139、幼馴染の異変?
毎日くっつくと言った日から、井坂君は私の傍から片時も離れなくなった。
私が休憩時間にあゆちゃんたちと女子トークしていても、必ずと言っていいほど後ろにくっついていたり、女子に混ざって相槌を打っていたりする。
私はそれが恥ずかしいやら、嬉しいやらで複雑で、井坂君の存在を容認して黙っていたら、とうとうあゆちゃんの堪忍袋の緒が切れた。
「だーーーっ!!うっとおしい!!最近なんなの!?詩織とベタベタイチャイチャ目の前でしてさ!!嫌がらせ!?」
私があゆちゃんに怒鳴られて固まっていると、私の後ろにくっついていた井坂君がはんっと鼻で笑ったのが聞こえた。
「お前、俺らが羨ましいんだろ?そんな妬かなくてもいいだろ~。」
「妬いてないわ!!バッカじゃないの!?こっちに見せつけんなって言ってんのよ!!」
「うっせー奴だなぁ~。俺らのことはこういうもんだと思って放っておいてくれよ。」
「放っておけるわけないでしょ!?目のやり場に困んのよ!イチャつくなら、外でやってきて!!」
あゆちゃんが真っ赤な顔でビシッとベランダを指さして、井坂君はそれを見るなりあっさりと引き下がった。
「そういうことなら。行くぞ。詩織。」
「え?えぇ??」
井坂君は私の手を取るとご機嫌でベランダに向かっていく。
私はぽかんとしているあゆちゃんと同じ気持ちで、こんなにあっさり引き下がった事が不思議で顔をしかめた。
そして二人でベランダに入ると、私たちは先客がいたことに動きを止めた。
「あれ?ゆずちゃん。どうしたの?一人で…。」
私がぼーっとベランダにへたり込んでいたゆずちゃんに声をかけると、ゆずちゃんは私たちを見るなり立ち上がった。
「ごめんっ!私、邪魔者だね!!」
「え…。邪魔者なんて…。」
私はゆずちゃんが何か考え事があってここにいたんだと雰囲気で分かったので、私たちの方が邪魔だろうと思った。
だから、出て行こうとするゆずちゃんを引き留める。
「私たちが出るよ。ゆずちゃんはここにいて?」
「え、でも…二人になりたくてここに来たんでしょ?なら、私は教室で…。」
「いいんだってば。誰だって一人になって考えたいときあるだろうし…。」
私はゆずちゃんが先に出てしまう前にベランダを出ようと井坂君の手を引っ張った。
でも井坂君は動こうとせずに、一歩ゆずちゃんに向かってから言った。
「千葉。俺らのことは気にしないでいいよ。詩織とならここじゃなくたって、どこでもイチャつけるから。」
「へ!?」
私は井坂君が恥ずかしげもなくイチャつくと言い出したことにビックリして、声が裏返った。
ゆずちゃんも驚いたのか、ぽかんとした表情で井坂君を見つめている。
「俺は別に教室でイチャついてもいいんだけどさ、小波がうるさくてこっち来ただけだし。千葉の方が見た感じ、一人になりたそうだから、遠慮しなくてもいいよ。」
「い、い、井坂君!!イチャつくとか、ゆずちゃんの前で言わないで!!」
私は頬を赤くして照れてしまったゆずちゃんを見て、なんて事を言うんだ!!と焦った。
井坂君は平然としたまま首を傾げて「なんで?」なんて聞いてくるし、性質が悪い。
「なんでって恥ずかしいからに決まってるでしょ!?」
「恥ずかしいって…。今まで散々人前でベタベタしてきたのに今更だろ?」
「いっ!?今更でもなんでも恥ずかしいものは恥ずかしいよ!!」
私は説明するたび変な汗が出てきたのだけど、井坂君は納得できないのか「え~?」と言って意地悪そうな顔をする。
なんだか反応を見て楽しまれてる気がするのは、私の気のせいだろうか?
私がうすうすわざとやってるんじゃ…と思い始めたとき、横でゆずちゃんが笑い出すのが聞こえた。
「あははっ!二人はホントに仲が良い―――」
ゆずちゃんが笑ってる事に私は少しほっとしたのだけど、言葉の途中でゆずちゃんの目から涙が零れ落ちて私はビックリして目を見開いた。
それは井坂君も同じなのか口を閉じて黙ってしまった。
「あ、ごめんっ!なんで今…。…あははっ!おかしいな…。」
ゆずちゃんは涙が止まらないのか手の甲で拭いながら、明るく振る舞っている。
私はその姿になんて声をかけたらいいのか分からずに様子を見つめる事しかできない。
すると、ゆずちゃんは誤魔化すように笑っていたのをやめると、その場にしゃがみこんで顔を手で覆うと呟いた。
「…両想いって…いいなぁ…。」
その呟きから恋愛の悩みなんだと気づいて、私は西門君の顔が浮かんだ。
ゆずちゃん…西門君と何かあったのかな…?
クラスの中では二人はいつも通りに見えた。
二人は言葉を交わす事も少ないけど、部活のことやちょっとした勉強のことで時々二人で話をしていた。
私の目にはそれが順調そうに見えていただけに、ゆずちゃんがなんで泣くことになったのか分からなかった。
だから私のお節介心が顔を出して、つい口に出してしまう。
「ゆずちゃん。…もし、抱え込んでる事があるなら…吐き出しちゃった方が楽になるよ?なんなら私、話聞くから…。」
私が打ち明けて欲しくて遠慮がちに言うと、ゆずちゃんは顔を覆っていた手をとって鼻をすすった。
目にはうっすら涙が残っていて、ゆずちゃんはその目で私と井坂君を見つめると話してくれた。
「しおちゃんなら…分かると思うんだけどさ…。西門君…冬休み以降…ちょっと変じゃない?」
「……変?」
私は全然西門君の異変に気づいてなかったので、言われても全くピンとこなかった。
ゆずちゃんはそんな困惑してる私を見て苦笑すると、続きを話してくれる。
「三学期になってからケータイ見る回数が増えたっていうか…。今まで部活と勉強に情熱注いでた印象だったのに…なんていうか…、ケータイ見るとき…しおちゃん見てるときみたいな顔…するんだ…。」
「え??私?……私見てるときってどんな顔??」
私は西門君の顔の方が気になったのだけど、井坂君が後ろから私の首に手を回してきてゆずちゃんに先を促した。
「千葉は西門君がケータイで連絡をとってる誰かに、詩織にしかしてなかった顔をしてるって気づいて、ここで一人で考え込んで悶々としてたわけか?」
「……そんなとこかな…。カッコ悪いよね?…私…。」
ゆずちゃんが自嘲気味に笑って言って、井坂君が何かを理解したのか細く息をついた。
「そんなん普通だろ。自分の好きな奴に特別な誰かがいるって分かったら、誰だって冷静じゃいられないさ。」
「あははっ。なんだか説得力ある言葉だなぁ~。井坂君も私と同じような経験あるんだ?」
「……俺のことはいいんだって。それで?千葉は西門君に特別な奴がいるかもしれないって分かったら、諦められるわけ?」
井坂君がゆずちゃんの気持ちを理解して、トントンと話を進めていってしまい、私はおいてけぼりになった気分だった。
ゆずちゃんも井坂君に心を開いているのか、心なしかさっきより笑顔が見えてモヤモヤしてしまう。
「それができたらここで落ち込んでないよ。」
「だよな。だったら、ここで落ち込んでねーで早く西門君にアピールしねぇとな。ケータイの相手にとられてから後悔することになるぞ?」
井坂君が厳しいことをズバッと言い切ったことによって、ゆずちゃんが「イヤだ。」と言って立ち上がった。
顔はさっきまでの弱々しいものじゃなくて、瞳に強い光が宿っている。
「ありがとう、井坂君。私、まだ頑張れるよ。」
「そっか。そりゃ良かった。千葉が西門君と上手くいけば、俺的にも安心だから頑張ってくれよ。」
「あははっ!私情入りまくりだね。」
「そりゃそうだろ。俺は自分が一番大事だからな。」
「ふふっ。井坂君、正直だね~。私もそれだけ正直にならなきゃなぁ…。」
私は二人のやり取りを見ながら、二人が何かを共有して理解し合ってると思った。
私だけ蚊帳の外で口を挟むことができない。
「うん。行動あるのみだよね。私、行ってくるよ。邪魔しちゃってごめんね。」
ゆずちゃんはハツラツとした顔で手を振るとベランダを出ていく。
井坂君はそれを見送ると、私が見ていることに気づいて「ん?」と首を傾げてくる。
私はゆずちゃんの気持ちを私よりも理解してる井坂君が嫌で、ムスッとすると井坂君をグーで小突いた。
「なに?なんで怒ってんの?」
井坂君が私のちょっとした嫉妬心にも気づかずに尋ねてきて、私は言うのも子供みたいだったので「別に。」と答えてその場にしゃがみ込んだ。
井坂君は不思議そうな顔をしながらも横に座ってくれる。
私、全然ゆずちゃんの気持ち分からなかったのに…
なんで井坂君は分かったんだろう…
大体、西門君のことだって初耳だ
ケータイの先の相手が誰なのか分からないけど、井坂君はそれにも察しがついてるような言い方だった
私は自分一人分かってなくてモヤモヤが大きくなる。
それが苦しくなってきて、私は解消させようとすくっと立ち上がった。
「西門君のとこに行ってくる。」
「は!?ちょっ、詩織!?」
私が教室に戻ろうとすると、後ろから井坂君が腕を引っ張って引き留めてくる。
「待って!ストップ!!なんで西門君とこ行くんだよ!!今、千葉が行ったばっかだろ!?邪魔しに行くことになるけど!?」
「あ…。」
私は井坂君に言われて気づいて足を止めた。
そういえばそうだった…
私は自分が除け者にされたことに頭がいっぱいで、そこがすっぽりと抜けていた。
「そうだよね…。じゃあ、後で行ってくる。」
私がそう言うと、掴まれた腕に力がこめられるのを感じて、私は井坂君に振り返った。
すると今度は井坂君がムスッとしていて、私はそんな顔をされる意味が分からなくてじっと見つめた。
「別に詩織が千葉と西門君のことに首突っ込まなくてもいいじゃん。」
「え…。だ、だって西門君のケータイの相手とか気になるし…。」
「なんで気にしてんだよ!!別にほっとけばいいだろ!?」
「そ、そうだけど…。」
なんか怒ってる…?
私はさっきまでのモヤモヤが消え去って、どうしようという焦りが生まれる。
井坂君は私の両腕を掴むと視線を合わせてきて言った。
「詩織。俺と西門君どっちが大事なんだよ!?」
「へ…?どっちって…。」
私はゆずちゃんの話からかなりとんだ質問をされて混乱した。
いつから井坂君と西門君の話になったの?
「どっちなんだよ!?」
井坂君は私の体を揺らすと真剣な目で尋ねてきて、私は思ってる事をそのまま口にした。
「そ、そんなの井坂君に決まってるよ。なんでそんな事聞くの?」
井坂君は私の返答を聞くなりほっと表情を緩めて、どやぁっという笑顔を浮かべる。
「だよな!!決まってるよな!!」
井坂君は私をギュッと抱きしめてくると、嬉しそうに笑い続ける。
なんでそんな当たり前のことを聞いて喜んでるの…?
私はギュッとされたことは嬉しかったけど、井坂君の変な行動に不思議で仕方ない。
やっぱり井坂君の全部を理解なんてできないなぁ…
私はゆずちゃんとのやり取りを見ても井坂君は分からない事ばかりだ、と思った。
だからこそ井坂君の言動に振り回されて、変なところで嫉妬したりしてしまうんだけど…
私はさっきのモヤモヤも気にするだけ無駄だと結論付けると、幸せな時間に流されておこうと井坂君を抱きしめ返した。
抱き締めると井坂君からふわっと私の大好きな井坂君の匂いが鼻を掠める。
この匂い好きだなぁ…
すごく安心する…
私は井坂君の存在を確かめるように鼻から息を吸いこんでより一層くっつくと、それに反して井坂君がべりっと私を引きはがしてきて、私は目をパチクリさせて井坂君を見つめた。
井坂君は「あ。」と言うと、顔を真っ赤にさせてから私の肩を掴んだままその場に座り込んだ。
私はその前に正座して座る。
「え…と…その…。あのさ…あ、明日…詩織の誕生日だろ?」
「え?あ…ホントだ。すっかり忘れてた。」
私は言われるまで綺麗さっぱり忘れていた。
なぜなら今年は進路のことで頭がいっぱいだったのもあって、まともにバレンタインデーもしていない。
井坂君に去年よりは上達したチョコケーキを渡しただけで、去年のような甘い雰囲気にもならなかった。
だからホワイトデーである自分の誕生日ですら、抜け落ちていた。
「明日、ちょうど学校も休みだから…さ…。その…俺ん家で二人で誕生日しないか…?」
…………
………??
二人…??
私は数秒間頭が言われた事を考えるのを放棄してしまい、フリーズしてしまった。
井坂君の表情は真剣で、その表情から私は本気で誘われてると感じて一気に体温が上がった。
~~~~~っ!!!えぇ!?!?
「ふっ…!!二人って…!!お、お、お、お母さんはおられないの!?」
「うん。なんか親戚の法事らしくて明日は帰って来ないんだ。」
うそ!?!?
私は誘われた意味を完全に理解すると、どうしようかと焦って口を変にパクつかせた。
井坂君はそんな混乱してる私を見兼ねてか、ふっと微笑むと言った。
「ホントはこの事黙って詩織を誘おうかと思ったんだけど…。それってフェアじゃねぇなぁ…と思ってさ…。だから、一応正直に言ってみたんだけど…。無理にとは言わない…。嫌なら映画とか外で過ごせばいいし…。誕生日だから、詩織の喜ぶことがしたい。」
井坂君は私の手をギュッと握って澄んだ瞳で私を見つめてくる。
私は少し悩んだけど、この機会を蹴ったら今後井坂君とより一層近づくチャンスがないんじゃないかと思って、手を握り返すと迷いを振り払った。
「大丈夫。お家に行くよ。」
「え……。ホントにいいのか?」
井坂君は信じられないという顔をする。
私は去年の同じ頃、同じ誘いを受けてたことを思い出して表情が緩む。
あのとき家へ行くという意味が分からなくて、私は井坂君に釘をさしてしまった。
恋人同士なら当然望むだろうことを、真っ向から拒否してしまった。
あの頃の自分は本当に無知で恥ずかしかったな…
「うん。私も井坂君と二人がいい。」
私が去年とは違う自分の気持ちを受け入れて答えると、井坂君が真っ赤になって照れたあと嬉しそうに笑った。
私は井坂君が大好き…
もっともっと井坂君を近くに感じたい
私だけの井坂君でいてほしい
ずっと私だけを見ていて欲しい
私は去年とは明らかに違う気持ちだった。
触りたいし、触って欲しい
私は明日に起こるだろう事を思うと、胸の中が苦しくなったけど、それがイヤじゃなくて、むしろずっと感じていたいと思うほど愛おしい気持ちだった。
西門君とゆずちゃんの話をちょこっと入れながら、詩織の誕生日へ突入です!




