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理系女子の恋  作者: 流音
167/246

159、それぞれの選択


夏期講習が一旦休みに入った八月中旬――――

私は赤井君の家にやって来ていたのだけど、日頃の勉強疲れもあって井坂君にもたれかかってウトウトしていた。


「だからー、マッサージするのは別にいいけど。このサービスだと、なんかキャバクラやホストクラブを彷彿とさせるのよね~。衣装が違うだけで、これはどう見てもそっち系でしょ?」

「どう見たらそう見えんだよ!!これはどう見ても真っ当な店だろ!?ジュース出して、マッサージして、話聞くだけじゃんか。」


「そこよ!!その話聞くってのがどうして接客指名制なわけ!?あんた自分がモテるってこと分かってる!?」

「分かってるっつーの!だから、それを有効利用しようと考えたんじゃんか!!」

「有効利用…って――――。彼女いる前でほざくことじゃないって言ってんのよーーー!!」


ギャーとかうわーという悲鳴が聞こえて、私は閉じていた目を開けると、あゆちゃんが赤井君に襲い掛かっていて、それを新木さんやアイちゃん、島田君に取り押さえられてるのが見えた。


毎日、毎日よくやるなぁ…


私は欠伸が出そうなのを堪えながら、また下がってくる瞼になんとか抵抗しようと試みる。


予備校(夏期講習)が休みに入ってから、私たちは毎日のように赤井君の家に集まって文化祭の内容を必死に考えていた。

リラクゼーションサロンというものに決めてから、名前の通り癒し空間にしようとマッサージは取り入れる事になった。

それからマッサージ以外のサービスについての話になって…、壁にぶち当たった。


何も良い案が思い浮かばず、毎日あーだこーだといいながら話し合いを続ける。

でも一向にこれだ!というものがなくて、最終的に遊びや関係ない話で盛り上がってしまうという繰り返し。


だから赤井君も煮詰まってきて、だんだんなりふり構わない内容に変化して、あゆちゃんにダメ出しされた…という経緯だ。


リラクゼーションサロンってアイデアはいいと思うんだけどなぁ…

内容に指名制とかホストやキャバクラみたいなこと入れちゃダメだよね…


私は井坂君も接客担当なだけに絶対それは却下だ。と思いながら、繋いでる手を握り直してまた重い瞼を落とした。

耳にはあゆちゃんと赤井君が言い争ってる声が聞こえていて、それがBGMのように眠りへと誘ってくる。

そうして深い眠りに入りかけたとき、そっと唇に何か触れた気配がして意識が現実に引き戻された。


「ごぉらーーーーーっ!!井坂!!話に参加しろ!!」


私が目を開けようと思った瞬間、赤井君の響き渡るぐらいの大きな怒声が聞こえて、私はハッキリと目を覚ました。


何!?


私は何度か目を瞬かせると、目の前に井坂君の横顔が見えて、それにドキッとしながらもたれかかっていた体を起こした。


「参加しろって…。お前らの話、堂々巡りで進まねーし。口出す気も失せんだよ。」

「だからってコソコソイチャつくな!!何のために俺ん家に呼んでると思ってんだ!!」

「はいはい。分かったよ。もうしねーから、早く話進めてくれ。」


井坂君が赤井君との言い争いをサッサと切り上げて、私は一人イチャつくっていうのが手を繋いでる事かと理解して手を離した。

すると井坂君が私に振り返ってきた。


「あ、詩織。起きたんだな。」

「え…、あ、うん。ごめん、もたれて…重かったよね?」

「いんや?全然。むしろ、ずっともたれてくれててもいいぐらいだけど。」


井坂君はニコニコと上機嫌で、私は重いのに何でだろう?と首を傾げた。

すると赤井君が話を再開させて、大げさに咳払いした。


「えーっと、話が脱線したけど。とにかく、集客しねーと評価に繋がらねぇんだから、俺や井坂が云わば看板の役割を担っていくのがベストだと思うんだけどな。どうしても指名はダメなのか?」

「ダメに決まってるでしょ!?誰が自分の彼氏に群がる女子を見たいと思う!?ねぇ、詩織!!」

「え、うん。それは…まぁ…。」


私はあゆちゃんに話を振られて、横にいる井坂君をちらっと見ながら答えた。

井坂君はずっと私を見ながら微笑んでいる。


…なんか、すごくご機嫌だなぁ…


「じゃあ、それに代わる客を集めるアイデアはあるのかよ?人気を売りにしない方法がさ。」

「うー…ん…。それは…。」


あゆちゃんが赤井君の問いに悩み始めてしまって、部屋に沈黙が流れる。


う~ん…人気を売りにしない方法かぁ…

そんなのあるのかなぁ…


赤井君も井坂君もイケメンだから、

もう接客するってだけで人が寄ってきそうなものだけど。


私もあゆちゃんと一緒で女子に群がられてる彼氏なんて見たくない。

一番良いのは井坂君には接客を辞退してもらうことだけど

きっと赤井君は許してくれない…


モテる彼氏っていうのは、こういうときすごくヤキモキしてしまう

もういっその事、接客で誰が誰か分からないようにするとかしないと…


私は井坂君と女子を接触させない方法を必死に考えて、はたとこれはいけんるんじゃないかと思いついた。


「あ、ねぇ。接客するメンバー全員、去年みたいに仮面しちゃうとかどうかな?」


私が軽く手を挙げて発言すると、全員の目が私に向いた。


「人気を利用しないようにするなら、誰が誰か分からなくしちゃえばいいんじゃないかな…と思って…。去年、ステージ発表でも仮面使ってるし、ウチのクラスだって分かって評判も出るかな…って思うんだけど…。どうかな?」

「それ、いいね!!ねぇ、赤井!!」


あゆちゃんが最初に同意してくれて、私はほっと息を吐いた。


「確かに…仮面しちまったら誰が誰か分からねぇし…、それはそれで面白味あっていいかもな…。話題作りにはいいかもしれねぇ…。」

「だよね!!そうしよう!指名制とかなしにしてさ!!」


「んー…、そうだな~。その方向で考えるか…。よし!お前ら、後は中身だぞ!谷地さんみたいに案出せ!!」


赤井君は私の案を受け入れて話を進め始めてくれて、私は自分も役に立てたと嬉しくなった。


やった!!これで井坂君に女子が群がる事はなくなるはず!!


今年の文化祭は少しヤキモキしないで済みそうとワクワクして、赤井君たちの話し合いに耳を傾けていると、横から井坂君が手を握り直してきた。

私はさっき注意されたばかりなのに…と井坂君に目を向けると、井坂君は見るからに嬉しそうに笑っていた。


「どうしたの?」

「へへっ。詩織が俺のこと一生懸命考えてくれて嬉しいなーって思ってさ。」

「うぇっ!?そっ、そっんな…!!一生懸命なんて…。」


私は全部井坂君には伝わってたと恥ずかしくなって、顔が熱くなった。

井坂君は「ありがとな。」と言いながら繋いでる手を撫で始めて、私は井坂君にドキドキしながら周りに気づかれないようにと顔を伏せたのだった。






***






そこからは決まるのが早くて、あっという間に文化祭の催しの中身が決まった。


『リラクゼーションサロン』という名前の簡単に説明すると喫茶店だ。

三年生は最後の文化祭というのもあって、こうして飲食物を出せるようになる。


私たちは仮面をつけて、執事、メイドに扮して接客する。

衣装に関しては去年の井坂君の執事写真流出事件から赤井君が引用してきた。

この衣装が一番客ウケが良いらしい。

(私はできるなら却下したかったけど、これは私以外は賛成だったので棄却するのは無理だった…。)


その接客担当は赤井君が選んだ集客率の高いメンバー。

赤井君に井坂君、北野君に島田君、本田君に西門君(何故!?)

そして女子があゆちゃんに新木さん、アイちゃんにゆずちゃん、篠ちゃん…それから私(何故!?!?!)


私と西門君に関しては集客なんて望めないと思ったのだけど、赤井君曰くそれぞれのキャラ付け?というものがあるらしい。

彼が何を考えているのかもう私には理解できない…


一応このメンバーで休憩を挟みながら三日間乗り切るらしい。


それから重要な中身だけど、それぞれ接客しながらお客さんと会話をする。

そして希望者にはマッサージや健康診断、恋愛相談までするという一風変わった喫茶店になるとのこと。

喫茶店のエリア他に相談、診断、マッサージスペースを仕切りで作るらしい。


どうなるのか…これからの準備である程度形になっていくとは思うけど…

私は文化祭の前に推薦入試があるだけに、ほとんど準備に参加できない。

だから、当日接客で役に立とうと決めて気合を入れた。


そうして晴れて文化祭の内容も決まった私たちは、赤井君あゆちゃんを中心に雑談へと話がシフトしていた。


「予備校始まるまであと三日か~…。今年はほんっとに全然遊んでない夏休みになっちまったなぁ~。」

「だねー…。去年なんか遊びまくって、宿題に必死だったぐらいだったのにねぇ。」

「あははっ!あれはヤバかった!!」


あゆちゃんや赤井君たちは去年の追い込み宿題を思い出したのか楽しそうに笑っている。

私も井坂君も去年もあまり遊んでいないので、そこまで去年との差を感じなくて黙って様子を見つめる。


「でも文化祭の話し合いでこうして集まれて、私は十分楽しかったけどな。」

「あ、確かに。さすがに二学期入ったら勉強に本腰入れねぇといけないし、集まるって言っても集まれないことの方が多そうだしな。」

「だねー。あ、そういえば皆の進路、詳しく知らないんだけど。地元ってどれぐらいいるの?」


あゆちゃんがメンバーを見回しながら手を挙げながら尋ねて、誰も手を挙げない事にビックリした。


「え!?皆、地元には残らないの!?ちょっと一人ずつ詳しく!!」


あゆちゃんが「はい!」と最初に北野君を指名して、北野君は言いにくそうに頬を掻きながら目を左右に向ける。


「あっと…俺は、一応…東京の青蘭大に…。遠いんだけどさ…将来を考えるならそこがいいって、藤ちゃんに薦められて…。」

「と、東京って…。マイ知ってたの!?」


あゆちゃんが目を大きく見開いて新木さんに目を向けると、新木さんは苦笑しながら頷いた。


「うん。ちゃんと聞いてるよ。」

「でも、マイ!!マイは関西の桃院女子大行くって言ってたじゃん!看護学部受けるって!!遠距離になっちゃうんだよ!?いいの!?」


あゆちゃんがまるで自分のことのように悲愴な顔で言って、新木さんは全部乗り越えたのか優しく微笑んだ。


「あゆ、私は大丈夫だよ。北野の事、信じてるし。離れてもへっちゃら。むしろ、自分の決めた道に進まないことの方が後から後悔しそうだから。全然会えないわけでもないしね。」


私は大人な考えをしている新木さんを見て心底尊敬した。

私はもし自分だったらと考えて、学校が違うってだけでもあんなに悩んだのに東京と関西だなんて、遠すぎて怖くて仕方ない。

新木さんは北野君とアイコンタクトすると「まずは受からないとだけどね。」と笑っていて、北野君との仲の良さがすごく伝わってきた。


私は新木さんみたいに強くはなれない…と思って、井坂君が隣にいるのを確認するように繋いでた手にギュッと力を入れた。


大丈夫

井坂君はちゃんといるんだから…


「俺は一応桐來を考えてるんだけどさ…。なんせ勉強が…。マジで赤井や谷地さんみたいに推薦受けられるぐらいの頭が欲しかったよ。」

「え!?赤井も推薦受けんの!?」


島田君の進路告白からあゆちゃんがビックリして赤井君に目を向けた。

赤井君は飲んでたジュースをテーブルに戻すと「そうだけど?」とケロッとした顔で言う。

これには聞いていなかったらしいあゆちゃんが目を吊り上げて怒り出す。


「なんっで!そんな大事なことを教えてくれないわけ!?私、仮にも彼女だよね!?」

「そうだけど、推薦受からなかったらカッコ悪いじゃんか。受かってから報告しようと思ったんだよ。」

「何それ!?カッコ悪いとか関係ないでしょ!?彼女なんだから一番に教えてよ!!」

「彼女、彼女って最近そればっかだなぁ…。別に教えようが教えまいが俺の勝手だろ?」


あ…ヤバい…


私はあゆちゃんの顔を見て直感でそう思った。

まさにその通りであゆちゃんは「勝手にしろっ!!」と叫んで部屋を飛び出していってしまった。

私は追いかけようと腰を上げると、同じように動いていた新木さんと扉の前でぶつかりかけて、新木さんと目を合わせると二人であゆちゃんを追いかけた。


私と新木さんが階段を駆け下りると、あゆちゃんは玄関で靴を履いていてなんとか外に出る前に捕まえる事ができた。


「あゆちゃん待って!」

「あゆ、ストップ!!」


私と新木さんはあゆちゃんが逃げないようにガシッと腕を掴むと、あゆちゃんはムッとふくれっ面で叫んだ。


「なんで赤井じゃないのよ!!なんで追いかけてこないわけ!?あのバカ!!」

「え!?あ、っと…なんかゴメン…。」

「ごめん、あゆ。私たちじゃダメだった?」


私と新木さんが口々にそう言うと、あゆちゃんは腕組んで玄関に座り込むなり「そういうんじゃない。」と拗ねてしまった。


「あゆちゃん…。あのね、私…赤井君が言わなかった理由…なんとなく分かるよ?きっと合格して、あゆちゃんをビックリさせたかったんだよ。」

「あ、私もそう思う。赤井ってカッコつけだから、絶対そうだよ。」


「そんなの分かってる…。」


私と新木さんのフォローにあゆちゃんは泣きそうに顔を歪めると、膝に額をくっつけて俯いてしまった。


「赤井がそういう奴だって…痛いほど分かってる…。でも、赤井が桐來に合格したら…私と赤井、遠距離になるんだよ…?ただでさえ不安なのに…、ちゃんと言って欲しかった…。」


遠距離…??


私はあゆちゃんが赤井君と近くの大学と聞いていただけにこの言葉には驚いた。

新木さんも同じだったのか慌てたように声をかける。


「あゆ、赤井の近くの大学行くって言ってたでしょ?あれは、どうなったの?」

「行けるわけない。」


あゆちゃんがハッキリと澄んだ声で言って、私も新木さんもその場で固まった。

あゆちゃんは少し顔を上げると、じっと前を向いたままで続ける。


「ウチ、ただでさえ両親共働きで…。妹たちもまだ中学生と小学生なのに…。家、出るなんて…。関西の大学行きたいなんて言えない…。言えるわけない…。関西なんて…行けないよ…。」


あゆちゃんは苦しそうに吐き出すと静かに頬を濡らし始めた。

新木さんは堪らずあゆちゃんに抱き付いていて、私は呆然と二人を見つめることしかできなかった。


あゆちゃんから前にもサインは出ていた…


『詩織…。進路のこと…井坂と相談した?』


いつだったかあゆちゃんは真面目な顔でそう訊いてきた。


あゆちゃんはあのときから誰かに話を聞いて欲しかったんだ。

いつも明るくて元気なあゆちゃんだったから、ここまで思い詰めてるなんて気づかなかった。

気づけなかった…


あゆちゃんの泣き顔を見たのは、これが二回目。


前に見た時もあゆちゃんは赤井君を想って泣いていた。

赤井君にフラれたとき…


そして今回は赤井君と離れるのが不安で怖くて…泣いている…


私はあゆちゃんの抱く不安を取り除ける上手い言葉なんか浮かばなくて、せめて自分はもらい泣きしないようにぐっと奥歯を噛んで堪えることしかできなかったのだった。















皆の進路先を明らかにしました。

次に井坂の話も出てきます。

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