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理系女子の恋  作者: 流音
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137、拓ける道


私は井坂君と真正面から進路の話をしたことで、自分が西皇と思いこみ過ぎてたことに気づいて、冷静になろうと進路相談室で色んな大学の資料を広げていた。

机の上には県内、県外含め、一応国公立大学を中心に並べる。

滑り止めも考えて、私立大学も興味のある所を並べてみた。


その全部に目を通すけど、ここで勉強したい!!という大学がいまいちピンとこなくて、頭を抱えて考え込む。


私が好きな教科は数学。

そこから導き出すなら、数学科や情報学科が良いような気がする。

就職先としては大学院進学が一番多くて…、教師、後は一般企業系か…

情報学科だとケータイ電話の会社が多いみたいだなぁ…

電子機器でよく見る名前の会社が並んでいる。


そんな所で働きたいかな…??


私はパソコンに向かってキリキリした顔をしている自分を想像してみて、ないなとスッパリその道は消去した。


パソコン関係の企業はないな。

そこまで情報処理とかしたいわけでもないし。

う~ん…、職業って難しいなぁ…

私が働くなら…、そうだなぁ…


私は将来の自分を思い浮かべて、耳に女子生徒の騒ぐ声や部活動をする生徒の掛け声が聞こえて、ハッとした。


あれ…?


私は想像しかけた未来の自分に自分自身で驚いてしまって、考えるのをやめた。

そのとき部屋の扉がガラッと開いて、藤浪先生がメガネをずらかした姿で入ってきた。


「おう、谷地か。どうした?そんなに大学の資料を広げて。」

「あ、……はい。ちょっと進路のことで悩んでて……。」

「進路!?それならそうと俺に相談しに来ればいいじゃないか!!仮にも担任だぞ?」


藤浪先生が目を輝かせると、私の向かいに座ってきて、私は苦笑いを浮かべながらどうしよう…と困った。

相談しようにも漠然としすぎていて、どう言えばいいのかも分からない。

私はキラキラした顔をしている先生を見て、何か言わないと…と思い質問をぶつけた。


「せ、先生はどうして先生になろうと思ったんですか?」

「うん?これは進路を決める手助けになるのか?」

「あ、はい。参考にさせてもらいます。」


私は身近な大人に聞くのも参考になるかな…と藤浪先生に耳を傾けた。

すると藤浪先生はドヤ顔を浮かべながら、嬉しそうに話をし始める。


「俺はなー、昔から数式って奴が好きでな。こう…難しい問題を解く快感にハマってたというか、傍から見てたらすごく変な奴だったんだ。」

「へぇ…。」


藤浪先生はその頃を思い出しているのか、目をキラキラと輝かせながら楽しそうだ。


「そんな人間だったから、将来は絶対大学院に行って、勉強を続けるんだと俺も思ってたんだけどな。ある時、教える喜びを知ってしまったんだよな~。」

「教える…喜び?」


私が気持ちが分からなくて首を傾げると、藤浪先生は嬉しそうにニカッと笑った。


「数学の問題がどうしても解けないっていうクラスメイトに、何気なく解き方を教えたんだ。そしたら、そいつは目をキラキラ輝かせて嬉しそうに満面の笑顔になったんだ。さっきまで解けなくてこの世の終わりみたいに顔をしかめてた奴が、解けたっていうその瞬間に正反対の顔になった。」


藤浪先生はそのとき余程嬉しかったのか、私の前で懐かしそうに目を細めている。


「俺は自分が解けたわけでもないのに、すごく嬉しくてなぁ…。自分が数式を解くよりも心揺さぶられる瞬間に出会っちまったんだよ。だから、この道を選んだ。すごく単純な話だろ?」


私は藤浪先生の人生を変えた話に心を打たれて、ふわっと目の前が拓けるようだった。


「素敵ですね…。」

「お?そうか!?素敵だとか言ってもらえると、嬉しいな!!」


私は正直な感想がふっと口から飛び出していて、胸が少し高鳴り始めているのを感じていた。


「そんな人生を変えるような心揺さぶられる瞬間に出会えたなんて、すごく素敵だと思います。私、この学校に来たのだって家から近くて、進学クラスがあったからってだけだし…。別に勉強が好きなわけでもないので…。」


私は今なら自分の考えてる事を相談できると、自分にしては早口で捲し立てた。

藤浪先生は真剣な顔で頷いてくれている。


「でも、私…この高校に来て良かったって思ってるんです。」


私は9組にいるときの自分を思い返して、胸が自然とワクワクしてくる。


「クラスメイトは皆すごく面白いし、クラスの雰囲気もすごく好きで…。たくさんの友達に囲まれてる自分が…昔の自分を考えると、今でも信じられなくて…。でも、それがすごく嬉しくて…。」


私は人見知りを拗らせていた頃の自分を思って、笑いが込み上げる。

一年のとき、自分なりに変わろうと必死に頑張ったから、今の私がいる。

それを考えると、あのとき背を押してくれたタカさんやあゆちゃん…そして井坂君の存在はすごく大きい。


「私、先生みたいに心揺さぶられる瞬間なんて大きなこと言えないですけど…、今、こうしてこの高校に通ってる毎日がドキドキ、ワクワクして楽しいんです。今までの人生を振り返っても、今以上に心揺さぶられるような楽しい瞬間なんてありませんでした。だから…」


私は<このままでいたい>という自分の中にある本音を導き出してしまい言葉をのみ込んだ。

気づいてなかった心の片隅の本音に、寂しさが大きくなっていく。


今が一番幸せだから…ずっとこのままでいたいから…、私は進路に焦ったんだ…。

皆がバラバラになるっていう未来が寂しくて、誰かと一緒じゃないと不安に押しつぶされそうだった…


今という最高の瞬間から変わりたくなかった。


だから、自分の未来なんて想像もできなかった。

いや…変化が怖くて想像しようとしてこなかったんだ…


私は初めて自分の気持ちと向き合って、寂しい気持ちから目を逸らさないようにギュッと眉間に皺を寄せた。

すると、先生がふっと優しく微笑んだ後に言った。


「谷地。お前たちはまだ17の子供だ。今が一番だと思っていても、これから先の未来で今を超えるぐらいの楽しい瞬間なんて、山ほどやってくる。それと同等に辛く苦しいこともあるかもしれないがな。」


先生はそこで一息つくと、少し目を伏せた。


「今、進路というものがお前にとって辛く苦しいものだとしたら、それを乗り越えた先にはまた楽しい瞬間が待ってるんだ。そう思うと、少し進路を選ぶのも楽しくなってこないか?」


先生は私の顔を窺うように見ると、穏やかに微笑んでいる。

私は先生に言われて、さっきは打ち消してしまった想像しかけた将来の自分を思い返した。


私が想像したのは、大人になった私が学校にいる姿


ふっと頭を過ったイメージだったけど、今なら自分がどうしてその姿を想像したのか分かる。


こんなに簡単に答えって出るもんなんだなぁ…


私は受け入れてしまえばこんなに楽になるんだと拍子抜けした。

なんだか悩んでた時間がバカみたいかも…

私は「はい。」と返事をして頷くと、藤浪先生に思ってる事を伝えることにした。


「私…、自分の好きなもの見つけました。」

「お?そうか?それは俺に教えてもらえるのか?」


藤浪先生が見るからにワクワクしながら言って、私は話を聞いてもらったので頷いてから告げる。


「はい。私、学校が好きなので、教育学部に行こうと思います。」


私は口にしただけで気持ちが前向きになって頬が緩んだ。

先生は「おー!俺と同じ道かー!!」と言って嬉しそうに笑い出す。


「私の人生を変えてくれたこの学校で、そういう瞬間を見ていけたらいいなって思いました。先生とは違う理由ですけど…、教育学部目指して頑張ろうと思います。」


私は口にはそれらしいことを言ったものの、本当の理由はただ学校にいたいってだけの理由だった。

自分が今の自分のような生徒を教えるなんてことは、あまり想像もつかない。

本当にただ学校にいたいだけ。

こんな理由でいいのか…?とも思うけど、これが自分の正直な気持ちなので構わないと決意を固めた。

すると、先生がキラキラと目を輝かせ始める。


「そうか!!そういう事なら、俺は全面的に協力するぞ!!どこの大学が良いかとか詳しいからな!」


先生が豪快に笑いながら言って、私はここでどうしても諦めきれない希望を口にした。


「あの、それじゃあ…西皇大学に近い大学で教育学部のある所を教えてもらってもいいですか?」


先生は私の変わった申し出にきょとんとしたけど、何かに気づいたのかニヤッと笑うと机に肘をついて言った。


「ははーん…。西皇っていうと、井坂か~?」

「えっ!?!?」


私は先生に見透かされたことに、ぼふっと赤面した。


うわわっ!!バレてる!!!!


先生は口をパクつかせている私を面白そうに見ながら、「そうか、そうか。」と頷く。


「そうだな、西皇の近くとなると桐來が一番だな。」

「桐來…ですか?」


私は有名教育大の名前が出たことで、なんとか自分の気持ちを落ち着ける。

先生は井坂君の事は流してくれたのか、顎をさすりながら話し始める。


「あぁ。桐來教育大なら、県は跨ぐが西皇からも近いし、谷地の成績からいっても頑張れば何とかなるんじゃないか?」

「……国立大ですけど…本当に大丈夫ですか?」


私は受かる自信がなかったので、ズバッと先生に尋ねた。

先生は少し面食らってたようだけど、顔をクシャっとさせて笑うと言った。


「まだ三年にもなってないんだぞ?今から勉強頑張ればいいんだよ。」


先生から努力しろと言われてると感じ取って、私は「はい…。」と頷いた。


「でも桐來となると、谷地は赤井と同じ大学志望になるなぁ~。」

「え?赤井君もですか?」


私は赤井君が教育大なんてイメージがなかったので驚いた。


「あぁ。あいつ、一年のときからずっと桐來って言ってたから、何か強い思い入れでもあるのかもしれないな。そんなに教師になりたい感じでもないんだがなぁ~。」


私も藤浪先生と同意見で、赤井君が教師だなんて大丈夫なのかな?とまで思ってしまう。

先生はそこで椅子から立ち上がると、私に向かって言った。


「まぁ、桐來を第一志望としても、滑り止めや他の大学も候補に入れて考えた方がいいだろう。また、俺の方でも調べておくから、谷地は保護者の方ときっちり話するんだぞ?」

「え…。話…ですか?」

「そりゃ、そうだろ?県外の大学を受けるんだからな。ご両親の理解は必須だろう?」


藤浪先生に言われて、私はお母さんとケンカしていた事を思い出した。

話すのは気まずいけど、先生の言うように避けては通れない道だ。


私は先生に「分かりました。」と返事をすると、先生が満足そうに部屋を出ていくのを見送って、どうお母さんに説明したものかと考え込んだのだった。





***





私がお母さんへの説明の仕方を考えながら鞄を取りに教室へ帰ると、静まり返った教室に井坂君が窓際の机に座って窓の外を眺めていた。

私はてっきり先に帰ったと思っていたので、驚いて入り口で足を止めた。


井坂君の姿が夕暮れの光に照らされて、今にも淡い光になって消えてしまいそう…


私は一年後の離れたときのことを想像してしまいそうになって、それを打ち消そうと井坂君に向かって駆け寄った。

井坂君は私の足音に気づいてこっちに振り返ってくれる。

そして「詩織。」と名前を呼ばれたところで、私は井坂君の腕にしがみついた。


イヤだ…やっぱりイヤだ…

寂しい…

ずっと一緒にいたい…


私は井坂君と違う道を選んだことで、心の中にある寂しさが大きくなった。

一年先のこととはいえ、今からその日がくるのが怖くなる。

変わりたくないと思っていても、時はどんどん先に進んでいく。


私は一緒にいられる今だけは離れたくないと思って、ギュッと井坂君の腕に強く掴んだ。

すると井坂君が何かを感じ取ってくれたのか、私の背に片手を回すとギュッと抱きしめてくれた。

そして私の頭に井坂君が顔をくっつけながら言った。


「……もしかして、……決まった?」


私は井坂君が聞きたがってるのが進路のことだと分かったので、正直に頷いた。


「…うん。決まったよ…。……私、教育学部を受ける。藤浪先生と相談して…桐來を第一志望にすることになった…。」


井坂君は「そっか…。」と消えるような声で言うと、私がしがみついていた腕を引き抜くと両腕でギュウウッとさっきよりも力強く抱き締めてきた。

その力強さから、井坂君も私と同じで寂しいのかもしれないと感じて、キュウッと胸が詰まる。


今を大事にしよう

一緒にいられる唯一の時間なんだから、一日一日を大事にしていかないと


私は井坂君のシャツをギュッと握りしめると、目を閉じて井坂君の匂いを嗅いで安心する。

そうしてしばらくの間、会話もせずに安心する時間に浸っていると、井坂君が先に私から離れた。


井坂君は少し頬を紅潮させていて、私をじっと見るなり言った。


「詩織のリボン…貸して?」

「え…、リボンって…これ?」


私は自分の首元にある制服のリボンを指さした。

井坂君は頷くと「それ。」と言って手を出してくる。


私は何をするのか分からなかったけど、とりあえず渡そうと襟の下に手を入れてリボンを外した。

すると井坂君がそれを受け取ってから、何かに気づいたのか私の首元を凝視した。

私は何を見てるんだろうと同じところに視線を落とすと、少し開いたシャツの間からいつもつけている指輪がチェーンに揺られていた。


この指輪はクリスマスに井坂君からもらったものだ。

私はじっと見られていることに恥ずかしくなって、手でシャツを押さえるとその手を井坂君に掴まれた。


「い…井坂君?」


井坂君は掴んでいる手に力を入れると、私のつけている指輪目がけて顔を近づけてくる。

私は肌に吐息がかかったことにドキドキして、かぁっと顔に熱が集まって体が強張った。


井坂君はというと、指輪近くの肌に軽くキスするとすぐ顔を離して、ドキドキしている私をそっちのけにケロッとした顔で言った。


「詩織、このリボン。しばらく俺が預かるな。」

「……へ?」


私はさっきのは何だと拍子抜けして声が裏返った。

井坂君は私のリボンを何故か鞄の中にしまうと、その鞄からいつもつけていないネクタイを出して私に差し出してきた。


「だから、俺のネクタイ渡しとくから、明日からこれつけてくれよな。」

「え…?えぇ…??」


私は意味が分からなくてネクタイを受け取らずにいると、井坂君がふっと笑顔になってから私の首にネクタイを回してきた。

そして器用にリボンの代わりにネクタイを勝手につけてしまう。


「おし!これでOK!!んじゃ、帰るか!」


井坂君は一人満足そうに頷くと、鞄を持って立ち上がる。

私は理解できなくてぽかんとしていると、井坂君は私の分の鞄も持って私の手を引いて歩き出す。


なんでネクタイ…??


私はさっきまで同じ気持ちだと思っていただけに、井坂君がこうして意味の分からない事をしてくると男女の考え方の違いに首を傾げることになる。




男の子って、やっぱり分からないや




私は鼻歌交じりにご機嫌な井坂君の横顔を見て、自然と頬が緩んだ。








進路の話はここでおしまいです。

次からは恋人ステップアップへと矛先を向けていきます。

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