

「ふぅん。あ、あれじゃね?女子の日とか!!」


「はぁ!?」


俺は赤井が普通に口に出したことにビックリして、思いっきり咳き込んだ。

変な汗が顔や背中から噴き出してくる。


「おっまえ、そんなことよく口に出せんな!?バッカじゃねぇの!?!」

「バカじゃねぇよ。親父がよく母さんがイライラしてるときに『あの日か…。』ってぼやいてたんだから、満更間違っちゃいないと思うけど。」


赤井から考えもしなかったことを言われて、俺は詩織に拒否られた日のことを思い出した。


あの日ももしかしたら赤井のいうように、その女子の日だったとしたら…

あれだけ思いっきり嫌がられた理由にも見当がつく


だって今まで俺が求めたとき、拒否されたことはなかったんだから…


そうして俺はあのときの理由をストンと理解すると安心してしまって、今までのモヤモヤが解消され晴れやかな気持ちになった。


「なんだ?ニヤニヤして気持ち悪ぃ。」

「え?…あ、いや。今、ちょっと悩んでた事が解消されたつーか。ただ、待っとけばいいんだと思ったら安心して。」

「なんだそりゃ?意味分かんねーけど、解消されたんなら良かったな。」

「あぁ。サンキュな。」


俺が赤井のおかげだと思って素直にお礼を言うと、赤井は「なんで俺に礼言うんだよ。気持ちわりぃ!!」と俺から離れた。

俺はそんな赤井を小突いてやろうと追いかけて、軽く追いかけっこをしながら渡り廊下へ出ると、そこで本を数冊抱えたカンナとぶつかりかけた。


「おわっ!!あっぶね!悪い、カンナ!!」

「!!!―――――――っくりしたーっ!!」

「カンナ、大丈夫か?」


俺がぶつかりかけた赤井とカンナに駆け寄って、カンナの低い身長に合わせて屈んで声をかけると、カンナは「平気、平気。」と昔と変わらないへらっとした笑顔を見せた。


「シュンちゃんもタクちゃんも小学生のときから変わってないね。追いかけっこなんてさ。」

「好きで追いかけっこしてたわけじゃねぇよ。こいつがらしくねーこと言うから逃げただけだ。」

「は!?ただ素直に礼言っただけだろ!?」


赤井の言い草にイラッとして返すと、カンナが「相変わらず仲良いねー!」とケラケラと笑い出す。

すると赤井が笑われてるのに腹を立てたのか、「うるっせ!」とカンナの頭を軽く叩いた。


「いった!なんで叩くの!?」

「だってちょうど良い位置に頭があるから、叩きやすいんだよ。」

「何それ!?」


カンナは今度はぷりぷりと怒り出して、コロコロと変わる表情に俺は声に出して笑わないよう堪えた。


昔から思ってたけど、カンナって超素直…

全部顔に出るとか、分かりやす過ぎる


じゃれ合う二人を見ながら俺が一人顔を背けていると、通りがかった女子グループが話しかけてきた。


「拓海君。もうお昼食べた?」

「?…食べたけど、何?」


俺が話しかけてきた女子の手に持たれてるお菓子らしい袋を見て、なるべく突き放すように返すと、案の定女子はその袋を突き出してきて言った。


「これ、良かったら食後のおやつにしてくれないかな?昨日、作りすぎちゃって…。」

「……悪いけど。腹はいっぱいだから。」

「あ、じゃあ、持って帰ってお腹が減ったときにでも――――。」


「悪いけど。彼女以外の女子から何ももらうつもりはないから。」


俺はさっきより声を張ってハッキリ断ると、女子は袋を下げて「そっか、ごめん…ね。」と言って精一杯の笑顔を浮かべて走り去っていった。

すると、その女子の連れの一人が俺の横を通り過ぎて赤井の前へ行くと、その子は赤井に「これもらって!」と赤井に強引に押し付けて、さっきの子を追いかけるように行ってしまった。

赤井は押し付けられた袋を見てから走り去るその子に向かって声を上げた。


「ありがとなー!俺は井坂じゃねぇから、ちゃんと食うよ!!」

「おい!!」


俺が誰にでも良い顔をする赤井にイラついていると、赤井はケロッとした顔で「せっかくの厚意だろ?」と言う。

俺は赤井のこういうところに小波も怒るんじゃないかと思ったけど、こいつのこういうところは言っても治らないので「勝手にしろ。」と嬉しそうな赤井を突き放した。


「やっぱり今でも正反対なんだね~。」


一部始終を見ていたカンナが感心したように言って、俺と赤井はカンナに目を向けた。


「二人がモテるっていうのは入学したときから知ってたけど、女子への対応が私と会った時と同じで変わってないんだな~ってちょっとビックリした。」

「会った時って、俺らが苛められてるお前を見兼ねて声をかけたときのことか?」

「そうそう。あのときシュンちゃんはニコニコしてて好意的だったけど、タクちゃんはシュンちゃんの後ろから面倒くさそうな顔して見てただけだったもん。」


……そうだっただろうか?


俺はあまりにも昔のことなので覚えていなくて、顔をしかめた。


「ははっ!!そうだな!こいつ昔っから俺の金魚のフンだからさ!」

「は!?金魚のフンって何だよ!?」

「まぁまぁ、そんな二人も今や彼女持ちだなんて、人って成長するもんなんだね~。」

「なんだその親みたいな発言。カンナの方がチビのくせに。」

「チビって言うな!!」


口の悪い赤井に俺もカンナも苛立っていると、カンナが怒りを収めて俺に話しかけてきた。


「そういえばタクちゃんの彼女は谷地君のお姉さんなんだってね。この間の打ち上げの時、谷地君と一緒にいた人でしょ?」

「あぁ。そうだよ。詩織って言うんだ。」

「詩織さんか。スラッと背が高くてモデルみたいなお姉さんだよね。背の高いタクちゃんにぴったりで、ちょっと羨ましかったよ。」


俺は詩織のことを褒められて、顔が一気に緩んで自然と口角が持ち上がる。


「ふふっ。タクちゃん、幸せそうだね。」


カンナがすごく嬉しそうに笑ってくれて、俺もつられて笑う。

するとそこへ赤井が茶々を入れてくる。


「幸せも幸せだろうよ~こいつは。もう高校入学してから谷地さん一色だからさぁ~。きっとフラれてたら今のこいつはいないね!!」

「うっさいな!!」

「あはははっ!高校入学してからだともう長いよね!すごいなぁ~タクちゃんは。」

「そういうお前はいないわけ?好きな奴とか。」


赤井が幼馴染とはいえ仮にも再会したばかりの女子に不躾なことを聞き出して、俺は肩を組んでくる赤井の腹を肘で小突いた。

そしてなかったことにしようとカンナに言おうと口を開くと、先にカンナが言った。


「いるよ!でも…、私きっと嫌われてるから…。」

「え?なんだそれ、嫌われてるとかどうしてそう思ったわけ?」


再会してからの強気なカンナが初めて弱気なことを口にしていて、俺は一瞬昔のカンナに見えて次の言葉を待った。

カンナは抱えている本をギュッと持ち直すと、頼りなげな笑顔を浮かべて言った。


「私、二人から教わったことをずっと胸に今までなんでも全力で取り組んできたの。負けるなんて絶対イヤだし、勝つためにできることは何でもやってきた。」


カンナはそこでスッと一呼吸置くと、寂しげに視線を下げる。


「でも、…それを鬱陶しいとか…出しゃばりだとか…思う人もいるわけで…。現に今も文化祭や球技大会で結果は残せてるけど、クラス内で反発もあったから…。クラスの男子には私の印象最悪で…。」

「……そっか…。1-9の快進撃にはそんな裏事情があったわけか…。」

「うん。……だから、どうせなら嫌われても結果の残せるすごいクラスにしてやろうと思って、今も図書室で体育祭の策を練ろうとこうして本を借りてきたの。」


カンナは吹っ切ったように笑顔で手に持っていた本を見せてきて、俺は『勝てる戦略!』と書かれている本や『リレーの極意』と書かれている本を見て、カンナの影の努力を垣間見た。


カンナは昔から努力家だった。

赤井が苛められていたカンナに「強くなりたいか」と尋ねたら、幼いこいつは「なりたい!」と涙目でまっすぐ赤井を見つめていた。

だから俺も力を貸してやろうと思ったんだっけ…


俺は昔の事をふっと思い出して、カンナこそ変わってないことに嬉しくなった。


「そうか~。カンナの好きな奴は同じクラスにいるわけだなぁ…。カンナがこんだけ頑張ってるてのを、そいつに知ってもらいたいよなぁ~。」

「いいってば。どうせ無理に決まってるんだから、今は同じクラスにいられるだけで十分。」


カンナは好きな奴のことを諦めてしまっているのか、そんなことを言って、赤井がムスッとしてから言った。


「何もしないで十分なんてことねーと思うけど。とりあえず、その好きな奴のこと教えてくれよ。俺らで何か力になれるかもしれねーし。」

「え~…。本当にいいんだけどなぁ…。」

「いいから!!俺ら、仮にもお前の兄貴みたいなもんだろ!?」


兄貴!?


赤井の恥ずかしい発言に俺が目を剥いていると、カンナが笑い出した。


「兄貴って!!あははははっ!!だいぶブランクあいてるのに!」

「そんなの関係ないっつの!なぁ!!」


赤井が元気に俺に同意を求めてきて、俺は少し照れながら「まぁ…。」と答えるしかない。


確かにカンナは妹っぽいけど…血も繋がってねーのに…


「さ!!ドンと俺らに言ってみろ。そいつのことを!!」

「分かった。分かったよ。ほんっとシュンちゃんは面白い。」


カンナは目尻に浮かんだ涙を拭うと笑いを収めてから、何故かチラッと俺を見て言った。


「私の好きな人は、きっと名前言っただけで二人には分かると思うんだけど…。恥ずかしいからあまり驚かないでね?」

「おう。誰か知らねーけど、まぁ分かった。」


赤井が変な自信で言い切ったあと、カンナが少し頬を赤く染めてから口にしたのは、驚くなという方が無理な人物で、俺は驚きすぎて言葉を失ったのだった。












カンナとの話でした。

カンナの好きな人に関してはすぐ察しがつくと思います…。

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