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理系女子の恋  作者: 流音
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145、春期講習


とても幸せで最高の気分のまま週末を終えて、私は残り一週間の高校二年を楽しもうと、いつも通り井坂君と登校した。

その間、どことなく井坂君との間に感じる空気が違うような気がしたけど、私の心臓はいつも通りドキドキと井坂君を見てるだけで高鳴っていたので、あまり気にならなくなった。


そして二人並んでクラスへ行くと、私と井坂君は教室へ入る前にあゆちゃんと赤井君に囲まれた。


「おめでと!!詩織!!とうとう井坂とやったんだって?」


―――――!?!?!


あゆちゃんからの第一声を聞くなり、私はビックリしてぐわっと体温が上がって固まった。


えぇっ!?何で知ってるの!?!?


私はどこから漏れたのかと混乱する頭で考えて、知ってる人間は私以外に一人しかいないと井坂君を凝視した。

井坂君は思い当たる節でもあるのか、まずいという顔をすると顔を背けてしまう。


あゆちゃんには恥ずかしいからそういう事を言わないで、アリバイ作りに協力してもらったのに…

井坂君から赤井君経由でバラされるなんて…


私は口の軽い井坂君に腹が立って、グーで小突いた。

するとそれを見てたあゆちゃんが変な奇声を上げた。


「やっだ~!!詩織!!その言葉を交わさなくても通じ合ってる感!胸キュンしちゃう~!!」

「え…。」

「小波!これがやっと本懐を成し遂げた二人の姿だよ!!思えば、長かったもんなぁ~。」

「赤井!!そのペラペラの口閉じろ!!」


今まで気まずそうに顔を背けていた井坂君はさすがに赤井君の言葉には我慢できなかったのか、茶化す赤井君を蹴とばして教室の中へ入っていった。

私はニコニコしているあゆちゃんと残されて、バレちゃったものは仕方ない…と諦めると口を開いた。


「アリバイ…協力してくれて、ありがと。あゆちゃん。」

「ふふっ!!そんなのお安い御用だよ!私は詩織のそういう大人な顔が見れて、嬉しい!」

「お、大人な顔?」

「うん。詩織、凛としててすごく大人っぽくなった。また一段と女として磨きかかって、井坂も心中穏やかじゃなくなるだろうなぁ~。」


そうかな…??


私は朝、普通に自分の顔を鏡で見てきたけど、何も変わりはなかった。

いつも通りの私のはずだけど…そんなに違うのだろうか?


私はニコニコしてるあゆちゃんを見つめ返すと、あゆちゃんがぽんっと私の背を叩いて教室へ入って行く。


「そのネクタイ、つけてるだけで多少は井坂の心境もマシかもね。っていうか、それ下級生の間で若干流行りつつあるよ。」

「え…?流行るって…、え?何の話?」


私はあゆちゃんの言ってる意味が分からなくて追いかけて教室に入ると尋ねた。

あゆちゃんは「知らないの?」と少し驚いて、楽しそうに笑い出す。


「あはははっ!詩織らしいね。今や名物カップルの片割れで、女子の憧れになりつつあるのに。」

「??名物カップル?」

「そう。ここんとこ井坂が詩織にずっとくっついてて、詩織と人前でイチャつく事も多かったじゃない?それのせいもあってか、二人がちゃんと想い合って付き合ってるって事が浸透したみたいよ。今じゃ、ウチの高校の名物カップル。難攻不落のモテ男、井坂拓海を骨抜きにした女に認定されてるぐらいなんだから。」

「へ?何それ?」


そんな大げさなことになってたの!?


私はそんな話初耳だったので、信じられなくて開いた口が塞がらない。

あゆちゃんは私の反応が面白いのかケラケラと笑っている。


「あははっ!!ちょっと前までは妬まれて大変だったってのに、ホント噂ってすごいよねぇ~?」

「あゆちゃん…。なんか面白がってない?」

「うん?もちろん。面白いのは事実だし。」


………ひどい…。


私はそれでも友達なのかと思ってじとーっと見つめていると、あゆちゃんが私の背を叩いて「まぁ、いいじゃん。あと少しで春休みなんだし。」と誤魔化して教室へ入って行った。



はぁ…、名物カップルかぁ…

嬉しいのか悲しいのか分からないなぁ…

カップルだって認められてるのは嬉しいけど、あまり注目されるのはなぁ…


騒ぎ立てられるのだけは遠慮したい


私は静かに学生生活が送れればいいけど…と今後が心配になった。


でも、そんな心配も必要なくて、私たちの三学期は普通に過ぎていき、あっという間に春休みに突入したのだった。





***




春休み初日、私は予備校への申込書を持って春期講習を受けに駅前の予備校に足を運んでいた。

ここに来るのは僚介君と会って以来だ。

私は今日も僚介君や長澤君は来てるのだろうかと周りを見回した。


人が多くて分からないな…

まぁ、ずっと通ってる人とはクラスが違うかもしれないもんね…


私は窓口で教室番号を聞くと、もらった書類の封筒を持って廊下を歩く。

そうして番号の教室へ入ると、半分ぐらい席が埋まっていて、私は空いてる席を探して教室内を見回した。


教室にいる人たちは誰かと話すでもなく、黙々と勉強していたり、ケータイをいじっていたりと一人で過ごしてる人が多かった。

もしかしたらこのクラスは、春期講習だけで来てる人とか、この春から通うっていう初めての人が多いのかもしれない。

私は自分もその一人だなーと空いてる後ろの方の席に腰を落ち着けた。


そしてもらった書類を机の上に開けて読んでいると、ガタンと入り口で音がした後に名前を呼ばれた。


「詩織!!」


入り口で私を呼んだのはパーカーにジーンズ姿の僚介君だった。

私は教室の人に注目されるのが嫌で、席から立つと慌てて教室を出た。


「りょ、僚介君!びっくりしたよ。久しぶりだね?」

「おう。さっき廊下で詩織っぽい後ろ姿見たからさ、まさかと思って探してたんだよ。もしかして今日から?」


僚介君はテンションが高くて声を弾ませながら嬉しそうに言う。


「うん。さっき窓口で申し込んで来たんだ。」

「そっか!!じゃあ、今日学力テストだな!」

「あ、そっか。この教室って学力テストの教室なんだ。」


私はそれで皆一人でいるんだと納得した。

僚介君はそんなおとぼけな私を見て楽しそうに笑う。


「あははっ!相変わらずおもしれーっ!詩織と同じクラスになれたら楽しそうだな!!」

「それって…喜んでいいの?」

「褒め言葉だって!俺、国公立志望クラスのSSクラスだから詩織も頑張ってそこに入ってくれよ。」

「SS…まぁ、できるだけ頑張るよ。」


私はSSと聞いて、さすが京清高校と僚介君を見直した。

あんなに落ち込むほど頭悪くないんじゃないのかな…??

私は弱音を吐いていた僚介君を思い出して、自分の方がよっぽど落ち込まなければならないと思った。


「そうだ。今日予備校終わったらさ、どっかで一緒に勉強しねぇ?詩織、今日はテストだけだろうし、俺らのクラスでやったこと教えてやるよ!!」


僚介君が前と同じような事を言ってくれて、私はとても有難かったけど断ることにした。


「ごめん。気持ちは有難いんだけど…。」

「なんで?詩織、勉強したくてここ来たんだろ?なら、ちょっとぐらいいいじゃん。」

「え…っと…その…。やっぱりこういうのは…そのー…。」


私は以前の驚いた顔の井坂君を思い返していて、井坂君にああいう顔をさせるのは嫌だったので、なんとか断る方向へと持っていく。

はっきり口に出せないのは、僚介君が懐いた犬みたいに目を輝かせてるからだ。


「今までのプリント、俺ファイルしてあんだよ。詩織、それ見たくねーの?」

「え…。見たい…けど。でも、やっぱり二人っていうのは…。」


私は対策プリントは捨て難いと心が揺れたが、井坂君の顔を思い返しては堪える。


「なに?二人がダメ?あ、彼氏か!!」


僚介君が口に出せない私を察してくれて、私は大きく頷いた。


「そう!!だから、ごめんね。」


私は本当に気持ちは嬉しかったので、手を合わせて真摯に謝った。

すると僚介君は大きくため息を吐いた後に、腕を組んで言った。


「……そういう理由なら、仕方ないけどさ。でも、詩織の彼氏って顔は良いのに中身てんで子供だよな。」

「え…?」


私は僚介君から出た井坂君を否定する言葉にビックリして、合わせていた手を下げると僚介君を凝視した。


「だって、親切はいいとか俺のこと敵みたいに睨んでさ。詩織のこと束縛し過ぎじゃねぇの?」

「そ、そんな束縛なんて…。」

「してるだろ。別に好意持ってるわけでもねーのにさ、男と二人で勉強もさせないなんて、男友達全否定だろ。詩織の交友関係狭めてるじゃん。」


え、えっと…井坂君に二人になるなって言われたわけじゃないんだけど…

私が悲しい顔させたくないだけで…

でも、これってどう言えばいいだろう?


私は僚介君の中の井坂君の株が下がってるのに焦るけど、上手い言葉が浮かばなくて口をパクつかせる。


「詩織、あんま彼氏に振り回されんなよな。」


僚介君はムスッとした表情で私をビシッと指さすと、一緒に勉強は諦めてくれたのか背を向けて教室へ戻っていった。

私はその背を見送りながら、なんとなくため息が出た。


私が好きで振り回されてるんだもん…

井坂君は悪くない…


僚介君に今後理解してもらえるか分からなかったけど、いつか分かってほしいな…と思って私も教室に戻ったのだった。






***





そしてその日は僚介君の言う通り学力テストだけで早めに終わったので、私は井坂君に会えると思って走って予備校を飛び出した。

出るときに長澤君に会ったので「また明日。」と一言だけ言葉を交わして、ケータイで井坂君に電話をかけながら足は井坂君の家に向かう。


早く…早く、井坂君に会いたい!!


私は電話に出てくれないのでケータイを切ると、とりあえずお家に行こうと全速力で走った。


今、何やってるのかな?

あ、もしかしたら赤井君たちと遊んでるのかも。


私はそう推理すると家に向かう足を止めて赤井君に電話をかけた。

赤井君はすぐに出てくれて「はいはーい。」という能天気そうな声が聞こえる。


「あ、赤井君?私、谷地だけど。そこに井坂君いるかな?」

『谷地さん。井坂なら午前中は来てたけど今はいねーよ?』

「え、そうなんだ。電話に出なかったからてっきりそこだと思ってた。」


私は赤井君の所じゃないならどこだろうと首を傾げた。


『谷地さん。あくまで俺の想像だけどさ。家に帰ってみたらどうかな?』

「家?家って…私の家?」

『そう。とりあえず俺の予想信じてみてよ。騙されたと思ってさ。』


赤井君は自信があるのか堂々と言って、私はそこまで言うなら…と納得した。


「分かった。一旦荷物もあるから家に帰ってみるね。ありがとう、赤井君。」

『どういたしましてー。』


私はケータイを切ると、少し早足で家に向かった。


家にって…もしかして井坂君が家にいるのかな?

まさか…ね…?


私は赤井君の言葉が意味深過ぎてだんだん足が速くなる。


そして家に着くころにはマラソンのように走っていて、私は家に着くなり玄関の扉を開けて駆け込んだ。


「ただいま!!」


私は息が上がりながらそう言うと、玄関で靴をチェックした。

男物の大きな靴があるにはあるけど、見覚えがあるので大輝のものだろう。

私は井坂君の靴と思われるものがないことにほっとして中に入る。


するとリビングからお母さんが出てきて、「おかえり。」と言った後に私を手招きした。

私は何の用だろう?と思いながらリビングに向かう。


そして中に入ったところで「おっしゃー!!」という大輝の雄叫びが聞こえて、反射でテレビの前に目を向けて私は驚いて固まった。

手を挙げて喜ぶ大輝の隣にいたのは、私が会いたかった井坂君だったからだ。


井坂君は大輝とテレビゲームでもしていたのか悔しそうにしていたけど、私に気づくなりいつも通りの嬉しそうな顔で「おかえり。」と笑った。


「え、え!?何で!?玄関に靴なかったのに!!」

「え?靴?俺のなかった?」


井坂君がぽかんとした顔で言って、その横で大輝がお腹を抱えて笑い出す。


「わはははっ!!姉貴、簡単に引っかかり過ぎ!!俺が靴箱に井坂さんの靴直しといたんだよ。」

「へ!?大輝!!」


私が大輝のいたずらにイラッとして大輝に掴みかかった。

大輝は私に掴まれないようにとリビングを逃げ回る。


「うっわ!これぐらいで怒るなよ~。心せめーなぁ~。」

「うっさい!!あんたの仕業だってことにムカついてんの!!」


私がなんとか大輝を捕まえて首を絞めていると、急に井坂君が笑い出して私は手を止めた。

井坂君は「詩織が怒ってる~!」と言いながらお腹を抱えて爆笑している。

そこで私はカッコ悪い所を見せてしまった!と大輝から手を引っ込めた。


うわわ…恥ずかしい…


私は井坂君から自分の顔が見えないように背を向けると、熱くなる頬を手で押さえた。

すると視線の先でお母さんがなんとも嬉しそうな顔で微笑んでいて、私はそんな顔を見るのが初めてでビックリしてしまった。


お母さんはふっと私の視線に気づくと、笑顔で場を宥めてきた。


「大輝ゲーム片付けなさい。詩織もぼーっとしてないで、井坂君とお部屋にでもいってきなさい。」

「え、あ、うん。」


私はお母さんの反応に面食らってしまって返事が遅れてしまう。

井坂君はやっと笑いが収まったのか、立ち上がると私の横にやってきていつものようにじっと私を見つめてくる。

私はそれに照れてしまって「行こう。」とだけ言うと、リビングを後にした。


そしてリビングを出ると井坂君が私に話しかけてきた。


「詩織、今日は早かったんだな?」

「え、うん。今日は学力テストだけだったんだ。」

「そか。じゃあ、明日からはもう少し遅くなるとか?」

「うん。たぶん六時過ぎぐらいまではあるんじゃないかな?」

「そっか…。」


井坂君はそこで声のトーンを落として黙ってしまった。

私は少し暗い空気になってる気がして階段を上りながら話をふった。


「井坂君はどうしてウチにいたの?」

「あ、うん。ちょっと俺の良心が…詩織の家へ誘ったっていうか…。」

「良心?って…井坂君、何か悪い事してたっけ?」

「いや…。まぁ…な。」


井坂君は意味深に含むと俯いてしまう。

なんだか少し頬が赤い気がするけど、何を考えてるんだろう…?


私は表情からは何も分からないな~…と思いながら、井坂君を部屋に招き入れたのだった。









軽く春休みを挟んで、高校三年に入っていきます。


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