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理系女子の恋  作者: 流音
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138、ネクタイの意味


私はその日も井坂君に送られて家に帰ると、お母さんに進路を言わなければ!と意気込んでリビングの扉を開けた。

リビングにはお母さんに、今日は帰るのが早かったのかお父さんもいた。

大輝は受験も終わったので、きっと今日も部屋で遊んでいるんだろう。


私は「ただいま。」と言うと、キッチンに立つお母さんとソファに座っているお父さんを交互に見て大きく息を吸った。

お母さんは忙しく動き回りながら「おかえり。」と返してくれるけど、お父さんは無言だ。

私はそんな二人にちゃんと聞こえるように、いつもより声を張って告げた。


「私!!教育学部に進むことに決めたから!!」


私が言った言葉に反応してお母さんとお父さんが同時にこっちを向いた。

私は驚いている二人を見ながら、言いたい事を言ってしまおうと一気にまくし立てる。


「それで大学は桐來教育大を目指すから。県外になるし、受かったら一人暮らしになるけど…教育学部に行くなら、やっぱり一番のところがいいから…。だから…――――。」


私はここまで言うと、自分の真剣さを伝えようとその場に正座した。


「だから…県外の大学を受験することを許してください!!」


私は一気に言うと土下座するように頭を下げた。


こんな真似するのは本当はすごく恥ずかしい…

でも自分が真剣だってことを分かって欲しい…

自分なりにちゃんと考えて出した答えなんだ

ここまですればきっとお父さんもお母さんも分かってくれる


私はドキドキしながら二人からの反応を待つ。

すると誰かの足音が聞こえて、背中をポンと優しく叩かれた。


「分かったから。顔を上げなさい、詩織。」


私は言われて顔を上げると目の前にお母さんがいるのが見えた。

その後ろからお父さんも覗き込んでいるのが見える。


「詩織。なんで桐來教育大なのか教えてくれるか?」


お父さんは私とお母さんのケンカを知らないのか、初耳だという様子だったので正直に打ち明けた。


「私、自分が何を好きなのか真剣に考えたんだ。そしたら、ふっと自分の未来の姿が浮かんだの。」


お父さんとお母さんはじっと私を見つめて次の言葉を待ってくれている。


「私は学校が好き。だから、教師になろうって思った。」


お父さんは目を丸くさせるとふんふんと頷いて、嬉しそうに言った。


「そうか。詩織は高校に入ってから、毎日すごく楽しそうだもんな。」

「そうね。教師になりたいって言うほどだったなんて、驚きだけど。」


私はお父さんもお母さんも私の決めた進路に意外とすんなり納得してくれそうで、さっきまでドキドキしていたのが落ち着いてくる。


「じゃあ、桐來目指してもいいの?」


私が確認で尋ねると、お父さんは「いいぞ。」と嬉しそうに笑った。

でも、お母さんはふっと飽きれた様に息を吐くと、眉をひそめて言った。


「ほんと…詩織の中の井坂君は大きいわね。桐來を選んだのは西皇が近いからでしょ?」


お母さんは以前のケンカもあって、あっさりと私の本音を見透かしてきて、私は少し恥ずかしかったけど正直に頷いた。

お父さんはお母さんの言ってる事が分からないのか、私とお母さんを交互に見てキョロキョロしている。


「仕方ないわね。ちゃんと目的もあるようだし、ダメだなんて言わないわ。精一杯頑張ってみなさい。」

「あ、ありがとう!!お母さん!」


私は苦笑しているお母さんを見返して、嬉しさで顔が綻んだ。


やった!!やった!

これで桐來に受かれば、大学も井坂君の近くにいられる!!


私はギュッとガッツポーズを作って舞い上がっていたので、お父さんがお母さんと私の進路の話をして揉めている事に気づかなかったのだった。






***






春休みまであと一週間となった次の日、私はいつもつけている制服のリボンがないため、仕方なく井坂君から預かったネクタイをしてリビングへ下りた。

そこで「おはよー。」と両親と大輝に挨拶をしてテーブルの上の朝ご飯を食べ始めると、お母さんが私の前に座って動きを止めた。


「あら?詩織、あなた自分の制服のリボンはどうしたの?それ男の子用のネクタイでしょ?」

「あ、これ?なんか、井坂君が交換?してきて、今リボンは井坂君が持ってるんだ。だから、代わりにネクタイしてるだけ。」


私はいまだに井坂君がネクタイをしてきてと言った意味が分からなかったので、事実だけを口にした。

するとお母さんが楽しそうにふふっと笑い声を上げた。

その笑い声を聞いて、お父さんと大輝がお母さんに注目する。


「井坂君も可愛いことするのね。ますます井坂君が好きになったわ。」


??なんで?


私は今のやり取りのどこでお母さんが井坂君を好きになったのか分からなくて顔をしかめた。

お父さんも同じなのか不思議そうな顔をしている。

大輝だけは分かったのか、意味深に含み笑いしている。


「詩織、男物のネクタイをつけるのは校則に引っ掛からないのか?」

「え…、そういう決まりはなかったはずだから大丈夫だと思うけど…。どうかな…?」


私はお父さんに言われてそういえば誰もそんな事してないな…と思った。


「決まりがないにしても、彼氏とはいえ他人のネクタイをするってのはどうなんだ?井坂君は困ったりしないのか?」

「えっと…、井坂君が勝手にしてきたんだから、困らないんじゃないかな?」

「じゃあ、困らないにしてもお前だけネクタイしてたらおかしいだろう?リボンを返してもらったらどうなんだ?」


お父さんの言い方からどこか不機嫌だと感じ取って、私はどうしようかと困った。

ネクタイをしてほしくないっていうのが空気だけで分かる。


「もう、変なところで食いつくんだから。ネクタイぐらいいじゃないの。可愛いものよ。」

「お前は前から井坂君に対して甘すぎないか?あんなものつけてたら、まるで詩織が井坂君のものみたいじゃないか!」

「あら?ちゃんと意味が分かってるじゃない。別にいいでしょ。そのぐらい。」


私が井坂君のもの!?


私はお父さんとお母さんのやり取りを聞いて目を剥いた。


え!?えぇ!?これってそういう風に見えるの!?


私はやっとネクタイを渡してきた意味を理解して、顔に血が集まって真っ赤になった。

ご飯を食べるどころじゃなくなって、私は熱い頬を手で隠す。


「よくないだろ!?こんな誰から見ても分かるものしていたら、周りから冷やかされるのは詩織だぞ!?」

「もう、頭固いんだから。そんなの詩織だって分かって交換してるに決まってるでしょ。」


分かってない!!分かってなかった!


私はお母さんのフォローに心の中で全力で否定した。


「そうだとしても!!こんなあからさまなやり方は気に入らん!!」

「あなたは口出しし過ぎよ。井坂君だって、詩織のことが大好きだからこういうことしてくれてるんでしょ?ここは喜ばないといけないところよ?」


大好きって!!


私はこのままここにいたら、恥ずかしさで死んでしまうと思って、ご飯を急いで食べ進める事にした。

その間もお父さんとお母さんは言い争いをしていて、井坂君の肩を持つお母さんとその反対のお父さんの決着は私が家を出ても収まらなかったのだった。





***





私が家を出て、いつも井坂君が待ってる所に目を向けると、井坂君が眠そうに欠伸をしながら立っていて、私はその姿に嬉しくなって駆け寄った。


「おはよう!井坂君!」


井坂君は欠伸していた口を閉じると「はよ。」と言って、私がキュンとする笑顔を向けてくる。

私は今日も大好きだと思って、顔が勝手に緩む。

すると井坂君がちらっと私のしてるネクタイを見てから、満足そうに笑って言った。


「ネクタイしてる詩織って新鮮だな。」

「そう?」


私はさっきのお父さんとお母さんのやり取りを思い出して、顔が赤くならないように平静を装う。


井坂君のものだなんて…

きっと井坂君も思ってないはず…

変に意識しないようにしなくちゃ。


「そういえば、進路のことお母さんたちには話せた?」

「うん。昨日、ちゃんと話したよ。きちんと分かってもらえた。一緒の大学じゃないけど…、でも受かれば近くにはいられるよ。」

「……だな。分かってもらえて良かったよ。」


井坂君は嬉しそうに笑うと、自転車を押して歩きはじめて、私はその横に並ぶ。

そして井坂君の顔を盗み見ると、井坂君の表情がさっきと打って変わって切なそうに歪められていた。

私はその表情の意味するものが気になって、思わず井坂君の袖をギュッと握った。


「井坂君…。今、何を考えてた?」

「え…?」


私が尋ねたことで井坂君がビクついて、私は以前にもこういう事があったので追及した。


「何か考えてたでしょ!?言って!どんなことでも聞くから!!」


私は以前は追及せずに別れるという経緯になっただけに、今度は間違いたくなかった。

井坂君は困ったという顔で目を泳がせていたけど、私の真剣な目を見返して諦めたように息を吐いた。


「……そ、そんな大した事じゃねぇよ?」

「いいの。言って?」


私が掴んでいる力を強くすると、井坂君はその手を握り返してくれながら言った。


「…ホントはさ…。ほんのちょこっとだけだけど…詩織と同じ大学なら良かったのにな…と思ってさ…。」


井坂君は以前私に言ってくれたこととは正反対の事を口にし出して、私は少なからず驚いた。


「や、近くだから別にいいんだけどさ…。やっぱり…ほんのちょっとでも離れるのが…なんつーか…。……その……、…イヤだなー……みたいな?」


井坂君は気まずそうに固い笑顔を向けてきて、私は井坂君も同じ気持ちなんだと分かって胸が鷲掴みにされるようだった。


私だけじゃないんだ…

寂しいのは…井坂君も一緒なんだ…


私はそう思うと、より一層井坂君が愛おしくなって通学路にも構わず井坂君に抱き付いた。


「うぇっ!?詩織!?」

「私も!!私もだから!!」


私は不安になってる井坂君を安心させてあげたくて、いつも井坂君が私にしてくれてる事をお返しした。


「いくら近くの大学だからって離れるのは寂しいよ。私が井坂君と同じくらい賢かったら良かったんだけど…、私にはその力がないから…。そこは、ホントにごめん。」

「詩織…。それは仕方ない――――」

「でも!!井坂君が大丈夫だって言ってくれて、私はすごく嬉しかった!!」


私は井坂君が気を遣ってフォローしてくれる言葉を遮って、彼をじっと見上げた。

井坂君は目を丸くさせて私を見下ろしている。


「同じ大学じゃなくてもいいって…私の背中を押してくれたこと…本当に嬉しかった。」


私は公園で話したときの事を思い返して、あのときの井坂君の頼もしさが今も自分の支えになってると感じた。


「確かに離れるのは寂しいけど…、でも私たちなら大丈夫だって、そう感じたの。私はそれを信じたい。」

「詩織…。」


井坂君は少し気持ちが楽になったのか、ふっと優しい笑みを浮かべた。

だから、私はもっと力づけようと言った。


「離れるのは、まだ一年も先のことだよ?私はまだ先の未来より、今一緒にいられる時間を大切にしたい。毎日を…井坂君だらけにしたい。」


井坂君が大好き

寂しいのは井坂君だけじゃないよ…


私は自分の気持ちを言葉でなんか表せないと思って、井坂君の胸に顔を埋めることで表す。

すると井坂君が私の耳元にくっついてきて呟いた。


「詩織。俺も毎日を詩織だらけにしたい。今日から毎日くっついててもいい?」


くっつく?

それって…学校でもイチャつくってこと?


私は少し井坂君から離れると、井坂君の顔を見つめた。

井坂君の顔は照れ臭そうに頬が赤くなっていて、言ってることが本気だと感じ取った。


いつも結構イチャついてる気がするけど…

もっとってことかな?


私は休憩時間の度に一緒にいるってことかも…と理解すると、そんなこと断る理由もないぐらい嬉しかったので笑顔で頷いた。


「うん。私も井坂君と一緒にいたい。」


井坂君は私の返答を聞くなり、嬉しそうに顔をクシャっと緩めて笑った。

私はその笑顔が見られるだけで嬉しくて、彼の本当の意味することをちっとも理解していなかったのだった。











次は少し脇道に逸れますが、すぐ戻します。

ステップアップまでもう二話ぐらいです。

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