157、アクシデントの誕生日
夏期講習が始まって一週間が軽く過ぎて、八月に突入したある日。
私は予備校の帰りにショッピングモールまで足を延ばしていた。
ウロウロと男性物のお店を歩き回りながら、一人あーでもないこーでもないと頭を悩ます。
というのも、あと少しで井坂君の誕生日がやってくるからだ。
8月8日は予備校があるので、丸一日祝ってあげることはできないけど…
予備校終わりの少しの時間でもお祝いしてあげたい。
私は去年のように予備校を休むことも考えたけど、今年は夏休み明けに推薦入試もあるので休んではいられない。
きっと井坂君も休んだりしたら気に病んでしまうだろう。
だったら限られた時間の中ででも、精一杯のお祝いをしてあげないと!!
私はそれが彼女の役目だ!!と意気込んでプレゼントを買いにきたのに、いまだにまったく良いものが見つからないで焦り始める。
どうしよう…
今年は特別なものがいいと思ってるのに…
特別なものが全然浮かばない!
私は外が暗くなり始めるのに合わせて、どんどん焦りが募り無駄に店内を歩き回ってしまう。
すると、ふとマネキンに目がいって、マネキンのしていたアクセサリーに目が留まった。
マネキンは首からリングのついたネックレスをしていて、自分のしてるものと似てる…と思った。
男の人でもこういうアクセサリーするんだ…
私は自分がピンキーリングをもらって嬉しかったことを思い出して、ここでピンときた。
これなら一石二鳥かも!!
私は思いついたら即行動で、傍にいた店員さんを捕まえたのだった。
***
そして、ついにやって来た井坂君の誕生日。
私は井坂君にお家にいてもらうようお願いしていて、予備校の帰りに寄ろうと計画していた。
今年も手作りケーキを渡したかったけど、さすがに予備校に生ものは持ってこれなくて、それは諦めた。
だから、プレゼントだけ鞄に忍ばせて、早く授業が終わらないかと時計と睨めっこする。
井坂君、どんな顔するかな…
私は井坂君の喜ぶ顔を想像しただけで、顔がニヤけてしまう。
そうして6限はほとんど授業に集中できないまま終わって、私は誰にも挨拶せずに教室を飛び出した。
そして予備校から外に出てみて外が暗くなり始めていることに気づいて、空の様子を観察した。
なんだか一雨きそうだなぁ…
走れば井坂君の家に着くまではもつかな…
私はじっとしてるより行動だ!と思って足を再開させた。
駅前の人を避けながら住宅街に向かってひたすら走る。
そうして時計公園を通り過ぎたぐらいに、とうとう雨が降ってきて、私はプレゼントの入っている鞄を抱え込んで屋根を探して走った。
ひゃー!!最悪っ!!
私は誰の家かは分からないけど、ガレージの前に雨をしのげる屋根を発見してそこへ一旦避難した。
そしてびちょびちょの体を少しでも拭こうと鞄からハンドタオルを取り出した。
うわぁ…これじゃ拭ききれないな…
私は顔と腕を拭いただけでタオルがぐっしょりとなったのを見て拭くのは諦めた。
そうして雨が止まないかと空を見上げるけど、ザーッと激しく振っていてしばらくは止みそうにない。
とりあえず少し遅くなるってことだけでも井坂君に伝えようとケータイを取り出してかけると、井坂君はすぐに電話に出てくれた。
『詩織!!外、すげー雨だけど。大丈夫か!?』
井坂君は心配してくれていたのか開口一番にそう言ってくれて、私は気分が明るくなった。
「うん。ちょっと濡れたけど大丈夫だよ。だけど、この雨のせいでそっちに着くのが遅くなりそうなんだ。何時になるか分からないけど待っててくれる?」
『え!?詩織、今どこにいんの!?』
「えっと…時計公園越えて…、きっと高校の傍の誰かの家のガレージかな?」
『誰かの家って…そこで雨宿りしてるのか?』
「うん。にわか雨だと思うから、止んだらすぐ向かうね。」
『今すぐ迎えに行く!!』
「え?」
私はすぐに電話を切られたことにビックリしてツーツーと無機質な音を鳴らすケータイを見つめた。
迎えにって…
私は井坂君が走って迎えに来てくれることがすぐ想像できてしまって、自然と笑みが漏れた。
井坂君って本当に優しいなぁ…
こういうとき、井坂君に好かれてるって実感する
誰が自分のために雨の中出て来てくれるだろう?
私は家族の顔を思い返して、お母さんやお父さんは来てくれるだろうけど大輝はないなと思った。
他に幼馴染や友達の顔を浮かべてみるけど、やっぱり一番頼ってしまいそうなのは井坂君だ。
きっと嫌な顔一つしないっていうのが分かってるから。
安心して頼ってしまう。
もう井坂君が傍にいないと生きていけないな
私は近くの大学を受けられるようになって本当に良かったと思った。
これから先も井坂君と一緒にいられる
それだけで未来が輝いて見える
そうして色々妄想しながら楽しく井坂君を待っていると、バシャバシャと水音を蹴る足音が聞こえてきて、私はその方向に顔を向けた。
「詩織!!」
「井坂君!!わぁ~、早いね。」
私は電話してからそれほど時間を感じてなかったのでビックリした。
井坂君は全力で走ってきてくれたのか大きく肩で息をしていて、私の姿を見るなり大きく目を見開いた。
「詩織、ちょっと濡れてる所じゃねぇじゃん!!すげー濡れてるし、冷たくないのか!?」
「え、あ、うん。気温高いから冷たくはないよ。ベタベタして気持ち悪いぐらいで…。」
「とにかく俺ん家で服、乾かさねーと…―――――」
井坂君はそこで言葉を切ると私の見るなりみるみる顔を赤くさせてしまって、急に自分の着ていた半袖シャツを脱ぎ「着て。」と私に手渡してきた。
私は濡れ鼠が見てられなかったのかな?と受け取ってシャツを羽織るときに、自分の下着が少しTシャツから透けてるのに気付いた。
あ、これか…
私はこの状態で走ってたんだと思うと恥ずかしくなって、見えないようにしっかりボタンを留めた。
そして私は井坂君が持って来てくれた傘をさして、井坂君の家に向かうことになったのだった。
***
「わ!!詩織ちゃん、びっしょびっしょ!!お母さーーーん!!」
私が井坂君と一緒に井坂君のお家にお邪魔すると、玄関でお姉さんが出迎えてくれてリビングからお母さんも飛び出してきた。
「まぁまぁ!!詩織ちゃん!大変!!風邪ひいちゃうわ!拓海――――じゃなくて、美空服貸してあげて。」
「いいよ。二階から持ってくる。あ、でも、その前に体あっためないと!お母さん、お風呂!!」
「あ、今陸斗が入ってるわ。追い出さないと!」
「え!?お兄さんがおられるなら、私は別に―――」
「ダメよ!!陸斗なんて後でもう一回入ればいいんだから。」
「そうそう。詩織ちゃんの方が必要でしょ!?」
「俺、兄貴追い出してくるよ。」
「え!?!?」
井坂家のみんなで話がトントンと進み、私はお兄さんに申し訳なくなった。
私があわあわと一人慌ててる間にお姉さんは二階へ、井坂君はお風呂場へ、そして私はお母さんに手を引かれてリビングで温かいお茶をいただくことになってしまった。
リビングにはお父さんもおられて、私は勢いよく頭を下げて「お邪魔しています!!」と挨拶した。
「予備校の後で疲れてるだろうに、拓海のためにそんなになってまで悪いね。」
「え!?いえ!!全然疲れてないので大丈夫です!!」
お父さんが優しげな笑顔で声をかけてくださって、私は恐縮してしまいいつもより声のトーンが上がる。
そこへお母さんが温かいお茶を手にやってきた。
「ホントよね~。拓海の誕生日なんていつ祝っても大丈夫なのに。」
「そんな…、誕生日は今日なので…やっぱり今日祝ってあげたい…です。」
私はお茶を受け取ると口につけながら、本音をこぼした。
すると空気が変わったのを感じて前に目を向けると、お母さんとお父さんが同じ表情で目を少し潤ませていてビックリした。
「あ、あの、私、何か変なこと…。」
「ううん。何でもないの。―――ね?お父さん。」
私が焦るのと反対にお母さんはニコニコとしていて、お父さんも咳払いすると視線を背けて「あぁ。」と言ったあと黙ってしまった。
私は気に触ることを言ってないといいけど…と内心ドキドキしながら、温かいお茶を飲んだ。
するとリビングの扉が開いて、井坂君に背を押されたお兄さんが顔を見せた。
「あ、詩織ちゃん。何事かと思ったら詩織ちゃんが来てたのか~。」
「あ、あの。すみません!お風呂、追い出す形になってしまって…。」
「あははっ!いいよ、いいよ。もう出るとこだったし。それに、俺の入ったあとに詩織ちゃんが入るって考えただけで、妄想が広がって良い気分だしなぁ~!」
「兄貴!!死ね!!」
「「陸斗っ!!」」
井坂君とお父さんお母さんがほぼ同時に声を荒げて、私はビックリして目を瞬かせた。
お兄さんはいつものことなのかヘラヘラ笑うと、私の背後に移動してきて肩を押された。
「はいはい。冗談だろ~?それよか、詩織ちゃん早く風呂入ってきなよ~。俺が後で着替え持っていってあげるからさ。」
「詩織に触んな!!誰がんなことさせるか!!」
「陸斗!!お前はこっちに来なさい!!今日という今日はきっちりと分からせてやる!」
「お~、やなこった。俺は自分の部屋に戻ります~。」
「陸斗!!」
お兄さんはお父さんに怒られながら、逃げるようにリビングを出て行ってしまった。
それを見たお父さんとお母さんが「あいつは…。」とぼやきながらため息をついている。
私はそんなお母さんたちを横目に、井坂君に手を引かれてお風呂場へ。
「俺、ここで兄貴が来ないように見張ってるから。」
「あ、うん。ありがとう。井坂君。」
井坂君は扉の前で見張ってくれるようで、私はそこで井坂君と別れると扉を閉めた。
そしてお借りしてる身分で長居はできないと思い、サッサと濡れた服を脱ぐとお風呂場に入り温かいシャワーを浴びた。
あー…あったか~い…
ベタベタしてて気持ち悪かったから生き返る~
私はシャワーを浴びながら浴槽に目を向けて、浸かるか悩んだけどお兄さんが入った後というのが引っかかって、軽くシャワーで流すだけに留めることにした。
そしてものの3分ぐらいで素早く出ると、キョロキョロと脱衣所を見回してバスタオルを探した。
えぇっと…この辺かな?
私はタオルの入ってそうな三段ボックスを引き出すと、そこがビンゴでバスタオルを発見した。
そしてそれを手にとって取りだした瞬間、廊下へ続く扉が開いて井坂君が姿を見せて私は思いっきり息を吸いこんだ。
「―――――っ!?!?」
「…え。あ―――――。」
私は井坂君と目が合った瞬間、顔に血が集まって喉から悲鳴が出た。
でも、それを井坂君が慌てて手で塞いできてこもった声が漏れるだけになった。
「詩織!シーッ!!今、叫んだら家族勢揃いでここに来るから!!」
私は井坂君に諭されて裸を見られたことが死ぬほど恥ずかしかったけど、口をギュッと引き結んでコクコクと頷いた。
もちろん手はバスタオルをしっかりと握っていて、体はタオルで隠した。
すると井坂君はふっと息を吐いてから手を離してくれて、言い訳のように目の前に女物のズボンとシャツを差し出してきた。
「姉貴が持って来てくれた。詩織、まだ風呂入ってると思ったから置いておこうと思って開けただけで…。覗こうとか思ったわけじゃねぇから。」
「そ、そっか…。うん…。分かった…。」
私は井坂君から服を受け取ると、井坂君と目が合わせられなくて視線を下げる。
そして井坂君が出て行ってくれるのを待つが、一向に井坂君が動く気配がない。
まだ用があるのかな?
私は着替えられないな…と思ってちらっと井坂君の様子を窺うと、井坂君が真剣な目でじっと見つめていて、私は心臓がビクッと跳ねて息が詰まった。
この目…まさか…
私はこれからくる事を予想して受け取った服とバスタオルを握りしめて一歩後ずさった。
でも背後がすぐ三段ボックスだったため少ししか離れられない。
私がそれにどうしよう…と焦っていると、顎を掴まれて熱くキスされた。
やっぱり!!
私はすぐ近くにお父さんもお母さんもおられる状態では見られるのが怖くて、井坂君を押し返した。
「今はやめよう?」と口が離れた瞬間に言ってみるけど、井坂君は「ちょっとだけ。」と何度もキスしてきて息が上がる。
このままだと変な気分になっちゃう…!!
私は自分が裸なのも相まって、井坂君の指がちょっと触れるだけで奥の方が疼いてしまう。
なんとか顔をしかめて堪えるけど、心臓はバクバクと大きく鳴っていて限界も近かった。
「もうっ…、ダメッ…!!」
私はやめて欲しくて懇願したのだけど、井坂君は逆にスイッチが入ってしまったのか胸を直に触ってきた。
「ひゃっ!!やめっ!!!」
私は逃れようと足を動かしたところで、床に敷いてあったマットに足をひっかけてしまい、尻餅をつように後ろに倒れ込んだ。
ガターン!!と激しい音が鳴って、私は倒れるときに三段ボックスの上にのっていた洗剤等をひっくり返してしまった。
その激しい音を聞きつけてか「何事!?」という声とバタバタ走る音が近づいてきて、私は持っていた服とバスタオルを投げ捨てるとお風呂場に逃げ込んだ。
そして腰が痛い…と思いながらシャワーのノブを捻った。
そのあと脱衣所の扉が開く音がして、「拓海!?」というお姉さんの声が聞こえて、私は逃げ込めたことに心底ほっとした。
「あんた脱衣所ぐちゃぐちゃにして一人で何やってんの!?」
「別に。転んだだけだっつーの。」
「はぁ!?転ぶって、住み慣れた家で何どんくさいことやってんの!?どうせ詩織ちゃんのお風呂覗こうとでもしたんでしょ?」
「違うっつーの!!そこのマット!に足をひっかけたんだよ!!」
「もう!仕方ないなぁ~!!あんたちょっと出てて!!お母さーん!拓海が洗剤ひっくり返しちゃったー!!」
お姉さんが井坂君と一緒に脱衣所を出たのか、声が遠くなった。
助かった……
私は内心安堵しながらも、一人お風呂場で痛む腰と疼く体にしばらく動けなかったのだった。
一回やってみたかったお風呂でバッタリでした(笑)
井坂誕生日は次でおしまいです。




