148、世代交代
井坂視点です。
俺の王子様話が少しずつ立ち消えて、収束してきたことに安堵しながら詩織と変わらない学校生活を送っていると、あっという間に高校最後の球技大会がやってきた。
俺は去年と同じバスケに出場することになっていたので、ギャラリーの多い体育館でチームメイトである赤井達に指示を飛ばす。
俺がシュートを決める度にうるさいぐらいの女子の声援が飛び交い、俺は去年より激しくないか…?と思って顔をしかめた。
甲高い女子の声援より、詩織の『頑張れ』の一声があるだけで力が出るんだけどなぁ…
俺はシュートを決めてディフェンスに戻るときに隣のコートに目を向けた。
隣のコートには俺と同じでバスケの試合に出場している詩織の姿が見えて、俺は詩織が目に入っただけで心臓が軽く高鳴る。
詩織は汗をかきながら一生懸命コートを走り回っていて、自分のチームのゴールが決まる度輝くような笑顔を見せて喜んでいる。
俺は詩織の笑顔に癒されて頬が緩む。
一生懸命な詩織っていいよな…
俺は詩織の姿に元気をもらうと、自分も負けてられないとコートに目を戻したのだった。
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順調に準決勝にコマを進めた俺たちは昼飯にしようと、足を教室へ向けていた。
俺は試合後で汗をかいていたので、ジャージの上着を右肩に無造作にかけて半袖シャツの袖を捲り上げて渡り廊下を歩く。
横では赤井が島田に準決勝はどこかという話をしていて、島田が去年のように優勝できればいいけど…と言って笑っている。
そして俺らと距離をとって後方の離れたところに、チームメイトの渡利と本田が部活の話なのか楽しそうに話をしながらついてくる。
俺はすれ違う女子からの声援をBGMのように聞き流しながら、詩織も教室で昼飯かな…なんて思いながら詩織の姿を探していた。
詩織はさっきの試合の途中まで応援してくれていたのを見たけど、途中で下級生の女子に声をかけられて八牧と一緒にどこかへ行ってしまった。
詩織が下級生の女子に話しかけられてるなんて珍しくて、俺はどういう繋がりの知り合いなのかと不思議だった。
因縁系の呼び出しじゃなければいいけど…
俺は一年のときの山地のことを思い返して、微妙に不安になる。
あのとき、俺は詩織が山地に脅されてるなんて全く知らなくて、その逆で仲の良い友達になったんだろうと勝手に思ってた。
それだけに山地に声をかけられた詩織が怯えてるのを見て意味が分からなかった。
八牧に真実を教えてもらったときには、肝が冷えたのと一緒に頭にすげー血が上ったけど…
それから怒りに任せて山地に問い詰めたら、俺の傍にいたからだとか意味の分からないことを言っていて、女子ってのは意味の分からない事を考えて他人に当たるんだと俺は初めて知った。
だから俺は優しい詩織が、そういう女子の変なことに巻き込まれないかと心配になる。
教室にいなければ探しに行った方がいいよな…
俺はそう決めて話し込んで足の遅い赤井たちを抜かして、足早に教室へ駆けこんだ。
教室へ入るとすぐ暗いどんよりした空気を感じて、俺は何だ?と周囲に目を向けた。
そこで詩織の姿を暗い空気を放ってる小波の前で見つけて、ほっと安堵した。
詩織は俺に気づくと「お疲れ。」とぎこちない笑顔を向けて、ちらっと小波を見てから俺に駆け寄ってきた。
俺は小波の尋常でない落ち込み具合が気になって、駆け寄ってきた詩織に尋ねた。
「あれ、小波どうしたんだ?」
「あ…うん。実は…バスケもバレーも負けちゃって…。」
詩織が小波に聞こえないようにしているのか、苦笑しながら小声で言って、俺はそれでか…と納得した。
去年はバスケ二位とバレー四位という好成績だった。
それが今回はランク外となると、小波の落ち込みようも頷ける。
「それも…実は下級生に負けたっていうか…。バスケもバレーも1年9組に負けたんだよね…。」
「1年!?それも9組って…理数系の俺らの後輩じゃんか!」
俺は2年じゃなくて1年に負けたってことが信じられなくて目を剥いた。
詩織は「そうなんだよね…。」と言いながら肩を落としてしまう。
すると一言も発さずに暗い空気を纏っていた小波が急に声を上げた。
「もうっ!!最悪!!最っ低!!!!よりによって最後の年に1年に負けるなんて!!悔しいーーーーーーっ!!!!」
小波はグシャグシャに髪を掻き毟ると、余程悔しかったのか涙目で顔を歪めていて、その姿が山姥のようで少し怖い…。
そんな小波の横で新木や水谷も悔しそうに顔をしかめていて、バレーに出ていた千葉さんや福田さん、篠原さんも悔しかったのか悲しそうな顔をして黙り込んでいる。
ただ一人、八牧だけは無表情に皆を見ていて何を考えているのか読み取れない。
そして俺の横にいる詩織は小波の雄叫びを聞いて泣きそうになっているのを堪えているのか、ギュッと眉間に皺が寄っていた。
俺はそんな詩織を励ます言葉は出なかったけど、元気を分けてあげたくなって詩織の手を力を入れて握った。
詩織は少し驚いたのか俺を見上げてじっと見つめたあと、少し泣きそうに顔を歪めて手を握り返してから俯いてしまった。
俺は詩織をつれて場所を移動しようかと考えていると、黙り込んで現状を見ていた赤井が声を上げた。
「負けちまったもんは仕方ねぇだろ!!俺らが仇とってやるから、パッと明るく昼飯食おうぜ!?」
赤井の空気を壊すような明るい声に、呻いていた小波が呻くのをやめて、赤井に目を向けた。
他の落ち込んでいたメンバーの目も赤井に集まる。
赤井は急に静かになったことに後ろ頭を掻いて焦ると、へらっと笑った顔で言った。
「なに?俺、なんか変なことでも言ったか…?」
赤井にしては遠慮して声のトーンを低くして言って、小波が大きくため息をつくと返した。
「赤井って…恐ろしいぐらい前向きだよね…。今日ほど、その性格羨ましいと思ったことないわ。」
「え…?そうか?だって、終わったもんウジウジしててもしゃあねぇだろ?」
「…そうだけどさ…。なんか気が抜けるわ…。」
小波が呆れたように表情を緩めていて、俺はここで教室内の空気が和らいだことを感じ取った。
こういうとき赤井の空気の読めない底抜けの明るさは功を相す。
これは赤井の持つ特性の一つだな…と表情が緩んだ。
「まぁまぁ、女子の無念は俺らが挽回するからさ!確か俺らのバスケと…北野のとこのサッカーも勝ち上がってたよな?」
赤井が教室の入り口に目を向けて言って、俺はいつの間にか戻ってきていたのかサッカー出場メンバーを見た。
北野はあまり状況を掴めていないのか「あぁ。」とだけ言って頷いた。
その反応を見て赤井は満足そうに笑う。
「両方とも優勝しちまえば、まぁ去年より成果は落ちるけど三年の面子は守られるだろ。安心して俺らに任せろって!」
赤井が無責任に優勝すると公言してしまい、俺たちは顔が引きつった。
おいおい…優勝できなかったときの事考えてねーだろ…
北野も勝手に公言されてしまった事に呆れているのか、頭を掻きながらため息をついている。
当の赤井は小波を励ますように頭を撫でて、小波に抱き付かれて表情をだらしなく緩めてるし…
優勝できなかったときの責任はお前がとれよと言いたくなった。
すると俺の隣で黙ってた詩織が急に俺の体操服を引っ張ると、真剣な顔で言った。
「井坂君。絶対、優勝してね。」
詩織は少し瞳が潤んでいて、俺は詩織からのお願いに体に力が漲るぐらいのぼせあがった。
そして口から「任せろ!!」と飛び出して、言ってしまってから俺も詩織には弱いな…と、赤井の事を言えない自分の単純さに笑うしかなかったのだった。
***
そして午後からは俺のクラスはバスケとサッカーに分かれて応援に行くという流れになり、詩織はもちろん俺の出場するバスケの応援に来てくれた。
詩織の横では小波が元気を取り戻して「負けたら承知しないからー!」と脅しのような声援をしていて、雰囲気が怖い…
まぁ、赤井はへらへらして嬉しそうだから何も言わねぇけど。
俺が「頑張れっ!」と応援してくれている詩織に手を振ってからコートの中央に向かうと、相手のチームを見てみて足が止まった。
「やっぱり井坂さん、バスケだったんですね。」
そう言って話しかけてきたのは詩織の弟である大輝君で、俺は目の前に立った大輝君を見て一歩後ずさった。
あれ…もしかして…若干、身長抜かされてる…?
俺は少しだけ大輝君を見上げてることに気づいて、嫌な汗が出る。
大輝君はそんなこと気にもしていないのか堂々としていて、1年とは思えない貫録がある。
「まさか…準決の相手って…大輝君?」
「そうみたいですね。俺も3年9組が相手だって聞いたときはもしかしたらって思いましたけど。」
大輝君がどこか嬉しそうに笑って、その瞬間周囲から「大輝く~ん!!」という女子の黄色い歓声が飛ぶ。
俺はその人気ぶりにすげぇな…と感心した。
「大輝君のクラス、球技大会大健闘してるみたいだな。詩織がバスケ負けたって言ってたよ。」
「あ~…。女子ね…。なんか一人妙に勝ちに拘ってる頭カチカチの奴がいて…。そいつ勉強も運動もできる奴みたいで、作戦とかに拘ってやがるんですよ。昼もその成果が出たとかで天狗になってて、マジでウザかったっすけど。」
大輝君が腕を組みながら心底嫌そうに言っていて、その女子と相容れない関係なのが見えた。
こういう苛立ちが顔に出るところは中学生上がりだな…なんて思ってしまう。
「ま、男子に関しては実力でここまできたんで。全力で行きますからね。」
大輝君はこれが言いたかったのか偉そうに鼻で笑った。
俺はそんな大輝君に負けるわけにはいかないので「こっちこそ。」とケンカを買ったのだった。
それから1年9組との試合が始まり、俺たちは実力だと言った大輝君たちに苦戦することになった。
大きく点差は離されないものの、流れは劣勢で5点ほど勝ち越されている。
大輝君は中学でバスケ部だったのか動きに無駄もなくて、パスするのかシュートするのかじっと観察しないとギリギリまで分からない。
俺も赤井も元バスケ部員だっただけなので、バスケから離れたこの二年の差が見えるようだった。
くそ…決勝どころか準決で負けるとか洒落になんねぇ…
俺は詩織に「任せろ。」と言った以上、死んでもここで負けるわけにはいかないと転がるボールに向かった。
俺はなんとか相手の手に渡りかけたボールを掴むと、ゴール下にいた赤井にロングパスした。
「赤井ッ!!」
俺がシュートしろ!!と心の中で叫ぶと、それが伝わったのか赤井がボールをキャッチした後、そのままゴールを決めた。
これで三点差…
俺は残り時間も少ないはずだと思ったので、相手がゴール下からパスするのを奪うしかないとマークされてた男子を振り切ってダッシュした。
それにビックリした男子は反応が遅れて後ろから走ってついてくる。
俺はパスを出した相手の斜線上に割り込むと、相手ボールを奪ってそのまま3Pラインまで下がった。
そして3Pシュートしようと屈伸したところで、目の前に大きな体の大輝君が立ち塞がって動きを止めた。
ヤバい!!このままだととられる!!
俺はボールをどうしようかと悩んだとき「井坂!!」と島田の声が聞こえて、俺は反射的に声のした方を向いた。
島田は一人マークが外れていて大きく手を挙げてコートの端にいた。
俺は島田に託そうと決めて、パスを島田に出した。
すると、島田はゴールから離れたそのままの場所からボールを放って、見事3P分のシュートを決めた。
俺はあんな狙いにくい位置から決めた島田に驚いて、思わず島田に駆け寄った。
「島田!!!お前っ、やりやがったなー!!」
「お、おうっ!!ははっ!やればできるもんだな!」
島田は入ったのがマグレだったのか固い笑顔で笑っている。
俺はマグレでも何でも引き寄せたもん勝ちだと思ったので、島田の頭をぐりぐりと撫でて褒め称えた。
赤井も横でよくやった!と島田の背中を豪快に叩いている。
そうして俺たちが同点に喜んでいると、俺の耳に「井坂君っ!!」という詩織の声が聞こえてハッと我に返った。
試合はまだ終わっておらず、俺のすぐ横を大輝君がボールをついて駆け抜けていく。
俺はそれに反射で反応すると、大輝君を追いかけて何とか追いついて前に出た。
大輝君はドリブルしたままで止まると「ちぇっ。」と舌打ちして、ニヤっと悪い笑みを浮かべる。
その顔から喜んでる俺たちの隙をついたんだと分かり、そのしたたかな悪巧みにムカッとした。
あっぶね…詩織に助けられたな…
俺は詩織の声に反応する自分の耳に感謝しながら、大輝君のことを甘く見てたと考えを改めた。
「井坂さん、バスケ離れて何年ですか?」
大輝君がふうと一息つきながら話かけてきて、俺は試合中に話なんて何を考えてると警戒しながら答えた。
「中学以来だから二年…だけど?」
大輝君は俺の返答を聞くとふっと鼻で笑う。
「さすがですね。二年離れてて、俺と互角とか…やっぱまだまだだな…。」
大輝君はそう言うと、目を笑ってたものから真剣なものに変えて深く息を吐き出した。
「でも、今日は俺が勝ちますよ。」
大輝君はそう冷たい声で言い放つと、俺が反応できない速さのフェイントをかまして、俺はそれにまんまと引っかかりバランスを崩して足を滑らせた。
そして俺が半分こけた状態で振り返ると、大輝君が綺麗なレイアップシュートを決めるのが見えて、同時に残酷なピーッという笛の音が鳴り響いたのだった。
え…、ま、…負けた…?
俺は試合が終わってしまったことに放心して、ぼけっとしながら大輝君の背中を見ていると、大輝君が振り返って俺に手を差し出してきた。
「ゲームの時間間隔までは残ってなかったみたいですね。俺がブザービート狙ってたの、気づきませんでしたよね?」
大輝君はサラッとそう言って、俺はそんなこと考えてもなかったと返す言葉もなく口を噤んだ。
「二年離れててくれて感謝しますよ。決勝戦は井坂さんたちの分も頑張りますね。」
大輝君は手をとろうとしない俺を見兼ねて俺の片腕を掴むと、俺を立たせた後に整列に向かっていってしまった。
俺は大輝君の走る背を見つめて、自分の中に久しぶりにムカムカとした悔しさが湧き起こるのを感じた。
ブザービートなんて気にもしなかった!!
中学から上がってきたばっかの奴にあそこまで言われて何も言い返せねぇなんて!!
「くそっ!!」
俺はその場で苛立ちを顕わにしてダンッと足を踏み鳴らした。
そしてそのまま引き続き行われた三位決定戦で、何とか勝ちは拾ったものの俺の悔しさからくる苛立ちはなくなってくれなくて、不機嫌なまま球技大会を終えたのだった。
結果、バスケ3位、北野が出場していたサッカーはなんとか優勝したものの、1年9組の強さを見せつけられた球技大会になった。
なぜなら女子バスケ優勝1年9組、女子バレー二位1年9組、男子バスケ二位1年9組、男子サッカー三位1年9組となったからだ。
ここまでたくさんの競技の上位に一年が並んだことなんて過去一度もないらしい。
男子バスケはさすがに瀬川のいる3年4組が優勝していて、三年の面子を守った事に俺は少しだけほっとした。
そしてこの日の打ち上げは全く盛り上がらず、いつもバカをする赤井でさえ「世代交代か…。」なんて呟いて更に空気を暗いものにしていた。
料理を運んでくるファミレスの店員さんでさえ気をつかっているのが見える。
いつもだったら騒がれるのは俺らのクラスのはずで、球技大会なんて目立つのが大好きな赤井にとったら不服な結末だろう。
俺だって今までと違いすぎて複雑で、打ち上げなんて気分じゃない。
こんな結果になって初めて、今までは勝てていたから何をするのも楽しかったんだと気づく。
今までは上級生に勝てる自分たちが誇らしかった。
でも3年になって、追い越すべき上級生もいなくなり、自分たちが追い越される側になってみて、上級生の意地みたいなものが湧き上がってくる。
今度はぜってー負けねぇ…
俺はそう決意して、文化祭や体育祭でリベンジすることを心に決めた。
それは赤井たちも同じなのかいつの間にか落ち込んでいた目が変わり、ギラギラと何かに向かって光り出したのが見える。
それは女子も同じなようで、俺の隣にいた詩織が「次こそ…。」と呟いたのが聞こえて、同じことを考えてたことに嬉しくなったのだった。
大輝は中学時代バスケ部設定です。
そして身長がとうとう井坂を追い抜かしました。




