136、俺のもの
井坂視点です。
詩織と元クラスメイトだという寺崎を見たときは、様々な嫌な想像が膨らんでその場から足が動かなかった。
でも、俺に気づいて全力で走ってきてくれた詩織を見て、俺の勘違いだと感じた。
必死に寺崎の事を紹介して、俺を安心させようとしてる詩織。
そんな詩織を見てどこか嬉しそうに顔を緩めてる寺崎。
二人の間の空気の差に違和感を感じた俺は、詩織よりも寺崎を観察するように見据えた。
寺崎は笑顔の仮面を張り付けていて、本心がまったく読めない。
ただの元クラスメイトに親切でプリントを渡すためだけに、わざわざ会いにくるだろうか?
引っかかった疑問はこれだった。
詩織はただの親切だと言っていたけど、俺には下心がある気がしてならない。
それに二人は平気で名前で呼び合う関係みたいだ。
『詩織』『僚介君』
元クラスメイトにしては馴れ馴れし過ぎる雰囲気に、俺は嫉妬心から頭に血が上った。
怒鳴ったり、詩織を責めると以前の自分と変わらないと思って、なるべく冷静に二人を引き離した。
俺にしては上出来な対応だったと自負している。
でも、俺の中の嫉妬心が消えたわけじゃない。
なんで俺の名前はクリスマス以来一度も呼んでくれねぇのに、あいつのことは平気で呼んでんだ―――とか
勉強のこと悩んでるってなんで俺より先にあいつに打ち明けてんだ―――とか
俺は胸の奥がもやもやしていて、わだかまりからイライラが募る。
中学の二人がどんなだったかなんて、俺は知らない。
俺の知らない時代の詩織を知ってる寺崎僚介。
俺が知ってる詩織は高校に入ってからの二年だけ。
俺よりもあいつの方が長く詩織を知ってると思うと、色々な感情がごちゃ混ぜになって爆発してしまいそうだった。
だからよく待ち合わせに使う時計公園まで来ると、詩織をベンチに座らせて全部話を聞くことに決めた。
「詩織。寺崎が元クラスメイトってのは本当なんだよな?」
俺がベンチに座る詩織を見下ろして尋ねると、詩織は肩をビクつかせてから思いっきり頷いた。
「本当だよ!!中学卒業してから全く会ってなかったんだけど、冬休みにあった同窓会で再会して…。この間、予備校の前で偶然会ったぐらいだから、そこまで仲良くもないよ!!」
同窓会…
俺は赤井たちに行くのを止められた同窓会のときか…と思うと、あいつら振り切ってでも行くべきだったな…とムカッとした。
寺崎との接点の始まりが同窓会なら、彼氏として始まりから断ち切っておけば良かった。
俺は過ぎてしまったことを思って、自分にイラつく。
「あいつが言ってた、勉強焦ってるっていうのは?詩織、あいつと何話したんだよ?」
俺は自分の知らない事を寺崎が知ってるということが不愉快だったので尋ねた。
すると詩織はこの問いには言いにくそうに顔を背けて、視線を下に落としながらボソッと話し始めた。
「それは…私…井坂君と同じ西皇に行きたくて…。焦ってたっていうか…。私の頭じゃ、絶対受からないから…。今から必死にならないと…と思って…。でも、お母さんには予備校行かせてもらえないし…。どこまで勉強すればいいのかも自分では分からないし…。悩んでたことを僚介君には打ち明けたっていうか…。」
やっぱり俺と同じとこ行こうとして無理してたのか…
俺は島田に怒鳴られたことを思い出して、あいつの言ってたことは正しかったと、自分の安直さを反省した。
西皇を受験するってことが、どれだけ大変なのか…俺は全然分かってなかった。
俺は詩織とずっと一緒にいたいって自分の気持ちを優先させて、詩織の隠れた気持ちに気づかなかった。
本当俺は自分勝手だ。
俺は島田に助言されたことを頭に浮かべて、明らかに思い悩んで疲れている詩織を見て言った。
「詩織…。俺と同じ大学行って…何がしたい?」
「え…?…何って…?」
俺が詩織にしてあげられる事は、詩織に正しい選択をさせることだと思って、自分の一番優先させたい気持ちを押し殺した。
詩織は意味が分かってないようでぽかんとした顔を俺に向けてくる。
「俺はさ、詩織としたいことたくさんあるよ。大学の学祭に二人で参加したいし、講義の合間にカフェで他愛ない話もしたい。県外の大学に行くわけだから一人暮らしになるだろうし、俺の部屋に詩織を呼んで新婚生活みたいなこともしてみたいな。」
「しっ…んこん…!!」
詩織は「新婚生活」という言葉に照れたのか、真っ赤になって俯いてしまった。
俺はそんな素直な詩織を見て可愛いな…と思いながら詩織の横に腰かけた。
そして一年後に来るだろう大学生活を思い浮かべて言った。
「俺のしたいことはさ…。詩織がいてくれるだけで叶うんだよな。」
「え…?」
詩織がまだ熱の引かない顔をこっちに向けてきて、俺はその顔がおかしくてふっと息を吐き出して笑うと告げた。
「同じ大学じゃなくてもいいんだ。」
俺の言葉に詩織が大きく目を見開くのが見えた。
俺は詩織の気持ちを少しでも軽くできるように願って、再度口にした。
「同じ大学じゃなくてもいいんだよ、詩織。」
「な……なんで?」
詩織は意味をはき違えてるのか悲しそうに眉間に皺を寄せていて、俺は思ってることを伝えた。
「俺のしたいことは同じ大学じゃなくてもできる事なんだ。詩織が隣にいれば、全部できることなんだ。だから、無理に俺と同じ大学じゃなくてもいいんだよ。」
俺は本当は同じ大学だとすごく嬉しかったけど、詩織が苦しむくらいなら…と本心を胸に押し隠す。
「俺がしたいのは同じ大学で詩織と勉強することじゃない。詩織とずっと一緒にいたいだけだ。だから、詩織は詩織のしたい道、俺は俺の進みたい道にいけばいい。そんで進む道は違っても、お互いが隣にいればいいんだ。」
俺は詩織と一緒にいたいけど、学びたい教授のいる大学を諦めるという選択肢はなかったので、正直に口にした。
大学が違うということは…もしかしたら離れてしまうかもしれない…
そういう不安はないと言えば嘘になるけど、俺は自分の気持ちを詩織の気持ちを信じたかった。
「俺は大学が違っても…たとえ離れてしまったとしても、詩織の隣に居続ける自信あるけど、詩織は違う?」
詩織は鼻から息を吸いこむと大きく左右に首を振った。
「わ、私も!!離れても…ずっとずっと井坂君の事大好きな自信ある!!」
詩織が真剣な目で『大好き』と言い切ってくれた事が嬉しくて、俺はさっきまで感じてた不安が吹っ飛ぶようだった。
「ははははっ!!詩織、相変わらず必死だな!!」
「え!?だ、だって…本当のことだし…。井坂君と離れるのは嫌だけど…でも離れても大好きなことは変わらない――――」
俺は詩織がもごもごと照れ臭そうに言い訳してる姿が可愛くて、思わず詩織にギュッと抱き付いた。
詩織はビックリしたのか体を強張らせていたけど、ふっと力を抜くと抱きしめ返してくれた。
「井坂君…ありがとう。私、ちゃんと自分の道、見つけるよ。」
「うん。詩織なら大丈夫だよ。」
詩織が吹っ切れたような明るい声で言って、俺は詩織の心を軽くできたことに安心した。
これで良かったんだ。
同じ大学じゃなくなっても、きっと大丈夫。
俺たちだったら何とかなる。
俺は変な自信が湧いていて、最初からこうしておけば良かったと思った。
俺の思い込みを打ち壊して背中を押してくれた島田に感謝だな。
俺は今度ジュースでも奢ってやろうと決めて、自然と口角が持ち上がった。
すると詩織が俺から少し離れると、まだ紅潮した顔で俺を上目づかいに見て言った。
「井坂君…。キスしてもいい?」
「―――――え!?」
俺は詩織からの申し出にビックリして、一瞬喉に息が詰まった。
詩織は恥ずかしそうに目を伏せると続ける。
「その…最近、勉強ばっかりしてて…。井坂君不足っていうか…。こういうことしたいなー…なんて…。」
詩織はそこまで言うと恥ずかしさも限界だったのか手で顔を覆って隠してしまった。
俺は詩織の照れがこっちに乗り移ってきて、心臓がバクバクと大きく鳴り始める。
キスはいいんだけど…
俺、キスだけでやめられるかな…?
俺はここは公園だ!と自分に理性の鍵をかけると、顔を隠してる詩織の手を握った。
詩織は俯いていた顔を上げると熱を持った瞳で俺を射抜いてくる。
やべ…
俺は詩織と目が合っただけで理性の鍵が開きかけて、キスしようとしてた動きを止めた。
でも詩織はじっと俺に懇願するような目を向けてくるので、やめるわけにはいかなくなる。
だ、大丈夫だ。
ここは公園!!ここは公園だ!!
俺は自分の意志を固く持つと、そっと優しく詩織の唇に触れた。
そのとき詩織から花のような匂いが鼻を掠めて、大好きな匂いに心が揺さぶられる。
ヤバいと思ってすぐ口を離すけど、もっとしたいという欲が勝ってもう一度触れる。
そこからは理性の鍵はどこへやら、歯止めがきかなくなった。
詩織の息づかいや鼻から出る声にどんどんはまっていって、今にもベンチに詩織を押し倒しそうになる。
ここは公園だ!!という警鐘がなるけど、一度入ったスイッチはなかなか切れてくれない。
手が勝手に詩織の首筋を伝って下におりていき、詩織の白い肌にキスしようと瞬間、邪魔者の声に我に返った。
「お前、こんなとこで何してんの?」
呆れたような低い声にバッと視線を上げると、そこには仁王立ちしている兄貴の姿があった。
俺は以前ここで邪魔されたガキ共より厄介な奴に見られた!とサーっと血の気が引いた。
詩織は詩織で「お兄さん!!」と引きつった声を上げて、真っ赤になって小さくなってしまった。
「お前さぁ…場所考えろよ。ここ公園だぞ?分かってんのか?」
「なっ、なんでこんなとこに!?」
俺は兄貴と公園なんて似合わなかったので、詰まった喉から声を絞り出した。
兄貴ははぁ…と大げさにため息つくと、ちらっと詩織を見て言った。
「俺のことはいいだろ。俺だって公園通ることだってあるさ。つーか、お前明るいうちから何盛ってんの?」
「さかっ!?盛ってねぇよ!!」
俺はそこまではなってない!!と顔に熱が集まるのを感じながら否定した。
「嘘つけ。今にも詩織ちゃんの服脱がせそうだっただろ?」
「は!?」
これには詩織が驚いたのかまん丸い目で俺を見つめてくる。
俺はその目に耐えられず「違うからな!!」と否定した。
でも兄貴は「どーだか。」なんて言って半笑いを浮かべている。
「もうお前どっか行けよ!!なんで今、ここ通るんだよ!!」
「俺だって弟が盛ってる現場なんて見たくなかったね。続きすんなら、もっと人目のつかない場所にしろよー。」
兄貴はからかうように手を振ると俺たちに背を向けて歩き出した。
俺はその背に向かって「しねーよ!!」と怒鳴ると、固まっている詩織に目を向けた。
詩織は目をパチクリさせていて、俺と目が合うなり頬を赤らめて顔を背けてしまう。
その反応から詩織に警戒されたと感じて、俺は安心させるために優しく声をかけた。
「詩織。俺、こんなとこであいつの言うようなことしたりしねぇよ。ちゃんと詩織のこと大事にするつもりだし、詩織の両親に信頼されてる手前、するなら……その…、俺の部屋で…やるから。」
詩織の両親には手を出すな的な釘を刺されていたが、詩織と付き合って一年以上経つんだから多少は許してもらえるだろうと思って、思ったままを口にした。
堂々とした、部屋では手を出す宣言だったが、詩織は素直にも小さく頷く。
そして意味を分かってかそれとも気づいてないのか「だよね。」と言いながら、俺から顔を背けつづける。
う~ん…まだ警戒されてるなー…
まぁ、しょうがないかぁ~…
俺は警戒を解いてもらえるまで離れとくか、と思って詩織から少し離れてみた。
すると詩織が何故か追いかけるように俺にピタッとくっついてきた。
あれ…?
俺がくっついてくる詩織を見下ろしていると、詩織が俺の腕をギュッと抱え込んできた。
あれれ?…警戒してるんじゃないのか?
俺が詩織の考えてることが分からなくて詩織の顔を覗き込むと、詩織が子供のようにムスッとしながら言った。
「離れちゃイヤだ。」
詩織の駄々っ子のような言い方に、俺は舞い上がって頭からボフッと湯気が出るほどのぼせた。
「へ!?」
俺は声が裏返ってそのまま固まった。
詩織は俺の腕を抱え込んだままじっとしている。
「さっきも言ったけど…、私…今、井坂君不足なの…。離れたら…寂しい…。」
うぇぇっ!?!?!
俺は詩織が小さな子犬みたいに見えて、全身がぞわわっと鳥肌が立って身動きできなくなった。
寂しい!?
マジで!?これマジで!!
白昼夢じゃねぇよな!?
俺は今起きてることが信じられなくて、ちらちらと何度も詩織を盗み見てしまう。
詩織はというと絶対離れるもんかと言いたげに俺の腕を力強く掴んでいる。
うわわ…
俺、今日一日で10年ぐらい寿命伸びたかも…
俺は幸せ過ぎて天にも昇るような気持ちだった。
俺も詩織に負けじと詩織にくっつきたくて頭を斜めに傾けて、詩織にもたれかかった。
すると詩織が嬉しそうに口角を持ち上げるのが視界の端に見えて、詩織も喜んでると伝わってきて更に幸せな気持ちになった。
それからどのくらい何もしゃべらずにそうしていたか分からないが、日も落ちて暗くなり気温が下がってきたことで自然と帰る流れになったのだった。
俺は詩織を家まで送り届けると、離れがたかったけど繋いでた手を放した。
「じゃあ、また明日な。」
俺がまだ一緒にいたい気持ちを隠して笑顔を浮かべると、門に手をかけた詩織が意を決したような顔で俺に近付いてきて俺の肩に手を置いて背伸びしてきた。
そうして詩織から軽くキスされる。
俺は、突然のことに目を剥いて固まっていると、詩織が離れてから真剣な顔で言った。
「私、ちゃんと進路決める。それから…井坂君に並べるぐらい良い女になるから!!これからも一緒にいてね!」
詩織は決意表明のように言い切ると、「また明日!」と言って家に飛び込んでいった。
俺は道に一人残されさっき詩織にキスされた唇に手をやると、詩織の大胆な行動を思い返してその場で赤面した。
~~~~~っ!!!
俺は遅れて心臓がバクバクし出して、その場にしゃがみ込む。
良い女になるとか!!
もうやめてくれよーーー!!
俺は心中穏やかじゃなくて、はーっと長いため息を吐き出すと、小さく星の瞬く夜空を見上げて呟いた。
「……これ以上は、ダメだろ…。」
ただでさえこれから離れることになるかもしれないのに、良い女になるとかやめて欲しいと俺は心から思った。
それから俺は俺のものだっていう印をつけたい…と思って、ゆっくりと家に向かって帰りながら、その方法をいくつも考える事になったのだった。
次で詩織の進路が決定します。




