147、孤高の王子様
新学期に入り、高校生活最後の一年がスタートした私は、日に日に私と同じように男子用のネクタイをしている女子が増えていることに、変な違和感を感じていた。
なんだか最近よく見るなぁ…
私は以前は自分一人だったので、どこか人と違うってことに気恥ずかしさがあったのだけど、最近は同じようにネクタイをしてる女子をよく見るので、堂々としていられるようになった。
あゆちゃんは私がそのブームの先駆者だと言うのだけど、そんな大それたことした覚えもないので聞き流していた。
井坂君はというと、まぁ…いつも通りで相変わらず赤井君たちと楽しそうに言い争っていたかと思ったら、ふっと私の傍にいたりする。
私はそんな当たり前のように傍に来てくれる毎日が幸せで、予備校に通い始めて会う時間は減ったけど不思議と今の方が以前より心は満たされていた。
何がきっかけかは…想像はつくけど、とにかく充実してるのが一番だ。
私は今も私の隣にいる井坂君を見上げて、あゆちゃんと何か言い合ってる不機嫌そうな顔に笑みが漏れた。
すると、何やら廊下から大きな騒ぎ声が聞こえて、そっちに目を向けると教室の入り口に大輝の姿が見えた。
「姉貴!ちょっと来て!!」
「えぇ!?」
私は大輝の周囲に見える女子の取り巻きを見て、顔が引きつった。
大輝は周りの女子のラブ光線をものともせず、睨むように私を見続ける。
う~…、あいつ自分の状況分かってんのかな…?
私は嫌だなぁ…と思いながらしぶしぶ教室を出て大輝の前に立った。
「何の用?」
「用はねぇんだけど、こいつらが姉貴見たいって言うから。」
大輝は面倒くさそうに顔を歪めて、傍にいる二、三人の女子を指さした。
私はそのいかにも女子力の高そうなキラキラ女子を見て、嫌な予感しかしなかった。
きっと「え~?」とか「似てなーい。」とか言われるんだろうなぁ…
私は中学のときから散々、大輝と比べられて大体の反応は予想できたので、高校でもか…と落ち込んだ。
けれど、意外なことにキラキラ女子から返ってきたのは、今までの反応を覆すものだった。
「うそっ!?大輝君のお姉さんって、拓海先輩の彼女さん!?」
「うわっ!!すっごい感激!!私、中学のときから憧れてたんですよ!!」
「私、お姉さんと仲良くなりたーい!!」
「え…、えぇ!?」
私は今までと全く逆の反応をされて、ビックリして固まった。
憧れって…仲良くなりたいってウソ!?!?
私は信じられなくて喉から声が出ないでいると、キラキラ女子たちは輝く瞳を私に向けてテンション高く話しかけてくる。
「私!中学のとき、拓海先輩に一目惚れしたんです!!でも、拓海先輩女の子に興味ないみたいで、誰とも付き合わない孤高の王子様だったんですよ!!」
「そうそう!!私たちの代では見るだけでいいって子が多くて!!」
「私たちもそうだったっていうか…、興味ないなら仕方ないよねって言ってて!!」
「そうなんです!でも、高校でそんな拓海先輩の心を射止めた彼女さんがいるって聞いて!!」
「そう!まさか会えるなんて思わなかったーー!!」
「ホント、感激ですーっ!!」
彼女たちはキャーキャーと騒ぎ出すと、勝手に私の手をとって握手してくる。
私は「はぁ…。」としか声が出なくて、されるがままに様子を窺う。
大輝も同じなのか呆然と私や彼女たちを見て固まっている。
「それにまさか、大輝君のお姉さんだったなんて!!私、拓海先輩が彼女さんを選んだ理由納得しましたっ!!」
「うん、うん!大輝君のお姉さんなら納得だよね!!」
「だね!!」
彼女たちはどうやら大輝の姉というだけで、私を井坂君の彼女だと認めてくれたようだったけど、私はその言い方に若干不服だった。
……なんだかなぁ…
「なぁ、さっきから俺の姉貴ならって言ってるけどさ。それ、褒め言葉に聞こえねぇから。」
大輝が少し怒りながら言ってくれて、私は大輝の男前な発言に驚くのと同時に感激した。
いつもは憎たらしい弟だけど、言い方から私のことをちゃんと大事に思ってくれてるって伝わってくる。
「え、そう?ごめん。怒らすつもりじゃ…。」
「俺は俺だし、姉貴は姉貴だよ。比べられるような言い方、俺嫌いだから。」
「ご、ごめん。大輝君。」
大輝は偉そうに腕を組んで冷たい声音で言って、私はあまりにもバッサリ切り捨てた大輝に面食らった。
あれ…?大輝、こんなぶっらきらぼうな言い方…女の子にしたことあったっけ?
私は中学一年の頃の大輝しか知らなかったので、女子を毛嫌いしてるような様子にどうしたんだと思った。
昔はここまでではなかったはずだ…。
「悪い、姉貴。やっぱり連れてくるんじゃなかった。井坂さんにも謝っといてくれよ。それじゃ。」
大輝はサラッとそう言うと、取り巻きの女子を置いてスタスタと一人で去っていく。
取り巻き女子たちはそれを見て私に「ごめんなさい。」と頭を下げると、慌てた様子で大輝の後を追いかけていった。
私はその背を見送ると、廊下にいる同級生女子までも大輝にうっとりとした熱い視線を向けてるのに気付いて、なんだか変な気分になった。
昔から私と違ってモテて、女子にも人気のあった大輝だけど、知らない間にビックリするぐらい出で立ちがオーラを持つようになってる。
加えてあの俺様な物言い…、女子を寄せ付けないような雰囲気…
もしかすると中学の比じゃないほどモテるようになるんじゃ…と思いながら教室に戻ると、井坂君が心配そうにこっちを見ていた。
「大輝君、何の用だったんだ?大丈夫か?」
私は井坂君の心配してくれる言葉に「大丈夫。」と返すと、ふっと取り巻き女子の言っていたことが気になって訊いてみることにした。
「さっき大輝と一緒に来てた下級生の女の子が言ってたんだけど、井坂君中学で孤高の王子様だったって本当?」
「―――っぶ!?はぁ!?」
井坂君は息を吹きだすと目を剥いて驚いていて、私は井坂君の反応から周りから言われてただけなんだと察した。
でも、そこへあゆちゃんが食いついてきて目を爛々と輝かせ始めた。
「何!?その面白そうな話!!聞きたいんだけど。」
「えっと…。なんかさっき一年生の子が中学のとき、井坂君のことを孤高の王子様だって言ってたみたいで…。」
「っぶ!!王子様って!!あははははっ!!何それ!!」
「いや…なんかその子が言うには、井坂君て中学のとき、女の子を―――」
「ストップ、ストップ!!!!その話やめっ!!」
私が聞いたことを言おうとすると、井坂君が私の口を手で塞ぎながらあゆちゃんとの間に割り込んできた。
井坂君は物凄く焦っていて、余程言われたくないのか必死だ。
「過去の話なんかいいだろ!?」
「えー!?でも、王子様の話、気になるんだけどー!!」
「小波、しつこい!!」
「え、私も気になるよ。井坂が王子様とかっ―――ふっ!笑えるーーーっ!!」
あゆちゃんの横にいた新木さんも爆笑し始めて、井坂君は顔を真っ赤にさせて「絶対イヤだ!!」と声を荒げている。
するとその騒ぎを聞きつけたのか、事を大きくするのが大好きな赤井君が島田君や北野君と一緒にやってきた。
「なんか王子様とか面白そうな話してるな~?」
「赤井!!お前は来んな!!ややこしくなるっ!!」
「え~?別にいいだろ。」
「よくねぇよ!!帰れっ!」
「ちょっと井坂。あんたが言わないなら赤井から聞くから黙ってて。」
「おいっ!!やめろっつーの!!」
井坂君が嫌がって必死に食い止めようとするものの、あゆちゃんと新木さんは赤井君たちとタッグを組んでしまい、5人で輪を作って井坂君を阻んでしまった。
井坂君はそれを見て肩を震わせると「勝手にしろっ!!」と言って自分の席に戻っていってしまう。
私は「おいで」と手招きするあゆちゃんと怒って机に突っ伏した井坂君を交互に見て、あゆちゃんに「私はいいよ。」と断って井坂君の所に向かった。
そして井坂君の机の前にしゃがみこむと井坂君の頭をちょんちょんっと突いて声をかけた。
「井坂君。」
井坂君は私の声に少し顔を上げてくれるとぶすっとした顔で「何。」と言った。
「あのね、私は井坂君が下級生からも憧れられてたなんて聞いて、ちょっと嫉妬しちゃったよ?」
「え…?」
「だって、私は高校からしか井坂君を知らないし、たった一年でも孤高の王子様って言われるぐらい、女子に興味のなかったカッコいい井坂君を見たかったなって。きっと今と違うんだろうなーって、知ってる下級生が羨ましかったの。」
私は目を輝かせて楽しそうに話す下級生の姿を思い返して、どんな感じに騒がれてたのかな…と気になった。
王子様なんて言われるぐらいだから、きっと女の子にも優しい素敵な先輩だったんだろう。
できるなら私もその場にいて、彼女たちのようにキャーキャー騒ぎたかった。
私がそんな妄想を広げていると、急に前から顔を掴まれてビックリして井坂君に目を戻した。
井坂君はいつの間にか不機嫌な顔がなくなっていて、今はどことなく嬉しそうに見える。
「もし、詩織が俺と同じ中学だったら、俺も王子様なんて恥ずかしいレッテル貼られなかったかもな。」
「え…、なんで?」
私は仮定の話とはいえ王子様と呼ばれなくなる理由が分からなくてぽかんとした。
すると井坂君がふっと笑って楽しそうに話し出す。
「だって、詩織と同じ中学だったら、俺ぜってー詩織のこと好きになっただろうし。そしたら、他の女子になんて気を遣う余裕もなくて、詩織を振り向かせるのに必死で、王子様なんて言われるカッコいい自分出せなかったと思う。むしろ必死過ぎてカッコ悪かったりするかも。」
井坂君から『好き』と言われたことに照れてしまって、私は上手く返せなくて「そ、そうかな…?」なんて半笑いで目を逸らす。
うわわ…出会いが中学でも好きになるって断言してくれるなんて…嬉しい…
羨ましいとか思ってたの、今ので吹っ飛んじゃった。
私が井坂君に顔を掴まれているので、照れて赤くなっている顔を背けられないのに焦っていると、前から笑い声が聞こえてきてちらっと視線を戻した。
目の前で井坂君が楽しそうに笑っていて、笑いながら額と額をくっつけてくる。
「あははっ!俺ってやっぱ単純。詩織といたら、さっきまでの苛立ちどっか行っちまった!」
この言葉に井坂君も私と同じことを思ってると分かって、私は無性に嬉しくなってつられて笑顔になった。
「役に立てて良かった。」
一緒にいるだけで癒されるって言われてるみたいで嬉しいなぁ~
私と井坂君はそうして笑い合っていたのだけど、後から教室だったという事に気づいて照れながら離れたのだった。
***
そして、井坂君の孤高の王子様という話は赤井君がクラス中に触れ回ったというのもあって、自然と私の耳に入ってきた。
ドヤ顔の赤井君が言うには…
井坂君は二年の終わりに急に背が伸びてモテ始めた。
その頃、すでにモテていた赤井君と一緒にいることも多かったから、一気に赤井君のファンから火がついたそうだ。
自分で言うんだ…と思ったんだけど、それは置いておいて…
急にモテ始めた井坂君は、それまで女子との接点もあまりなくて女子に慣れてなかった。
だから戸惑いながらも笑顔で返したり、優しくしている間に井坂君のファンは広がっていった。
そして告白される数も日に日に増えていったそうだけど…
まぁ、ここから先は以前も聞いたことがあったので大体分かった。
井坂君はお兄さんへの反骨精神?から、女子に気持ちをスッパリ諦めてもらえるように、バッサリとくる女子くる女子を見事に断り続けた。
その頑ななまでに彼女を作らない姿勢からついたあだ名が『孤高の王子様』だったわけだ。
私は女子に慣れている井坂君しか知らないので、女子からアタックをかけられて戸惑ってる井坂君を見てみたいな…なんて思ってしまったりしたけど…
まぁ、実際見てしまったら心穏やかじゃないだろうし、想像で留めておくことにした。
そうしてクラス全員が井坂君の王子様話を知る所となったとき、同時にある人物に人気の火が点いていると耳にした。
「詩織の弟の大輝君だけどさ、今ヤバいぐらい話題の的だよ?知ってる?」
「…話題の的って…、あいつ何かしたの?」
私は何か素行の悪いことでもやったのだろうかと、話をするあゆちゃんを真剣に見つめた。
あゆちゃんはそんな私の心配を振り払うように笑うと、「違う、違う。」と首を振ってから説明してくれた。
「話題の的っていうのは、悪い意味じゃなくて、要は女子の話題の中心、モテてるってことだよ!」
「あー…、そういうこと。」
私は予想していただけに、またか…と安堵と諦めを交えながら肩を落とした。
「何?その顔。自分の弟がモテてるんだよ!?鼻高くないの!?」
「だって、大輝がモテるのなんて中学のときからだもん。またかーっていう気持ちの方が大きいよ。」
「えっ!?やっぱり中学のときもモテたんだ!?じゃあ、彼女も履いて捨てるほどいたとか?」
あゆちゃんが楽しそうに言ってきて、私は中学の頃の大輝を思い返した。
「ううん。大輝、女子に興味ないっていうか…嫌いだっていうか…。とにかく色恋に興味のない堅物人間だから。彼女なんていたことないよ。」
「えぇ!?もったいない!あんなにカッコいいのに!!」
「え?カッコいいって…大輝が?」
私はあゆちゃんの感想に驚いて声が裏返った。
あゆちゃんは当然と言うように大きく頷く。
「うん。あんな弟がいたら私自慢しちゃうよ!」
「え~!?それは大輝の裏の顔を知らないからだよ。」
「あ、やっぱ裏があるんだ?」
「あるよ!!私だってどれだけ意地悪されてきたことか!」
「あははっ!それだけ仲が良いってことでしょ?いいなぁ~!私もカッコいい弟が欲しい~!!」
「あれ?あゆちゃんは兄弟いなかったっけ?」
「ウチは妹二人。だから男兄弟がいるってこと自体が羨ましいよ。」
私はあゆちゃんの妹を想像して、あゆちゃんみたいに活発で可愛いんだろうな~と妹の方が羨ましくなった。
是非ウチの弟と交換して欲しい。
「でもさ、真剣な話。弟君は絶対人気出るよ。井坂の孤高の王子様じゃないけどさ。どんな女子にも靡かないって姿勢が、もう王子様だから!!」
「そうかなぁ~?井坂君の方が絶対カッコいいと思うけど。」
「それは惚れた欲目!!井坂と弟君並べたら一目両全だから、絶対!!」
あゆちゃんはどこからその自信が湧いて出てくるのかきっぱりと肯定した。
私は井坂君以上なんて想像もできなくて半信半疑だったのだけど、意外にもこのときのあゆちゃんの予想は当たってしまうのだった。
少し大輝を絡めました。
次にも大輝が出てきます。




