171、連れ去られた!!
井坂視点です。
「詩織っ!!詩織っ!!!!」
中庭のパフォーマンスを見ようと集まっている生徒の群集をかき分けて、寺崎に連れ去られた詩織の背中を追いかけていると、急に目の前を女子の集団に塞がれた。
「拓海先輩!!やっと見つけた!」
「写真一枚、一緒に撮ってください。お願いしますっ!!」
「あれ、拓海先輩。服のボタン外れてますよ?」
「は…?…写真?…ボタンとか…悪いけど、今急いでて…。」
俺は下級生だろう女子三人を押しのけて、さっきまで見えていた詩織の背中を探した。
メイドの衣装だから見つけやすいはずなのだが、中庭のステージ前に集まった生徒の数に紛れてしまい、見失ってしまった。
くそ…、あいつ…詩織をどこに…
「写真!すぐ終わりますから、お願いします!!」
「「お願いしまーす!!」」
俺がイライラしながら周囲を見回しているときに、背後からさっきの能天気な女子の声が聞こえて、俺の神経を逆撫でしてくる。
だから俺は苛立ち紛れに怒鳴ってしまう。
「うるっせぇ!!!急いでるっつってんだろが!!!」
はたと目の前で顔を強張らせ、瞳に怯えた色を浮かべる女子三人を見て、俺は八つ当たりしてしまったと口を噤んだ。
やば……
泣かれるんじゃないだろうか…と冷汗が出て何も言えずにいると、後ろから肩を叩かれて優しげな声が響いた。
「ごめんね。休憩なしで働かせちゃってるから気が立ってるんだ。悪いけど、今度出直してくれるかな。」
彼女たちを落ち着かせるようにゆったりとしたテンポで言ったその人物は西門君で、俺は西門君が現れたことにビックリして固まった。
西門君にフォローされるなんて、なんて珍しいことだろう…。
俺はまさか西門君が俺を助けてくれるとは思わなくて、口を挟まずにじっと見守る。
すると女子たちは西門君独特の柔らかい物腰に緊張を解いたのか、ぎこちなくも笑みを浮かべた。
「そうだったんですか。すみません。先輩のことも考えず、我が儘言いました。」
「ごめんなさい。また後で出直します。」
「ごめんなさい。」
三人とも次々に頭を下げると謝ってきて、俺は「いや…。」としか返せず若干居心地が悪い。
するとそれを察してか、西門君が俺の肩を押して「それじゃ。」と足早にその場から逃がしてくれる。
俺は助けてくれたお礼は言わないと…と、横を歩く西門君の横顔に声をかけた。
「悪い。助かった。ちょっと気が焦ってて…あんな大声で…。」
「分かってるよ。しおと寺崎のことが心配なんだろ?そりゃ、彼氏なんだから気も動転するさ。」
西門君はそう優しい声で言いながらも歩みは止めず周りを見ていて、その行動から詩織を一緒に探してくれるんだと察して軽く頭を下げた。
「何でもお見通しで助かるよ…。前会った時から、あいつには変な違和感があったんだ…。ただの元同級生にしては馴れ馴れしいっつうか…。だから警戒して詩織に接触させねぇように注意したんだけど…。」
「……元同級生って…。しおから寺崎のこと聞いてるのはそれだけ?」
西門君の勘ぐるような言い方に俺は少し引っかかりを感じながらも尋ね返す。
「??それだけって…?詩織と寺崎に他に何か関係あるのか?」
「………いや…。ただの元同級生だけど…。……以前にもしおと寺崎って仲良く会ったりしてたんだ?」
「あ、うん。俺が西皇受けるって知った時に…、勉強のことを寺崎に相談してたみたいで…。」
「あぁ…。あいつ仮にも京清行ってるみたいだもんね。」
西門君は俺の問いに少し間があったけど、いつもと変わらないクールな表情で答えてくれた。
だから興味本位で聞いてきただけだろうと、西門君の勘ぐるような質問は流すことにした。
「確かにあのとき、もう関わるなって意味のことをあいつに言った気がするんだけど…。なんだってまた…。詩織とは会ってねぇはずなのに…。」
「……それは、直接寺崎と話をした方がいいかもしれないよ。井坂君の知らない所でしおと会ってたのかもしれないし。」
「まさか。俺と詩織、ほとんど一緒にいるんだから、それはねぇと思うんだけど…。」
「だから、直接聞かないと分からないって。僕に寺崎としおのことは分からないから。」
西門君がスパッと正論を言ってきて、俺は不安から西門君に答えを求め過ぎたと思い、「悪い。」と謝罪した。
「謝らなくていいよ。僕もあいつは昔から気に入らないんだ。」
「そうなのか?」
「そうだよ。正直、しおがなんであいつと仲良くできるのか謎だし、できるなら関わりを断って欲しいとさえ思ってる。」
俺は西門君も自分と同じことを思ってると知り、少し親近感が湧いた。
今まで、西門君は詩織に一番近い男子で、俺の警戒対象のナンバーワンだったから、良い印象がなかった。
だけど、共通の嫌いな相手がいると、こうも印象というものはアッサリと変わる。
俺はそれがおかしくて、詩織が見つからなくて不安なのに少し笑みが漏れてしまった。
詩織の大の幼馴染が味方だとこうも心強いんだな…
「しおってホントお人好しだから、井坂君も大変だよね。」
西門君がふっと俺と同じように笑みを浮かべながら言って、俺は少し反応が遅れる。
「え…、あ。そうだよな…。詩織ってガードゆるゆるだからさ…。」
「それは痛いほどよく分かる。一時期ちょっと心閉ざしてたけど、今はガードってもんが存在してないからね。」
「西門君も思ってたんだ?」
「しおとは付き合い長いからね。」
西門君が懐かしそうに目を細めていて、俺は過去の詩織が知りたくてつい口から聞いてみたい事が飛び出す。
「詩織ってさ…、小さい頃ってどんな感じだったんだ?その、俺高校からの詩織しか知らないからさ。」
「んー…そうだなぁ…。まぁ、今と大して変わらないけど、あえて言うなら小動物っぽかったかな。」
「小動物!?」
「うん。今は体も大きいからそんな感じしないけどさ。昔は僕とそれほど背丈も変わらなくてビビりだったから、震えてるモルモットみたいだったよ。」
「モルモット…。」
俺は詩織が小さくなって震えてる姿を想像して、すごく可愛いんじゃないだろうか…と顔が緩む。
そんな俺の横で西門君は辺りを見回しながら「人が多くてダメだな…。」とぼやいていて、俺は詩織を探していたところだったと本分を思い出した。
西門君が自分に好意的なことが嬉しくて、詩織のことを後回しにするなんてどうかしている。
「あいつ、確かやり直しとか言ってたよな…。」
西門君が顔をしかめて考え込んで、何か思い当たったのか顔を上げるなり走り出した。
俺は慌てて西門君を追う。
「にっ、西門君!どこか心当たりあるのか!?」
「たぶん体育館裏だと思う!!確か中学の時に…。」
西門君はそこで意味深に言葉を切ってしまい、俺は続きが気になった。
中学のとき??
やっぱり詩織と寺崎には何かあるのか?
俺が色んな妄想を脳内で繰り広げていると、ちょうど瀬川が目の前を通りかかり、西門君がそれを捕まえた。
「歩!!お前、バスケ部なんだから足速いだろ!?体育館裏まで行ってくれ!!」
「は!?光汰と井坂君ってどんな組み合わせだよ?珍しいなぁ~!」
状況の分かってない瀬川の能天気な声に少しイラッとしながらも、西門君は肩で大きく息をしながら瀬川の背を押した。
「しおが寺崎に連れてかれたんだよ!!お前、寺崎とも面識あんだから理由言わなくても分かるだろ!?」
「谷地さんが…寺崎に?」
文化部でもう体力の限界だったのか西門君が足に手をついてそう告げると、瀬川は血相を変えるなり人混みをすり抜けるように猛ダッシュした。
はっや!!
俺は大きく息をしている西門君に「先行くぞ!」と声をかけると、瀬川の背を追って走った。
瀬川はそこそこ足の速い俺よりも速くて、どんどん背が小さくなってしまう。
体力にはそこそこ自信があったはずなのに、やっぱり三年間部活に打ち込んできた奴には敵わないと情けなくなる。
そうしてなんとか瀬川の背を見失わないように体育館脇まで来ると、先に瀬川が裏に飛び込んでいって、そこから怒声が響いた。
「寺崎ッ!!お前っ、ふざけんなよっ!?!?」
俺が同じように裏に飛び込むと、目に寺崎を壁に押し付けている瀬川とそれを呆然と見つめる詩織がいて、俺は詩織の姿を見れたことに安心してその場にへたり込んだ。
良かった…
俺がへたり込んだことで詩織が俺が来ている事に気づいて、焦ったように俺の傍に来ると、心配そうに俺を見つめてくる。
「井坂君!ごめん…、私…。」
「いい…。無事なら…それで…。」
俺が深く呼吸して言うと、詩織はキュッと泣きそうに顔をしかめてから抱き付いてきた。
俺はその反動で後ろに倒れそうになって、手で体を支える。
「心配かけて…ごめん…。」
詩織は再度謝ってきて、俺は詩織の腕の力の強さから自分への深い愛情を感じて、今までの不安が全部消えてなくなる。
だから詩織を宥めるように背に手を回すと優しくポンポンと叩いた。
「あれ見ろ!!お前のせいで井坂君がどんな思いしたと思う!?いっつもお前は自分勝手なんだよ!!」
安心したところに瀬川の怒鳴る声が聞こえてきて、俺は詩織を抱きしめたままで瀬川と寺崎に目を向けた。
寺崎は俺たちをちらっと見てから、顔色も変えずに堂々と目の前の瀬川に言い放つ。
「なんでそんな怒ってんだよ?俺は、怒られるようなことしたつもりはないけど。」
「はぁ!?谷地さん拉致っといてよくそんなこと言えるな!!」
「拉致ってねぇし。ただ文化祭案内してもらってただけだっつーの。なぁ、そうだよな?詩織。」
寺崎から話をふられ、詩織が俺から少し離れると少しムスッとした顔で言った。
「……そうだけど…。僚介君…強引だったよ。」
「ほらみろ!!拉致ってんのと変わらねぇじゃねぇか!!」
「ありゃ?だってさ、あぁでもしねーと詩織、ずーーーっとそこの鬼みたいな彼氏と一緒にいるじゃん。こういうイベントぐらい、ちょっと離れて行動したっていいと思ってさ。」
「あぁ!?」
俺は寺崎から挑戦的ともとれるニヤついた目で見られて、俺は本能的な警戒心が働き、咄嗟に詩織の前に出て寺崎から詩織の姿を隠した。
寺崎から異様な威圧感もあって、嫌な汗が背を伝う。
なんだ…この雰囲気…?
「寺崎。やり直しだか何だか知らないけど、もうしおにちょっかいかけるなよ。」
俺が寺崎に威圧されて固まっている後ろから西門君の声がして、俺は詩織を背に庇ったまま振り返った。
西門君は走ってきたのか、肩を上下させながらまっすぐ寺崎に向かって行く。
「光汰の言う通りだよ!お前、急になんなわけ!?」
瀬川が西門君と一緒にまた寺崎に詰め寄って、寺崎は大きくため息をつくと両手を挙げた。
「はいはい。俺が悪かったですよ!……ったく、お前らがこんなに突っかかってくるって知ってたら、今日ここには来なかったよ。めんどくせーなぁ…幼馴染様ってのは。」
寺崎は瀬川をドンと手で押し返すと、少しイラついているのか不機嫌そうに俺と詩織の方へやってくる。
その背を瀬川が「待てよ!」と追いかけてきて、西門君もそれに続く。
すると寺崎は詩織に「また今度な。」と一瞥くれてから、校門へ向かって走っていってしまった。
瀬川と西門君が「待てっ!!」と言いながら追いかけてゆく。
そして詩織と二人残された俺は、さっきから黙っている詩織に振り返って向かい合った。
「また今度」の言葉の意味も知りたいのもあって、追及しそうになるのをグッと堪えて声をかける。
「詩織…。あいつに何もされてないか?」
「え…、うん。僚介君はそんなことする人じゃないよ?本当にただ走って校内見てただけっていうか…流れでここに来ただけで…。」
流れで体育館裏に…?
何もねーのに??
俺は西門君が居場所を言い当てたのもあったので、流れというのはおかしいと感じた。
でも詩織は嘘を言ってるようにも見えず、寺崎の方に思惑があったんだろうと推測し、俺は胸がモヤモヤと気持ち悪くなる。
「心配かけて本当にごめんね。僚介君らしくないことに面食らっちゃって…。何考えてたんだろう…?」
詩織は首を傾げて考え込んでしまう。
俺はその様子から本当に流されてここに来ただけなんだと分かって、少し安堵する。
「もういいよ。詩織はここにいるんだし、もう会う事もねぇだろ。」
「え?」
俺が安心感から詩織の手を握って言うと、詩織がびっくりしたように俺を見つめてきた。
「え?あ、…会う事ないっていうか…。また会うと思うんだけど…。」
「は?」
俺が意味が分からなくて目をパチクリさせていると、詩織が困ったような顔で続けた。
「あれ?言ってなかったっけ?予備校が…その…僚介君と一緒で…。今はクラスも一緒だから座席も隣っていう…。」
「はぁ!?!?聞いてねぇ!!聞いてないんだけど!!」
俺は寺崎と接点があったことに激情して、詩織の手を強く握りながら詰め寄った。
「ご、ごめん。言ったつもりになってた…。でも、予備校にいる数時間だけだから…。」
「……っ!!!」
俺はさっきの寺崎のニヤついたドヤ顔を思い出して、あの顔の意味はこれか…と嫉妬で頭が痛くなった。
本当なんなんだ…あいつ…
どう見ても俺と詩織の仲を邪魔してるようにしか見えねぇんだけど…
ただの元同級生が出しゃばり過ぎだっつの!!
俺がイライラしながら心の中で悪態をつくと、詩織が俺の機嫌を感じ取ったのか、ギュッと手を握り返してきた。
顔を上げると目の前で詩織と視線がぶつかる。
「井坂君…。ちょっとだけくっついてもいい?」
「え!?」
「ちょっとだけでいいから。お願い。」
俺は詩織からの可愛いお願いを断れるわけもなく、「いいけど…。」と言うと、詩織が嬉しそうに笑ってペタッとくっついてきた。
しばらくされるがままにじっとして、詩織の体温を感じてドキドキしていると、詩織が小さな声で「安心する…。」と呟いたのが聞こえてきて、それが俺は特別だと言われた様に感じ表情筋が緩んだ。
俺も詩織がいるだけで安心する…
俺はくっついてる詩織を軽く抱き締めると、嬉しい気持ちでいっぱいになり、あいつがわざわざ文化祭を見に来た理由を今更考えようともしなかったのだった。
寺崎が何を考えていたのか、それは今後明かしていくつもりです。
寺崎のちょっと出が多いですが、しばしお付き合いください。




