146、隠し事
井坂視点です。
俺は詩織の部屋に通されて、詩織のベッドの脇に詩織と並んで座った。
詩織は大輝君が変なことを言わなかったかと心配していたり、家に帰るのが遅くなったことを謝っては表情をクルクルと変える。
俺はそんな詩織を見ながら、近くにいる詩織に癒されていて、今にも触りたくなるのを堪えていた。
やべ~…もう詩織しか目に入んねぇ…
詩織はしばらく大輝君の悪口を言っていたけど、ふっと話を予備校のものへ切り替えて、俺はある名前に敏感に反応した。
「今日、僚介君に一緒に勉強しようって誘われて、あ、二人だって言うからちゃんと断ったんだけど、対策プリントはちょっともったいなかったな~なんて思ったりして…。」
「僚介?」
「うん。前に一回会ったよね。覚えてない?」
覚えてないわけないだろ。
俺は寺崎僚介のことをそこまで理解したわけでも信用してるわけでもないので、詩織のすっとぼけた言い方にイラッとした。
「覚えてるけど。何?あいつ、同じ予備校なのか?」
「うん。SSクラスにいるんだって!すごいよね!!私もそこに入れたら安心なんだけどなぁ…。」
俺としては別クラスの方が安心だ。
俺は勉強を頑張ろうとしている詩織に言えなかったけど、できるなら僚介との接点を切って欲しかった。
詩織はそんな俺の気持ちも知らずに「明日プリントだけ、見せてもらってもいいかな?」なんて訊いてくる。
俺はそんな無垢な詩織にダメとも言えず、でも自分のモヤモヤした嫉妬も我慢できずに詩織に意地悪してしまう。
詩織の頭にチョップしてから頬を手のひらでグリグリしていると、詩織は顔をしかめて「何、何!?」と楽しそうに笑う。
「勝手に見せてもらえばいいじゃんか。」
俺が若干拗ねて言うと、詩織が目を何度もパチクリさせた後に嬉しそうに抱き付いてきた。
俺はその反動で後ろに倒れそうになるのを床に手をついて堪える。
「ありがとう。」
詩織がほっとしたように言って、詩織は詩織なりに僚介との関係をどのラインまでにしようかと考えてるんだと察した。
寺崎僚介はきっとそこまで俺が心配するような奴じゃないのかもしれない…
だって詩織はちゃんと全部俺に話してくれてるんだから…
向こうがどう思ってようとも、詩織は何とも思ってないんだ
大丈夫、
俺の心配するようなことにはならない
俺は詩織の温もりに安心してきてギュッと抱きしめ返す。
すると詩織が「拓海。」と小声で俺を呼んで、俺の耳の近くの頬に口付けてきて肌が震えた。
うわ!!!!
俺はビビッと電流が走ったように痺れて詩織を凝視すると、詩織は照れ臭そうに真っ赤になりながらも楽しそうに笑う。
その顔に俺は仕返ししたくなって、今度は自分が詩織の頬に口付けた。
詩織はビックリして目をまん丸くさせていたけど、表情を緩めて笑うと「照れるね。」と呟いた。
やべ、顔にやける…
俺は詩織以上に顔が赤いんじゃないかと思うほどドキドキと心臓が高鳴っていて、もっと照れた顔を見ていたくて口に軽くキスした後、首筋にも唇を落とした。
すると詩織が「ひゃっ!」と可愛く声を上げた後に、俺から離れて逃げようと背を向けてしまった。
「しっ!下にお母さんいるから!!」
「大丈夫だって。詩織が声出さなきゃいいんだよ。」
俺は逃げ出す詩織を背後から捕まえると詩織へのキスを再開させようと首筋に顔を埋める。
こんなになっててストップとか冗談じゃねぇ…
俺は詩織しか目になかったので、今日ここに来た意味を見失っていた。
本当は詩織のご両親から信頼されていた手前、手を出してしまった後ろ暗さから正直に打ち明けようと来ていたのだけど…
温かい詩織のお母さんや大輝君を前に言えなくなった。
そして詩織と会ってしまったら、全部吹っ飛んだ。
悪い事してるわけじゃねぇ…
これは自然なことだ
俺は自分にそう言い聞かせて手を詩織の服の中に滑り込ませた。
すると詩織が両手で自分の口を押え出して、俺は声を堪えてる詩織が可愛くて笑みが漏れた。
可愛すぎ…
このまっすぐに正直なとこがいいんだよなぁ…
俺は苦しげに息をしながら顔をしかめてる詩織にそそられて手が止まらない。
そうして俺が詩織の素直な反応を見て密かに楽しんでいると、階下から詩織のお母さんの声が響いた。
「詩織ー!大輝と買い物に行くから、少し出てくるわねー!」
俺は声が聞こえた事にビックリして手を止めた。
すると詩織も我に返ったのか口から手を離すと平静を装って「分かったー!いってらっしゃい!」と大声で返す。
それに反応してお母さんが「留守番頼むわねー!」と言って、玄関の開く音が小さく聞こえてきた。
俺はしばらく耳を澄ませて本当に出て行かれたのか様子を窺った。
そしてシーンと物音すらしないと確認して、俺は現状に胸が高鳴った。
え…、これって家には二人だけってことだよな?
こんな棚ぼたラッキー展開アリか…?
俺と同じことを考えているのか詩織もピクリとも動かなくて、俺は堪らず詩織に声をかけた。
「詩織…。お母さん買い物って…二人っきりってことだよな?」
「………そう…だね…。」
詩織は肩をビクッと震わせると照れてるのかこっちを向こうとしない。
俺はそこでさっきの気持ちをぶり返すと、詩織の耳元に口を近づけて告げた。
「詩織、もう声出しても大丈夫だな。」
「!!!なっ…何言って!!―――ひゃっ!!」
俺が詩織の肌に手を触れながら服のボタンを外しだすと、詩織がジタジタと暴れながら感じてる顔で言葉を吐き出した。
「いっ、井坂君っ!やめっ!またっ、変になるっ!!」
嫌がられるとそそられるの分かってねぇよなぁ…
俺は慌てる詩織が可愛くて仕方がなくて、ふっと笑みが漏れた。
詩織は心の底から嫌がっているわけではなさそうで、表情は柔らかくてどことなく嬉しそうに見える。
「変になっていいよ。俺も詩織に溺れてるから。」
俺がうっすら涙目になってる詩織に本音を打ち明けると、詩織は真っ赤な顔で照れて「もうヤダ…。」と小さな声で呟いたのだった。
***
俺は詩織とやれたことに満足して、にやけながらいそいそと服を着終えると、同じように服を着ていた詩織がシャツを着た後にぼやいた。
「私、絶対井坂君に流されてる。」
「え、流されるのイヤなのか?」
俺は流されてヤッたことに後悔してるのだろうか?と不安になったのだけど、詩織はムスッとした顔で「イヤってわけじゃ…。」と顔を赤らめる。
イヤじゃないなら何なんだ?
俺がよく分からなくて首を傾げていると、詩織は着替え終えるなりすくっと立ち上がって気合いを入れるように言った。
「私、勉強頑張る!こんなんじゃダメだ!!」
「へ?詩織?」
詩織が宣言するなり勉強机に座って鞄からプリントを取り出し始める。
俺はどういう思考回路で勉強につながったのか分からなくて、立ち上がると詩織の勉強机に近寄った。
すると詩織が両手を俺に向けて険しい表情で言った。
「井坂君は来ちゃダメ。私、井坂君といると流されて勉強が疎かになっちゃう。」
あー…なるほど。
俺はここでやっと流されるからの勉強の繋がりを理解した。
「詩織、じゃあ俺帰った方がいい?」
「え!?帰るの!?」
俺が空気を読んで言った言葉に詩織が悲しそうな顔で振り返ってきて、俺はそんな詩織に胸キュンしてしまった。
かわ…いや、…つーか…その顔は犯罪級だろ…
俺は胸の辺りがムズムズしてくるのを手で押さえて堪えると、軽く咳払いしてから顔を背けた。
「し、詩織がいて欲しいなら…いるけど?」
「ほんと?」
詩織は俺の言葉一つ一つに表情をクルクルと変えて、今はすごく嬉しそうに目を輝かせている。
……帰れるわけねぇ…
俺は「じゃ、俺も勉強してる。」と言うと、詩織の机から問題集を一つ借りてベッド横のテーブルで勉強を始めた。
詩織はそんな俺を見てニコニコと笑うと、自分も勉強をするのか背を向けて机に向かった。
まぁ、イチャつけねぇのは残念だけど、いるだけでいいと思われてるなら、いるしかねぇよな…
俺は詩織にいて欲しいと言われた事が嬉しくて、勉強するはずが何度も詩織の背中を見つめてしまったのだった。
そして俺たちが勉強し始めてしばらくすると、詩織のお母さんと大輝君が帰って来たのか階下でドアの開く音がした。
その直後バタバタと階段を駆け上がる音がして、部屋のドアがノックもなしに開け放たれ、お母さんと大輝君の姿が目に入った。
「あ、なんだ勉強してたの?」
「うわ…二人でいて勉強とか…。やっぱ姉貴ねぇわ~…。」
詩織のお母さんが何か心配していたのか安心したように言って、大輝君はその後ろで顔を歪めて呆れ果てている。
俺はお母さんの焦った様子から、まさか…という不安が胸を過り、シャーペンを持っている手が止まりお母さんの顔を直視できなくなった。
詩織は何も気づいていないのか椅子をクルリと反転させると、とぼけた顔をお母さんに向けている。
「なんでそんなに慌ててるの?買い物早かったんだね。」
「え、えぇ。途中で大輝に変なこと言われてね。早めに済ませたの。」
俺はお母さんの言い方から不安が確信に変わり、背中から汗が吹きだしてきた。
ヤバい…。これ、ヤバい流れだ…
俺はバレたらどうしようと思って、頭の中で必死に言い訳を考え始める。
「変なこと?って大輝。また、お母さんに口の悪い事でも言ったんでしょ。」
「バーカ。俺は普通の男子高校生だったら考えるだろうことを、そのまま母さんに言っただけだよ。まぁ、井坂さんは違ったみてぇだけど。」
「普通の男子高校生??」
詩織は全く気付いてないのか、大輝君とのやり取りに俺がハラハラしてしまう。
「まぁ、いいじゃないの。思い過ごしだったんだから。それじゃ、勉強の邪魔しちゃったわね。ごめんなさいね、井坂君。」
お母さんは俺に焦ったように笑顔を向けて謝って、俺は逆にお母さんに土下座したくなって上手く返せなかった。
謝るのは俺の方だ。
信頼されてるのに、それを平気でぶち壊してる。
俺が心の中で何度も謝っていると、お母さんは大輝君を押しながら部屋の扉を閉めていった。
詩織はまだ気づいてないのか「変なの。」と呟いて勉強に戻ってしまう。
俺は一人、このまま隠し続けるのかと思うと心苦しさで胸が痛くなったのだった。
***
それからの春休み期間は、詩織が春期講習というのもあって、午前中から午後にかけては赤井や島田、たまに北野も一緒に遊んだり、バカ騒ぎして過ごした。
そして詩織の予備校終わりの時間からは詩織の家や公園で待ち合わせて、なるべく詩織に手を出さないようにして過ごした。
俺なりにこれ以上心苦しくならないように…という防御線だ。
開き直ればいいのだけど、俺の性格上隠し事というのが向かないのかもしれない。
以前も詩織に隠し事をしてバレてたっていう経緯もあるし…
俺は新学期初日、詩織の家の近くで詩織を待ちながら悶々と考え込んでいた。
するとそこへ詩織よりも先に大輝君がやって来て、俺は大輝君に挨拶した。
「おはよ。大輝君。」
「おはようございます。早いですね。」
大輝君は俺と同じ大浦川高校の制服を着ていて、俺とそこまで背丈も変わらないので同級生のようだった。
まぁ制服が新品だっていうのと、俺に敬語を使ってくれてるので下級生に見えるかもしれないけど…。
それを抜いてしまえば、仲の良い友達にだって見える。
「姉貴ならもう少しかかると思いますよ。さっき洗面所に駆け込んでたんで。」
「そっか。ありがとう。教えてくれて。」
大輝君は「いえ。」と言った後に、先に学校へ行くのかと思ったのだけど、何故かじっと俺を見たまま動かなくて、俺はその目を見つめ返した。
すると大輝君が表情を変えずに平然とビックリすることを聞いてきた。
「井坂さん。ぶっちゃけ姉貴とはどこまで進んでるんですか?」
!?!?
俺は大輝君からそんな質問が出るとは思わなくて、豪快に咳き込むと動揺したままで返した。
「なっ、なっ!?なんでそんな事聞くんだよ!?」
俺は顔に出さないようにと思うものの、隠し事が上手くできる方じゃないので思いっきり顔が熱くなってきて、それを押しとどめる事ができない。
対する大輝君はピクリとも表情を変えずに坦々としている。
「まぁ、興味本位ですけど。一番は姉貴の雰囲気が違うからですかね?」
「し、詩織の雰囲気!?」
「はい。なんか大人っぽくなったっていうか…あ、これは母さんも言ってたんですけど、どこか自分の手を離れた気がするって…。」
俺は自分からじゃなく詩織からバレそうだと聞いて、背筋が凍るようだった。
「姉貴ってどこか幼稚っぽいとこあったんですけど、そういう部分が減ったのはやっぱり井坂さんの影響かなーなんて母さんと言ってて…。どこまでいってるのか気になったんですよ。まぁ、言いたくないなら無理に聞き出そうとも思いませんけど。」
大輝君が薄く笑みを浮かべていて、俺はその笑顔に分かってて黙ってくれてるような気配を感じ取って、もう黙ってることができなくなった。
俺に隠し事は無理だ!!
「大輝君、ごめん!!そのっ、ご両親の期待には沿えなくて…、俺…詩織に手出しちゃったんだ!!もう、ご両親に向ける顔ないんだけどさ…。隠し続けるのも苦しいし…、大輝君には言っておくよ。」
俺は頭を下げたまま、とりあえず思いつく言い訳を並べた。
「大輝君も男なら分かってくれると思うんだけど…。付き合ってたら、やっぱりいつかはそうなるっていうか…。いや、俺も高校卒業するまでは…って思ってたりもしたことあるんだけどさ!!でも、やっぱり好きな子目の前にして、我慢できなかったっていうか…。」
俺は言いながら大輝君からの反応がなくて、おそるおそる顔を上げた。
大輝君はぽかんとした顔で固まっていたけど、俺と目が合ったのをきっかけに大きく一歩下がった。
「うえぇ!?!!?」
大輝君は余程驚いたのか俺を凝視したまま「えぇ!?」と何度も繰り返して、俺はその反応から気づいてなかったのか!?とサーっと血の気が引いた。
「えぇ!?大輝君、分かっててその話したんじゃないのか!?」
「知るはずないじゃないですか!!俺、井坂さんすげーなって感心してたぐらいで!!まさか、それ裏切られてるなんて夢にも思いませんでしたよ!!」
「えぇぇぇぇっ!?!?!」
俺はとんだ思い違いをしたとカッと頭に血が上って、耳まで熱くなってきた。
やっばい!!何自分でバラしてんだ!!!!
「だっ、大輝君!!これはご両親には内密に―――」
「内密も何も、そんなこと口にできるわけないですよ!!―――うわっ、バレたら家が凍り付きそう…。」
大輝君はそのときの事を想像したのか、青い顔をして両腕を抱え込んで身震いし出した。
そんなになるほどのことなのか!?
俺は大輝君の反応から怖くなって、嫌な想像が広がる。
詩織にふさわしくないとか…最終的に別れろとか言われたり…
俺はそれだけは何とか阻止したくて大輝君にすがりついた。
「だっ、大輝君!!絶対バレないように協力してくれ!!」
「そっ、そんなこと言われても困りますよ!」
「お願いだ!!せめて高校を卒業する一年だけ!!その後にバレたら自分で何とかするから!!とりあえず、この一年だけ!!」
俺は大輝君に必死に頼み込んだ。
大輝君はしばらく嫌そうな顔をしていたけど、大きくため息をつくと「家の中だけですからね。」と言って要望を受け入れてくれた。
俺はそれが嬉しくて大輝君に抱き付くと「ありがとう!!」と感謝を伝えた。
そのとき右側でジャッとアスファルトを蹴る音がして視線を向けると、詩織が俺たちを見つめて立ち止まっていた。
「何、してるの?」
俺は詩織の怪訝な目を見て、俺は自分が大輝君に抱き付いてる光景を誤解させてると感じ取った。
そして俺と大輝君はお互いに奇声を発して離れると、詩織に必死に弁解することになったのだった。
大輝も共犯者となりました(笑)
とうとう高校三年生です。




